赫色
赫は、嫌い。
だって、連想するのは血と、炎の色だから。
だから私は――――
「君の髪は綺麗だね。とても綺麗な赫だ」
そう言われるのが、死ぬほど嫌いだった。
***
『君の髪は綺麗だね。とても綺麗な赫だ』
そう言った直後、彼女は私から逃げるように何処かへと走り去ってしまった。
だから多分、原因はそれだろう。
「――――と、言うわけなんだが、何か知らないか?」
ことのあらましを彼女と一番付き合いの長い彼に、私は訊く。
「どうして俺に訊く?」
「義兄であるお前なら知ってそうだから」
訊き返した彼に、一瞬の間も置かずに私は答える。
私に即答されると思っていなかったのか、彼はたじろぐと少しだけ考え込むような沈黙の後に開口する。
「……俺から聞いたって、あいつには言うなよ」
「それは構わないが…」
「『赫』はあいつに取って、忌まわしい記憶だからだ」
「記憶? 何の…」
「あいつの父親との最期の記憶が『赫』なんだよ」
「でもそれは…」
今時珍しい話ではない。
目の前で肉親を亡くすことは、今の時代ならそこら中に転がっている話だ。珍しいことではないし、ましてや彼女は戦場を知っている。仮にも正規軍に属し、戦場で剣を振るう彼女が最も見慣れているはずの色彩なのだから。
それを『嫌い』だと言うことなら判るが、それに対して彼女が見せたのは違う感情だった。
その感情が何なのか、恐らく本人は気づいていない。
でなかったら、もっと違う反応が返って来るはずなのだろうから。
「だからあいつは、自分の髪の話をされるのが嫌いなんだよ」
「そう…、か。それは悪いことをしたな」
「しょうがないさ。お前は知らないで言ったんだから」
私が落ち込んだように見えたのか、彼が励ますように言う。
「あぁ。彼女が私を避けるのはその所為か」
私は苦笑混じりに応えて、困ったような表情を浮かべた。
***
はらはらと雪が降る平原で、
「どーしてこんな色してんのよ」
灰色の閉ざされた空を見上げて、私は呟いた。
赤みがかった茶系の髪。ここ数年でその色は更に『赫く』なった気がする。
何でよりにもよって、嫌いな色が自分の髪の色に該当するのだろう。しかも、それを愛おしい彼に指摘されるとは思っても見なかった。
普段はあえて意識しないようにしているのに、どうして――――
「………のバカぁ!!」
「――――いくらなんでも、バカはないんじゃないかな」
不意に彼の声がして、私は振り向く。
そこには、たった今、私がバカ呼ばわりした青年が立っていた。
「こんなところで何をしてたんだい?」
「……べ…、別に。何でもいいでしょ。あなたこそ、こんなところで何してんのよ…」
「私は君を探しに来たんだよ」
「は、何で?」
「謝ろうと思って」
「……………いーよ。気にしてないし……」
そこまで言って、私は微かに目を見開く。
謝ると言うことは、理由があるからだ。彼のことだから原因は判っているのは間違いない。問題は――――
「誰から聞いたのっ?」
濁流する感情に身を委ね、私は彼の腕を掴む。
私は彼がどうしてそのことを知っているのかを、混乱している頭で考える。意外と結果は直ぐに見つかった。このことに関して、思い当たるヤツは一人しかいない。
「っ、義兄か…」
「他に心当たりは?」
「ない」
彼女は舌打ちし、即答する。
私の口から、知らずにため息がこぼれた。
後で彼女が彼を問い詰めるのは目見えている。何も言わなくても判ってしまう辺り、本当に彼しか知らなかったのだろう。これでは約束も何もあったもんじゃない。
「君は」
「何?」
「私のことは嫌いかい?」
沈黙。
「……………嫌い……」
「それは、私の髪が『赫』だからかい?」
「………………ん、そー……」
「でも、私は君が好きだよ」
無防備な彼女の手を取り、私は強引に彼女の身体を自分へと引き寄せる。
いつもなら抵抗があってもおかしくないのだが、今日に限って彼女は素直に従う。
「『赫』は嫌なモノだけじゃない。それだって君は判ってるんだろう?」
抱きしめて、彼女の背中にまわした手に、少しだけ私は力を込めて言う。
「……ね…」
「ん?」
「……訂正するよ…」
「何を?」
「……………私はあなたのコト、嫌いじゃないデス……」
***
だって『赫』は、この白銀に覆われた世界で唯一映える色だから。
それを教えてくれたのは、記憶よりも『赫』を連想させる人。
この瞬間から、私は『赫』が嫌いじゃなくなった。




