不死の軍団 ③
アヴェンジャーの新型HAによって、フリーアイゼンは苦戦していた。
E.B.Bのような驚異の再生力を持ったHAは、想像以上に厄介な存在である。
しかし、ここで戦力を温存しなければこの先に待つメシア本部を落とす事は出来ない。
体勢を立て直すべきか、それとも強引に突き進むか。
全ては艦長に委ねられていた。
「状況はどうだ、カイバラ」
「各機敵HA部隊と交戦中、数機のHAに取りつかれていて身動きが取れない状態です」
「主砲を撃てっ! HA部隊の援護をしろっ!」
「ああ、任せろっ!」
艦長の合図を受けると同時に、ライルは照準を合わせてトリガーを引く。
バシュゥゥゥンッ! と、敵HA部隊に目掛けて主砲が発射された。
「ミサイルで弾幕を張れ、白紫輝砲の準備も並行させろ。 チャージが完了次第、強引に中央を突破する」
「ヘッ、やっぱりそうなるんじゃねぇかっ!」
「だが、それでこそ艦長ですよっ!」
どれだけ無茶な判断であろうと、クルー達は艦長に絶対的な信頼を寄せていた。
艦長はそう判断したのなら、絶対に大丈夫だろうと信じている。
だからこそ、期待を裏切る訳には行かない。
必ずここを切り抜け、そしてメシア本部を落とす。
それが、クルーの命を預かった艦長の使命であった。
「待っていろ、アッシュベル。 お前の過ちは、私が必ず正して見せる」
かつての友を敵に回す事に迷いを抱いていた艦長であったが、今はその迷いを全て断ち切っていた。
ただ、自分達が信じた未来を掴む為に、戦い続けるだけだった。
バァンッ! バァンッ!
ゼノスは周囲に纏わりつくリビングデッドを確実に一機ずつ仕留めて行く。
正確な射撃で敵のコアを正確に狙い撃つが、リビングデッド部隊の数が減る事はない。
だが、厄介なのは突然目の前に現れたG3のプロトタイプ。
試作段階であってもサマールプラントの機能は健在であり、オリジナルの大型とは違い小回りが利く小型だ。
驚異の装甲は落とされたとしても、メシアの新型であるブレイアスの機動力についていける程のスペックはある。
一瞬たりとも気を抜く事は出来ない相手だった。
「ガジェロス、何故お前は俺達と戦う? お前が知った真実に答えがあるのか?」
『わかってねぇな、ゼノスっ!!』
プロトGの腹部から無数のサマールプラントが射出されると、ブレイアスはサーベルを片手に前進し始める。
華麗な動きでサマールプラントを切り裂き強引に距離を縮めようとするが、バァンッ! と銃声が響く。
プロトGの両腕に隠されたライフルが発射された音だった。
ブレイアスはクルクルと回転をしながら銃弾を回避し、一定の距離感を保ち続ける。
プロトGの銃撃が止んだ瞬間、ゼノスはスロットルを最大まで押し込み凄まじい速度で距離を詰めていく。
サーベルを抜刀した瞬間、金属音が鳴り響くとプロトGの右腕がいとも簡単に切り離されていった。
「答えろガジェロスっ! 貴様は何を知ったっ!?」
『俺が何を知ろうが知ったこっちゃねぇ、俺は俺の復讐の為に戦い続ける。 それが俺が生きていた意味、生きてきた証なんだよぉっ!』
「復讐を果たした先に、何が残るというんだ?」
『何も残らねぇさ、復讐を果たした瞬間……俺は生きる意味を失う』
「だから貴様がプロジェクト:エターナルを引き継ぐというのかっ!?」
『そうだ、全てを失い復讐の道に堕ちた俺の――ケジメのつけ方だ』
プロトGの腹部から一斉にサマールプラントが射出された瞬間、ブレイアスは即座に後退する。
片腕を封じたとしてもサマールプラントの機能が失われるわけではない。
後一歩遅かったら、ブレイアスは串刺しにされていたところだろう。
だが、サマールプラントは性質上HAにしつこく迫り来る。
ゼノスはサマールプラントから距離を取りつつ、ライフルで撃ち落し続けた。
「プロジェクト:エターナルは、事実上世界に死をもたらす。 貴様はただ自暴自棄になり、人類全てを巻き添えにしようとしているだけに過ぎない」
『――まだ自らの正義を信じるか、なら教えてやる。 この世界にお前が望む未来はない。 この世界の行く末は、絶望的な未来だけだっ!』
「未来? まさか、貴様が知ったのは――」
すると、プロトGが驚異の加速力でブレイアスの目の前へと迫り来る。
迎え撃とうとライフルを放つが、プロトGは急降下をし、下からあっという間にブレイアスの背後を取った。
『気に入らねぇな、世界の未来を信じたあまりにも純粋すぎるその瞳。 自らの意思を決して曲げず、絶望に追い込まれながらも諦めようとしない強い意志。
テメェはいつも先に走りすぎていた。 全てを知り、自身を信じて友さえも裏切ってまでも自分の正義を貫こうとする。 俺は今でも忘れねぇ、テメェが俺を裏切った瞬間をナァッ!!』
ガジェロスの言葉が聞こえた瞬間、プロトGからサマールプラントが射出される。
ブレイアスは身動き一つ取らないまま、背中からサマールプラントに串刺しにされていった。
ミシミシ、と装甲が割れ、火花が散り、ブレイアスからは煙が吹き上がり始めた。
『いいか、テメェも俺を歪めた原因なんだよ。 俺の復讐の対象には、テメェ自身も含まれていたって事だ』
「俺は、全てを知ってはいない。 お前と何も変わらない、何一つわからない状態の中、自身を信じる事しか出来なかっただけに過ぎない」
『テメェを殺し、アッシュベルを殺す事で俺の復讐は終わる。 終わりだ、ゼノス』
ブレイアスはサマールプラントに拘束されたまま、身動きを取ることが出来ない。
プロトGはサーベルを片手に握りしめ、コックピットを目掛けて突き刺そうと全速力で突進した。
サマールプラントの拘束はそう簡単に振り切れるものではない。
この距離で加速すれば、ほぼ確実にプロトGはブレイアスのコックピットを貫けるはずだった。
「俺は、生きるっ!」
ダァァンッ!! 突如、ブレイアスに小規模な爆発が発生すると、ブレイアスは勢いよく海へ向けて降下し始める。
アクシデントではない、ゼノスが意図的にオーバーヒートを引き起こし、暴発させたのだ。
爆発に衝撃によりサマールプラントから逃れる事は出来たが……爆発の影響か、空中の制御が上手く取れない状況に陥ってしまう。
上空からプロトGが凄まじい速度で落下するブレイアスの後を追ってきた。
『逃がさんぞ、ゼノスっ!!』
「ガジェロス、貴様が知ったのは……世界の未来だな?」
『そうだ、俺は世界の未来を知った。 奴の機密事項によってなぁっ!!』
「ならば、俺はお前が見た未来を否定する。 世界の未来を、変えて見せるっ!!」
『未来を知らないテメェに何が出来るってんだっ!?』
「自ら信じる未来を、突き通すだけだっ!」
ゼノスは操縦桿を握りしめ、スロットルを押し込むと強引に落下の軌道を変えてプロトGへと体当たりをする。
ガァンッ! と激しくHA同士がぶつかり合い、反動で距離を取ったところでライフルを構えて撃つ。
鈍い音と共にプロトGの片足が吹き飛ばされるが、その隙を狙われサマールプラントが一斉に襲い掛かった。
だが、ゼノスは退かずにブレイアスを前進させた。
サマールプラントの合間を掻い潜り、一気に懐まで間合いを詰めてサーベルを解き放つ。
バシュンッ――サマールプラントが一瞬にして切り裂かれると、プロトGは一度上昇しようと空高く飛び上がろうとした。
「お前は初めから全てに絶望していた。 未来から目を背け、希望を抱けずにただ現実に絶望していた。
だが、俺は違う。 いつか望む未来を手にすることが出来ると信じ、戦い続けてきただけだ」
『それでテメェは、望む未来を手にできたのかっ!?』
「わからない、だが一つだけわかる事はある」
ブレイアスは煙を上げながら高く上昇し、プロトGを追い続けた。
だが、速度を上げれば上げる程機体への負荷が増し続けてしまう。
『いい加減、くたばれよ、クソ野郎がッ!!』
しつこく追い続けてきたブレイアスに対し、プロトGは再度サマールプラントを射出させる。
その瞬間、ブレイアスはプロトGへ向けてサーベルを投げ飛ばした。
プロトGが飛ばされたサーベルを交わすと、ズドォンッ! と銃声が響き渡る。
ブレイアスの一撃が、プロトGのコアを貫いていった。
「俺の身体はお前と同じでもう長くはない上に、E.B.B化という地雷までも抱えている。 だが、俺はそれでも『生きたい』と願った」
『何故だ、ゼノス。 何故お前はそこまで――』
「生きる事を放棄したお前には、わかるまい」
『俺は、復讐を果たすまではぁぁぁぁっ!!』
ガジェロスの叫びと同時に、プロトGは爆発を引き起こし、落下し始める。
やがて静かに海の底へと沈んでいった。
――これでいい、いずれガジェロスとは決着をつけなければならなかった。
これが復讐という名の悲しき宿命を背負った男の最期に相応しいのだろう。
ブレイアスは大分損傷しているが、まだ動く事は出来る。
この先に待つメシア本部を攻略する為にも、ここで立ち止まる訳にはいかない。
ゼノスはボロボロな状態になりながらも、前線へと戻っていった。
忘れるはずのない不気味な笑い声を耳にして、シリアは思わず背筋をゾクッとさせた。
その声の主はもうこの世にいるはずがない。
フィミアは目の前で確かに死んだ。
あの時の映像を、シリアは絶対に忘れない。
真っ赤なドレスを身に纏ったフィミアが、自らナイフで胸を切り開き、コアを何度も突き刺していった映像。
更にその後、トリッドエールは大破しているのだ。
メシア本部で復元されていたと言えど、人間を復元するなんて事が出来るはずがない。
なら、誰が乗っているというのだ?
『アハハハ、アッハッハッハッハッハッハッハッハァッ!!』
狂気に満ちた笑い声を上げながら、赤色のリビングデッドは驚異の速度で迫り来る。
シリアは機体を飛行形態へと変形させて距離を取ろうとしたが、信じられない事にリビングデッドは変形したブレイアスWにさえも追いつけるほどの機動性を誇っていた。
更にもう一機の青色のリビングデッドに正面へ回り込まれ、シリアは止むを得ず足を止めて機体を人型へと戻した。
バァンッ! その瞬間、銃声が響き渡ると青色のリビングデッドの右腕が吹き飛ばされた。
上を見上げると、そこにはラティアの駆るブレイアスWがスナイパーライフルを構えていた。
『今よ、シリアッ!』
「ああっ!」
ラティアの合図と同時に、シリアは両手にサーベルを構えて赤色のリビングデッドに斬りかかる。
ガキィンッ! 金属音が鳴り響き、サーベル同士が激しくぶつかり合う。
『ウヒヒ、ウヒヒヒィィッ! アハハ、アッハッハッハッハァッ!!』
「な、なんだ?」
コックピット内に聞こえてくるのは、ただ狂ったかのように聞こえてくる笑い声。
だが、何か様子がおかしい。
以前は狂気に満ちた笑い声を上げながらも、自らに秘めた強い感情を『愛』という形で主張し続けていた。
今は違う、ひたすら笑い声をあげ、本能が赴くがままに戦い続けているだけ。
自意識が存在しない、というのか?
「おい、アンタなんだろ……アタシの事がわかるか? アンタの顔、アタシに見せろっ!!」
『……』
シリアがフィミアにそう語りかけると、一瞬だけ笑い声が静まった。
どうやら言葉は通じたようだが、シリアの中の胸騒ぎが治まる事はなかった。
『アーッハッハッハッハッハッハァッ!!』
再び狂気に満ちた笑い声を浮かべると、赤色のリビングデッドは驚異の運動性を見せつけ、あっという間にシリアは背後を取られてしまう。
「チッ!」
舌打ちをすると、シリアは自機を飛行形態へと変形させ、フルスロットルで前進していく。
だが、赤色のリビングデッドを振り切る事は出来ない。
ならば―――
「アタシにはオーバーブースターがあるっ!」
シリアはブレイアスWのブースターを開放すると、ブースターから凄まじい爆音と共に紫色の煙が吹き出し始める。
身体にかかるGが数倍にも増したが、今はただ耐えきるしかない。
これであのリビングデッドから逃れる事は出来たはず、そう思っていた。
しかし、リビングデッドからも同様にブースターから赤色の煙が吹き出し始め、あっという間に距離を縮められてしまう。
「ア、アイツもオーバーブースター持ちかっ!?」
このままでは埒があかない、シリアはリビングデッドをギリギリまで引き付けると一気に宙返りをして背後を取る。
同時に人型へと変形し、両手にサーベルを握りしめたまま前進した。
だが、リビングデッドはその動きを見きっていたのかブースターから煙を巻き散らかし高く上昇していく。
煙で視界を奪われ、シリアは一度離れようと後退した瞬間――上空からライフルを構えるリビングデッドの姿が見えた。
「まずいっ――」
回避行動に移ると同時に、バァンッ! と銃声が響き渡る。
シリアは思わず目を閉じて衝撃に備えようとしたが……どういう訳か、コックピットに振動が伝って来ない。
狙いが外れてくれたのか? そう思い顔を上げると、目の前にはバランスを崩して落下するリビングデッドが通り過ぎていく。
遅れてやってきたラティアのブレイアスが、赤色のリビングデッドをライフルで撃ちぬいてくれたようだ。
「あ、姉貴……助かったよ」
『シリア、ブレイアスをドッキングモードへ移行させるわ。 このまま一気にあの機体を落とすのよ』
「ああ、わかったっ!」
ラティアは飛行形態を維持させたままシリアのブレイアスWの背後へと回る。
すると、背中のブースターが畳まれて、接続部が露出した。
シリアのブレイアスWの背中に、ラティアの飛行形態のブレイアスが重なり、接続器具が繋がっていく。
巨大な青き翼を手にした真のブレイアスWが今、ここに生まれた。
『貴方は操縦にだけ集中して、制御面は全て私がやるわ』
「頼りにしているぞ、姉貴――」
『シリア、下よっ!』
ラティアは叫んだ途端、下からもう一機の青色のリビングデッドが迫り来る。
「こんのぉぉぉっ!!!」
サーベルを構えると、シリアは相手を迎え撃とうとブースターを吹かせて下降していく。
グゥンッ! と強いGが一気に体に襲い掛かった。
想像を絶する加速に気絶しかけたが、ここで倒れるわけには行かない。
サーベル同士が激しくぶつかり合うと、リビングデッドは吹き飛ばされていき海の底へと沈んでいった。
『アハハ、アッハッハッハッハッハァッ!!!』
その瞬間を狙っていたかのように、背後から赤色のリビングデッドがサーベルを片手に襲い掛かる。
「させるかよっ!」
間一髪反応しきれたシリアは、サーベルを構えてスロットルを最大まで押し込んだ。
グググッとリビングデッドを強く押し込み続け、驚異の推進力で相手を吹き飛ばして見せる。
だが、今度は海の中から青いリビングデッドが飛び出し、シリアの目の前に立ちはだかる。
すると、リビングデッドは至近距離でサイルを解き放った。
「何だこいつ、クソッ!!」
何とか上昇して逃げようとしたが、その先には逃げ道を封じるかのようにグレネードが投げ込まれていた。
ズガァァァンッ! 目の前でグレネードが爆発したが、間一髪で避けきった。
煙が上がり、視界を奪われた二人は周囲を警戒し、一歩も動かなかった。
「クッ、あの青い奴が厄介だな。 一機に仕掛けるか?」
『下手に動かない方がいいわ、相手の出方を伺うのよ』
ラティアの言う通り、視界が奪われた状態で無闇に動くのは危険だ。
しかし、この状態で仕掛けられて反応しきれるのか?
だがやるしかないと、シリアは精神を集中させる。
『ウヒヒヒ……アハハ、アッハッハッハァッ!!』
突如、煙の中から赤色のリビングデッドがサーベルを振るい襲い掛かってくる。
オーバーブースターを利用した驚異の推進力で押し込まれ続け、ブレイアスWは煙の外へと追い出された。
その瞬間、待ち構えていたかのように青いリビングデッドがサーベルを片手に襲い掛かった。
ガキィィンッ!! 凄まじい金属音が鳴り響くと、目の前にブレイアスが通り過ぎて行った。
リビングデッドは不意打ちに反応できずに、海へと突き落とされていった。
あれは、ゼノスのブレイアスだった。
だが、ブレイアスのパーツはボロボロでところどころ煙が上がっている。
『奴の相手は俺に任せろ、お前達は赤い奴を狙えっ!』
「ゼノス? アンタ、そんな状態で戦えるのかっ!?」
『戦う、命ある限りはっ!』
「チッ、そのまま死ぬんじゃねぇぞっ!」
ゼノスはそのまま青色のリビングデッドの元へと単機で仕掛けていく。
『賢明な判断ね、オーバーブースター持ちについていけるのは同じオーバーブースターを持つブレイアスWだけよ』
「……なら、さっさとアイツを落としてゼノスの援護をするっ!」
赤色のブレイアスは両手にサーベルを構え、その場に静止する。
まるでかかって来いと言わんばかりに。
「アンタが誰だろうが関係ない、アタシの邪魔をする奴は……落とすっ!!」
ブレイアスWはサーベルを赤色のリビングデッドへと向けて、高らかにそう宣言した。