333 異世界ランナー
草を掻き分けてやってきたのは丸いウサギだ。もっとも、毛玉のようにしか見えないので、憶測ではある。
「く、くるならこい!」
もう少し踏み込んでくれば、バットの間合いに入るが、小さく跳ねるだけでそれ以上よってこようとしない。
「ヤンノカ? ヤンノカ?」
勇気付けられているかは分からないが、自身を鼓舞する。が、どうやら襲ってくることはないようで、こちらの様子を伺うように小さく上下に跳ねたり、または左右に跳ねたりするだけだった。
「……なんか、飼いたくなったきた」
何か餌付けするものはないかと、ジャージのポッケを探ると、飴が入っていた。小さなビニール袋を破り、しゃがみ、ウサギの前へゆっくりと投げた。
「ほら、美味しいぞー」
ウサギは地面に落ちた飴が気になるが、警戒もしつつ、すごい迷っているようで、体を伸び縮みさせていた。
と、そこで時間が来たようで、自室に居た。
「ふーー」
大きく息をついて、そのままの格好でベットに倒れる。
「手が震えてる……」
バットも投げ出して、プルプル震える両手を天井に掲げる。危険には見えなかったが、それでも異世界での初の野生動物との遭遇は、自分に相当な緊張を強いていることが良く分かった。
そしてそのまま、対処法等を考えていたら、いつの間にか寝てしまっていた。
次の日、前日と同じように準備を完了し、異世界へ旅立つ。
昨日はあの姿のまま寝ているのを、夕食に呼びにきた妹に発見され、怪しまれたが、なんでもないように振る舞い、ごまかしたのだった。変に踏み入られても困るので、これからはリアルでも気をつけなければいけないと再確認した。
「辺りは……いないな」
周りを見るが、特にウサギは見当たらなかったので、足早に北へと走り始める。
ところどころ腰程まで伸びている草を掻き分けながら、歩を進めていると、一筋の道が現れた。草が生えておらず、轍が走っている。これをたどっていけば街に着くはずだ。ここからは全力疾走で西側へと行くことにした。
自然の音しかしない中で、早朝にマラソンをする社会人達の仲間入りでもした気分になって、少し嬉しく思いながら、さらに限界までスピードを出していく。ふと腕時計から時間が経ったようで音が鳴って急ブレーキをかける。危うくそのままだったら現実世界で壁にぶち当たるところだった。
息を整えながら、汗だくだったので、シャワーでも浴びるかと、部屋を出たら、ちょうど妹が廊下に居て、変な目で見られながらも足早にシャワールームへと入る。後ろから大き目の独り言が聞こえるが無視だ。
「絶対おかしい、絶対おかしい。どう考えてもおかしい……」
次の日は、道なりにただひたすら走る。空を何か馬鹿でかい生き物が飛んでいるのが見えたぐらいで、他には特に何も無く走る。走る。走る。また次の日も、また次の日も……。
街に行く目的も少し忘れるほど、異世界ランナーが楽しくなってきたころ、街に着いた。