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夏休みのアルバイト ―四号結界防衛戦―  作者: 墨人
第二章 結界の日常編
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結界守備隊1

 四号結界においては、人が生活する街は南側に、『穴』とそこから出現する魔物や魔族と戦うための戦闘域は北側にと、明確に区分されている。これは他の結界も同様であり、異なるとすれば東西南北の方位くらいだ。

 この区分をしているのが結界を端から端までを横断もしくは縦断する壁である。

 壁は街を守る防壁であると共に、頂上部に通廊を有していて大規模戦闘に際しては後衛魔術使いが陣取る場所ともなる。


 結界生活三日目。

 昨日無事にパーティーメンバーが確定した私達宇美月学園メンバーは、初の守備隊任務に就き、隊舎屋上から壁上通廊へと続く階段を登っていた。足を交互に前に出して階段を登るという単純な動作をしながら、抑えようのない緊張と期待に心臓が僅かに鼓動を速めているのを感じる。

 この階段を登り切れば、私達は『穴』を肉眼に捉える事となる。

 世界に残ってしまった四つの『穴』の一つ。観測史上最大の規模は魔族の通過さえ可能としてしまう。世界中の耳目を集める存在でありながら、これを肉眼で見る事のできる人間は守備隊員に限られている。戦闘域および壁上通廊への立ち入りが許されているのは守備隊員のみだからだ。

 だから、引率の先生二人も含めて私達がそれを見るのは人生初めての体験となる。


 逸る気持ちを抑えて最後の数段を殊更ゆっくりと踏破して壁上通廊に一歩を刻む。人が十人は横並びで歩けるだけの幅を持つ通廊は戦闘域側に狭間胸壁を備えていて、その凹部から北の方向を望めば、そこに『穴』があった。


「あれが……魔界に通じる『穴』……」


 一般的に『穴』と呼ばれるそれは、見たままを表現するなら黒い霧の様な物質が緩やかに滞留しながら球形を維持している、となる。名前に反して向こう側が覗き見られるような類の穴ではない訳だ。そして所謂空間の裂け目的にこちらとあちらが直接繋がっているのでも無いらしい。これは大気の流入も流出も観測されない事から推測されている。

 魔術的に言えば転送陣、ゲーム的に言えばPORTAL、そのような空間を越える何かが黒い球体の中にあるのだろうと考えられていた。


 こうして肉眼で見るのは初めてであっても、資料の映像や写真では何度もお目にかかっている。が、間接的に見るのと、こうして『穴』が存在するのと同じ空間に身を置いて肉眼で見るのとでは全く違う。約一キロの距離を隔てても、それはそこに――いや、この世界のどこであっても存在してはならないものだという本能的な感情が湧き上がってくる。


 どれくらいそうしていただろうか。


「もうそのくらいで良いんじゃないか?」


 そう声をかけられるまで、すぐ傍にいたその人達に気付かなかった。

 弾かれたように振り向いたのはほぼ全員同時だったせいで、相手は「うお」と仰け反っていた。

 そこにいたのは様々な装備に身を固めた男性ばかりの六人パーティー。気負った風もなく普通に立っているだけなのに、いかにも手練な雰囲気を漂わせていた。


「すまん。つい見入っちまった」

「いや、構わんさ。あれを始めて見れば誰だってそうなる」


 後城先生の軽い謝罪に相手パーティーのリーダらしい人が鷹揚に頷いた。二人は既知の間柄らしく親しげに話している。会話の端々に「昨日の打ち合わせ通り~」とか「先生の所の生徒さんなら~」とか聞こえてくるので、多分昨日の段階で顔合わせをしていたのだと思う。私達の知らない所でも色々と動いてくれている先生には本当に感謝しないといけない。


「そんな訳で今日はよろしく頼む」

「ああ。と言っても何をするわけでもないんだがな。まあ通常の巡回任務はこんなもんなんだ程度の参考にしてくれ」


 話は終わったようだ。

 初任務と言っても今日のところは研修のようなもので、こうして正規隊員のパーティー付き添いのもと、一日の仕事の流れを教えて貰う事になっている。整列して「よろしくお願いします」と頭を下げれば、「女子率高いな……なんか空気が違うぞ……」という声も聞こえてきたりする。正規パーティーのメンバーには明らかに緩んだ顔をしている人も。

 宇美月学園メンバーは先生を含めて十四人。その内きっちり半分の七人が女子になる。スキルによって男女の身体能力差は縮まるとはいえ、男女比がここまで拮抗するのは珍しいらしい。現に向こうのパーティーは男ばかり。

 どことなく男女共学を羨む男子高生徒のような雰囲気を感じた。

 ……彼らの視線のほとんどが小さくて可愛い成美と和風お嬢様の舞弥さんに集中していた訳だが。


「日常的な守備隊の仕事は主に巡回だ。シフトが組まれれば何時から出動という具合に割り振られ、交代で巡回を行う。……要は『穴』に異変が無いか気に掛けながら適当に歩き回ってろって事だ」

「それはぶっちゃけ過ぎなんじゃないのか?」

「平時なんて実際そんなもんだ」


 正規隊員の言い様は先生が突っ込みたくなるのも判るようないい加減さではあったが、平時――つまり敵がいない時の守備隊員はそんなものらしい。もちろん守備隊長を始めとした首脳陣は運営に関するあれこれで忙しいのだろう。でも平の隊員は粛々と日々のシフトをこなしていくしかない。

 ちなみにこうした会話も通廊を歩きながらの雑談形式であり、こうしている間も正規隊員のパーティーは巡回任務をこなしているのである。


「これもシフトで割り振られるが、巡回は上と下に分かれている。巡回中に『穴』から魔物が現れた場合、少数なら下のパーティーが即座に対応する。数が多ければ上のパーティーも合流して共同で対処する事になる」


 周囲を見渡せば、壁上通廊上には遠くに他のパーティーが、胸壁越しに見下ろす戦闘域にも移動中のパーティーがいくつも見受けられる……のだが。


「あれ? なんだか変なものが見えるんだけど……」

「奇遇だねー。多分私にも同じものが見えてるよー」


 思わず漏らした呟きに成美が同意してくる。

 いや、成美だけではなく宇美月学園メンバーの全員が「なんでこんなところに?」という疑問を表情に表していた。


 結界の約半分を占める戦闘域は平坦に造成されている。

 樹海の地面はもともとごつごつとした溶岩。そこに大量の土を持ち込んで敷き詰め、平らに均してある。これは守備隊員の為だ。凸凹な固い溶岩の地面では転倒して体を打ちつけただけでもダメージになるし、敵となる大半の魔物が足場の良し悪しを余り苦にしない獣型であれば味方の為に足場を整えておいた方が有利となる。

 学校に土のグラウンドがあるのは今では珍しくなってしまっているが、戦闘域はそうした往年の学校グラウンドのような固く踏み固められた地面となっていた。


 私達が発見したのは、ここが学校のグラウンドであれば珍しくもなく、むしろあって当然と言うべき代物だった。


「あれは、野球場……」

「向こうのはサッカーかな?」


 ぽつぽつとそんな声が上がっているように、戦闘域のそこかしこにそうしたスポーツを行った痕跡が残っていた。野球のベースやサッカーゴールのような器具こそ存在しないものの、薄れたラインがそれらのフィールドやコートを形作っているのはこうして上から見ると明らかなのだ。野球やサッカーだけではない。テニスをしたらしい跡もあるし、私にはどんなスポーツなのか判らないような大小さまざまなコート跡が点在している。


 学校のグラウンドであればあって当然。

 しかし結界の中、しかも壁の向こうの戦闘域にそれらがあるのは何とも奇妙な感じだ。


「誤解しないでくれよ。何も勤務時間中に遊んでたわけじゃないんだ」


 戦闘域を見下ろしてワイワイ言っている私達に正規隊員が苦笑交じりに言う。


「体力有り余ってる前衛職が非番の時に繰り出してたんだよ。非番で遊びとは言え向こう側に出るなら装備を整えるように義務付けられているし、かえって警戒にあたる人数が増えることもになるから結界長も隊長も推奨こそしないが黙認している状態だったな」

「武装したままスポーツって……」

「いや、結構面白いぞ。前にアメフトやった時は凄かったな。戦闘スタイルがそのままポジションになってた。ガチガチに鎧を着込んだ重戦士がラインをやって、軽装の奴がランニングバックやらレシーバー、クウォーターバックだけは魔術使いがやってたか。体鍛えて無くても何かしらの魔術を乗せて鋭いパスしたりしてたぞ」

「スキルもありなのか!?」

「無しでやる場合もあるが、大概はありだな。ありにした方が判り易いし公平だ。ここは外とは違う」


 そこで後城先生は察したようだ。


「何かやってたのか?」

「中学までは野球をな」

「そうか……」


 私も察した。

 この人は野球をやっていて、でもその道は途中で閉ざされてしまったのだと。


 私達スキル所持者はスポーツの分野では排斥される立場にある。

 何故なら、


 ――我々選手一同は、スポーツマンシップにのっとり、正々堂々全力を尽くして戦います!――


 誰でも一度は耳にした事があるだろうこの言葉から、スキル所持者は最も縁遠いところにいるからだ。数々の強化系スキルを有するスキル所持者がスキルを持たない一般人を相手に戦って、それが「正々堂々」かとなれば大いに疑問だし、かと言ってスキルを使わないなら「全力を尽くして」いない事になる。


 スキルの効果はそれほどに大きい。

 例えば速度超特化状態の私が陸上競技に参加したら。片手で自販機を投げ飛ばすような『重量操作』持ちの沙織が重量挙げ競技に出たなら。森上君が森上流弓術を応用して射撃系の競技に出たなら物凄いスコアを叩き出すだろう。

 それどころか正規隊員の人が言っていたクウォーターバックの例もあるように、別段体を鍛えていない一般的には典型的な文系少女の珠貴であっても『加速』などの補助魔術を使えばそこらのアスリートよりも速く走れてしまうのである。

 仮にスキル所持者の競技会参加が解禁されたなら、ギネスブックのスポーツ関連のページは一斉に書きかえられる事になる。


 スキル専門校は一般的な高校に相当し、また運動系の部活動も存在している。野球部やサッカー部、ラグビー部その他諸々、普通の高校にありそうな運動部は大体網羅されているだろう。でも彼らが甲子園や国立競技場や花園ラグビー場に選手として立つ事はできない。能力が足りないからではなく、能力が高すぎる故に。


 中学まで野球をやっていたと言う隊員は「甲子園物のマンガとか読んで憧れてたんだがなあ……」と寂寥を声に滲ませている。

 野球少年が夢見た「甲子園に行きたい」という夢は永遠に叶えられない。それはスキルという世界を守るための力を得た結果として支払われた代償だからだ。世界の為に自らのささやかな夢を捨て去るなんて、これも自己犠牲の一つの形なのではないだろうか。


 そんな風にちょっと感動していたものだから、


「憧れたよなあ……女子マネとイチャラブとか……」


 野球少年だった隊員が遠い目をして寂しげに呟いた声は聞こえなかった事にした。

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