パーティーを組む2
編入候補の上級専門校生についてはうやむやのまま着任式に臨む事になった。
試験が不首尾だった場合、つまり相手が「自分には相応しくない」と判断して編入の話を蹴った場合は小さいとは言え遺恨が残る可能性がある。ギクシャクするのは嫌だから個人情報を詳しく教えるのは編入すると決まった場合のみにして欲しいと言われているそうだ。
試験として手合わせを希望しているのなら直接顔を合わせる事になるのにと思う。取り敢えずは「悪い奴じゃないのは確かだ」という後城先生の言葉を信じておくことにした。
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着任式は昨日の説明会と同じミーティングルームが会場になっていた。
式に参加するのは今日付けで着任するメンバーなので、これまた昨日と同じく一緒に結界入りした人達だった。
結界長であるイリス・ノイエスと四号結界守備隊を束ねる桐生隊長から簡単な歓迎の言葉を頂き、式は恙無く終了した。
結界長と守備隊長。
その関係は企業における会長と社長のようなものだと言われた。権力的には結界長の方が上位にいるが、実際に守備隊を取り仕切るのは守備隊長であると。
エルダーは個人として強大な力を持つ一騎当千を地で行く存在だ。でも組織の運営や集団戦闘の指揮を行う適性はまた別であり、そこは適性に恵まれていて然るべき訓練をした専門の人に任せているそうだ。
そのような組織的な事情はともかくとして、多少拍子抜けした件が一つ。
実は式に先だって相談窓口担当の前園さんがやって来て「正式に着任した皆さんに渡しておく物があります」と、ある物を配っていった。
それは小さな通信機だった。片耳タイプのヘッドセット型をしているそれは単なる通信機では無い。通信の全てが一度本部のサーバーを経由し、使用言語が違う者同士の通信に於いてはリアルタイムの翻訳を行う機能が付いている。
そうした機能が必要とされる理由は、単純に色々な国の人が守備隊に属しているからだ。
守備隊では結界を擁する戦場国を基準にして世界を四つの地域に区分し、それぞれの区分内で隊員の採用活動を行っている。戦場国だけに負担を集中させないためであり、できるだけ同じ文化圏の出身者で固めた方が結界内での軋轢が生じ難いという理由がある。
日本にある四号結界には主にアジア圏の国々から隊員が集まっていて、それだけ色々な言語が入り乱れている。
もしも使用言語の違いから意思の疎通が十分にできずに作戦行動に齟齬が生じたら。
それが魔族との戦闘など重大な局面だったなら。
戦闘能力以前の問題で敗北を喫してしまうかもしれない。
一応世界共通語的な位置付けになっている英語を、誰もが自在に操れればそうした問題は発生しないのだけど……。
己の戦闘能力を高める事に最大の価値を見出しているような人達が真面目に語学の勉強をすると期待する方が間違っている。と、断言しよう。私だって英語はチンプンカンプンだ。学科全切りは伊達では無いのである。
と、そんな理由での翻訳機能付き通信機。肉声が届く距離でも単なる翻訳機としての役割も果たしてくれる。
そんな便利アイテムが配られた直後に、日本人ではないイリス・ノイエスの挨拶があった訳で。早速翻訳機能の出番かと思ったのは私だけでは無い筈だ。
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「ここは出入りの業者が皆日本人でしょ? 街の人達もあらかたそうだし。日本語が基本になって当然じゃない。そんな所に五十年近く住んでて日本語が話せないなんてあると思うの?」
着任式が終わって、自由時間に突入したBチームは解散、この後補充人員との顔合わせ兼試験を控えたAチームは打ち合わせがてらにファミレスで食事中。
そこで珠貴の滔々とした説明を聞く羽目になった。
結界長、イリス・ノイエスが日本語ぺらぺらだった件について。
……いやまあ、そりゃそうかとしか言いようがない。
四号結界内で主に使われているのは日本語で、その理由は珠貴が言った通り。街の住人も専門校・上級専門校の卒業生が多くを占めているのだから外国語なんて喋れない人ばかり。そこで暮らしていれば日本語くらい話せるようになろうというもの。
考えてみれば師匠もライアもミアだって日本語を話せる。事によれば普通の日本人よりも日本語を良く知っている。五十年という時間はそれだけの意味があるのだ。
「でもあのあタイミングなら仕方ないよねー。私も少し期待しちゃったし」
「成美、フォローありがとう。でも『少し』なのね……」
私はかなり本気で期待していたのに。
自分の迂闊さに溜め息を吐きたくなったところで後城先生が入店してきた。店内をざっと見回して私達を発見すると大股に歩いてくる。
「待たせたな。先方と話を付けてきぞ」
テーブルに着くと開口一番にそう言った。
「十四時にここのサーバーの闘技場だ。こちらからは天音に出て貰う。問題無いな?」
「手合わせに出るのは問題ありません。ですが、ここのサーバーというのは……」
「なんでも去年辺りに結界独自のサーバーを立てたそうだ。その辺は昨日貰った冊子にもサービスの一つとして記載があるそうだから興味があるなら読むと良い。取り敢えず、結界内の回線から接続すればアクセスキーは自動取得になるらしい。迷う事は無いだろう」
「なるほど。去年開設したんですか」
「それがどうかしたのか?」
「いえ、どうという訳ではありません」
去年の今頃、師匠がFSサーバーを開設した。
時期からすると結界内のサーバーはその後になりそうで、もしかして私が師匠にした提案が結界サーバー開設に影響しているのではないだろうか。
……なんて考えてしまうのは自意識過剰かと思い明言は避けておいた。
「それとな、後衛に入る補充ともそこで顔合わせになる。試験の話をしたら是非観戦したいと言われた」
「後衛の人はもう入ると決まっているんですよね? その人も上級専門校生なんですか?」
同じ後衛として関心が強いのか、珠貴が質問している。
先生は「他の専門校生じゃお前達のレベルに合わせるのはきつそうだ」と言ってくれた。だから前衛の補充に上級専門校生を候補としている。ちょっと高評価過ぎて期待に応えられるか不安になるところだ。
私からすると後衛に入る補充こそ専門校生ではきついと思う。一言呪文を使える珠貴と、無詠唱で弓矢に魔術付与できる森上君。この二人に攻撃速度で匹敵できる人なんてそうそういないだろう。上級専門校生だって難しいと思う。
後城先生は「うむ」と頷く。やはり後衛の補充も上級専門校生らしい。
「実力も確かだ。なんせ結界長の推薦があったくらいだからな」
「け、結界長の推薦!? 凄いっすね! ってか自分らのパーティーにそんな凄い人が入るって……良いんすか!?」
森上君は目を丸くしている。多分私の目も丸くなっている。
天使が認める程の上級専門校生がいるのがそもそも驚きで、しかもそんな実力者をわざわざ専門校生のパーティーに推薦して来るのも意外過ぎる。
「良いんだよ。お前らだって専門校生としては頭一つ抜けていると俺は思うぞ。それに……結界長がお前らを気に掛けているのは天音と三条がいるからだろうな。そこから繋がるエルダー関係、って事だが」
「それはあるかも知れませんね」
思わず珠貴と頷き合ってしまった。
私の師匠はエルダー同士の繋がりの中では結構発言力がある方らしい。珠貴が魔術の教えを受けたメリナ・マークエインも統合機構の長だから強い影響力を持っている。その二人から何かしらの話があったなら、イリス・ノイエスも気に掛けざるを得ないと思える。
なんと言うか、師の七光の恩恵に預かるようで心苦しくはある。
頼りになる人がパーティーに加わってくれるなら、それは素直に嬉しいけれど。
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結局、先生は後衛の補充の人についても詳しく教えてくれずに「会ってみてのお楽しみだ」と言っていた。にやりとした笑みを浮かべていて何か企んでいそうだった。
ここはもうその企みに乗ることにした。先生がああまで言うなら凄い人が来るのだろう。
ファミレスで一度解散して、とは言っても宿舎は皆一緒なので揃って帰って来た。
自室に戻って一息ついて、時刻は十三時三十分。
こればかりはと結界に持ち込んで来た愛用のヘッドセットを被ってベッドに横になった。
ログイン直後のエントリースペースで『決闘者の闘技場』を選択すると接続候補として『日本サーバー』『宇美月サーバー』『FSサーバー』と並び、『四号結界サーバー』が新たに追加されていた。先生が言っていた通りにアクセスキーが自動取得され、接続候補に加わったのだ。
ところで、この段階で外のサーバーが選択可能になっている事から結界外にも通信が繋がっているのが判る。実は物流センター内に結界中和筒を利用した接合部があり、通信だけでなく電力その他のエネルギーライン、上下水道などが『最小限の面積』になるように配置されている。結界面を通過する部分は結界の変質による切断を前提として簡単に交換できるユニットになっているそうだ。
以前、FSサーバー開設に先立って師匠と話をした時、二号結界にいる相手との通信状況について「使えなくなる時間がある」的な事を言っていたのは、この切断と復旧に要する時間の事だ。
もっとも、結界が変質して回線が切断されているなら結界内は戦闘状態にある筈で、だったらそもそも結界長が悠長にネットなんかしていられないだろうとも思ったものだ。
――これ、宇美月サーバーに行けば沙織に会えたりするかな。
接続候補を見ていて、ふと頭を過ぎったそんな想いを頭を振って追い出した。
遠く離れた相手とのリアルな通信手段としてのCOD利用。結界の出入りは厳しく制限されているけれど、仮想世界でなら自由に外にも出られる。今はそれを確認できただけで良しとしておこう。
気を取り直して『四号結界サーバー』を選択した。
日本サーバーなら「ようこそ、決闘者の闘技場へ」、宇美月サーバーなら「ようこそ、宇美月学園へ」とメッセージが表示されるタイミング。(FSサーバーは文字化けしているので判らない)
現れたのは警告文だった。
《初めて接続される皆様へ》
《当四号結界サーバーは特殊仕様となっております》
《円滑且つ安全な利用の為、ヘルプを参照して下さい》
は?
『円滑』は良いとして『安全』ってどういうこと?
疑問を感じても待ったなし。
視界がブラックアウトし、私の意識は四号結界サーバーへと飛ばされた。




