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Absolute Plaything  作者: N
6/22

視線

誰も通らないような薄暗く湿った裏路地。

通りに出れば其処は有名な歓楽街で、遊女たちが男を誘う光景が存在していた。ざわざわと活気に溢れ、こちら側の声も気配も掻き消してしまうほどに。

目の前の惨劇が嘘のようだと思いたいが、本当の事。

たった道が一本違うだけで随分な差だ。

嗅ぎ慣れた血の臭いと、転がった元は人だったもの。

それを眺めるのは、まだあどけなさの残る少年。

何とも異様な光景だと思ったが、この世界ではさして珍しくもない事に気づいて苦笑する。


「覗き見? いい趣味だね」


不意に少年が振り返り、からかうように言う。


「その格好からして、ここの遊女みたいだけど」

「ええ」


頷き固定する。

体を売っているのは本当の事だし、嘘を吐く必要がない。


「で? あたしも殺すの?」


当然のように少年に言った。

こんな処を見たんだ、口封じに殺されて文句は言えない。

少年は少し考えた後、楽しそうに言う。


「殺さないよ。その代わり、名前、教えて」

「   」


与えられた源氏名を名乗る。あえて本名を言わない。言う必要はない。


「罪深い名前だね」

「結構気に入ってるんだけど」

「ふーん……でもさ、変わってるよね。普通はこんな場面見たら、悲鳴上げて怯えて『殺さないで』って懇願しない?」


まあ言った処で無駄だけどね、と少年は笑う。


「無駄な事はしない主義なの」

「ますます変わってるね」

「そう?」

「だって人間って無駄な事しかしないじゃん。どうせすぐ死んじゃうのにさ、莫迦みたいに一生懸命生きようとしててウザいんだよね」

「だから、殺してたの?」


何の感慨も含まない声音で、訊いた。


「そうだよ」


相変わらず楽しそうに言う。


「それもあるけど、これはの命令だからね。じゃなきゃこんなつまんないヤツ相手にしないよ」


どうせ殺すんなら楽しい方がいいでしょ、と同意を求められ少し困ってしまう。

人の命を奪うに、楽しいもつまらないもあるのだろうか。そんな事今まで考えた事もなかった。

求められたのはいかに確実に殺め、組織の役に立てるかどうかだけだった。

必要なのは技術であって、感情などではない。

そこにどんな種類の『想い』があろうと関係がないのだ。


「…あたしには判らないわ」


適当に相槌でも打てばいいのに、口から出たのはそんな言葉だった。


「アンタの考えを否定するわけじゃないけど、あたしには理解できない」

「何で?」

「そんな事、今まで一度たりとも考えた事がないからよ」


本当に素直な感想だった。

どれだけこの手を血で汚しても、何も感じない。何の感慨もない。喜悦も、快楽も、恐怖も、罪悪感ですら、あたしは何も感じないのだ。


だから、ほら――――


「おい姐ちゃん、こんな処で何やって…」


言い終わらにうちに、男の喉元から大量の血潮が噴出す。

頚動脈を切られた男は自らの血で溺れ、悲鳴を上げる事も出来ずにメチャクチャに喉を引っかきまわして絶命して行く。

その様子を、少年はただ面白そうに眺めている。

あたしもまた、手にした短刀を持ったまま、ただ眺めていた。

男は何で自分が殺されなくてはならないのか判らない、と言った表情を浮かべていた。

それもそのはずだろう。

男はただ、こんな路地裏で客を引くでもない遊女に声をかけただけなのだ。


たった、それだけの事なのだ。


殺される理由も、死ななければならない理由など何処にもない。強いて言うのなら、殺人現場を見ただけのこと。

運が悪いとしか言いようのない。

哀れな男を見下ろしながら、たった今この男を殺したのだと言う実感がないような口調で少年に向かってただ一言。


「ね、誰を殺しても同じなの。あたしは何も感じない」


そう一方的に言うと、あたしは彼に背を向けた。


「じゃあね。縁があったらまた逢いましょう」


何事もなかったかのように、いつもと同じ足取りで歩き出した。


「……待って」


呼び止められ、背を向けたまま立ち止まる。

待つ必要もなく、続く言葉はすぐに聞こえてきた。


「君と俺は間違いなく同類だよ。君は何も感じてないって言うけど、本当は心の奥底では楽しんでる。俺以上にね」


心底楽しそうな少年の声を聞きながら、あたしはそれを戯言だと聞き流す。


「またね――――」


不意に呼ばれたのは少年が知るはずもない、あたしの本当の名前。

反射的に振り返ったそこには、誰もいない。誰もいなかった。微かな気配だけを残して、少年の姿は完全に消えていた。

残されたのは、疑問と驚愕だけ。


「楽しんでる、か」


苦笑と共にため息をつくと、自分が本来いるべき場所へと向かって歩き出す。

異臭を隠すように香る甘い匂いを纏い、一夜の夢を売る慣れた街へと溶け込んで行く。


自分でも判らない類いの笑みを浮かべ、空を仰いだ。

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