親子
静寂。正確に言えば静寂ではなく、沈黙。
耳障りなあの声は聞こえない。
とてつもなく耳障りなアイツの声。
足の踏み場すらない見慣れた部屋。
昨日とは違う散らかり方なのか、それすら判らない。
そんな部屋だ。
『ただいま』
今更、言う気も起きない言葉。
自分の家なのにも関わらず、相変わらず落ち着かない。
ここは他人の部屋のようだ。
異物を拒絶するだけの、仮初めの『家庭』は苦痛でしかない。
子供の頃から、馴染めない関係だけが残る場所。
血が繋がっていると言うだけの他人と住むのは、地獄だ。
ましてや――――
その共同生活をしなければいけない相手が、重度の精神病だと言うならなおさらだ。
部屋の隅で動く物体と、目が合う。
何か言いたそうに口を開く。
聞き取れないぐらいの呟きが辛うじて聴こえた。その声に吐き気がする。
煩い。
今すぐにでも殺してやりたいとすら思う。
人間には我慢の限界と言うものがある。
いくらコレが自分を生んだと人間でも、この世から消えて欲しいとすら願う。
自分を生んだと言う事実だけで、縛られるのは納得がいかない。
コレと一緒に生活しなければならないという事は、自分の人生を捨てろと言う事だ。
それを要求したのは他ならぬ頭の悪い血縁者ども。
『何てコトを言い出すのっ』
ヒステリックな声。
『そんなお金何てないでしょっ』
二言目には金の話。
『うちは一銭も出さないわよっ』
宗教に出す金はあっても、どうやら人間一人を救う金はないらしい。
冷たいとすら思わない。『血』の繋がり何て、所詮はただの幻想。
だから、『見捨てられた』だ何て思わない。
最初から一人だ。その事実は変わらない。
いるのは自分と、どうでもいい他人だけ。
一番近い他人ですら拒絶する『自分』を受け入れようとする人間なんて――――
何処にもいない。