怨念のE.B.B ④
ソルセブンの援護により、フリーアイゼンを取り囲んでいたアヴェンジャー部隊を何とか退ける事は出来た。
しかし、問題の大型E.B.Bと大量発生した小型E.B.Bの殲滅は増援があった今でも追いついていない。
このまま増殖が続けば周辺の住宅地区への被害は免れない。
更に相手はシェルターを破壊するビームさえも所持しているのだ。
何としてでも大型E.B.Bを仕留めなければならない、艦長はモニターを睨み付けていると……ふと、一機のHAが大型E.B.Bの前に姿を現す。
「晶、何故ここにいるっ!?」
万が一に備えて、晶とι・ブレードだけは逃げるよう指示を出したはずだ。
フリーアイゼンの危機を見過ごせずに、留まってしまったというのか?
確かに当面危機を乗り越える事が出来たと言えど、あの大型E.B.Bへの対抗手段は未だに持ち合わせていない。
今すぐにでも撤退させるべきだと、晶へ通信を繋ごうとした瞬間――
『フリーアイゼンの艦長に告ぐ、今すぐに戦域から撤退せよ』
ソルセブンの艦長、イリュードから通信でそう告げられた。
「一体何のつもりだ、イリュード艦長」
『本来であれば我々は貴方を討たなければならない立場なのだ、いつまでもこの場に居座るというのならばこちらにも考えがある』
「敵は生半可な相手ではない、今の我々は互いに協力し合うべきだ」
『……あのE.B.Bを討伐したら、我々は全力でフリーアイゼンを落とす。 それでも構わぬというのなら、好きにするがいい』
「心得た」
イリュードはあくまでもE.B.Bを優先するだけで、フリーアイゼンを敵として見ているのは変わらないという事なのだろう。
だが、艦長はあの大型E.B.Bを見過ごす事が出来なかった。
それに最悪、フリーアイゼンがなくなったとしても――晶とι・ブレードが全てを引き継いでくれる。
艦長にはそれだけの覚悟があった。
「よろしいのですか、艦長」
「何も全員を巻き込むつもりはない、最悪の事態に各クルーに伝達してくれ。
私は最後まで艦に残るが、お前達まで付き添う必要はあるまい。 いつでも艦を降りれる状態にしておけ」
「いいえ、艦長が残るのであれば私は逃げません」
「まだ諦めるには早いだろ、フリーアイゼンはいつだってこんな危機を乗り越えてきたんだぜ?」
「必ず生き残りましょう。 我々が生き残らなければきっと、晶はこの先戦い抜けないでしょうから」
リューテはこの場に留まったι・ブレードを目にしながら、艦長に告げた。
晶は確かに父親の意思を継ぐ覚悟はあると言った、それはどんな犠牲を払ってでも最後まで戦い抜く覚悟だと。
晶にはその覚悟がなかった、だからフリーアイゼンを守る為に留まり戦い続けている。
『もう知っての通りだと思うがね。 ιのパイロットはどうやら、艦を守る為にここへ残ったようだよ』
「……それが晶の意思だと言うなら止めはせん。 今はE.B.Bを倒す事だけに集中する」
『あの大型E.B.Bの解析が終わった、既にι・ブレードが動いてはいるがね。 貴方ならこのデータを見れば私の意図を理解できるはずだ。
ここから先は貴方の出番だ、我々を勝利へ導くプランを立ててくれ』
「すまんな、フラム博士。 元々貴方はフリーアイゼンの人間ではないというのに」
『なぁに、この艦は退屈しないしね。 窮屈な支部に閉じこもっていた頃と比べれば、毎日が楽しいぐらいさ』
フラムはそう告げると、通信を切った。
艦長は転送された解析結果を目に通す。
「アヴェンジャー部隊の増援ですっ! アイゼン級が三隻確認されましたっ!」
「何だと? 何故奴らがまだ戦艦をっ!?」
アヴェンジャーの部隊にはほとんど戦力が残されていないはず。
それなのにまだこれ程の戦力を保有しているのには理由がある。
何者かがアヴェンジャーに協力しているとしか考えられなかった。
イリュードではない、新生メシアとアヴェンジャーが手を組んでいるとは考えにくい。
第3者の存在か、或いは――
「――アッシュベル、お前なのか?」
艦長は拳を力強く握りしめ、静かにそう呟いた。
ガキィンッ! ガキィンッ!
大型E.B.Bの周辺では、金属音が鳴り響き続けていた。
E.B.Bから作り出されたブラックベリタスは、限りなく本物のHAに近い状態だ。
晶達を苦しめてきた4本のソードコア。
驚異の速度でι・ブレードへと接近すると、晶は2本のソードコアと危険察知を用いて必死で薙ぎ払い続ける。
共鳴中のι・ブレードの危険察知はいつものように映像を介することなく、システムが直接思考へとリンクしている状態だ。
ほぼ直感的に伝ってくる感情に不慣れなせいか、晶は反応に遅れる事が多々ある状態だ。
解放されたι・ブレードのスペックに、晶自身がついていけていない。
だが、父親から託された力を使いこなさなければ――
『闇雲に攻撃するだけでは奴の動きは捕えきれん。 晶、シリア……俺に合わせろ』
『オッケー、任せるよっ!』
「わ、わかったっ!」
ゼノスから指示が出されると、ゼノフラムは地上からガトリングを用いてブラックベリタスをけん制する。
その際に胸部からは圧縮砲の砲台が出現し始めていた。
『シリアっ!』
『わかってる、そらっ!』
続いてトリッドエールが、クルクルと宙を回転しながらライフルを乱射する。
不規則に飛ばされてくる弾道を、ブラックベリタスはぎりぎりのタイミングで回避をし続けた。
『未だ、切り込めっ!!』
「ああ、行けよι・ブレードっ!」
動きが制限されたブラックベリタスに向かい、ι・ブレードは光の如く一直線に突き進む。
ムラクモを構えて、斬りかかろうとした瞬間――晶は突如、何かを感じ取って動きを止める。
すると大型E.B.Bから無数の触手が飛び出し、ι・ブレードへと襲い掛かった。
「クソッ!」
触手から一斉に紫色のレーザーが放たれると、ι・ブレードはレーザーの合間を掻い潜り、ムラクモでまとめて触手を叩き斬る。
その瞬間、目の前から凄まじい速度でブラックベリタスが2本のサーベルを構えて接近してきていた。
咄嗟に晶はムラクモでサーベルを受け止めようと構えたが、突然地上から真っ赤な光が一直線に放たれる。
丁度ブラックベリタスの直線コースを貫いていき、ブラックベリタスに直撃した。
ズガァァァァンッ! 鼓膜が破れるかのような激しい爆発音が鳴り響く。
あの光は間違いない、ゼノフラムから放たれた圧縮砲だ。
今となってはロングレンジキャノンの小型化によりι・ブレードでもビーム兵器を持てるようになったと言えど主砲クラスの一撃には及んでいない。
HA単機であれだけの火力を誇れるゼノフラムは、まさに対大型E.B.Bに相応しい性能をしていると言えた。
周辺に広がっていた爆炎が段々と晴れて来ると、晶は思わず言葉を失った。
ブラックベリタスは、傷一つ負っていなかったのだ。
「なっ――直撃したはずだぞっ!?」
『ホホホ、無駄ですぞ。 無数のコアを持つ私の身体にはありとあらゆる力が宿っております。
主砲クラスのビーム兵器を無効にすることも、物理的な攻撃を無効化する事も容易いのですぞ』
「そ、そんな――」
まさか、何も攻撃が通じないというのか?
ブレインであるジエンスを落とす事が出来れば、あの大型E.B.Bは力を失い主砲が通じるようになるはずだ。
だが、その時点で晶は気づけなかったのだ。
ここにいるブラックベリタスも、あくまでもE.B.Bの一部である事を――
『触手を切り落とせ、奴と本体を分離させろっ!』
「か、艦長?」
突然コックピットの中に響いた艦長からの通信に、晶は表情をハッとさせた。
ブラックベリタスには大型E.B.Bから伸ばされている無数の触手が繋がれている。
あの触手さえ切り落とせば、無数のコアとのリンクが一時的に途切れる、その隙を狙えば勝機は見えるはずだ。
『晶、お前が私の命令を無視してまでこの場に留まった事を咎めるつもりはない。
だが、残ったからには確実に勝て。 私から言えることは、それだけだ』
「……わかりました」
艦長は深く語らなかったが、その言葉には重みがあった。
晶がこの場に留まったのは、晶自身が導き出した結果であり、意志である。
艦長はその意志を尊重したという事だ。
ならば、艦長の期待に応えなければならない。
『シリア、お前も無事だったか』
『大事な愛機を失っちまったけど、何とか命だけはね』
『シリア機は晶機と連携を取れ、ゼノス機は圧縮砲の用意をしろ』
『了解した』
既に艦長の意図を理解しているのか、ゼノスは短く返事をする。
ι・ブレードはムラクモを構え、ブラックベリタスを繋ぐ触手へ斬りかかろうとするが束ねられていた触手は一瞬にしてばらけてしまう。
触手にはバリアが張られておらず、物理的な攻撃は通用するようだが……ブラックベリタスにはすぐに新しい触手がくっついていく。
単純に斬るだけではキリがない、何か手段はないのかと晶は周囲を見渡す。
『アタシがアイツの動きを止める、晶は触手を切り離す事だけを考えてくれっ!』
「ああ、わかったっ!」
シリアが何か思いついたのか、トリッドエールは尋常ではない加速でブラックベリタスへと飛び込んでいく。
ブースターからは紫色の煙が吹き出し、機体への負荷は目に見える程はっきりとわかった。
シリア自身がトリッドエールを相手にしたときに使われた『ブースト解放』モード。
制御系統のありとあらゆるリミッターを解除し、限界以上の加速を叩き出すトリッドエールの最大の特徴である。
パイロット自身は勿論の事、機体への負荷も相当高くリスクは高かった。
ブラックベリタスの機動性は、決戦時のままである以上、このモードでなければブラックベリタスについていく事が出来ないのだ。
制御系統も不完全な状態では、そう長くは持たない。
シリアは単機で決着をつける気でいるのだろう。
『晶、回り込めっ!』
「ああっ!」
トリッドエールは、襲い掛かる四つのソードコアを弾き飛ばし、ブラックベリタスへと接近する。
あっという間に距離を詰め、トリッドエールはブラックベリタスを両腕で捕えた。
動きが止まった……今ならば触手が収束している。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
晶はフルスロットルでι・ブレードを前進させ、ムラクモを構えた。
バァンッ――その瞬間、銃声が鳴り響く。
何処から放たれた一撃なのか、何を狙った一撃なのかはわからない。
だけど、晶は嫌な予感を感じて背筋に寒気が走った。
ゼノフラムが小型E.B.Bを一掃した地帯に、ライフルを構えたレブルペインの部隊が配置されていた。
撃たれたのは、トリッドエールだった。
バチバチッ! 火花を散らし、トリッドエールは煙を噴き出しながら制御を失っていく。
『クッ、アタシは……アタシは、まだっ――』
「シリア……シリアっ!?」
トリッドエールからは小規模な爆発が次々と発生し、小型E.B.Bの群れへと落下していった。
『アタシはまだ、死ねない――』
プツンッ――そこでシリアとの通信が途切れてしまう。
まさか、シリアはもう――
晶はギロリと、レブルペインの部隊を睨み付けた。
「お前達が、お前達がシリアをっ!!」
もう誰も死なせない、フリーアイゼンを必ず守り抜く。
そう誓ってこの場に留まったというのに。
また、守れなかったというのか。
大切な仲間を、また奪われた。
その時、晶は怒りで我を忘れて気が付けばレブルペインの部隊をムラクモで切り裂いていた。
同じ人類でありながら、人類同士の戦いをやめようとしないアヴェンジャー。
あいつらは人ではない、E.B.Bと同等か、それ以下の存在だ。
これ以上多くの犠牲を生み出さない為にも、E.B.Bもろとも『消さなければならない』存在、なのだと言い聞かせていた。
「何なんだよお前らはっ! いつも勝手に現れて人の邪魔をして……好き勝手に命を奪っていきやがってっ!
お前達なんか、お前達なんかぁぁぁっ!!」
その時、ι・ブレードから真っ白な輝きが放たれ周囲へと一気に広がっていく。
すると、レブルペインの動きが何故か鈍くなり、それぞれ立ち止まり始めた。
晶はそんな事を気に留めずに、今すぐにでもアヴェンジャーを全滅させようと突撃を仕掛けようとする。
『やめろ、晶』
そんな晶を止めようと、ゼノフラムが目の前に立ち塞がった。
「退いてくれ、ゼノスっ! 俺は……俺はあいつらを放っておけない、許せないんだっ!」
『お前の痛みは、光を通じて確かに伝わった。 だが、ここで奴らと争うのは、アッシュベルの思うツボだ』
「俺の痛みが、光を通して?」
もしや、先程ι・ブレードから放たれた輝きの事をさしているのだろうか?
しかし、晶にとってはそんな事はどうでもよかった。
今すぐにでも『復讐』を果たす為にも。
「知った事かっ! アヴェンジャーがいなくなれば人類は救われる、E.B.Bの退治にだって専念できるだろっ!?」
『今の世界は、俺達がアヴェンジャーと争った結果だ。 俺達が招いた事態は、俺達の手で責任を取る。
全ては今、アッシュベルが思うがままに進められている以上、俺達は奴の思考の先へ辿り着かなければならない』
「じゃあどうしろっていうんだよっ!?」
『人類を、信じろ』
晶はゼノスの話を耳にして、ふと冷静さを取り戻す。
「人類を信じろ、だって?」
『相変わらず回りくどい奴だな、ゼノス』
「その声は――」
突然コックピットから入った通信の声は、ガジェロスだった。
先程メシア本部内で出会い、晶を人質に使ってまで機密事項を盗み出した張本人。
どうやら無事、メシア本部の脱出を果たしたようだ。
アヴェンジャーのレブルペイン部隊の戦闘に立った一機のHA。
G3のプロトタイプである『プロトG』だ。
群青色でレブルペインよりも一回り大きいHAは、何処かG3のような面影が残されている。
両腕にサマールプラントを所持し、サーベルからライフルまで一般的な武装を備えた汎用機寄りのHAだ。
『アヴェンジャーの部隊に呼びかけて、今すぐ戦闘行為を止めさせる。 そして、あの大型野郎を潰してやろうじゃねぇか』
「協力してくれるのか?」
『違うな、俺なりのケジメのつけ方だ。 アヴェンジャーは世界を混乱に陥れてでもアッシュベルを止めようと立ち向かった。
だが、そのやり方は人類を混乱に導いた挙句多くの犠牲者を生み出す結果となった。 それでも、アヴェンジャーは退く事は許されなかった。
だから俺は責任を持ってアッシュベルへの復讐をやり遂げる。 その為に俺は、生きてきたのだからな。
その前にいつまでもアヴェンジャーにすがってる奴らの目を覚ましてやる、それだけのことさ』
『晶、ここはガジェロスに任せるぞ』
「い、いいのかよ? 信用するのか?」
『俺達はE.B.Bを倒す事だけに集中すればいい』
「わ、わかった……」
今までずっと敵として戦い続けたガジェロス、ましてやつい先程も晶を人質にとるような真似をしたガジェロスを信用できるとは思えない。
だが、ゼノスがそこまで言う以上、今はガジェロスの言葉を信じるしかないだろう。
『テメェら、よく聞けっ! アヴェンジャーは滅びた、ジエンスの死によってとっくの昔に滅びたっ!
今のテメェらはアヴェンジャーじゃねぇ、ジエンスという主を失い、路頭に彷徨った子羊そのものなんだよ。
ジエンスは万能な存在ではない。 奴は確かに俺達に希望を託したが、最後は俺達の絶望を持って行っちゃくれなかった。
個人でできる事は限られてる、だから俺達は自らの頭で考えて先に進まなければならない。 自立しなければならない。
ただ闇雲に復讐に走るだけでは、戦火は広がり続けやがて人類全体を巻き込む戦いとなる。 ジエンスもテメェらも、そんな事は望んじゃいねぇはずだ』
ガジェロスはアヴェンジャー全軍に向けて、通信でそう告げた。
艦長が必死で説得をしても動じなかったアヴェンジャーの部隊が、ガジェロスの言葉により動きを止め始める。
やはりかつての仲間からの言葉というのは、それだけで重みというのが違うのだろうか。
『我々の戦争は既に終わっている。 これからは人類は一つとなって、強大なE.B.Bという敵に立ち向かわなければならん。
そこで我々が争っていては、いつまでも人類はE.B.Bに打ち勝つことが出来ん』
ガジェロスの言葉に続き、艦長も続けてそう告げた。
先程のように聞く耳を持たない様子はなく、しっかりと艦長の話に耳を傾けている。
やはり彼らも同じ人間、ガジェロスの言葉により迷いという感情が生じたのだろう。
『今俺達の目の前にいるジエンスは既に俺達の知るジエンスではない。
自分が死んだ事を認められずに、地上へとへばり付き自らの野望を達成させようとしているバケモノに過ぎない。
ジエンスの意思、お前らの最終目標である『打倒アッシュベル』は俺が全て引き継いでやる。
だからもう、俺達はジエンスという存在に縛られる必要はねぇっ!』
『あの大型E.B.Bを倒すには少しでも多くの戦力が必要だ、是非貴殿らの力を貸してほしいっ!
この星の明日の為にも、貴殿らの希望の為にも……今は少しでもE.B.Bと戦う力が必要なのだっ!』
話を聞いてくれる今がチャンスだと、艦長は必死で訴えた。
アヴェンジャーはフリーアイゼンにとっても憎むべき対象だ。
互いに多くの同胞を奪い、例え人類同士とわかっていても争ってしまった。
だが、やはりそれは間違っている。 人類は手を取り合って協力し合い、E.B.Bへと立ち向かうべきなのだと。
少しでもいい、少しでも可能性があるのならば信じてみたい。
艦長はそう願っていた。