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夏休みのアルバイト ―四号結界防衛戦―  作者: 墨人
第一章 パーティー結成編
8/73

結界にて2

説明回です。

 説明会を終えてから制服を受領して、入居の手続きをした。


 野戦服デザインの制服は着用を義務付けられていない。守備隊には色々な戦闘スタイルの人達が集まっていて、装備品もスタイルに合わせた独自の物を使っている場合がある。統一された制服では上手くマッチしない人もいるので強制できないのだ。


 私は制服を着る事にしていた。

 と言うのも、守備隊正式採用の制服は良い生地を使っているからだ。大量生産品なのでそれほど大掛かりなものではないが魔術的な強化も施されている。私がもともと着ていた天音流の剣術道着は厚手の生地を使っているにしても普通の布なので、制服に着替えるだけでも多少の防御力向上が見込めるのだった。


 制服は野戦服の上下と長袖のインナー、ブーツで一揃いになっている。

 胸当てを装備する時に違和感があるので上着は着ない。頑丈そうなごついブーツは最初どうかと思ったものの、実際に履いてみれば足首も自由に動いて良い具合だった。

 ちなみに何種類かの色違いがあったので当然の如く黒を選択している。


 私の他、成美や後城先生など近接戦主体の人は皆制服を貰っていて、逆に珠貴や灯、堂島学園長ら遠距離戦主体の魔術タイプは貰っていない。珠貴曰く「着なれた服の方が集中できる。防御力が変わるって言っても微々たるものだし」だそうだ。

 遠距離タイプでは唯一森上君だけは守備隊制服を受領していた。彼はもともと軍隊っぽい迷彩柄のズボンを愛用していたのである意味丁度良かったらしい。灰色の都市迷彩柄を選んでいた。


 そして入居。

 結界生活の拠点となるマイルーム目指して、ガイドブックを片手に指定の住所を訪ねた。結界内では碁盤目状の道路で区切られたブロック毎に番地が割り振られているので判り易い。ちなみにこの住所、結界内限定ではなく正式に認められた住所となっている。守備隊設備も含めた結界内と門前町を合わせて『四号結界』という一つの行政単位になっており、山梨県四号結界○丁目×番地△号と書けば郵便物も普通に届く。

 部屋は家具家電付きのワンルームマンションタイプだった。ベッドと机、クローゼット辺りは基本としてテレビやパソコンも揃っている。機器類は最新型でこそないものの販売当時は高スペックだった機種で、型落ちになっても十分に現役で通用する物ばかり。

 体一つで入居すれば即座に何不自由のない生活ができる、正に至れり尽くせりの部屋だ。これで家賃はタダなのだから恐れ入る。あらゆる商業施設を詰め込んだ街と言いこの部屋と言い、守備隊がいかに大切にされているのかを如実に物語っていると思った。


 *********************************


 どうして結界の中に街があるのか。

 どうしてわざわざ危険な結界の中に住まなくてはならないのか。

 事情を知らない人は疑問に思うだろう。

 そんな人が今の世界にいるのかは別にして。


 事情というのは、これもまた一部の魔族が持つ転移能力だった。


 第二次世界大戦が終結した当時、世界に四つだけ残ってしまった『穴』をどうするかについて人々は頭を悩ませたそうだ。何が原因なのか、どうしても『穴』その物を塞ぐ事ができなかった。魔族すら通過できる最大級の『穴』であるから放置はできない。転移能力持ちの魔族を警戒して全周を覆う球状結界を用いるのは早期に決定した。

 が、一つの問題があった。

 もしも『穴』を結界で覆っただけならば、『穴』を通ってやって来た魔族は結界の中で自由に行動できてしまう。当然内側から結界を破ろうとするだろう。


 天使の結界は非常に堅牢である。

 しかしながらその堅牢さにも上限がある。

 どんなに固くて丈夫でも、それを上回る力を受ければ砕け散る。

 当たり前の話だ。

 魔族を内側に閉じ込める結界は、同時に外側からの干渉も受け付けない。内側で魔族がどんな振る舞いに出ようとも、外からそれを止める術は無いのだ。邪魔する者がいなければ、時間はかかろうとも必ず結界は破られてしまうだろう。


 もしもその場に転移能力持ちの魔族がいたら。


 結界を破られてはならない。

 これが大前提だった。

 そして選択されたのが、『魔族が現れたなら結界を破壊する前に討伐する』ための戦力を結界内部に常駐させる、という方法だった。

 ……まあ事実上唯一の方法なので「選択」とは少し違うのかもしれないけれど。

 とにかくもこれが『結界守備隊』が結成された経緯だ。


 さて、常駐するとは即ちそこで生活するという事だ。

 もしも「結界のすぐ傍に建てられた小屋に鮨詰めにされ、食べるものは味気ない保存食ばかり。娯楽は何も無くずっと『穴』と睨めっこをしている」なんていうのが守備隊生活の実態だったら、いったい誰が志願するだろうか。仮に志願する人がいたとしても、そんな生活で精神がもつ筈がない。強過ぎるストレスで遠からずノイローゼになってしまうだろう。

 当時守備隊員になり得たのは第一世代のスキル保持者ばかり。

 民間人であり、義務など何も無いのに命を賭けて戦い、大戦を終結に導いた英雄達だ。そんな彼らに惨めな生活を強いるなど許されないという暗黙の了解もあった。


 そうして可能な限り快適に過ごせるように配慮された守備隊宿舎が建設された。

 戦闘の為の空間を確保する意味も含めて『穴』から十分に距離を置いた場所にかまぼこ隊舎が建ち並び、内部は狭いながらも個人の空間が確保できてプライバシーは守られる。炊飯車両が何台も持ち込まれていて毎食温かい食事にありつくことができ、定期的に運び込まれる補給物資には新聞や雑誌、映像ソフトが含まれていて娯楽も提供された。

 現在からすれば比べ物にならないくらい簡素ではあるけれど、猶予の無い中で急造した点を考慮すれば「十分だ。良くやってくれた」と当時の隊員にも逆に感謝されるような出来だった。


 そこから五十年余りを経て、改善に改善を重ねた結果が今の結界内の状況になっている。

 豪邸とは呼べないまでも快適なワンルームマンションの如き宿舎。

 どこの国の出身でも母国の料理が食べられるように誘致された様々な外食産業。

 危険な場所にいるストレスを緩和するために提供される娯楽の数々。

 かまぼこ隊舎から始まった守備隊は、一つの街を形成する規模にまで発展した。


 まれに「やりすぎだ」という声も上がっている。

 いくらなんでも金を掛け過ぎだろうと。

 でもそんな声は大きくなる前に消えていく。

 確かに巨額の資金が注ぎ込まれているけれど、世界中の国々がたった四カ所の結界の為にお金を出し合っているのだから一国当たりの負担額など高が知れている。それで世界を守る人達が気持ち良く働けるなら安いものだろうという声の方が遥かに大きく、また多かったからだ。


 ちなみに、街を維持する人達の多くはスキル保持者で占められている。コンビニの店員やレストランのウェイトレスも下位の魔物くらいなら自力で倒せるくらいの力を持っていたりするのだ。

 有事の際に結界が強化されれば外に逃げるのも不可能となる。守備隊が頑張っていれば街側に被害は出ない事になっているけれど、魔物に対して自衛の手段を持たない一般人にとっては敬遠したい職場なのだろう。また、結界内に進出している企業では専門校・上級専門校の卒業生を優先的に採用しているところが多く、間接的な守備隊支援に繋がっている。専門校卒業で高卒資格、上級専門校卒業で大卒資格が得られるとは言え、訓練に明け暮れていた専門校生は普通の学生に比べて就職が厳しいのが実情だ。就職の受け皿となってくれる企業の存在は専門校入学者を確保する助けになっている。

 ……一部の大企業では一般の新卒採用よりも専門校生枠の方が採用される確率が高いとして、それを理由に専門校に通うケースもあるらしい。本末転倒とはこの事だと思う。


 *********************************


 と、まあそんな訳で快適なマイルームが手に入った。バイト期間中はここに住んで、ここから出勤する事になる。


「桜―、買い物行こうよー」


 ノックと、成美の声が聞こえてきた。

 前園さんも言っていた通り出身校別に固まって入居している。しかも学年、クラス、出席番号の順で部屋割されているので成美は隣の部屋だ。


 荷物を最小限に抑えたので身の回りの品が何も無い。お風呂セットや歯磨きセットくらいはすぐに揃えないといけないので、取り敢えず買い物に行こうと話していた。


「すぐ行く。ちょっと待って」


 一声掛けて、出かける準備をした。

 武器ケースを開けて取り出した黒刀を剣帯で腰に吊る。結界内では専用の武器ケースを使わず、普通に装備した状態で武器を携帯しても良い事になっている。いや、むしろ推奨されている。危急の際にはそのまま戦闘域に駆けつける必要もあるからで、こういう部分では外との違いが実感された。


「お待たせ」


 内廊下に出ると成美、珠貴、灯が待っていた。成美は忍者刀と鞭、灯は魔術使い用の杖を装備している。珠貴は発動体を使わないので何も装備していない。



 またもやガイドブックのお世話になりながらのお店巡り。実際に買い物に回ってみると本当に何でもある。必要な物をさくさくと選んでいたら「なんだか男の子と買い物してるみたい……」と珠貴に言われてしまった。

 いやいや、生活必需品の類を買うのだから悩む必要は無いでしょうと思う。

 思ったままを言ってみたら「そういうふうに割り切っちゃうのが男の子っぽいんだけど」と更に返された……。「桜はそれで良いんだよー」と成美に言われ、灯がこくこく頷いていて、いや、それはフォローになっていないだろうと憮然としながら買い物を済ませることになった。


 そして買い物を終えて宿舎に帰ると、エレベーターホールで森上君達に行きあった。

 彼らも買い物帰りらしく両手に大きな荷物を持っている。


「っす! 先輩方も買い物でしたか。目当ての物は買えたっすか?」

「まあ当面必要な物はね。森上君たちこそどうなの? まあ男の子なら一晩くらいどうってことはないだろうけど」

「っ!? ……ま、まあそうっすね。一晩くらいはどうってこと無いっすよ! なあ? そうだよな?」


 なんだろう。森上君に同意を求められた他の男子の目が盛大に泳いでいる。「そ、そうだな」とか「当たり前だろ!」とか言いながら、魚だったら生簀から飛び出しそうな勢いで泳ぎまくりだ。そして疲れたような溜め息を吐いている水無瀬君。


「……ははーん、さては君達、『目当ての物』を首尾よくゲットしてきたねー?」

「あー……いや、まあ……はい……」


 ……そう言う事か。

 にんまりと笑いながら『目当ての物』を妙に強調した成美と、相変わらず挙動が不審な森上君達。あの袋の中に何が入っているのか、おおよその見当は付いた。守備隊隊員に適用される成人扱いの特権を早速行使してきたのだろう。

 私は「一晩くらいお風呂に入らなくても」のつもりだったのに。

 彼らの「一晩くらい」が何を意味しているのか、それは追及しないでおこう。

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