奉仕
「28分59.03秒」
「………ねぇ、止めようよぉ」
「ダーメ」
疲れたようなため息と共に発せられた抗議は、あっさりと一蹴された。
「俺より早く舐めろとは言わないけど、せめて今までの最高タイムの半分ぐらいになったら、考えてやるよ」
それでも抵抗を試ようとしたが先手を打たれ、口を開く前に終わった。
口の中にあるのは、甘い糖分のカタマリ。
元々甘いものが好きなので普通に舐めている分には苦ではない。けどそれはあくまで普通に舐めている時の話だ。
「うぅ~、感覚ないよぉ。口ん中痺れたぁ…」
「それ、出すなよ」
こんな風に強制されては、ちっとも美味しくない。
「あ、出したらどうなるかぐらいは判ってるよな?」
その上、こんな特訓につき合わされたら、誰だって絶対に嫌になるに決まっているのだ。先ほどから続く抗
議の声も聞く気がないらしく、表情一つ変えずに軽く流される。
「………横暴……」
「何か言ったか?」
「……イエ、何デモナイデス…」
片言の返事に、思わず口の端を歪める。
飴の代わりに咥えた煙草に火を着けて深く吸い込む。口の中に広がる独特の味は、一種の麻薬のようなものだと思う。
実際そうなのだろうが、それは知ったことではない。
健康にはよくないかも知れないが、合法的に認められているので何の問題もなからだ。
「ねぇ」
「何?」
「あたしもそっちがいいんだけど」
「ダーメ。体に悪いだろ」
何か言いたげな視線。
「それにお前、煙草吸えないだろーが」
「…うっ」
「ま、しばらくはそれで我慢するんだな」
くくっ、と喉の奥で笑いながら、意地悪そうな微笑みを浮かべて言う。
「……ズルイ…」
「ズルくないって。大体それを早く舐められるようにならないと、いつまで経っても上手くならないだろ」
合成着色料で出来た飴玉を頬張ったまま、唸る。
効果はゼロ。
30分以上は溶けないと言う宣伝文句で発売されている甘いロリポップを、目の前のヤツは半分以下の時間で舐めるのだ。
聞けば、子供の頃に散々攻略したらしいが、それだけでは納得がいかない。
どうせ女遊びばっかしているうちに鍛えられたのに決まっている。キスが上手いのは絶対にその所為だし、
そうじゃなくたって――――
「どーした」
囁くような低い声。
「顔赤いぞ。熱でもあるのかなぁ」
「……っ、煩い」
「それともヤラシイことでも想像した?」
言葉に詰まって返答が遅れた。
更に顔を赤くする様子を見ながら、ニヤニヤと笑う声。
「舐めてみる?」
唐突に言われた言葉の意味が判らずに、反応に困ってしまう。
「そろそろ実践してみるのもいいかなぁ、ってね」
「…ちょっ」
そこまで言われれば嫌でも気づく。慌てて抗議の声を上げたが、どう足掻いても結果は変わるわけがない。
「ほら」
ただ一言、言葉を口にする。
声は笑いを含んでいるのに、その口調は有無を言わせていなかった。当然のことながら拒否権などは、ない。
ぐしゃり、
不意に頭を撫でられたかと思うと、抵抗する暇もなく抑え込まれた。
「……ぁ、んふぅ…」
「いっぱい練習したんだから、少しは出来るだろ」
「は、ん……っ…」
ずっと舐めていた飴玉を引き抜かれて、代わりにソレが口の中を蹂躙する。
何度やっても慣れることのない感覚が苦痛で、顔を歪めぐもった声を出した。大き過ぎて喉の奥まで届いた
それを、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め上げる。
「んぅ…」
「いくら溶けないっても、ちゃんと舐めないと終わらないだろ?」
頭を抑えたまま、笑いながら言う。
吐き出した紫煙が空気に溶けて行く。
「あれだけ練習したんだから、少しは上達してんだろ。普通。
まっ、今日から実践込みで練習といきますか」
そう呟いた言葉も、同様に空気に溶けて消えた。
あとは彼の喉の奥で笑う低い声だけが、その空間に響いただけ。