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いざ結界へ1

 正門前の広場にはバスが停車している。

 宇美月学園が所有するこのバスは、昨年の海魔迎撃戦や年末年始のアルバイトの際にもお世話になっている。

 そして夏休みのアルバイトにも、このバスに乗って学園を発つ事になっていた。


 バス側面の荷物室は解放されていて、私の荷物――防具や最低限の着替え、COD用のヘッドセット等を詰め込んだスーツケース――は既に預け済み。


 今まで壮行会のようなものが行われていた。

 もともとは終業式後に学食で昼食を済ませたらすぐに出発する予定だった。ところが、気付いてみれば多くの生徒が帰宅せずにいて、私達が乗るバスの周りに集まっていたのだ。

 そこで急遽の壮行会である。

 堂島学園長が簡単に決意表明的な挨拶をして一同で礼。拍手と激励の嵐を浴びる事になった。

 大雑把に見積もれば全生徒の半分から七割くらいが集まっていた。

 結界へと向かう私達を見送るために、せっかく夏休みになったというのに帰らずに待っていてくれたのだと思えば、目立つのが嫌いな私であっても有り難く思う。


 そんな生徒達の中に、沙織もいた。

 他の女子達の集団の中で頭一つ飛び抜けているから判り易い。


 そうなのだ。

 沙織はこのアルバイトに参加しない。

 ――いや、『参加できない』と表現した方が正確だ。

 結界でのアルバイトに応募するにあたって必要とされた書類。

 その内の一つ、アルバイトに伴う危険に対しての『保護者同意書』を沙織は用意できなかったのだ。


 *********************************


「お父さんもお母さんも反対だった。特にお母さんが感情的になっちゃってて……」


 とは沙織の言だ。控え目な表現をしていたものの、要は母親に泣いて止められたという事だ。

 娘がスキルを学び、成長次第では結界に赴くことになると承知はしていただろう。そうでなければ専門校生に適用される補助金を利用する資格が無い。

 ただ、今回はイレギュラーだ。

 守備隊の人員不足を補うための短期バイトとして、正式な採用基準に満たない学生への募集である。言い方を変えれば「猫の手も借りたい状況だ。実力不足の学生でも良いからとにかく来てくれ」というもの。バイトに対するそれなりのフォローはあるだろうけれど、いざとなればそんな余裕など消し飛ぶのは目に見えている。我が子を行かせたくないと考える親がいてもおかしくない。

 ……と言うよりも、行かせたくないと考えるのが当たり前だろう。

 当たり前の親ならば、子を危険にさらしたくないと当たり前に考える。

 もちろん、だからと言って誰も結界を守らなければ世界が危うい。どこかで折り合いを付けざるを得ないのが現実であり、こちら側――バイト参加を決めた私達――の親は、どうにかその折り合いを付けてくれたという訳だ。


 これには世代も関係していると思う。

 私や成美、委員長は第四世代で、つまり親もスキル保持者だ。子供の実力を具体的に理解できるから冷静に判断できる。(私の親は海外にいるせいもあって、判断自体を師匠に丸投げしていたけれど……)

 沙織は第三世代であり、両親ともにスキルとは無縁の一般人だ。沙織がどんな力を持っていて、どの程度の実力なのか、それを正確に把握できていない。そして娘の力は判らなくても、魔族や魔物の恐ろしさは歴史が証明しているのだから、感情的に反対したくなるのが親心なのだろう。

 同じく第三世代の相沢さんもかなり反対されたそうだ。彼女の場合は魔術タイプなので、後衛で砲台役に徹する限りそれほど危険ではないという点を強調して同意書を書かせるに至ったらしく、これも剣士タイプの沙織にとって不利な条件だった。


 募集告知から締め切りまでの一週間、沙織は両親を説得しようと頑張っていた。

 頑張る余り精神的に少々不安定になってしまって、それは締め切り前日(私と委員長のクラス代表決定戦があった日)にはピークに達していた。例の夢のせいで不調だった私に成美を嗾けたり、試合の後には公衆の面前で抱きついてきたりと、普段の彼女からは考えられない行動も精神の安定を欠いていた結果だと思う。

 ……私にとっては助かったり嬉しかったりするので一概に悪い事だとは言わないけれど。


 *********************************


 突発的な壮行会が終わり、出発までの短い時間が残された。

 途端に幾つかのグループが形成される。

 ここにいる生徒達は誰かしらを見送るために居残っていたのだから、その目的の相手の所へと自然に人が流れたのである。

 基本的には所属クラスの人が多くなるものの、それ以外の部分で特徴が出る。


 魔術専攻のMコースでトップの委員長や砲撃特化として評価されている相沢さんの周りにはやっぱりMコース選択の生徒が多く集まっているし、昨年の学園祭から妙なヒーロー体質になっている森上君の周囲には学年問わず男子生徒の姿が多い。成美も主に男子に囲まれている。小さくて可愛い上に性格も良いから人気者なのである。


 で、何故か私の周りは女子の密度が高い。

 ……いや、何故かなんて現実逃避は止めよう。

 ぶっちゃけて言うとバレンタインデーにチョコをくれた娘達だ。


「天音さん……絶対に無事に帰って来てね……」

「先輩、私先輩の為に毎日お祈りしますから!」


 とか言ってくれるだけなら嬉しいのだけど……。

 なんかやたらと手を握りに来たり、潤んだ瞳で見つめてきたり。

 ちょっと引く。

 精神的に。

 純粋な好意――不純な好意ではないと信じたい――から私を案じてくれているのなら実際に体で引いたら失礼過ぎるので我慢我慢。


 と、私を囲む女子の壁の向こうに沙織がいた。私と沙織は同じくらいの身長なので普通に目が合う。見つめ合う私達に気付いて人混みが左右に割れた。


「あ、沙織―!」


 成美も彼女を囲む男子生徒の輪を抜け出してきた。

 私達の前に立つ沙織は、何かをふっ切ったような顔をしていた。


「今回は見送りになっちゃったけど、二次募集を期待して親を説得しておくから。先に行ってて」

「無理はしないでね。私だって沙織が来てくれれば嬉しいわ。でも親とケンカしたりしないでよ?」

「そうだよー。お父さんお母さんは大事にしないとねー」

「……あなた達にそう言われちゃ真面目に聞くしかないわね」


 私も成美も両親と離れて暮らしている。

 私の親は海外出張中。成美の親は霧嶋一族内の事情とか何とか。

 師匠やライアと仲良く暮らしていた私にしても、預けられた先のお爺さんに可愛がられている成美にしても、親と離れたからといって別段寂しい思いをした訳ではないけれど、普通に両親と暮らしている沙織からすれば気を遣う部分らしい。


「まあいいわ。それよりもこれを……私が行けない代わりに持って行って」


 沙織は制服の胸元に手を差し入れてペンダントを引き出していた。

 トップに青い石を配したペンダントは魔術鍛冶士のミアからお年玉として貰ったものだ。私と成美も石の色違いで同じのを持っていて三人でお揃いだ。

 大事なそれを、沙織はそっと差し出す。


 受け取るのをちょっと躊躇ってしまう。


「こういう時は『お揃いのペンダントがあるから離れていても心は一緒』とか、そういうのじゃないの?」

「そんな乙女な発想はあんたには似合わないから。いやまあ私にも似合わないんだけどさ。似合わないのを覚悟で言わせてもらえば『これを私だと思って身に着けていて』って事」


「やっぱりこういうの恥ずかしい」と顔を紅くしている沙織。

 そっちで来たか、と納得。

 だからといって安易に受け取れるものではない。ミアが作ったのは普通のアクセサリーではなく、魔術鍛冶士の名に恥じない特別製だ。金銭的な価値に換算すれば相当な額が付く筈の代物である。

 その点を指摘すれば「だからこそ持って行って欲しいの。外に残る私が持っているよりも結界に行くあなたが持っていた方が良いに決まってるじゃない」と返された。

 ペンダントが特別である所以からすれば沙織の言い分に理があった。


「でもなんで私? 成美に持たせた方が良いと思うけど」


 ユニークスキル『破神』を有する成美には非物理的な力が効き難く、ペンダントを二つ持つならそんな成美の方が相応しいのではなかろうか。

 しかし沙織はこう言った。


「そうかも知れないけど、なんだか成美は大丈夫な気がする。スキル云々よりも性格的にね。ピンチになっても要領良く切り抜けちゃいそうじゃない。桜は剣術馬鹿だから……心配なのよ」

「……なんだろ。馬鹿と言われて怒るべきな気もするのに、何故か納得しちゃってるわ」

「でしょ? さあこれ以上つべこべ言わずに受け取って」


 言いながら、沙織は手ずから私の首にペンダントを掛けてくれた。

 首の後ろにまで手を回す姿勢になって、沙織の美少年顔が目の前に迫って来る。

 周囲で成り行きを見守っている女子から黄色い悲鳴が上がっていた。

 ……こんなに近い距離で真っ直ぐに目を見つめられてしまうと、なんだかこのままキスでもされちゃうんじゃないかという雰囲気になってきて、さらにはもうこのままキスされちゃっても構わないという気になってしまう。流石はバレンタインのチョコ獲得数ランキング第三位。無自覚だろうけれども女子を惹きつける何かを存分に発揮していると見える。


「おい、何を考えてる?」

「え? えと……うん、良いよ?」

「良いよ、じゃない!」


 沙織の顔が急速に接近してきて、でも接触したのは唇ではなかった。

 ごすんと重い音がして、頭突きされた額が痛い……。

 額と額をくっつけたまま、沙織は一転して真面目な口調になっていた。


「ほんとに、あんたは隙があり過ぎるわ。腕前なら絶対確実に私より強いのに……なんでこんなに心配しなくちゃいけないの? もっとしっかりして、私を安心させてよ」

「う……ごめん、善処する」


 私の返答が不満だったのか、沙織は「はあ」と軽い溜め息を吐いて私から離れた。

 ちなみに沙織の吐息は爽やかで良い匂いだった。

 沙織は成美を抱き上げて、


「もう成美が頼りよ。桜が無茶しないように良く見ていてね」

「任せてー」

「あと、私がいないからって羽目を外したりしないように。節度を持って清い関係を保つこと」

「それは約束できないかなー」

「頼むから、あんたも私を安心させて」


 そんな遣り取りを繰り広げている。

 沙織の中での私の評価がどうなっているのか、今さらながらに心配になってきた。

 けれど、私に対しても成美に対しても沙織の距離が近い。出発の土壇場になって沙織の情緒不安定が再発しているのだと思えば、そしてその原因が私達と離れる事にあるのだと思えば、多少不本意な評価も甘んじて受けようという気になっていた。

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