表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

賢者奴隷が参りました

作者: 籐紅葉

構想10分、執筆2日。尽きそうになる勢いと戦いながら書き上げた一品。

此度は私のような者のためにこのような場を設けていただき、まことに恐縮に存じます。

……は。国王陛下のお慈悲と皆様のご厚情により、この通り本復いたしました。

……! そのようなお言葉、私などには本当に身に余る光栄でございます!

……そんな! 仲間などと! 分不相応にもほどがありますでございます!

私はただ、王子殿下と勇者様と司祭様と騎士様の御旅に同道させていただいていただけでござりまする!

…………。

は。それでは、謹んで申し上げます。

『理の賢者』として貴き方々に付き従い魔王を討伐した褒賞として、王立魔導学院所有の奴隷全員に、夜を温かく過ごすための毛布を賜りたく存じます。

……それだけでは功に見合わぬとの仰せでございますか?

ならば毎日一塊ずつのパンと一杯ずつのスープも追加していただきたく存じます。

……恐れながら陛下。私はただの、学院より指示を受け貴き方々にお仕えしただけの奴隷でございます。

奴隷が主の指示に従うのは、農民が畑を耕し商人が物を売るのと同じようにごく当たり前こと。

ごく当たり前のことをしただけなのにもかかわらず、突然陛下より望みのままの恩賞を頂けるとのお言葉を賜っても、ただただ困惑するばかりなのでございます。

…………。

繰り返しますが、私は奴隷でございます。

骨の髄まで奴隷根性の染みついた卑しき身に、王子殿下のご命令に逆らうことのできる道理がありません。

たとえそれが「奴隷のように振る舞うな」であったとしてもでございます。

…………。

それは命令でございますか?

……はは。大金貨50枚、謹んでお受け取りいたします。


○  ◎  ●


これはこれは、次期伯爵様。魔王討伐の使命を果たし昨日戻ってまいりましてございます。

……この袋でございますか?

国王陛下より賜った大金貨50枚を、学院の会計部に届けに行くところでございます。

……代わりに届けてくださるのですか?……はぁ、そこまでおっしゃるならお願いいたします。

これは国王陛下より賜った貴き金貨でございます。どうぞ粗末な扱いは……

あーあ、行ってしまわれた。

まあいいか、次期伯爵様なら万が一ばれても処刑されないでしょうし。会計部に行く手間が省けたわ。


○  ◎  ●


『理の賢者』様、ただいま戻りましてございますですよっと。

……これこれ。勇者様にお願いして買っていただいたの。

【頑健】の加護が付いた、翡翠の原石! 大事に持ち歩いてると少しずつ成長していく優れものなんだ。

だいじょうぶ、みんなの分あるから。

石ころにしか見えないでしょ? 貴族様に見つかっても疑われないように工夫してるんだ。

……安かったよ。一山いくらの石ころにひとつひとつ加護を込めたの私だから。

というかこれだけの魔法石なんてお願いできるわけないでしょ! 何人買えると思ってるの!

……魔法? 使えなくなっちゃった。賢者の杖にもさわれなくなってた。

杖の力を私利私欲のために使ってたからじゃないかな? これじゃあ自分を買い戻しても行くところがないのよ。

……だめなのよ。『理の賢者』として顔が広まってしまってるから、どこに行っても『理の賢者』としての能力を求められるの。

期待に応えられないとばれたら身ぐるみはがされて売り飛ばされて、どこの誰とも知れない誰かに買いたたかれちゃうわ。

でもここでなら能力がなくても写本とか倉庫番はできるから、床に頭をこすりつけてでも頼み込むつもり。

だから改めて、よろしくお願いいたします。

……え? 王子様に勇者様? 騎士様?

よく聞いてくれましたって言いたいところだけど、なんで誰も司祭様のことは聞かないの? 司祭様は見目麗しくないから? あのねぇ……


○  ◎  ●


呼び出しに応じ参りました、導師様。何のご用でございましょうか。

……自分を買い戻さないのか、でございますか?

ここにはひとつで家が何軒も買えてしまうほどの品が多く保管されています。そして学院の奴隷はそれらを外に持ち出せない呪いをかけられ管理を命じられます。

貴重な蔵書や魔道具に触れて得た知識は魔王討伐の旅で大いに役に立ちました。

だから今ではそれらに触れられる機会こそ、全てを捨ててでも手に入れたい一番の宝だと考えております。

……司書官、でございますか? 王城の書庫には学院にはない資料がたくさんおさめられているから、と?

王子殿下からもそのようなお誘いをいただいたことがあったのですが、物心ついた時から奴隷であった私には、極限まで磨き上げられ隅々まで威光に満ちた空気は息苦しくて仕方なかったのでございます。

…………。

率直に申し上げます。『理の賢者』の名だけは高い元奴隷が王城に放り出されれば、たちどころに侮られ利用され骨の髄まで食い尽くされてしまいます。

権力とは無縁な市井に出ても、始まるのは捜索の網から逃れるために人の目を憚り細々と生きるだけの日々になるでしょう。

お願いします、どうかこのまま学院にいさせてください。どうか、どうか……!


○  ◎  ●


お久しゅうございます、司祭様。今日も司祭様の説法は素晴らしいものでございました。

……素晴らしいのは自分の説法ではなく神の教え?

いえいえ、旅に同道させていただいてから司祭様のすばらしさがより深く理解できるようになったのでございます。

……寒気がするからやめて?……た、大変失礼いたしました!

そ、それで用件でございますが、神殿に寄進したいものがあるのでございます。

各種の加護がついた宝飾品と、魔法薬でございます。こちらが目録と、隠し場所の地図でございます。

魔力の封印がかかっていますが、司祭様なら解除することができるでしょう。

…………。

……私のような者がこんな高価な品々を持っていても、災いの種にしかならないからでございます。

安価だった原石や学術の資料になりそうな珍しいものは賄賂代わりに奴隷仲間に配ったり学院に納めたりしましたが、加護つきの紅玉や蒼玉などはあまりにも高価過ぎて譲り渡すこともできないのでございます。

……唯一の幸いは、魔王との戦い以後魔力を完全に失ったことでございます。

そのおかげで、命果てるまで宝石に加護をつけさせられる心配だけはなくなりました。

ところで、勇者様は今どうされておりますか?

決戦前日になさった予言が最悪の形で的中してしまって、お心を痛めておられないか心配なのでございます。

……勇者様は験担ぎだと言って、魔王を倒した後の夢を語ろうとした私を止められました。

改めて戦いの後に聞くとおっしゃったのですが、司祭様もご存じのように夢を叶えるための前提が崩れてしまったのでございます。


○  ◎  ●


お久しゅうございます、騎士様。騎士様におかれましては……え、堅苦しい言葉は必要ない?

ですが騎士様、騎士様が奴隷に対してそのような態度をとるのは……『理の賢者』を奴隷扱いするわけにはいかない?

……そういうことでしたら。

ところで騎士様、その『理の賢者』様に何のご用ですか?

……国王陛下からの報奨金を全部学院に納めたらしいじゃないか、ですか?

そうですね、確かに騎士様の言う通り王様からもらえたお金で自分を買い戻すことはできたでしょう。王様のお言葉があれば、奴隷商も難癖つけないでしょうし。

ですが学院の外に出て、秘密が露見するのが怖いのです。

……『秘密は壁から漏れる』という言葉があります。

万が一私のお父様がお偉い貴族様だと知られたら(もちろん嘘ですが)王宮に大きな混乱が起こるでしょう。

野望のために利用しようとする方、それを阻止しようとする方、この国の政を混乱させようとする方が、血みどろの争いを繰り広げる様子が簡単に想像できるのです。

……大げさではありません!

真実を知ってしまったあの日から、私は毎晩恐ろしさでほとんど眠れないのです!

本当は『理の賢者』の称号などさっさと返上して、なにもかも忘れて学院の裏方で一日中魔道具の埃を払う暮らしに戻りたかったのです!

バカ正直にそれを言うと私の首なんて簡単に飛ぶから俗世に興味のない賢者様になりきってお断りさせていただきましたが!

……え、奴隷なら金を積んで強引に買い取ろうとするかもしれない?

だったら百万枚の大金貨でも学院の導師様に安いと思って頂ける超有能な奴隷を目指さないと……


○  ◎  ●


お、王子殿下?!……じゃなかった、遊び人さん? どうしてこちらへ?

……え? 遊び人さんのご友人に、心に強い歪みを抱えて苦しんでいる方がいる? このままでは魔物を生み出してしまうから『理の賢者』である私に救ってほしくてここに来た?

遊び人さんはお願いする相手を間違えていませんか?

確かに魔物は世界の歪みから生まれますし、魔王を倒しても歪みが完全に消えてなくなるわけではありませんし、理の賢者様が賢者の杖を使えば簡単に歪みを正すことはできますが、それは理の賢者様にお願いすることですよ?

……私はただの奴隷ですよ? 『理の賢者』として賢そうに振る舞うだけならできますけど、遊び人さんが言っていることは真似事の範囲をはるかに越えているのです。

……え? そこを曲げて頼む? 勇者様と騎士様と司祭様も立ち会っていただくことになっている? 学院への交渉はすでに遊び人さんが済ませている?

はぁ、そこまで言われたら断れないですね。

わかりました、何が起こっても私に……いえ学院に責任を問わないと一筆書いてもらえるなら、やれる限りやってみましょう。明日ですね?


○  ◎  ●


ようこそいらっしゃいました、勇者様。皆様の中で勇者様が一番乗りでございます。

……俺を恨んではいないのか、ですか?

あぁ、やはり気に病んでおられたのですね。すべて私の不徳のいたすところでございま……きゃあっ!

…………!

……げほげほ、い、いきなり肩を掴んでゆさぶられたら、げほげほ、驚いてしまいます。げほ、どうか落ち着いてください。

実際、勇者様は魔王を倒し世界の歪みを正すために必要なことをされただけですし、混沌門を閉じて魔を締め出すためには勇者様が賢者の杖の力を解き放つしかありませんでした。

悪いのは愚かにも誘惑に負けて、魔王の道具に仕立て上げられた……

…………。

……勇者様。いえ、理の賢者様。

夢を踏みにじられることも希望を摘み取られることも、どこででも起きている珍しくもなんともない事です。

心の隙につけこまれ利用されたくらいで泣いていては、到底奴隷など勤まりません。

……珍しくもなくても辛いものは辛いはずだ? 泣きたいときに泣けないなら奴隷なんてやめてしまえ?

私にはそのお言葉だけで十分すぎるくらい幸せでございます。


ところで勇者様、王子殿下は『理の賢者』が実は私ではなく勇者様だと知られると困る様子でした。

未だに騎士様も司祭様もいらしていないのは偶然とは思えませんし、殿下のご友人が来られる前に打ち合わせを済ませるべきでは……勇者様?

……打ち合わせの前に、賢者の杖で試したいことがあるのですか。私でよければ協力しますよ(嫉妬を隠しきれる自信など全くありませんが)。

それで、何をするのですか?

……おぉ! 賢者の杖が一瞬で勇者様の手元に!

私が持っていた時より神々しくて、杖が喜んでいるようにも見えます!

……そうですか? 理を説くにはこういう演出も大事なのですか?

ご謙遜を、威厳といいますか貫録といいますか、演出などでは決して作れないカリスマのようなものが勇者様の全身からにじみ出て……床にひれ伏さずにはいられません……。

……大袈裟すぎるといわれましても、勇者様がまぶしすぎて直視したら目がつぶれそうなのです。

広い広い世界の中で、自分がちっぽけな存在なのだと気づかされるといいますか……。うぅ……


……あ、王子殿下に司祭様、騎士様。見苦しい格好で失礼します。ようこそいらっしゃいました。

……さっさと立てばいいと私も思うのですが、なぜか動けないといいますか、動く気になれないのです。

大いなる存在に抱かれているようで、心地よくて。

……これが『理』の力でございますか。森羅万象の縺れを解きあるべき姿に戻す力……。

勇者様には以前にもお話しましたが、私は奴隷奉仕の合間に学院の書庫の本を読んで、『理の賢者』様に憧れていたのです。

人は貧乏人も大金持ちも等しく欲深いものです。

そうでなければたちまち奪い取られて喰い尽くされるので仕方ないのですが、皆が皆欲のままに動いていたら世界はたちまち滅びます。

でも皆が少し我慢して少しずつ人に分け与えれば、それで皆が幸せになれるのです。

……私は理を知らない人に理を説き、理に従わない人に理を説いて、多くの人を救おうとする『理の賢者』様にずっと憧れていました。

偶然が重なって賢者の杖を手にしたときは、運命に祝福されたような気がして嬉しかったのです……。

王子殿下や騎士様とお目にかかれたことも、司祭様がついてきてくださったことも、魔を払うお手伝いができたことも、勇者様が私を待っていてくださったことも……

ぜんぶ、ぜんぶ、まやかしだったなんて……!!

…………。

……なぐさめていただく必要はありません。

私はただ、あれが杖の導きではなく単に操られて混沌門の探索を攪乱するために利用されていたことに気付けなかったのが悔しいだけなのです。

私さえ強い心を持っていたら!

賢者の杖を取りにいくのを思いとどまっていたら!

苦し紛れに『預言』をでっちあげて皆様を振り回さずにすんだのに!

…………。

なぐさめなんて、いりません。

全部真実を見ようとしないでいい気になっていた私の自業自得なのです。

奴隷は所詮奴隷なのです、身分の高い方々に優しく接していただいて、いつの間にかそれを当たり前と思ってしまった私が悪いのです。

今思えば不審なことはたくさんあったのに、全く疑いを持てなかった私が愚かなのです。

まさか私が適当に言った『預言』に合わせて魔物が攻めてきていたなんて……!

…………。

なぐさめなんて、なぐさめなんて……!

ぐすっ、ぐすっ……ふえーん……


………………

…………

……


皆様、本当に、本当に、大変見苦しいところをお見せしてしまいました。

ところで王子殿下、殿下のご友人ってどんな方ですか?

おもてなしの都合があるからそろそろ教えていただきたいのですが。

さて、誰でしょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なるほどなぁ、難解でしたが面白かったです!
[一言] 一読目、良く判らないけど引き込まれ、 二読目、丁寧に読み、あぁ、となり。 利用され踊らされた偽りの理の賢者。だ、としても、夢見たそれであらんとし続けた彼女は、立派な賢者であると、思え――そ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ