第27話 不死の軍団 ①
機密事項でアッシュベルの計画を知った艦長は、メシア本部攻略を決意した。
アッシュベルの真意は別にしても、世界中の人々をエターナルブライト化させる計画を見過ごすわけには行かない。
しかし、フリーアイゼン一隻でメシア本部に挑む事はあまりにも無謀すぎる。
最悪の場合は捨て身覚悟で単艦での攻略に踏み出すしかないが、世界の危機と知れば協力してくれる者がいるはず。
そう願い、艦長はソルセブンのイリュードと連絡を取った。
機密事項で明らかになった事を全て告げると、イリュードは難しい表情を浮かべていた。
但し、ι・ブレードによって世界を救える可能性がある事だけは伏せた。
この手段はあくまでも最終手段に過ぎず、晶の意志に任せると決めている。
そうであれば、その決意を晶が示さない限りは伏せるべきであるだろうと考えていた。
「俄かには信じ難い事実ではあるが、我々が知る情報は以上だ」
「ほう、だから貴方はアッシュベルを討つと……そう言いたいのだな?」
「無論だ、そうでなければ我々の世界に明日はない」
「ならば聞こう、貴方が今私に告げた事が全て真実である根拠は?」
「メシア本部に隠されていた機密事項はアッシュベルが意図的に隠した事実だと言える。
今までのアヴェンジャーと我々の戦闘行為やι・ブレードが見せた『共鳴反応』、エターナルブライトが持つ不思議な力――」
艦長は次々と機密事項が事実である事を裏付ける根拠を述べようとすると、イリュードは溜息をつく。
「残念だよ、貴方はもっと冷静な判断が出来る人だと認識していた。 まずはその機密事項が事実である根拠がない。
何者かがアッシュベルを悪に仕立て上げる為に流した偽りの情報の可能性も考えられる」
「それはない、メシア本部にはアッシュベルを慕う人間、プロジェクト:エターナルを支持する人間しかいないはずだ」
「いや、違う。 ただ一人、例外を除いてだ」
「例外だと?」
「未乃 健三の事だ」
「――彼を疑うのか、イリュード艦長」
確かにイリュードの言う通り、未乃 健三はアッシュベルを危険視し、アヴェンジャーに属しながらも陰で戦い続けていた。
だが、艦長は未乃 健三の事を疑えなかった。
彼は全てを捨ててアッシュベルのプロジェクト:エターナルを止める為に動き続けていたのは事実。
その為にアヴェンジャーの一員となり世界を混乱に陥れ、結果的に『悪』に成り下がってしまっている。
しかし、彼はメシア本部で捕えられていた身だ。
彼は危険を冒して機密事項を息子である晶に託し、死んでいった。
そこまで覚悟があった未乃 健三を疑う事が出来ず、何よりも死んでしまったという事実が全てを物語っている。
その理由はやはり、アッシュベルが機密事項が出回る事を避けようとしたからではないのか?
「すまない、失言だったな。 私は貴方が今の世界を変える為に戦っている事は理解しているつもりだ。
貴方の言葉を信じないわけではないし、疑うつもりもない。 しかし、それでも私はメシア軍を動かす事はできん。
その理由は、貴方が一番わかるのではないか?」
「……我々の言葉を信じる者が、いないという事だな」
「――その通りだ。 貴方の言葉が真実であれば、まさに我々は絶滅の危機に陥っている事となる。
貴方が述べた根拠だけでは、メシア軍を納得させるほどの根拠には繋がらないのだよ。
確かに我々は今一つになり、アッシュベルの野望を打ち砕くべき動き出すべきだ。 だが、そう上手くはいかん」
「ならば、我々だけでも戦いに行くだけだ」
「待ちたまえ、我々は協力しないとは一言も告げていない。 貴方が告げた真実を、私がこの手で証明して見せよう」
「何?」
フリーアイゼンが手にした機密事項の事実を証明する?
そんな事、一体どのようにして証明しようと考えているのか?
「貴方の持つ機密事項を、私に託してくれないか。 メシアの上層部が隠した人体実験の情報を辿れば、証明する事が出来るかもしれん」
「過去の事件を一つ一つ洗い出すつもりか?」
「そうだ、どんな小さな記録でもいい。 一つ一つを証明していけば、その機密事項の信憑性は間違いなく上がるはずだ。
だが、私の力で世界を動かせるとは到底思えん。 最悪の場合、我々だけでも貴方に協力する事を約束しよう」
「……協力に、感謝する」
艦長が一言告げると、そこで通信を切った。
静かになった艦長室で、艦長は帽子を深くかぶり頷く。
そして、スッと椅子から立ち上がった。
「アッシュベル、私はもう迷わんぞ。 道を誤ったお前を、必ずこの手で止めて見せる」
これから予想される激しい戦いを前にして、艦長は臆する事はない。
必ず勝利を掴む事を信じ、ただ前へと進むだけだった。
メシア本部内に存在する巨大なルーム。
その中心には巨大な柱が存在した。
数多くのエターナルブライトが連結し、グルグルと稼働を続けている。
メシア本部の動力源として使われているのだろう。
通称コアルームと呼ばれるこの場所には、アッシュベルが開発した『アインズケイン』が眠っていた。
G3やゼノフラムよりも遥かに巨体なHAは、まるで玉座に座る一国の王のように置かれていた。
紫色のボディを漆黒の装甲で覆っているが、ところどころ紫色が目に入る。
中心部には砲台が隠されているのか、銃口のような物が固く閉ざされていた。
何よりも目立つのが背中に広げられた翼のような物。
骨組みだけが組み込まれた中途半端な翼、ブースターでもなければただの飾りでもない翼は奇妙さを感じさせた。
その巨体を、アッシュベルは足元から見上げてニヤリと笑みを浮かべた。
「――あと少しだ、あと少しで私はこの世界を救える」
完成したアインズケインを見上げ、アッシュベルは呟いた。
するとカツカツと音を立てながら歩き、壁に設置された端末を操作する。
モニターに映されたのは木葉の顔だった。
パイロットスーツを身に纏い、ヘルメット越しから何処か悲しげな目を見せている。
「良いかね木葉君、くれぐれも無茶をするのではないぞ。 いざとなったら、私が用意した『不死の軍団』に任せればいい」
『――不死の軍団ですか』
「ククッ、彼らに対する手土産だよ。 我ながら素晴らしい提案かと思わんかね?」
『……』
アッシュベルが不敵な笑みを浮かべるが、木葉はそのまま俯くだけだった。
「おや、気に入らないのかね。 不死の軍団は君が求めていた――」
『やめてっ!!』
突然木葉が大声を上げると、アッシュベルは口を閉じてただ不気味に笑い続ける。
『私……戦えますから』
再び顔を上げると、木葉の表情は打って変わって引き締まっていた。
前にも一度見せた決意に満ちたその瞳、彼女にもう迷いがない事が伝わってくる。
「なぁに、これも一種の通過儀礼と思いたまえ。 彼らは自分に正義があると信じて戦う愚か者だ。
世の中を善と悪でしかとらえず、自分達の視点でしか物事を考えられない……実に人間とは愚かしい。 そう思わんかね?」
『――行きます』
木葉はそう告げると、一方的に通信を切った。
「私の不死の軍団、同じιの名を持つHA――彼らが突破できるか見物だな」
アッシュベルはカツカツと音を立てながら、コアルームを後にした。
ブリーフィングルームに、フリーアイゼンのクルーが全て集められた。
円卓にクルー全員が席につき、その中心には艦長とフラムの2名が立っている。
艦長から告げられる重要な発表を前に、表情は皆表情は固い。
艦長はクルー達に機密事項で知り得た情報を告げた。
あまりにも信じ難い事実を前に呆然とする者、戸惑う者、思わず首を傾げてしまう者と反応は人それぞれだ。
しかし、問題はこの先だ。
艦長は今回の作戦プランを、クルー全員に告げなければならない。
フリーアイゼン一隻で挑む、メシア本部攻略プランの全貌を。
「我々はこれから単独で『神の源』へと向かう。 神の源上空にはメシア本部があるはずだ。
作戦内容は至ってシンプルだ。 フリーアイゼンは敵の防衛網を突破し、メシア本部への突入を試みる。
艦を突貫させ、メシア本部内へ潜入し内部から破壊活動を行う」
艦長がそう告げると、ブリーフィングルームは一気にざわつき始めた。
その言葉が意味する事は、つまり艦をメシア本部へ捨て身で特攻させる事。
下手をすればフリーアイゼンそのものが大破する危険性がある無謀に近いプランだった。
「各HA部隊はフリーアイゼンの護衛をしつつ、メシア本部迎撃兵器の排除を平行する。 だが、ゼノフラムだけは艦に待機させる。
突入の際には白紫輝砲と主砲、ゼノフラムの圧縮砲を使いメシア本部へ穴を開け、後はそのまま艦を突進させるだけだ」
口では簡単に艦長は告げるが、現実的にはそう上手くは行かないだろう。
メシア本部の部隊にはι・ブレードの量産タイプが存在し、前回の戦いで本部からι・ブレードの量産型パーツが大量に発見されているのだ。
それにι・ブレードにはιシステムも搭載されている、単機が持つ性能がこちらで持つι・ブレードと同じと考えるといかに脅威であるのかがわかりやすい。
メシア本部の部隊を、ゼノフラムを含まないたった3機でどうにかしなければならないのだ。
更にメシア本部はセキュリティシステムも健在しており、迎撃用の武装はいくらでも用意されていると考えられる。
幸いメシア本部に関するデータは機密事項に含まれていたと言えど、容易に突破できるとは思えなかった。
それでも、この作戦を決行しなければならない。
援軍を要請していると言えど、モタモタしてる間にアッシュベルが計画を発動してしまえば全てが手遅れだ。
僅かな可能性でもいい、成功する可能性が少しでも見出されるのならば――
それが艦長が導き出した結論だった。
「私はこれまで世界の人々の為にE.B.Bと戦い、同じ人類であるアヴェンジャーとも戦ってきた。
だが、アヴェンジャーと戦った事により我々はアッシュベルの暴走をここまで許してしまった。
しかし、我々の行動に何一つ間違いはなかった。 いずれにせよ、アヴェンジャーは誰かの手で止めなければならなかったのだろう。
この戦い、必ず勝利を掴んで見せろ。 ここで我々が勝たなければ、世界に未来はない。
――壮絶な戦いになるだろうが、それでも私は誰一人犠牲者を出すつもりはない。 お前達の命、預からせてもらうぞ」
艦長がクルー全員にそう告げると、クルー達は艦長と目を合わせて頷く。
艦長と同じく、クルー全体にも迷いはないという事だろう。
「艦は現在太平洋を進んでいる、目的地に着くまでは半日程はかかるはずだ。 それまでに各位は――」
ビービービーッ!
突如、艦内のサイレンが鳴り響き始めた。
『敵襲です、アヴェンジャーの黒船を三隻確認しましたっ!!』
「何、アヴェンジャーだと? クッ……未だに我々に仕掛けてくるか。 パイロット各位は至急出撃しろっ!」
艦長の指示と共に、フリーアイゼンのクルー達が一斉に動き出す。
大型E.B.Bと対峙した時、協力してくれたはずのアヴェンジャーが何故このタイミングで?
やはり、彼らとは未だに分かち合えないのだろうか。
だが、向かってくる以上は迎撃するしかない。
艦長は至急、ブリッジルームへと向かっていった。
格納庫で晶はι・ブレードをぼんやりと見上げていた。
サイレンが鳴り響き、赤い光に照らされたι・ブレード。
たった一機のHAが、世界を救える可能性を秘めていると言われると実感が湧かない。
救えてきた命はたくさんあった、このHAによってフリーアイゼンを守る事は確かにできていた。
しかし、同時にι・ブレードはあまりにもたくさんの命を奪っているのも事実だ。
アヴェンジャーの部隊は勿論の事、ι・ブレードが暴走した時に無関係の人間を大量に巻き込んでしまった事。
裏切ったと言えど、晶が世話になり続けていたシラナギの命を奪ってしまったのもι・ブレードだった。
これ以上犠牲者を生み出すわけには行かない、しかし未だにフリーアイゼンは人同士で戦い続けなければならない。
「おい、ぼさっとしてんじゃないよ晶っ!」
誰かが晶の肩に手をぽんと置き、声をかけてきた。
この声はまさか、と思い晶は振り返る。
「――シ、シリアッ!?」
「何だよ、そんなに驚くことないだろ? アタシが生きてたのがそんなに不思議?」
「い、いや……ごめん、何も聞かされてなかったから」
ゼノスからシリアが無事だったという知らせは受けていたが、まさかフリーアイゼンに戻ってきているとは思っていなかった。
「そうだよな、晶は今自分の事で精一杯だろうしね。 今は自分の身を守る事だけを考えな、悩むのは戦いが終わってからにするんだ。 これは一応上官であるアタシの命令だよ」
「あ、ああ。 ありがとう、シリア」
晶がそう告げると、シリアに続いて金髪の女性が格納庫へと足を運んできた。
その人物は間違いない、シリアの姉であるラティアだ。
彼女はフリーアイゼンが襲撃を受けた時に姿を消し、後からソルセブンの一員として立ちはだかったはず。
それが何故、フリーアイゼンに戻ってきているのだろうかと疑問に思った。
「姉貴はたくさん悩んでたけどさ、自分なりの答えをようやく見つけたみたいなんだ。 だから、姉貴はもう大丈夫さ」
シリアが察したのか、ラティアをフォローするように晶にそう告げる。
そこまで言うなら、ラティアが裏切る可能性はもうないと考えていいだろう。
ラティアと目が合うと、何処かぎこちがなくラティアは目線を逸らしさっさとHAのコックピットへと向かっていく。
「アンタもさ、見つけなよ。 アタシはもう戦い抜く覚悟は出来てる、ちゃんと戦う理由も見つけた。
何でもいいんだよ、これだけは譲れないってことを軸にして戦っていけば、勝てない戦いもきっと勝てるようになるさっ!」
「戦う、理由――」
シリアから言われて真っ先に浮かんだのは木葉の事だ。
だが、未だに木葉の行方は掴めずに何処へいるのかも見当がつかない。
メシア本部でも結局木葉に関する情報は得られなかった。
「何をしている、さっさと出撃するぞ」
最後にやってきたのはゼノスだった。
シリアはへいへいと軽く返事をしながら、自機の元へと向かう。
レビンフラックスはあの時大破したはずだが、目が追っていった先には全く見覚えのないHAが並んでいた。
「今回は海上での戦いとなるからゼノフラムは出せない。 だが、メシア本部から持ち帰ったブレイアスとフライトパーツを使えば出撃は出来る」
「ああ、わかった」
「晶、決断を急ぐ必要はない。 今はただ、目の前の問題だけを片づけろ」
ゼノスは無表情でそれだけ伝えると、ブレイアスへと乗り込んでいく。
決断を急ぐ必要はない、だが世界の危機が目の前にまで訪れているのも事実だ。
「―――世界の為に死ぬ覚悟、か」
晶はそれだけ呟くと、ようやくι・ブレードへと向かい歩み始める。
未だに迷い続ける自分自身に、はっきりとした答えを求める為に、今はただ戦うだけだった。