連鎖
「あ、雪だぁ」
「そーだな」
いつの間に降り始めたのか、薄っすらと淡く雪が舞い落ちる。
「ほら、さっさと部屋ん中入るぞ」
そんな中で情緒も何もない冷たい声。
「嫌」
それに反して、妙に嬉しそうに応える。
駆け出した後姿と追いつつも、対照的にゆっくりと歩きながらため息を吐いた。
「犬か、お前は」
「煩いなぁ……いいじゃん別に。滅多に振らないんだから」
「なぁ、もういいだろ?」
「何が?」
質問に質問で返しながら、何でかを判っていながら訊く。
そしてそれを判っていながらも、
「寒い。俺は一人でも帰るぞ」
簡潔かつ最低限の言葉で答えを返す。
「おい」
「ぅわあ……ちょっ…」
「煩い。よくそんな元気あんな、お前は」
「えー、これぐらい普通でしょ?」
半ば強引に引き摺られながら、声を上げて笑う。
「アンタが落ち着き過ぎなのよ」
「……………」
「……にしても、手、冷たくない?」
「俺はお前と違って、血の気が多くないからな」
「嘘だぁ、絶対に私よりもアンタの方が…」
「俺の方が?」
「……………」
「俺の方が何だって?」
「ぅー」
軽く頬を抓られながら、
「ばかぁ、はなせぇ」
舌足らずな声で叫ぶ。
それがおかしくて、思わず声に出して微笑う。
「……何笑ってんのよっ、自分でやっといて…」
「ん、こうしてると本当、つくづく平和だな……と思ってな」
「何よ。それ」
「…さぁ? 何だろーな」
少しだけ寂しそうな横顔を眺めながら、飽きれたようにわざとため息を吐いた。
「全く、アンタが何考えてるか判んないけどね」
言葉と共に、白い吐息がもれる。
それは暗くなり始めた灰色の空へと、溶けるようにして掻き消え、ほんの少しだけ降る雪を溶かす。
「本当に『平和』な世界なんてあると思ってんの?」
言って、自嘲にも苦笑にも似た曖昧な表情を浮かべた。
「いつだって私たちは血だらけになりながら足掻いてるって言うのに、神様は何にもしてくれないんだよ。
なのに…」
はぁ、
「ゴメン」
白い、吐息がもれる。
「こんなコト言ったって、今更しょうがないのにね?」
「……………」
「けどね」
「ん?」
「それでも、私は――――」
続く言葉は、雪のように溶けて。
記憶にすらない。
「あれ? こんなトコで何してんの?」
彼の記憶にあるままで、この女は未だに俺を『アイツ』の名前で呼ぶ。
「何度言ったら判る。俺は…」
「判ってる」
「……だったら、いい加減に…」
「無理」
言葉の途中で、一言で言い切った。
「……ねぇ、覚えてる?」
「……………」
「前もこうやって二人で雪が降ってる中でさ」
「俺の記憶ではなく、『アイツ』のだがな」
「知ってる。でも…」
あの時の言葉は、俺の記憶にはないけれど。
「それでも私はアンタが好きだよ」
そう言って、目の前の女は幸せそうに微笑うのだ。
ただそれを、俺は愛おしいと思った。