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いざ結界へ6

 ピンポンパンポーンと、どこか懐かしさを誘う放送お知らせチャイムが流れた。この音を聞くとスピーカーに目が行ってしまうのは何故なのだろう。放送は耳で聞くのだから、わざわざスピーカーを見ている必要はないのに。


『レストランで御待ちの皆様、予定通り二十分後に入場可能となりますので移動の準備をお願いします。繰り返します……』


 放送を聞いて、レストランで待っていた全員が一斉に動き始めた。

 黒刀入りのケースをストラップで肩に掛け、キャスター付きのスーツケースを引っ張って行く。お役所スペースからやって来た係員らしき人の後にぞろぞろと付いて行った。


 入って来たのとは逆側の出口から表に出るとそれが見えた。

 四号結界の入り口となる巨大な建物、門前町の物流センターだ。

 非常に大雑把な言い方をすると、物流センターは凱旋門みたいな形をしていた。アーチ状の開口部の下を道路が通っているという点で。実際には左右にも建物が続いているから全体の形は全然違うけれど。


 結界の中では日々様々な物資が消費されている。『衣食住』の生活に必須な物だけではない。守備隊員の士気を維持するための嗜好品や娯楽も含まれている。その中には……森上君が買いに行こうとしているエロ関連もあったりする。

 しかしそうした物資も全て安全を確認した後でなければ運び込めない。搬入作業も心理テストに合格した人員で固めなければならず、その辺りを効率的に行うのが門前町物流センターだ。

 私達も通って来た樹海縦断道路を色々な業者の貨物トラックが走って来る。トラックは物流センターに物資を納品し、センター内で検査の後、センターの職員によって結界に搬入される。センターの職員は、もちろん心理テストにパスした人達だ。


 係員の誘導に従がって、センターの中へと続く道路の歩道部分を進んでいく。車道には既に物資搬入のトラックが列を成して待機していた。


「……あれが結界中和筒」


 前方を見やり、珠貴が声を漏らす。

 珠貴の視線を追うと道路の全幅+αの直径の円筒状の構造物の中へと道路が続いていた。

 男性陣から「ほおー」と感嘆の息が漏れている。男の子は何にしろ大きい物に感動するらしい。かくいう私も感動はしないまでも、その施設が持つ意味に思いを致せばある種の感慨は湧いてくる。


『結界中和筒』

 天使が構築した結界を通過できる正規の手段としては世界唯一である。そんな大層な触れこみに反して、中に入ってしまえば普通のトンネルと変わらない見た目だ。円弧を描く壁や天井にオレンジ色の照明が連なっているのもその印象を強める。

 その見た目に騙されてはいけない。『結界中和筒』が特別なのは内側では無く外側なのだ。


 中和筒の先は結界面だ。基本乳白色の曇りガラスのような色合いで、シャボン玉の表面の様に濃淡が流動している。中和筒は結界面に触れないぎりぎりまで迫っていた。


「もうすぐ開口時間です。それまではここでお待ち下さい」


 係員さんに言われて中和筒の先端近くで立ち止まる。数歩歩けば結界面に触れられる、そんな位置だ。

 初めて間近に見る結界に皆興味津々。私も向こうに何か見えないかと目を凝らしてみた。ゆるゆると流れ動く表面の色合いに目を奪われる。

 と、結界を見上げる視界の下端を成美の後頭部が過ぎていった。


「ごくり……これが天使の結界……」

「駄目! 霧し……成美を近付けないで!」


 もう少しで悲鳴になりそうな珠貴の声に視線を下ろすと、成美がふらふらと結界面に吸い寄せられて行きそうになっていたので慌てて引き留めた。我に返った成美はバツが悪そうに「えへへ」と笑っている。バスの中であんな話をしたせいで妙に意識していしまったらしい。

 事態に気付いた森上君達も「霧嶋先輩、洒落にならないっすよ」と顔色を変えている。


 そんな私達を宇美月学園以外の面々は怪訝な顔をして見ていた。

 係員の人も「結界面に触れても危険はありませんよ」と実際に結界面に触って見せたりしている。結界は内外を隔絶する役割を担っているだけで、勢いを付けて思い切りぶつかればともかくも、普通に触れるだけなら単なる壁と同じだ。

 だから大丈夫だと言うけれどそうじゃない。危ないのは成美ではなく結界の方だ。

 成美が結界に触れて『破神』を発動してしまったら、いくら天使の結界でも無事では済むまい。まさに洒落にならない状況になって、悪気はありませんでしたで済む筈が無い。

 が、そんな事情を説明できる訳も無く、曖昧な笑みで「ですよねー」と応対するかしない。「何をやっているんだお前らは」という後城先生の目が地味に痛かった。


 待つこと暫し、係員の人が何度か腕時計を確認して、トンネル内にブザー音が響く。


「開口時間です」


 重い機械音とともに中和筒が動き始めた。ゆっくりと前進し、先端が結界面に触れ、さらに進む。そして至極あっさりと行く手を塞いでいた結界が消失した。


 *********************************


 結界は『穴』から出現する魔族や魔物を他に逃がさず、その場で殲滅するために存在する。それだけの目的であれば何も全周を覆う球状結界である必要はない。『穴』の周囲を壁状に取り囲めば良く、現在球状結界だから発生している数々の不都合も回避できる。

 それができないのは魔族の一部が空間転移テレポートの能力を持っているからだった。魔術的な技術なのか、生来の能力なのかは判らない。両方の種類がいるのかもしれない。そこは判らないが、とにかく空間転移する魔族がいる。

 第二次世界大戦当時、一番厄介だったのが転移能力持ちの魔族だったと言われている。

『穴』の周囲を警戒していても出現と同時に別の場所に転移してしまったり、戦闘中不利になるといきなり姿を消してしまったりと、対応が難しかったそうだ。

 そうした転移能力持ちに対して、ただ周りを囲むだけの壁は役に立たない。転移さえ封じる特殊な結界で一分の隙も無く完全に覆う必要があった。


 結界は一分の隙も無い球状。

 ならば守備隊員の出入りはどうするのか、守備隊員が消費する物資の搬入はどうするのか。その問題を解決するのが『結界中和筒』だった。

 中和筒の外側にはある特殊な物質が塗布されていて、結界自体には悪影響を与えずに遮断できる。結果として筒内のみ結界面が消失して自由に通行できるようになるのだ。


 結界中和筒の扱いは慎重すぎるほど慎重でなければならない。中和筒で使用時には結界に隙ができているので、その瞬間に転移能力持ちの魔族が現れれば結界外へ空間転移されてしまうかもしれない。討伐するのは可能であってもそれまでの時間で甚大な被害が出るのは確実だ。通常の戦力では事実上無力なので、スキル保持者が魔族に対抗できるだけの人数集まるまで完全に野放しになってしまうのだから。


 そんな訳で中和筒の使用は最小限度に抑える必要があった。

 面積と時間、両方の意味で。


 こちら物資搬入路の中和筒では時間的に最小になるように『開口時間』が定められている。物資搬入を最速で行うために最大効率で貨物を積載したトラックが開口部前に待機しており、開口と同時に結界に入場。同時に前回開口時間の搬入に使用された空荷のトラックが出場してくる。全てのトラックが通過するまで五分から十分が一度の開口時間となる。

 もちろん、結界内の状況を確認した上で問題が無ければ、である。 

 と言うよりも、結界内に異常があると中和筒さえ効果が無くなる。

 結界内に敵が現れて戦闘状態になると、結界は単純な意味での強度を増すために変質して中和筒であっても結界を突破できなくなる。仮に中和筒使用中に結界が変質した場合……効力を無くした中和筒は復活した結界面によってすっぱりと切断されてしまう。中和筒が過剰な長さを持っているのも、切断されるのを前提として予備部分を多く取っているからだ。


 ちなみに中和筒外面に塗布されている物質が何なのかは秘密にされていない。

 結界を突破する唯一の方法に関係しているのだから結界を標的とするテロリストに知られたら大変と思われるかもしれないが、知られても全く問題無い。その物質は天使の能力に由来していて、天使でないと生成できない。同じ天使由来ということで、結界の呪文記述に特別な反応をする条件物質として指定できた、と言う事らしい。

 その辺りは呪文開発に造詣の深い珠貴に教えて貰った。


 *********************************


 前方に見えるのはこちら側と同様の物流センターの風景だ。

「さあ、どうぞ進んで下さい」と係員さんに促された。

 結界面があった場所、道路には赤いラインが引かれている。跨ぐ時に見てみたら、そのラインの中心線には数ミリの切れ目が入っていた。結界面によって道路が寸断されている場所であり、もしも今結界が変質したら、赤ライン上にある物は同じように切断されてしまうのだと思うとぞっとする。大丈夫だと判っていてもラインを跨ぐ時だけ速足になってしまった。みんなそんな感じで、極端な人だとラインをぴょんと跳び越えている。

 私が言うのもなんだけれど、そんな事には全然意味が無い。


 貨物搬入のトラックはそれぞれ定められた荷下し場に向かっていく。

 私達は係員さんの誘導に従がってそのまま奥へと進み、こちら側も同様の凱旋門風のアーチを潜った。


 開けた視界には一つの都市が広がっていた。

 真っ直ぐに伸びていく道路と、両側に並ぶビル群。

 掛け値なしに一つの都市がまるごと結界の中に収まっている。

 私がここを訪れたのはもちろん初めての経験だが、強い既視感があった。


「おー、本当にそっくりだねー。っていうかそのままマッピングしてたのかなー」


 同じように感じただろう成美が歓声を上げている。

 見たことあるような感じがするのも当然だった。

 だって見たことがある。


 画一的な外観のビルが規則正しく並ぶ街並み。ビルの低層階は大抵が何らかの店舗になっていて、道路に面にした外壁には様々な看板が掛っている。ちょっと見渡しただけでも食料品店や衣料品店、居酒屋、書店、文房具店、ファミレス等々、およそ普通の街にあるだろう商店や施設がひしめいていた。


 そう、これは冬休みに参加したアルバイトの、最終試験と銘打たれた耐久バトルの舞台とそっくりだった。メーカーの藤田さんは「せっかくのリアルモードですから、フィールドマップもリアルにしてみました」と言っていた。やはり実際のこの地形をそのままマッピングして再現していたのだろうと思われる。


 外は一面の樹海。

 そして一歩中に入れば街がある。

 その落差に足を止めた私達の前に、守備隊の制服を着た男性が現れた。


「ようこそ四号結界へ。君達を歓迎する」


 そんな短い挨拶が結界に入ったのだと強く実感させた。

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