散る際の現実
人は時として死という概念を忘れる
同様に終わるということすら信じられない
今、目の前にそう忘れていた事をまざまざと突きつけられる。
現実はサイから容赦なく足場を失う。
血の気が一気に失せる感覚の中でサイは呆然とするしかない。
そしてやっと飲み込める頃になって、涙が溢れた。
そして細く女の名を呼ぶ。
ーーーその声は小さすぎて、何にもならない。
Title.散る際の現実
Side,gard
サイの目の前に倒れた片足のない女。
この女はサイに死を忘れさせていた女だ。
サイはいつも死の香りを纏わせる。
それはサイの職業柄である、彼は武器売買グループのリーダーだった。
彼は昔、持ち前の身軽さから人身売買グループの警備を任されていたと聞く。
それから偶然今の職場の元ボスに気に入られ、職を移った。
前職を止めるとき、主は門出祝いに幾ばくか金をやろうと言った。
主はこの若い少年を気に入っていた。
見目もよく、よく働き商品の扱いもうまかったこの少年を息子のように思っていた。
だが少年は金を受け取らなかったーーー代わりに、赤い靴をひとつ履いた少女をねだった。
ーーーこれが、二人の始まりだった。
主は難色を示した。
顔はそこそこ整っていたものの、少女は片足だった。
面倒であろうと、家事も満足にできないだろうと、やめておけといった。
元々彼女はこの先商品にもならないと思っていたのだ。
それ専門の業者に横流しを決めていた。
しかし少年は断固として譲らない。
主は、お前は優しすぎると苦言を吐いて幾ばくかの金と少女を譲った。
少女と少年の生活が始まった。
少年は朝早くから出掛け、夜に帰ってくる。
たまに夜にも帰ってこない日があった。
少女は天窓を飽きず眺めて過ごした、青年がいない日は少女は何も食べなかった。
彼は帰ってくるとこれでもかと少女に構った。
食事を作り、体を洗い、仕入れてきた昔話を語り、買ってきた洋服を着させる。
休日には自ら髪も切った。
一日中膝に抱いて話をしたり、せずにそのままの時もある。
やがて少年は青年になり裕福になった。
そこで、知り合った元用心棒の女をハウスキーパーとして雇った。
その頃にはおんぼろの部屋を出て、アパートを買い取った。
少女の部屋は最上階で相変わらず天窓があった。
たくさんある部屋のひとつを女に与え、少女の世話をさせた。
ーーー女と少女を引き合わせる日、青年は名前を告げただけで何も言わなかった。
少女の顔はこうばり、口を少しつぐんだ、それだけだった。
今でも覚えている、その時彼はほんの少し見たこともない顔で笑った。
少女は女に対して考えあぐねたようだった。
男の態度は変わらず、ずっと一緒だった。
そして、男はある日綺麗なドレスを着た赤毛の少女をつれてくる。
またその時も名を告げただけであった。
意地悪な事だ、と思った。
ーーーしかし少女は、そう、と言っただけであった。
そして、男は赤毛の少女を壁に勢いよく叩きつけた。
突然の事だった、転がる少女を足で蹴りつけたとき用心棒の女が青年を止めた。
青年はゆっくりと少女ーーーミイに振り向く。
ミイはただそれをぼんやりと見やっていた。
青年と少女の関係はいびつであった。
青年が少女を求めているのは端から見てもわかる。
端的に言えば、幼稚であった。
自分の範囲内でいて欲しいがために外出を許さず、触れられたくないために自分で髪を切り、着せたい服を着させる。
自分を求めてほしいがためにこうして他の女の存在を匂わせる。
しかしそれが叶わないと見たらこうだーーー。
あの赤毛の少女はあれ以来青年から見向きもされず、もっと育ったらよそに売ろうと画策しているようだった。
すぐに売り払わないのは優しさではなく、あの少女の様子を見るためというのが聞かずともわかる。
しかし、その気持ちも分からないでもなかった。
少女はあまり求めない子だった。
何がほしいとも言わず、一日中ぼんやりと天窓を見上げて放っておけば飯も食べない話もしない。
彼女を見ているとそこだけ切り取られたような、空気の止まったようなそんな気分にさせる。
彼女の目に入っていたい彼にとっては面白くない話だろうーーー。
彼女の気持ちがわからない。
彼女の立場ははっきり言うと彼の恋人、愛人、僕のようなものだ。
媚を売り、好きなものをねだる、それができる立場だ。
それに彼は少し歪と言えども顔は整っているし、暗くもなく、稼ぎも良い。
二人の事はわからない、考えても無駄だと思う。
そんな二人の元に事件が起きた。
泥棒が天から降ってきたのだ。
泥棒は、なんと少女を奪ったーーー女から連絡をうけた青年は、仕事も投げて手下に少女を探させた。
しかし、見つかったのは夕方の自室であった。
少女は安らかな顔をして眠っていた。
そんな表情を見たのは皆ーーー恐らく男も初めてだっただろう。
その時、夕方の光に照らされ微笑みながら眠る少女はまるで絵画のようで、皆が息を飲んだ。
皆がほうけている中、男が動いた。
男が動いた、と認識した次の瞬間備え付けの棚が酷い音をたてて壊れた。
それから冷蔵庫が、テーブルが、つぎつぎとなぎ倒されていく。
男の顔は見えない、しかし目覚めた少女が男と目をあわせる。
ーーー少女は、笑った。
先程のまどろみとは一転して毒婦のような艶やかな笑みだった。
二人の関係性は歪だ。
どちらが主人か時たまわからなくなることさえある。
青年の考えはわかるのだが、最後まで少女はわからなかった。
特に何かと思っているわけでもなく、しかし時おり憎んでも、愛しているかとも思えた。
結局その女の考えを最後まで知ることができなかった。
青年は少女を抱えて、狂ったように泣き叫ぶ。
ミイ、ミイ、と呼ぶ声もうわ言のようではっきりとしない。
抱けばだらんとした腕が生々しい。
少女を胸元にかき抱く男は震えて、胸元が、キスをした唇が血で汚れていく。
酷く小さく見える姿でーーー嗚呼この男も、普通の男なのだ。
少女は赤毛の少女に殺された、あの事件から一週間も経ってはいない。
彼はあの事件から一層ミイを手放さなくなって、赤毛の少女ーーーリンは狂っていた。
リンは、サイを愛していた。だから。
天から夕方の明かりが降り注ぐ、新しい天窓はまぶしすぎる。
いつも世話を見ていた私だったが、この少女のことは最後までわからない。
いつも天窓をじ、と見上げてたちっぽけな女の事は。
青年を置き去りにしていく少女の顔は穏やかだった。
おひさしぶりです、最近就職がきまりました!
身辺が落ち着いたので以前漫画で書いたものを小説に書き上げました。
漫画版では少女視点でひたすら心情を書き綴ったものでした。
事件の手前までしか書いておりませんでしたがどうも切れが悪かったので死んでもらいました(え
前はそのまま幸せに?暮らしていき、ジジババになり撃たれた男と心中するというこれまたあれな最後でしたが、まあ、その、自分の性格上風呂敷は広げない方がよかろうと。。。もごもご。
こんな暗い作品でよいのかと思ったりしますがたまにはいいんじゃないかしら?
。。。言い訳です。はは。。