報酬
「君の人格を疑うよ」
電話から聞こえる低い声。
聴き慣れている声に向かって、少しだけ自嘲を混ぜた微笑みを浮かべた。
「人格を疑う、ねぇ…」
「あぁ」
不本意な言葉だと、常人なら思うはずの言葉。
「まさかここまでだとは思わなかった」
何が、とはあえて訊き返さない。
解り切っていることを態々聞く趣味は持ち合わせていない――と、そう言ったら、更に人格を疑われることだろう。
何故なら、普段は嫌がらせと確認作業を兼ねて態々することだからだ。
自分の感性が他人と大きくかけ離れていることは嫌でも理解出来る。これだけ周囲の人間と言動が齟齬するのだから、当然と言えば当然のことだった。
それだけ私が見ている世界は、他人が見ている世界と違いすぎているのだろう。
ヒトが『ヒト』として存在しない世界。
ヒトが『ヒト』のカタチをなさない世界。
『ヒト』成れなかったデキソコナイと、『ヒト』のカタチを模倣した『ケモノ』しかいない世界。
それが、私の視界に映るモノ。
「そっちが先に言ったんじゃない?」
「だからって…」
「どんな奇麗事言ってもね、世の中はお金でしょ?」
疑問系で言っているのにも関わらず、否定の余地を含まない口調。
「お金があれば手に入らないモノなんてないかもね」
「あんだろ?」
「例えば?」
「愛とか」
聞いた瞬間。
酷い眩暈と、頭痛がした。
「本気で言ってんの?」
「さあな」
電話の向こうで聞こえる笑い声。
「何だかんだ言っても金があれば何でも手に入るだろ」
それが『ヒト』の世界と言うモノだ。
「当たり前じゃない。幸せも人間も――――愛だって、ね。買えちゃうんじゃないの??」
「かもしれねぇな」
「んじゃ、そう言うことで報酬の方よろしくね??」
言って、喉の奥で嗤う。
「とりあえず、前報酬はご飯でいいわ」
「……何だよ。『とりあえず、前報酬』って…」
抗議の声を無視して、
「後は成功報酬ってことで」
にんまり、と微笑みを浮かべた。
本当に欲しいモノは手に入らないのなら、どんな手を使っても足掻くべきだと思う。それが例え歪んだ考えであっても。
それは『ヒト』が『ヒト』として在るべき正しい姿なのだから。