二人のカタチ
よく晴れた青空と、目覚し時計。
今までろくに使ったこともないキッチンからは、美味しそうな料理の匂い。
何処からか調達したのか、シンプルなエプロンをつけて、彼女は俺が寝ているベッドに飛び乗った。
「…っ、てぇ……何するんだ」
寝起きだと言うのに、俺は大声で叫ぶ。
完全夜型人間が、まだ陽も昇りきってないうちから起こされたのだ。
苦情のひとつも言いたくなるだろう。
俺が夜道で拾い、同居人となったばかりの彼女は、そんな俺を見て幸せそうに微笑するのだ。
「ほらほら、もう朝だよ。早く起きないと遅刻しちゃうよっと」
「いいから寝かせろ。俺は眠い」
言って、俺は再びシーツを被った。
彼女と暮らすまでは当然の如く重役出勤。遅刻常習犯の俺は、放って置けばこのまま確実に二度寝する。
「せっかくあなたのために朝ご飯を作ったのに、食べてくれないの?」
と、彼女は不満げに言って見る。
だだをこねる子供のように、頬を膨らませる彼女は可愛いと思う。
「もー、起きてよ!」
「………うるさいぞ」
そう言いながらも、俺は渋々とベッドから起き上がる。
「起きて食えば文句ないんだろ、と」
俺はリビングにあるソファーに座ると、目の前にあるハムエッグを口に運ぶ。
彼女の作る料理は素直においしいと思う。たまに珍しい物もあるが、それは恐らく彼女の創作料理なのだろう。
今まで食事をまともに取らなかった俺にとっては、彼女と暮らすようになってからは生活が多少なりとも潤ったとも言える。何せ、このマンションに住んでからほとんど使われることのなかったキッチンが、常時活用されているのだ。
もちろんそれだけではない。
彼女と暮らすようになってからと言うもの、俺の遅刻は目に見えて減っていた。
どんなに夜遅くに帰宅しようが、ようやく朝方に眠りに着いただろうが、彼女がお構いなしに叩き起こすからだ。
隣でのんびりと紅茶を飲んでいる彼女の横顔を、ちらりと見る。
その視線に気がついたのか、彼女は顔を上げる。
「何?」
「別に」
「あー、あんまおいしくなかった…とか?」
不安そうに揺らぐ声。
「違う」
「…じゃあ、何よ」
訊きつつも、彼女は食事を続けるのだ。
が、俺の次の一言で、思わず口に含んだものを彼女は吐き出しそうになる。
「新婚みたいだな」
変なところに入ったのか、苦しそうに彼女は咽返る。
俺からして見れば、思ったことを口に出しただけなのだが、彼女にはそう聞こえなかったようだ。
彼女は顔を赤く染め、声にならない声を上げる。
「な、な…何言い出すのよ!」
「何って、俺はただ思ったことを言っただけだ」
「だからって、どうしてそう言う発想になるの?」
「何となくだな」
「……………」
「あー、でもどっちかって言うと…」
「……言うと?」
「同棲中の恋人って感じだな」
「…っ、ばか」
似ているようで似ていない。
近いようで遠いような現状況で、そんなことを言われたら意識してしまうのは仕方がないのか。
赤面したまま、彼女は黙々と料理を口に運ぶ。
俺はその様子を苦笑し、
「本当に可愛いな」
と。追い討ちをかけるように、喉の奥で笑いながら言う。
この日、ちゃんと起きたのにも関わらず、遅刻して上司から怒鳴られたのは、また別の話。
こうして、いつの間にかこの奇妙な同棲生活は日常と化して行くのだった。