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     星の記憶 ③


これまで艦長から呼び出しを受ける事は何度もあった。

だが、今回のように艦長が自ら声をかけた事は初めてだ。

偶然なのか、それとも何か理由があっての事なのかわからない。

艦長室へ案内されると、艦長は静かに真っ黒な椅子へと腰を掛ける。

何処か重苦しい空気を肌で感じながらも、晶は背筋を伸ばし艦長の言葉を待つ。

艦長は何処か目を逸らし、ため息をついて紙の束を静かに手にした。


「お前が持ち帰った機密事項の解析が終わり、我々が取るべき行動が決定した」


「……はい」


「アッシュベルは今、神の源と呼ばれる無人島へ向かっている。 奴はそこでプロジェクト:エターナルを決行させる気だ」


「そ、それじゃ――世界中の人々がっ!?」


「機密事項にはこう書かれていた。 プロジェクト:エターナルの目的は人類のE.B.B化ではなく、その先にある。

全人類の『エターナルブライト化』が、最終目的だ」


「エターナルブライト化?」


艦長の言葉を聞いて、晶は父の言葉を思い出す。

ι・ブレードのコアには晶の母親が使われている。

母親はE.B.B化を迎える直前に、エターナルブライトへと変化したという。

まさかアッシュベルは、人類全てをエターナルブライトに変えようとしているという事なのか?


「アッシュベルの計画を防ぐには、奴自身を止める以外に方法はない。 プロジェクト:エターナルがいつ決行されるかわからない以上、我々にはあまり時間が残されていない。

我々は神の源へ向かい、メシア本部を落とす。 それ以外に、方法はあるまい」


「メシア本部を? そ、そんな……たった一隻で、やるのですかっ!?」


「それが私が艦長として導き出した結論だ」


晶は思わず開いた口が塞がらなかった。

前回メシア本部へ潜入した時は、父親の助けがあったからこそ無事に脱出する事が出来た。

だが、今回は助けとなる父親ももういないのだ。

それにメシア本部の持つ戦力は莫大すぎる、たった一隻……それもアイゼン級という小型の戦艦で挑むというのは正気沙汰ではない。

もしや艦長はこの先に予測される激しい戦いについて、晶の最終的な意志を確認しようとしたのだろうか?

戦い抜く覚悟ならある、晶はその意志を伝えようと口を開いた。


「か、覚悟は出来ています。 俺はアッシュベルが正しいとは思えないし、戦う事に迷いはありません」


「――いや、お前を呼び出したのはその決定を伝える為ではない」


「ど、どういう事ですか?」


「アッシュベルが発案したプロジェクト:エターナルは、星の記憶と呼ばれる力を利用して初めて成り立つ。

星の記憶にはこの星の生命の始まりから終わりまでが記された情報の集まりだそうだ、その情報に干渉する事により人類をエターナルブライトへ変えようとしているのだろう」


「そんな事が本当に可能なのですか?」


「奴は星の記憶からエターナルブライトを生み出している、嘘ではないだろう」


アッシュベルがエターナルブライトを生み出した?

晶は艦長から告げられる信じ難い言葉に思わず動揺を隠しきれなかった。

E.B.Bがこの世に現れたのも、HAが生み出され人類とE.B.Bの死闘が始まったのも、全て元凶はあの男だというのか?

たった一人の男が、地球上の人々をここまで苦しめ続けたとでもいうのか?


「星の記憶に干渉するには、エターナルブライトとの共鳴反応を利用するらしい。 フラム博士の推測ではあるが……ラストコードが解放されたι・ブレードも星の記憶に干渉する事が出来るようだ」


「そうか、だから親父は――」


ι・ブレードは対アッシュベルの切り札となる。

未乃 健三の言葉の意味は、そこにあったのだ。

父は最後に晶に告げた。

―――世界を救え、真の救世主となってみせろ―――


「そうだ、ι・ブレードを使い星の記憶へ干渉すればエターナルブライトをこの星から消し去ることが出来ると推測されている。

だが、それをやるにはアッシュベルが所持していると思われる星の記憶を奪わなければならない。 そして一番の問題は、パイロットの負荷だ」


「パイロットの負荷?」


「ιシステムを通じて星の記憶へ干渉する時、パイロットには星の記憶が持つ莫大な情報が身体に流れ込んでくる。 ……人の身では莫大な情報を受け止めきれずに、耐える事ができん」


「……それは、どういう事ですか?」


「わかりやすく言えば、星の記憶に触れた人間は――死ぬ」


「――っ!?」


『死』という単語を耳にして晶の背筋にゾクッと寒気が走る。


ι・ブレードを使えば、この混沌に満ちた世界を救うことが出来るかもしれない。

その代償は、パイロット一人の命……この星に住む何十億もの人間を救えると考えれば安いものだ。

まさか父親は初めからこの事実をわかっていた?

これしか方法がないと知りながらも、息子に最後の手段と決断を……押し付けたというのか?

晶は悔しくて拳を強く握りしめ、歯を食いしばった。


「未乃 晶。 お前は世界の為に死ねと私が命じたら、引き受けるかね?」


「……」


晶は答える事が出来なかった。

今までι・ブレードと戦ってきて、危険な目にたくさん逢ってきた。

シェルター地区でのんびり過ごしてきたあの日までは、戦場どころかE.B.Bすらろくに見たことがない環境で育ってきた。

あの日から世界の状況を知り、人類とE.B.Bの激しい戦争を目の当たりにし、更には人同士での戦争にも巻き込まれてきた。

怖いと思った事は何度もある、しかし……死ぬかもしれない、死を覚悟する。

今までそんな事を本気で決意した事があったかと言われると、ない。


確かに母艦であるフリーアイゼンを守る為に捨て身で戦いに身を投じる事もあった。

しかしそれは、必ず生き抜いて見せるという意思が少なくとも働いていたのだ。

死を覚悟したのではなく、必ず生きてやるという意味合いの方が強い。

晶はただ、艦長から目を逸らし体を震わせるだけだった。


「以前にお前は言ったな、父の意志を継ぐと。 未乃 健三は恐らく、死を覚悟していた。

もはや誰かの犠牲なしでは世界を救えないと悟っていたのだろう。 だから、アヴェンジャーのような組織にも力を貸す事をした。

晶、お前が父の意志を継ぐという事は……世界の命運を背負うという事は、そう言う事なのだ。 ……自らを犠牲にしてまでも、お前は意志を継ぐ覚悟があるか?」


艦長の言葉が晶に重くのしかかる。

晶は父のように、非情にもなれないし、死を覚悟する事も出来ない。

だけど、自分一人の命で世界のこの状況を変える事が出来るというのならば。

死ぬのは怖い、誰もがそう思っている。 そうに決まっている。

誰も死なない方法はないのか、誰も犠牲にならない方法は本当に残されていないのか?

晶は頭にそんな事をどうして、浮かべてしまうのだ。


「―――できん」


「え……?」


「私には、出来んよ。 お前に世界の為に死ねと、命じる事は出来ん――。

晶、お前はフリーアイゼンの危機を何度も救ってくれたヒーローだ。 まだまだお前は伸びるし、私と違って未来がある。

そんな希望に溢れる若者に、老い耄れの私が死を強制させることなど……あってはならん」


「艦長……」


世界がこんな状態でも、晶を庇ってくれるというのか。

何処まで艦長は優しいのだと、晶は思わず目から涙を流す。

悔しいからでもなく、寂しかったからでもない。

ただ、純粋に優しい言葉を掛けられたから。


「答えを急ぐ必要はない、今はただアッシュベルの野望を阻止するだけだ。 作戦の詳細については後日告げる、今日はゆっくり休め」


「……わかり、ました」


晶は涙を悟られないように顔を隠したまま、静かに艦長室を出て行く。

艦長は悲しそうな目で、その後ろ姿を暖かく見送っていた。









自室に戻り、ベッドに横になり晶はずっと考えていた。

父は世界を救う為に、ι・ブレードを開発した。

それを息子である晶に託し、そして死んでしまった。

一度は父親の意志を継ぐと決意はしたが、真実を知った今は決意が揺らぐ。

世界の現状を考えると、人類の限界が近いという言葉も何となく理解が出来る。

アッシュベルが生み出したE.B.Bは、シェルターを破壊する力までも手にしていたのだから。

人の手が加えられたと言えど、実際E.B.Bは日々進化をし続け、力を蓄え続けている。

メシアの兵も今となっては足りなくなってきているのが現状であり、世界は予想以上に追い込まれていた。

ガチャリ。 ノック音もなしに扉が開く音が聞こえた。

ボーっと天井を眺めていた晶は、その人物に興味を示すことなくグルグルと思考を廻らせる。


「起きているか、晶」


「――ああ」


部屋に入ってきたのはゼノスだった。

声が聞こえて、ようやく晶は返事をしたが、その目線は天井へと向けられている。

ゼノスも恐らく、機密事項の結果については把握しているはずだ。

今は一人でじっくりと考えたいのが本音だが、出て行けとも言えずに晶はそのまま黙り込んでいた。


「――何故、お前なんだ?」


「え?」


ゼノスは一言、短くそう呟いた。


「何故お前の命でなければ世界を救えない? もう少し、もう少しで世界を救う事が出来るかもしれないというのに」


「ゼノス……」


珍しくゼノスは感情的になっていた。

いつも表情一つ変えずに、常に冷静であるというのに。


「俺の命はもう長くない」


「長く、ない?」


「そうだ、E.B.B化の進行とは違う。 エターナルブライトによって得た『力』の代償で、寿命が削られている」


「なんだって……?」


そんな事、晶は一度たりとも聞いたことがなかった。

何時頃からなのだろうか、もしや出会った頃から常にリスクと背負っていたのか?


「戦えば戦うほど、俺の命は削られていく。 だが、俺は奴と生きると約束をした。 こんな残りカスの命でも、生きてほしいと願われたからな」


「怖くないのか?」


「怖いさ、俺は常に死の恐怖と戦い続けている」


無表情で語られても説得力を感じないが、よく見ると確かにゼノスの手が少し震えているのがわかる。

ゼノスのような男でも、『死』という物は恐怖でしかないというのか。

死を覚悟するという事は、それ程までに重いのだろう。


「お前が背負う必要はない、『死』という残酷な運命を。 お前はまだまだ未来があり、希望に満ちている。

死の重さを知っているからこそ、俺はお前にそれを伝えに来た。 くれぐれも、変な気を起こさせないように」


「――だけど、俺一人の命で世界が救えるなら」


「お前の命はもう、お前だけのものではない」


「……俺一人のものじゃない?」


「未乃 健三がお前に何を望んだのかはわからない。 だが、少なくともお前の死を望まない奴が目の前にいる事を忘れるな。

俺だけじゃない、シリアや艦長……お前の大切な早瀬 木葉も、誰一人お前の死を望んでいないだろうな」


「木葉……」


晶が死ぬとたくさんの人が悲しむ。

ゼノスが言いたいのはそう言う事だ。

人という生き物は一人一人が繋がり連鎖して生きていく、自分一人の命にはたくさんの人の絆で結ばされている。

命を絶つというのか、その絆を全て引き裂き、置き去りにしていく事。

――たった一人の死さえも、それは軽い者ではないという事だ。


「お前は俺に言ったはずだ、父親とは違う方法で、自分自身の方法で意志を継いでみせると。

ならば、探すぞ。 誰も犠牲を生み出さず、世界を救う方法を」


「ゼノス……だけど、それは――」


あるはずがない、と告げようとしたが晶はそこで言葉を止める。

艦長やゼノスがここまで言ってくれているのだ、最初から諦めるわけには行かない。

探せるのか、見つけ出せるのか?

誰も犠牲者を生み出さずに、世界を救う方法を――


「今は対アッシュベルの事だけを考えろ。 世界の事についてはその後でいい。 今奴を止めなければ、それこそ世界が終わる事になる」


「……ああ、そうだな」


今は対アッシュベルの作戦だけを考えればいいと言われても、晶は嫌でも考えてしまう。

自分の命と世界の命を天秤にかけて、ひたすら答えを出せずに悩み続ける。

バタン、扉が閉まる音がした。

ゼノスが出て行ったのだろう。

明日はアッシュベルとの戦いだというのに、こんな調子で戦うことが出来るのか不安に感じる。

今は戦いに集中し、その後沢山悩めばいい。

晶は横になって目を閉じて、無理やりにでも寝ようと布団をかぶった。








神の源。

名もなき無人島にその名をつけたのはアッシュベルであった。

世間的にはエターナルブライトは突如この世界に現れた謎の高エネルギー体ではあるが、実際は神の源に眠っていた『星の記憶』から生み出された力である。

プロジェクト:エターナルの最終段階を迎える為、アッシュベルはメシア本部を丸ごと神の源まで移動させていた。

巨大な戦艦と化したメシア本部は、神の源の上空で待機している。

メシア本部に残っていた新生メシア兵達は、全てアッシュベルを支持する者だ。

恐らくアッシュベルがこの地へ訪れる事は計画のうちに入っていたのだろう。


だからこそ、元メシア兵である者のメシア本部への出入りを禁じていた。

万が一内部から反乱でもされたら面倒なことになる上に、せっかくの計画が台無しになる危険性もある。

しかし、計画は既に最終段階を迎えていた以上、今更内部からクーデターが起きようが何をしようがもう、アッシュベルを止める事は出来ない。

間もなく世界は、アッシュベルの手に堕ちようとしていた――

アッシュベルはメシア本部内の研究室で、着々と準備を進めていた。

プロジェクト:エターナルの最終段階を確実に成功させる為、その鍵となるHAの調整を行っていたのだ。


『アインズケイン』と名付けられたHAは、プロジェクト:エターナルを実現させる為にアッシュベル自身が開発を行った。

プロジェクト:エターナルの実現には星の記憶に干渉する必要がある。

ιシステムに更なる改良を加え、共鳴反応を起こす事により生体情報を操作する事によって、人類をE.B.Bへと変化させ、更にエターナルブライトへと強制的に変える。

それがプロジェクト:エターナルの全貌であった。


「いいかね、人類に残された時間はもはや少ない。 全てが手遅れになる前に、私はこの手でプロジェクト:エターナルを実現させなければならん。

その為には、君の協力が不可欠なのだよ」


「―――はい、わかっています」


アッシュベルが端末を操作しながら、後ろで椅子に腰を掛けている一人の少女に声をかける。

少女は顔を上げずに、掠れた声で返事をした。


「そう落ち込む事はない、君が持つ力は実に素晴らしい。 君の力はまさに世界を救う為に生み出された力としか私は思えないよ。

もっと自信を持ち、誇りに思うのだ。 君は本当の意味で、世界の救世主となれるのだから」


「そんなもの、興味ありません」


「ふむ、私としたことが君を持ちあげすぎてしまったかな? しかし、私は何一つ嘘はついていない。

君がいなければ、私はプロジェクト:エターナルを実現する事は難しかっただろう。

さて、後の懸念はオリジナルのιシステムの存在だな。 未乃 健三が余計な真似をしたせいで彼らにも機密事項が渡ってしまっている。

そろそろ私の真の目的に気づき、何らかのアクションを起こすはずだ」


「彼ら?」


「フリーアイゼンの諸君だよ、彼らは自らが否定したアヴェンジャーと同じようにメシアを敵に回して私に刃向おうとしている。

愚かしいと思わんかね、彼らは自らが否定した者達と全く同じ行為を働いている。 実に滑稽だよ、クククッ」


「――迎え撃つんですね、フリーアイゼンを」


「無論だ、だが君はここに残りたまえ」


「いいえ、残りません」


少女は黒く長い髪を靡かせて、バッと顔を上げた。


「君は戦えるというのかね、あの少年と」


「私、もう迷っていません。 覚悟はとうに出来ています」


「――くれぐれも気を付けたまえ、君はあくまでも世界の命運を背負っているという事を忘れるな」


「わかっています、私は戦えます」


「ならば行くがいい、早瀬 木葉よ」


木葉は真っ直ぐな瞳で、アッシュベルと目を合わせながら強く頷いた。

その瞳は迷いが一切なく、決意に満ちた輝きを宿していた。


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