桜の木
「ね、知ってる?」
「何が?」
「この下にはね、死体が埋まってるの」
どこの学校にもありそうな話。ありきたりな都市伝説。
「で?」
だから、と続きを促す。
「その死体はここの生徒だったんだって」
にんまり、嗤いながら彼女は口にする。
ことも何気に。その目に狂気の光だけを宿して、彼女は微笑う。
「あ、嘘だと思ってるでしょ?」
作り話の延長戦に嘘も何もない。
「別に」
「ふーん、ならいいけど」
その割には無関心な口調。
「そいつね、遊びで手を出した女の子に殺されたの」
その口調のままで彼女は続ける。
「彼は遊びのつもりでも、女の子の方は本気だったんだろうね」
「チジョウのモツレってやつ?」
冗談交じりに言った声に、彼女は嬉しそうに頷く。
「女は怖いねぇ」
半分以上は本心から。
もう半分は、冗談に聴こえるように言う。
「そうかな?」
「ああ、怖いね。そんなんで一々殺されてたら堪ったもんじゃない」
「確かにアンタはそうだろうね」
ぞっとするほど、冷たい声。
夏だと言うのに寒気すら感じる。煩いほどの鳴いている蝉の声が、場違いなほど遠くに感じる。
桜の花びら代わりに、その葉が舞い落ちる。
「そう言えば、彼も同じことを言ってたかな」
まるで恋人にする抱擁のように、彼女の指先が樹木を撫でる。
「最期は泣き喚いてたけど」
照りつける太陽とは裏腹に、夜闇が這うような感触。
「お前、何言って…」
擦れる声。
喉がカラカラに渇いて、上手く言葉が出ない。
「何って」
暑さのせいではない。
じっとりと濡れる汗は暑さではなく、本能的な恐怖から。
「この下にいるアイツについてよ」
恍惚な蕩けるような口調。
その目は狂気に。その口には微笑を。その手には血がこびりついたナイフを持って。
「ねぇ」
ぐちゃり、
「アンタたちの血で、綺麗な桜を咲かせてね」
聴こえたのは熟れた果実が潰れたような、そんな音。
嫌になるぐらいに鮮明な彼女の声が耳に届いただけだった。