いざ結界へ3
拗ねてしまった成美をあやしている内にバスは結界の畔に到達していた。
道路は直接結界に進入するのではなく、手前に設けられた『門前町』と通称される施設に吸い込まれている。物流の集荷センターとサービスエリアを足したような感じだ。
外から来た人や物が、そのまま結界に入る事はない。
結界の機能に障害が発生すれば、それは最悪の場合人類社会の崩壊に繋がる。委員長も言っていたように、結界に対するテロは世界で一番重い罪になるのだ。
そんな犯罪を未然に防ぐために、結界に入る人や物は必ず門前町で一時止め置きとなり、危険人物や危険物が結界に入らないように厳重なチェックを受けることになる。
宇美月学園のバスはサービスエリアのような区画へ進み、これまたサービスエリアにそっくりな駐車場に停車した。
「ここで降りるぞ。忘れ物をしないようにな」
後城先生が言って、各人自分の手荷物を持ってバスを降りる。
運転手の人がバス側面の荷物室から各人の荷物を運び出していた。
私も含めて大体がスーツケース一つくらいに纏めている。最低でも一月以上の滞在になると考えれば少なすぎるように思えるかもしれない。が、二つの理由で荷物は少なくするべきだと教えられていて、その内の一つがこれから行われる所持品検査だ。
危険物を排除するための検査は徹底的に行われる。
爆弾や致死ウィルス等の生物兵器、災いを引き起こす魔術的な呪具に至るまで、結界に持ち込んではならない物は多岐にわたる。生物兵器は小さなカプセル程度でも持ち込めるし、『魔術的な何か』となるとどんな形でも有り得る。
結果として、例えばどこからどう見ても『女性の下着』な物品だとしても、検査官は一つ一つ全てを検査しなくてはならなくなる。
これ、検査する側もされる側も、どっちも堪ったものではない。
「持ち込む荷物はできるだけ少なくしましょう」というのは、双方にとってメリットのある暗黙の了解なのだった。
私が持ち込むのは装備品を除けば最低限の着替えとCOD用ヘッドセットだけだ。
数枚の下着以外は見られて恥ずかしいものではなく、その下着にしても買ったばかりの未使用品である。下着に関して女子はみんなこうしている筈だ。
サービスエリアの建物に入ると、半分はやっぱりサービスエリアっぽくレストランや売店が入っていて、残る半分がお役所っぽくなっていた。部門毎に分かれた受付カウンターとか待合席とかだ。
「宇美月学園からの短期バイトです。これが名簿、こちらが……」
先生達がカウンターで受け付けを済ませると待つ程も無く係の人がやって来て、男女別々に誘導された。
まずは荷物を預ける為のチェックリスト確認。予め作っておいた所持品リストを検査官と一緒に確認していく。何をどれだけ預けたかをはっきり判るようにしておいて、検査後の引き取り時にもう一度確認する事になる。沙織から預かったペンダントはリストに入っていなかったのでこの場で追加した。
その後は衝立で幾つかに仕切られた部屋に通された。
仕切られたスペースのそれぞれに女性の担当者が待機している。
「それでは一人ずつ、順番にお呼びします」
呼ぶ順番は五十音順だったようで、私は相沢さんの次に呼ばれた。
スペースに入って仕切りの衝立をスライドさせると周囲からの視線は完全に遮断される。
私を迎えた女性担当者は私を見るなり「お、大きいわね」と。
……こういう反応は久し振りだ。宇美月学園ではもう私の身長は浸透しているので驚かれる事はない。
女性はクリップボードの書類に目を落としながら「天音桜さんね?」や「細かい私物も検査に出しているわね?」など淡々と確認していった。
そして口頭での確認が終わると、
「では心理テストを行います」
言って、額と後頭部に挟むようにして手を当ててくる。
ヒュプノシス系魔術を用いた心理テストだ。
スキル専門校入学の条件となるテストと同系統ながら、更に深い深度の心理までを探査する高レベルのテストになる。
――と言っても、受ける立場としては何をするわけでもない。テストが始まると同時に意識が遠退くような感じになって、気が付いたらもう終わっているという具合だ。
なので「はい、終わったわよ。お疲れ様」と言われても「はあ、どうも」としか言いようがない。
私にとってはこの後に続いた検査の方が大変だった。
検査官さんは「では最後に、今身に着けている物の検査をします。全部脱いで下さい」と言ったのだ。思わず「はい?」と間の抜けた声を出してしまった。
「結界に持ち込む物は全て検査すると通達している筈ですが」
「あー、そうですけど、心理テストに合格したならそこまでする必要無くないですか?」
「あなたはテストに合格しましたが、あなたの預かり知らないところで衣服に良からぬ仕込みがされているかもしれないでしょう? 検査は省略できません」
うーん、こう言われては拒否できないか。
不正をしないように監視下で脱ぐのも検査の一環だそうで、担当女性が見ている前で一枚一枚脱いでいくことになった。変に意識すると余計恥ずかしくなるので、脱ぐのが当然です当たり前の事ですと念じならさっさと脱いだ。
検査官は同性であるし仕事でもあるしで、特に感情を窺わせない目で見ていたのだけど、サラシを解いた時にはくわっと目を見開き「お、大きいわね!」と。
……この反応も久し振りだった。宇美月学園では去年の学園祭の動画のせいで私の胸についても浸透しているので、今さら驚く人はいないのだ。
脱いだ衣服は脱衣籠に纏めて別にいる専門の検査官に引き渡されて……おや? 検査官さんがマジマジと私の胸を見て悩んでいる。こんなに見られていると落ち着かないし、なにより彼女の悩みを解消して上げないと服が着れないので「あの? どうかしましたか?」と訊ねてみた。
その結果。
「ええと、天音桜さん、随分と立派なバストなのですが、先ほどのサラシを着用していた状態との差異が余りに不自然なので……その……確認をさせて頂きたいのですが」
「……ギニューとお疑いで?」
「有り体に言うとそうです」
「ところで、確認はどうやってするのですか?」
「申し訳ありませんが、触診させて頂きます」
「……」
内心で溜め息を吐く私。
この遣り取り、言うまでも無く去年の海魔迎撃戦の時に東原君達との間にあったのと同じ流れになっている。
私はサラシを巻く時に気功スキルの身体強化を併用していて、通常では有り得ないくらいに胸を潰している。そのせいで東原君達にはギニュー疑惑を掛けられ、本物かどうかを確認するために揉ませてくれとまで言われた。もちろんそれは断った。
けれど、同じ流れで今要求されている触診は断れない。ギニュー、つまり付け乳くらいの体積があれば様々な物を仕込める。そうした嫌疑がかかる余地がある以上、「どうぞ」と胸を差し出すしかなかったのだ。
「それでは失礼して……」
と検査官さんが私の胸に触れてきた。
検査官さん、ごくりと喉を鳴らしたのは何故ですか?
もっと仕事として淡々とやってくれないと恥ずかしいのですが。
触診だから揉むのは仕方ないと思います。
でも摘んで引っ張る必要は本当にあるのですか。
「最近のギニューは精巧です。見た目だけでなく触感までも。ですからこうして反応を窺うのもチェック方法の一つなのです」
私は何も言っていないのに、担当官さんは摘んで引っ張りながら説明してくれた。
なるほど、科学と魔術が進歩した今の御時世、本物そっくりのギニューも作れるのだろう。担当官さんは慣れた手付きで検査を続けて、そして窺っていた反応があったらしく、「はい、ギニュー疑惑は晴れましたよ」と。
むう……反応させられてしまった……。
なんだろう。身の潔白が証明されたというのに、気分的には負けた感じになっている。
まあそんなこんなで私の検査は終了した。
*********************************
女子の部では成美が検査に手間取っていた。
心理テストの探査魔術が効き難く、阻害する対抗措置を執っているのではないかと疑われてしまったのだ。
成美はユニークスキル『破神』の影響で、非発動時でも体に抵抗力が備わってしまっている。成美自身の意思に関係なく、非物理系のスキルは効き難いのである。
結局『破神』について説明したうえで、もっと魔術レベルの高い検査官に交代してテストを受けていた。
それ以外は特に問題も無く全員テストにパスして、返却された荷物を持って最初の受付の所に戻ったら、数人の男子生徒が正座して後城先生の説教を受けていた。
少し離れたところに森上君と水無瀬君が並んで立っていたので事情を聞いてみる。
「森上君、あの子達何やらかしたの?」
「や、所持品検査にちょっと引っ掛かったんすよ」
「ええっ!? まさかテロ? 荷物に何か紛れ込まされたとか!?」
一緒に聞いていた委員長が驚いている。
が、そういう引っ掛かり方だったら正座で説教は無いと思う。
果たして森上君はこう言った。
「年齢制限のあるエログッズが見つかりまして。まあ没収から説教のコンボっすよ」
「……彼らも所持品検査があるのは知ってたのよね?」
「もちろん知ってたっすよ。自分も注意しておいたんっすけど……」
あ、そう言えば説教されているのはバスの中で森上君達と一緒に固まっていたメンバーだ。
「あれ? ってことは森上君と水無瀬君はそういうの持って来なかったのよね? 水無瀬君は真面目だから判るんだけど、森上君が何も持ってきてないって意外な気がする」
「天音先輩、それは酷いっす! 自分そんな迂闊な事するように見えるっすか!?」
森上君は憤慨しているように見えるけれど……。なんとなく憤慨の方向性が違うような気がする。エログッズを持っているか否かではなく、所持品検査に引っ掛かるようなヘマをするかどうか、そっちを問題にしているようだ。
「……まさか、森上君、検査逃れの不正なんかしてるんじゃないでしょうね」
「どうしてそっちに話が行くっすか。正真正銘自分は何も持ってきてないっすよ。わざわざ持ち込まなくても中で手に入れれば良いんっすから!」
疑わしげな委員長に、森上君は自信満々に言い返していた。