幸福
「『幸せ』って何?」
「……お前何言ってんだ?」
「何って、『幸せ』の価値観について」
何が幸せで、何が不幸なのか、そんなこと考えたこともない。
誰かに訊かれなければ、一生考えることもなかったんだろう。出来るだけ面倒なことをしたくないと言うのが人間だ。
それに、そんなくだらないことを考える余裕などない。
「そう言うアンタはどうなんだ?」
「は?」
「……アンタの言う、幸せに対する考えが訊きたいぞ…と」
何気なく訊き返す。
返って来るであろう答えを予測することなく、深い意味すらなく言っただけだった。
「死ぬことよ」
さらりと、何でもないことのような口調が聴こえた。
「あたしは、あたしを好きだと言ってくれる誰かに殺されるのが『幸せ』なの」
訊かなきゃよかった。
「……そぅ、か…」
「うん」
相の心情など考えることのない、固定の声。
「だって、本当に好きならそう思うのは当然でしょ?」
無邪気に訊き返されたが、どう応えていいのか判らない。
本心を言うなら、何も言いたくない。
「そうじゃなきゃ、欲しいものは手に入らないもん」
同じぐらい無邪気に応えるのは無理がある。
息の詰まるような沈黙。
空気が停滞するそれに耐えかね、絡みつく視線から逃れるように口を開く。
「何でもねぇよ」
猫を撫でるかのように、髪に触れてやる。
「で、何の話だったけ?」
「むぅ」
「はいはい俺が悪かった。ちゃんと覚えてるって」
気持ちいいのか、まるで本当の猫のような仕草で擦り寄って来る。
それは唐突なまでに彼女を連想させる。最後は何も言わないモノになって、縋るように足元に転がった彼女の記憶を呼び起こす。
「『幸せ』の価値感についてだろ?」
こびりつく記憶を脳裏に浮かべながら、何食わぬ顔で訊く。
「正解」
その返答に満足した微笑を浮かべた。
フラッシュバックする記憶。それは既に過去のデータに過ぎない。
或いは――――
「じゃあ俺の『幸せ』は、アンタが俺の傍にいてくれるコトだな」
これから起こり得る未来のことか。
「何バカなこと言ってんの」
酷く飽きれたような声。
彼女の持つ『幸せ』の価値観が『誰かによってもたらされる死』ならば、その願いすら平然と叶えるだろう。
ただ、それは俺の望むカタチではあるが。
「バカなことじゃなくて、最良の方法だと思うけどな」
二重の意味を込めて、満足そうに微笑った。