vs ジャクリーン・マイヤー1
遠目にジャクリーン・マイヤーを見て『貴族のお嬢様』という印象を受けたのは、何も縦ロールだけが理由ではない。
マイヤーさんが装備している防具の腰パーツがスカート状になっている。地面すれすれの長いスカートの外側を花弁状のパーツが部分的にカバーしているのだが、遠目に見るとヴェルサイユ風の貴族令嬢的なスカートにしか見えないのだ。裾が無駄に大きく広がっているアレである。
鎧下は紫、防具は光沢のある青……いや、蒼と言いたくなる色合い。
ショルダーガードが妙に丸みを帯びているのもあり、スカート様の腰パーツを合わせて、間違いなく完全武装しているのに、背に負った武器の柄が右肩から覗いていなければ、このまま舞踏会場に紛れこんでもそれほど違和感は無いように思えてしまう。
そして極め付けの縦ロールだ。色鮮やかな金髪が、どんな道具を使えばこうなるのか一度確かめてみたくなる程にぐりぐりと巻いている。
それにしても金髪。
私の印象からすると金髪の人が住んでいるのはアメリカか欧州の国々になる。守備隊の採用区分だとアメリカは三号結界、欧州は地域によって一号と二号のどちらかになる。
三号結界の結界長の弟子となると、ドイツ系アメリカ移民という珠貴の推測もあながち間違っていないのか。でもそうすると本当に本名? いや個人情報を隠したがっている人が本名で出てくるか?
謎は深まるばかりで混乱する。
ここは後城先生も言っていたように名前の件は取り敢えず忘れておいた方が良さそうだ。
ただ、一つだけ判った事がある。
この人、私達が来るより先にログインしてずっと控え室で待っていたみたいだ。
いくら黒間先輩との再会で盛り上がっていたとはいえ、こんな派手な人がホールを通って気付かない筈が無い。こんな格好で一人控え室に座っている姿を想像するとなんだか微笑ましい気持ちになった。
さて、双方から中央に歩みを進め、距離が縮まればもっと細かいところまで見えてくる。
すると意外な事に、マイヤーさんは和風な顔立ちをしていた。
美人さんなのは間違いないけれど、金髪縦ロールとヴェルサイユより、黒髪和服で茶道や華道をしているのが似合いそうな日本人的な顔だ。
その面には軽い驚きが浮かんでいる。
あちらも私を観察しているから私の面相に戸惑っているのだと思う。今の私は間違いなく男前モードになっているだろうから。
開始線の手前で立ち止まり、暫しの間見つめ合った。
「はじめまして。今日は私の我が儘で試験などと言う事になり申し訳ありません」
先に口を開いたのはマイヤーさんの方で、それと同時に視界の端に《翻訳中》のアイコンが点灯した。最初に「へろー」と言ったところまでは聞き取れたので、彼女が実際に喋っているのは英語だと思う。あんまり自信はないけれど。
例によって翻訳結果の日本語が妙な口調になっているのは御愛嬌だ。
申し訳なく思ってくれているのは表情からも読み取れるし十分である。
「でも私は自分の力を活かせるパーティーに入りたいのです。合わない相手と組んでしまったら私の持ち味を殺されてしまいますから」
「いえ、気にしないでください。戦闘スタイルの相性は大事ですし、マイヤーさんの心配は理解できます」
「ありがとうございます」
緩い会釈付きでお礼を言われて、なんだか変だと感じた。
言っている事は何もおかしくないし礼儀正しいし、周囲から浮いてしまうような性格とは思えなかった。
「sakuraさん、あなた達のパーティーはスピード重視の攻撃型と聞いています。間違いありませんね」
「はい。マイヤーさんもそういうタイプって事で良いんですよね?」
「もちろんです。そこで提案です。そのスピードに必要な強化スキルがあるなら、それらを全て発動した状態で試合を始めましょう」
「それはいいですね」
「……この提案をすると大抵の人は『スキルの発動速度も実力の内だ』と言って拒否するのですが」
あっさりと同意したら驚きに目を見開かれた。
以前の私ならマイヤーさんが言ったような『大抵の人』と同じように考えただろう。
でもFSサーバーは龍鳳で、芳蘭との手合わせをしてからは考えが変わっていた。実戦を想定するならば双方見合ってスキルの発動からヨーイドンで始めるなんて非現実的。接敵する前に予め準備を終えているのが普通だろうと。
マイヤーさんが確かめたいのは実戦での私の力だ。
スキル発動の速さではなく、発動した後の戦闘能力。
ならばスキル発動を終えてから試合を始めようという提案は理にかなっている。
簡単に打ち合わせてから二人揃って開始線を踏んだ。
カウントダウンのシグナルが現れ、ゼロになると同時に《Fight!》の文字が表示される。が、私もマイヤーさんも動かない。単にシステム上で試合開始になってスキルが使用できる状態になっただけの意味しか無いからだ。
打ち合わせ通り踵を返して入場口の方向に半分ほど戻り、もう一度百八十度方向転換。同じように後退したマイヤーさんを見ながらスキルを発動した。
《気功スキル(焔)発動》
《気功スキル・モード変更・風:敏捷力上昇》
まずは呼吸のリズムを気功スキルの調息に切り替える。
マイヤーさんが見たいのは私のスピードだから、初めから速度特化の風状態にした。
もちろん同時進行で『加速』の呪文詠唱も行っている。
自分の準備をしながらマイヤーさんを見ていると、彼女は右耳に何かを押し込むような動作をした後、左手の手甲の裏側に手を這わせていた。彼女の手甲は左手側だけ変わった形状をしていて、くの字に折れ曲がった装甲が取り付けてある。大きな手甲なのか小さな盾なのか微妙な塩梅である。
そして背から外した武器もまた変わっていた。
分類するなら剣。
全体の長さや剣身の幅と厚みからすれば大剣にあたる。
ただ、剣身と柄の長さが見た事の無い比率になっていた。
柄がやけに長く、その分で剣身が短くなっている。随分とアンバランスに見えて、事実マイヤーさんも鍔に近い所を持っている。あそこが片手で持ってバランスが取れるポイントなのだろう。お陰でかなりの長さの柄が余っていた。
――あの長さにも何か意味があるに違いない。
意味が無いのだとしたらわざわざ使い難い武器を使っている事になってしまう。
《止水発動:攻撃予測開始》
《気の刃3発動:非物理攻撃力付与(武器) 攻撃力+1》
黒刀の刀身がぼんやりと光るエフェクトに包まれる。
気の刃3を使ったのはマイヤーさんの武器も同じようなエフェクトを纏ったからだ。魔術なのか何か別のスキルなのか、とにかく何かしらの効果が付与されている。ミアが鍛えた黒刀は頑丈だけれど気の刃3でコーティングした方が良いと判断した。
続けてマイヤーさんの手甲左手の装甲パーツも表面に同じ光を宿した。
《加速:敏捷力上昇》
一つ目の呪文詠唱を終え、続けて『筋力増強』の詠唱を始めた。
相手の武装に生じたエフェクトは気になるけれど、余り気にし過ぎると呪文詠唱を噛みそうだ。注意深く詠唱を続けながら観察しているとマイヤーさんがふわっとなった。雰囲気的な話ではなく、スカートや金髪縦ロールが物理的にふわりとなったのだ。すぐに落ち着いたけれど見間違いではない。
《筋力増強:筋力上昇》
これで私の側は全ての準備が整った。
すると、
「もう良いみたいですね?」
見計らったようにマイヤーさんが言ってきた。
どうやら彼女の方はとっくに準備を終えていたらしい。
そしてこれは試合開始後に彼女が発した最初の声でもあった。
そう、マイヤーさんはここまで無言だった。
呪文の詠唱も行っていない。
だから武装に現れた変化が魔術なのか否かが判断できなかったのだ。
もしもあれが魔術を行使した結果なのだとしたらマイヤーさんは無詠唱魔術の使い手という事になる。珠貴ですら一言の呪文を必要とするのだから近接型のマイヤーさんが無詠唱というのは信じ難くもある。が、相手は上級専門校生だ。有り得無いとは言い切れない。
問い掛けに頷きを返すと「それでは」と一言。
視線を合わせて数秒、言葉は無くても「今だ」と思える瞬間がやって来て、私は地を蹴って神脚ダッシュしていた。暗黙の了解の極まるところと言おうか、マイヤーさんも全く同じタイミングでスタートしている。
――は、速い!
私とマイヤーさんの速度が相まって、あっという間に間合いが詰まっていた。
軽い驚きを露わにするマイヤーさんの手元から赤い攻撃予測線が伸びてくる。
予測線は単純な横薙ぎの軌道を描いていて、これは仮に予測線が無くても予想できる攻撃だった。何故なら柄の余りが彼女の腕よりも長く、剣を左側に持っていこうにも自身の体に引っかかってしまうからだ。結果として柄を右側に残したままの動きしかできなくなっている。
発生した予測線に従がって武器が振られ始めた。そのままのスピードでは自分から予測線に飛び込む結果になるので少しだけ足を緩めたところ、
――っ!?
驚いた。
私の速度の変化に応じて予測線がぐにゃりと曲がり、届かない筈の斬撃が届く軌道に描き変わったのだ。鬼脚のステップを踏んで描き変わった予測線を避けると、お腹ギリギリを大剣の先端が通り過ぎていった。
マイヤーさんを見れば、今は柄の端を握っている。
――剣を振りながら握りを緩めたのか!
軌道の変化の理由が判った。
剣を振っている最中に柄を握る手から力を抜けば、普通なら遠心力ですっぽ抜ける。で、実際その分攻撃距離が伸び、でも柄が長いから本当にすっぽ抜けはしない。柄頭の出っ張りに引っ掛かった所で握り直せば武器はきちんと保持されるという仕組みだ。
――でも、それじゃあただの一発芸!
柄の分だけ間合いを変化させられるとなれば初見では大きな脅威となる。
でも避けてしまえば一転してこちらの大きなチャンスとなる。あんな位置で柄を握っていたらどうしようもなくバランスが悪くてまともに剣を操れない筈だ。引き戻して握り直すにも一手間かかる。
その筈なのに。
返しの斬撃の予測線が間髪入れずに描き出されていた。




