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いざ結界へ5

「さっき先生が言っていた天音新流ってなんなの? 天音流剣術とは違うの?」


 委員長と相沢さんが揃って首を傾げていた。

 私が天音新流を名乗る事になった件を委員長達は知らない。名乗ると言っても道場を開いている訳でもなく、今のところスキル構成の表記が変わるだけなので、以前から話をしていた成美と沙織、構成書を訂正する関係で後城先生、この三人にしか伝えていない。

 後城先生経由で学園長とかも知っているかもしれないが。


 特に隠す必要もないので天音新流を名乗るに至った経緯を掻い摘んで説明した。

 すると相沢さんは「天音さんの師匠ってエルダーでしょ? エルダーに一人前と認められるなんて凄い!」とまるで自分の事のように喜んで祝福してくれた。ついでに成美が「そうでしょー! 凄いでしょー!」とまるで自分の事のように得意になっていた。


 相沢さんはそんな感じなのに、委員長は「そうすると……」と何やら考え込んでいて、やがてにんまりと、ちょっと悪い事を考えていそうな笑みを浮かべた。


「ど、どうしたの委員長?」

「うん? あのさ、前に天音流剣術道場のサイトを見た事があって。天音さんのお父さんが天音流剣術の総帥ってなってたのよ」

「まあ、そうね。お父さんが天音流剣術の創始者であり総帥よ」


 そう言えばもしも私の両親が師匠のお眼鏡に敵っていた場合、流派名はどうなっていたのだろう。師匠が教えたままの剣術を修得したのなら、伝えられる流派名は『ふりゅう』だ。師匠自身がどんな漢字が当たるのかを知らない『ふりゅう』という流派名。まさか平仮名表記のまま名乗るとも思えない。第一候補に上がっていた『風』の字をあてて『風流ふりゅう』にするか、それともやっぱり天音流になったのか。


「それでさ、天音新流って今は天音さん一人なのよね」

「そうだけど……なに? ぼっちだとでも言いたいの?」

「その言い方をするつもりはなかったけど……まあ一人なのよね? そうすると天音さんが天音新流の総帥って事で間違いない?」

「え? 総帥? んー……そういうことになるのかな」


 その流派の中で最上位の人を指して総帥と呼ぶ。

 天音新流では私が最上位。

 ぼっち流派だから上も下もなく、自動的にそうなってしまう。


「おー! 天音新流総帥! 桜かっこいいー!」

「ちょ、止めてよ。総帥ったって私だけなんだからさ」


 自動的にそうなってしまうというだけで、それなのに大袈裟に総帥と言われるのは何とも言い難い気持ちにさせられる。「えー、なんでー? いいじゃん、総帥」と言ってくる成美を抑えていると、委員長がわざとらしい咳払いをした。


「さて天音さん、私は今から天音さんを『総帥』と呼ぶ事にします」


 口調も改めての宣言には「はあ?」としか答えられない。成美がそう呼ぼうとするのを止めさせようとしている最中に、どうして委員長まで。


「止めてよ。呼ぶなら普通に……」

「総帥は総帥って呼ばれるの嫌なの? どうして? 良いじゃない総帥なんだから」

「ちょっと、なにそれ、成美の真似なの?」


 抗議しても委員長は澄ました顔をしている。

 その隣で相沢さんが何かを察したような顔になっていて「何か知ってるの?」と目で問い掛けてみたけど返事はなかった。アイコンタクトは委員長としか通じないのか。


「もしも総帥と呼ばれたくないのなら」

「呼ばれたくないのなら?」

「私の事も『委員長』ではなく、ちゃんと名前で呼んで下さい」

「え? どうし……っ!?」


 どうして? 良いじゃない、委員長なんだから。

 何も考えずに口走りそうになった言葉を慌てて飲み込んだ。


 あ、やばい、ちょっと血の気が引いた。

 もしかして私、委員長に対してずっと酷い事してた?


 訳知り顔の相沢さんをそっと窺うと、今度は助け船を出してくれた。


「三条さんね、気にしてたのよ。ずっと委員長って役職呼びなのは、もしかして自分の名前を憶えてくれてないんじゃないかって」

「そんな訳無いじゃない。いくら私でも……」

「名前憶えるのが苦手だって言ってたでしょ? 私だってAさんとか呼ばれて半年くらいは憶えてくれなかったし」


 ……相沢さんのは助け舟じゃなかった。

 これ、委員長への援護射撃だ。

 恨みがましい声がチクチクと痛い。


「さあ、総帥どうするの? このまま総帥って呼ぶ? それとも?」


 さあさあさあと急かしてくる委員長。

 これはもう腹を括るしかない。

 私が総帥呼びを嫌がる理由と、委員長が委員長呼びを嫌がる理由はちょっと違うみたいだけど、普通に名前で呼ばれたいのにそれが叶えられないという状況は同じ。


 一年以上もそんな仕打ちをしてしまった非をまずお詫びしよう。

 間違っても「一言言ってくれれば良かったのに」なんて責任転嫁な発言をしてはいけない。


「ごめんなさい。委員長が気にしてるのに気付けなかった」

「……」


 委員長の、私を見る目が、変わってしまった。

 あれは間違いなく残念な子を見る目だ。


「桜、桜、謝るなら呼び方変えないと」


 こっそりと成美が教えてくれた。

 そりゃそうだ。「委員長呼びしてごめんなさい」なのに、その呼びかけに「委員長」て。私は確かに残念なのかもしれない。


 ……でも、一年以上続けてきた呼び方を急に変えるなんて緊張する。

 このままだと噛んでしまいそうだ。

 ちょっと集中&気合を入れて……。


「珠貴、今までごめんなさい。これからはちゃんと珠貴と呼ばせてもらうわ」


 よし、噛まずに言えた。

 ちゃんと呼び方も変えて謝罪も済ませた。後は「だから総帥と呼ばないで」と続けるつもりだったのだけど、肝心の委員ちょ……もとい、珠貴がぼーっとしていて話を聞いていない。

 ん? どういう訳か相沢さんも、いや成美まで!?


「ちょ、ちょいと、い……珠貴、どうしたの!? 相沢さんも! で、成美はなんで便乗してるのよ!?」

「さ、桜ー、いきなり男前モードは卑怯だよー。流れ弾でダメージ受ける所だったー」

「……私はきっちり流れ弾でダメージ受けたわ。というか……もろに直撃だった三条さんが心配なんだけど」


 相沢さんは、い……珠貴の目の前で手をひらひらとさせるが反応が無い。「うーん、ちょっと飛んじゃってるかな?」と腕組みした相沢さんは「仕方ないか。ごめんね三条さん」と一方的に宣言して、珠貴の頬に往復ビンタ。手加減はしているようでぱむぱむと軽い音がする。


「三条さん、帰って来て」

「……はっ!? あ、相沢さん、私どれくらい意識を失っていたの!?」

「良かった、気が付いたのね! 大丈夫、一分も経ってないから」


 ……なんですかこの小芝居は。

 委員ちょ……珠貴も相沢さんもこういうノリでふざけるタイプじゃない筈なのに。

 つまり、これって二人ともマジでやってる?

 何事なのか訊ねようとしたら、顔を真っ赤にした珠貴に怒られた。


「天音さん! 不意打ち過ぎ! いきなり男前にならないで!」


 酷い言いがかりだ。男前だのなんだのは周りが勝手に言っているだけで、私自身が意識して切り替えている訳じゃない。私だって男っぽくなんてなりたくないのに。


「危なかったわ。不意打ちで、しかも下の名前呼び捨て。本当に危ない。どれくらい危ないって私が道を踏み外しそうになるくらい危なかったわよ」

「……あのさあ、私真剣に謝ったよ? それに何? 下の名前の呼び捨てが不満なら三条さんって呼ぶけど?」

「それは駄目。一度珠貴って呼んだんだからもうそれで通してちょうだい」


 男に二言無しでしょ、と珠貴は言う。

 いや男じゃないから、と突っ込むのを期待しているみたいなのでそのまま突っ込んだら「武士にも二言はないらしいわよ」と横から相沢さんが。武士でもないけど……侍系の剣術スキルを使っている手前否定しきれない。


「まあね、いくら天音さんでもこの期に及んで私の名前を憶えてないとか、本気で思ってたわけじゃないのよ。ただこれから結界に入るでしょ? 身内しかいない学園ならともかく、守備隊に組み込まれるのに委員長って呼び方を続けるのはどうかなって。そう思った訳。ちょっと意地悪な言い方になっちゃったけど良い機会だったから」

「はあ……判ったわよ。これからはちゃんと珠貴って呼ぶから、そっちも総帥は止めてよね。あ、成美も。良いわね?」


 成美に話を振ったのは、私を総帥と呼ばないようにだけでなく、珠貴を委員長と呼ばないようにとの意味もある。私の記憶が確かなら、成美は最初普通に「三条さん」と呼んでいた筈。委員長と呼ぶようになったのは多分私の影響だ。


「了解了解。じゃあ私も珠貴って呼ぶね。珠貴も私の事は成美って呼んで」


 成美はあっさりと了承した上に自分の呼ばれ方の指定までしていた。相変わらず呼び方を簡単に切り替えてくる。逆に委員長の方が「判ったわ。な……成美」とたじたじしていた。私の感覚からすると普通はこうだと思うのだけど。


 そして成美は止まらない。


「いっそ皆名前呼び捨てにしちゃおう! 灯もそれで良いよねー!」

「ええっ!? 私もなの!?」


 いきなり話に巻き込まれた相沢さんが目を丸くしている。

 思えば珠貴と相沢さんは頻繁に行動を共にしている割には「三条さん」「相沢さん」と名字さん付けで呼びあっている。頻繁に一緒にいて親密なのは間違いないから、単に名前呼び捨てに変えるのが照れ臭かっただけだと思う。

 一度そうなってしまうと変える切っ掛けが掴み難く、そのまま三年生になってしまったのだろう。

 そう考えれば成美の強引な提案も悪くない。


「OK! 珠貴も灯もそういう事で今後ともよろしく!」


 照れ臭いのは私も同じなので、それを振り払うように少し勢いを付けて宣言した。

 更に目を丸くした灯も「……よろしく、桜」と応じてくれた。

 が、少し困ったような顔もする。


「これ学園に帰ってから大変そう。今まで天音さんを桜って呼ぶのは……成美と姫木さんの特権みたいな感じだったから。桜のファンに追及されるかもしれない」


 ……なんですか、それ。


「あー、それあるかも。やっぱり天音さんのままにしておこうか? それか総帥」


 珠貴までそんな事を言う。

 男や武士でなくても二言は許しません。

 覚悟を決めて桜と呼んで貰おうと固く心に誓った。

と、言う訳で次回以降は


委員長 → 珠貴

相沢さん → 灯


と表記が変更されます。

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