いざ結界へ4
「なんだ、そういうことか。まあ確かに中で買えば済むのよね」
と納得している委員長。ただしエログッズの話なので若干引き気味になっている。
「中でって……そりゃ中でも売ってるだろうけどさ、森上君には買えないでしょ?」
結界内の充実した施設を考えれば、男性向けのエログッズくらいは普通に売っているだろう。で、普通の販売体制であれば、やっぱり普通に年齢制限が適用される。十六か七か、いずれにせよ十八歳になっていない森上君では購入できないのだ。
その点を指摘しても、森上君は不敵な笑みを浮かべている。
「ふっふっふっ、天音先輩、自分を侮り過ぎっすよ。自分、ちゃんと調べたっすから。自分の年齢は関係無いんっす」
「調べたって何を……あ!? まさか!? わ、私に買いに行かせるつもりじゃないでしょうね!?」
森上君自身の年齢が関係無いのなら、彼以外の人が買いに行くのだろう。でも参加メンバーで十八歳に達しているのは三年生の中でも誕生日が早い人だけで、残念ながら男子にはいない。森上君がこんな話を出来る三年生女子なんて私くらいしかいないだろうし。
仮にも女子の私に男性用エログッズを買いに行かせようなんて、それはもう羞恥プレイの範疇に入るのではなかろうか。すると森上君は特殊な嗜好の持ち主なのだろうか。もっと純粋なおっぱい大好き人間だと思っていたのに。見損なったぞ、森上君。
「……森上、凄い誤解されてるみたいだよ。今の内にちゃんと解いておかないと」
「天音さん、あなた多分とんでもない見当違いをしているわよ」
「そうだよ桜―。そっち方向にいっちゃうと流石に森上君が不憫かなー」
水無瀬君と委員長と成美が立て続けに言っている。
むむ? 誤解で見当違いで森上君が不憫とな?
当の森上君は「これはこれで新境地っすが、自分の趣味とはちょっと違うっすね」と訳の判らない事を言っている。
何が新境地なのか。
「天音さんはさ、ただでさえ判り易いんだからもう少し気を付けた方が良いと思うわよ。さっきの目付き、森上君だから新境地とか言ってるけど、ちょっと気の弱い人だったら再起不能になりかねないから」
じっくり諭すように委員長に言われた。
「再起不能って穏やかじゃないわね。私が一体どんな目付きをしてたって言うのよ」
「ゴミムシを見るような目だったー。関係無い私までゾクゾクしちゃったよー」
「蔑みの視線が突き刺さって来たっす!」
「だって森上君が……って、誤解なの? 私に買いに行かせようっていうのじゃなくて?」
「そうっすよ。いくらなんでも先輩に買い物頼むなんて自分には出来ないっす!」
そこはきっぱりと否定する森上君。
ちょっとお調子者っぽいところもあるけれど、体育会的であり武道系な礼儀正しさの持ち主だ。上級生ということで一応目上認定しているだろう私にお使いを頼んだりはしないか。
これは確かに誤解で見当違いで森上君が不憫な勘違いだった。
しかし、そうなると森上君はどうやってエログッズを入手するつもりなのだろう。
「天音先輩も説明書とか読まない方っすかね。これちょっと調べれば出てくる話なんすけど……守備隊に入ると成人扱いになって年齢制限が外れるっすよ」
「そうなの?」
「そうなんすよ」
「そうだよー」
「そうなのよ」
「そうなんですよ」
森上君の説明に問い返したら、森上君と成美と委員長と水無瀬君の四連続で返された。何この示し合わせたような連携攻撃。皆は知っていて、私だけ知らなかったって事?
なんかアウェーな感じがするのは気のせいだろうか。
こっちにいるよりもあそこで正座している男子達に混ざるべきなのかと、そんな気にさえなってくる。
「うーん、天音さんはあんまり関係なさそうだし、知らなくても仕方ないのかな」
おっと、委員長が私をフォローしてくれている。
丁度良い。聞くは一時の恥、この機会に聞いてしまおう。
「成人扱いってどういう事なの? 年齢制限外れるって普通じゃないでしょ」
「主にポーション類を使えるようにって意味合いね。ポーションに年齢制限あるのは知ってるでしょ?」
「それは、うん、知ってる」
魔力回復薬や体力回復薬の内、効果の高い物は『ポーション』として区別されて未成年の使用は規制されている。これは所謂『ポーション酔い』や、使い過ぎると中毒や依存症になる危険があるからだ。海魔迎撃戦で提供されていた青汁もどきの魔力回復薬やラムネもどきの体力回復薬は規制されていない全年齢向けで、その代わり効果もお察しのレベルになっている。
「でも守備隊に参加するなら青汁やラムネじゃ頼りないでしょ? 魔力が切れてヤバいって時に、未成年だからポーション飲んじゃ駄目なんてナンセンスよね。だったら守備隊員は全員成人扱いにしてポーションもOKにしておきましょうって事。もちろん飲んだ結果については自己責任だけどね」
「それにそうした年齢制限は国によってまちまちっすから。結界はパスポートこそ必要無いっすけど日本の中の外国みたいな扱いっすし、日本の制度をそのまま適用できないってのもあると思うっす」
なるほど、委員長と森上君の説明は判り易い。
魔術タイプの人にとって魔力回復のポーションは重大な関心事で、だから事前に調べていたのだろうと察しも付く。
が、しかし、
「そういう制度を利用してエログッズを買うって……森上君、それはちょっとどうかと思うんだけど……」
と言わざるを得ない。
死活問題になりかねないポーションとエログッズではこちらの見る目も変わろうというものだ。
「や、そうは言いますが、あれ見て下さい。ああなるくらいなら潔く現地調達って決めた方が良いじゃないっすか。結界に入りさえすれば合法的に買えるんっすから」
正座させられている男子達を指差す森上君。
いや、人を指差すのは行儀が悪いよと注意しておく。
とはいえ言いたい事は判ったし、それについてはとやかく言わないことにしておこう。
現実問題として、ああして検査に引っ掛かっている男子がいる事からも判るように、規制されていたって入手はできてしまうのである。未だ十八歳になっていない沙織だってエロゲの類は持っているみたいだし、余り目くじらを立てても仕方ないだろう。
後城先生も見つけてしまったからにはスルーもできずで説教しているのだろうし。
あと、ポーションには縁の無さそうな成美までがこの制度を承知していた理由については追及しないでおこうと思う。知らない方が良い答えが返ってきそうだから。
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男子側も全員問題無く心理テストに合格し、宇美月学園メンバーは一人の欠員も無く結界に入れる事となった。
が、OKなら即入れるという訳ではない。
「次の開口時間までは待機だ」
後城先生の号令でサービスエリアの方に移動して待つ事になった。
エログッズを没収された上に正座で説教されていたグループは意気消沈していて、そんな彼らを森上君と水無瀬君が慰めている。
「まったく困った奴らだ」
と苦笑いを浮かべている後城先生は、自分の荷物とは別に真新しい紙袋を持っている。没収したエログッズが入っているのは明白で、処分せずにいるということは結界に入ってから返却するのだろうか。
さて、それはともかく待機である。
レストランのテーブルに陣取ってはいるけれど夕食にはまだ早い。自販機コーナーが充実していたので適当に飲み物を買って寛いでいた。ちなみに成美は当然の如くマックスなコーヒーを飲んでいる。
レストランを見回すと、他にもいくつかのグループがいた。
私達と同様に制服姿なのは専門校枠の短期バイト、私服姿の集団は上級専門校の学生だろう。夏休みの日程なんてどこも同じようなものだろうから、結界入りする日が重なったものと思われる。
こうして見ると、やっぱり上級専門校の人達は一枚二枚上手に見える。
専門校で三年間を過ごし、更に先を目指そうと考えられるだけの実力があったから上級専門校に進んだ。その中でさらに上位に食い込んだ人達が今回のバイトに応募したのだろうから、学生の中では間違いなくトップクラスだ。
「天音、お前でも気後れするのか?」
「あ、先生」
「いや、余計なお世話かも知れんが、どうもそんな感じだったんでな」
後城先生は向かいの席に腰を下ろした。
3-B女子で固まっていたので、担任の後城先生が入って来ても違和感はあまりない。
……しかし、先生にまで表情で内心を読まれたのだろうか。
「まあ、そうだな。表情をそのまま読めば気後れしているとしか見えなかった」
「先生……私何も言ってないんですが……」
「そう言えばそうだな」
先生は「天音は念話みたいな能力でも持ってるのか?」と目を瞠っている。
そんな能力はこれっぽっちもありませんが。
「それはどうでも良い」と軽く流されるのもどうなのかと思う。
「上級専門校の奴らはもちろんお前達より上手だろう。だがお前達もけして負けていないぞ。だからこそメンバー候補として選定したんだからな」
「判ってるよー! 私は先生を信じてるー!」
「……霧嶋は少し自重しておけ。能力はともかく性格的にポカをやらかしそうだ」
「えー、酷いよ先生―!」
成美と先生の掛け合いが始まってしまった。
賑やかな声に他の学校の人達が何事かと見ていたりして、男性からの成美への注目度が高いように思える。
ひとしきり掛け合いをして、先生は去り際にこう言った。
「天音、シシルさんに許されて天音新流を名乗っているんだろ? 自信を持て」
うん、自分に自信を持とう。
過信になるのはいけないけれど、候補に選んでくれた先生達と新流派の名乗りを許してくれた師匠が評価してくれている分くらいは自信を持たなくてはいけない。そうでなければ実力分の働きができず、期待を裏切ってしまうだろうから。
「ありがとうございます」
気付かせてくれた先生にお礼を言ったら「天音はいつも礼儀正しいな。霧嶋に爪の垢でも煎じて飲ませてやってくれ」と軽く言いながら元の席に戻っていった。
引き合いに出された成美は……冗談だと判っているのか機嫌を損ねた様子は無かった。