怨念のE.B.B ③
強大な力を持つE.B.Bを前にして、艦長は万が一の事を考慮してせめて晶だけでも逃がそうとした。
しかし、危機に陥っているフリーアイゼンを見過ごす事が出来ずに晶は留まって戦う事を決意する。
フラム博士は言っていた、あのE.B.Bは複数のコアを持つと。
集約したコアを一度に全て破壊しない限り、E.B.Bを完全に消滅させることはできない。
おまけに凄まじい破壊力を誇る白紫輝砲のエネルギーさえも吸収する正真正銘のバケモノだ。
更に追い打ちをかけるかのように、アヴェンジャーの部隊はフリーアイゼンに戦闘行為を続ける。
アヴェンジャーは、あれだけの力を持ったE.B.Bを前にしてもフリーアイゼンへの復讐を優先するというのか。
いつまでも、何処までも邪魔をし続けるアヴェンジャーに、晶は怒りを抱いていた。
自らの目標を果たすべく、E.B.Bすらも利用してまで戦い続けた彼らを許せなかった。
ババァンッ! 地上からレブルペインによる銃撃が襲い掛かる。
危険察知で察した晶は、銃弾を避けつつ地上へと向けて猛スピードで降り立つ。
俺達の敵はアヴェンジャーではない。 あくまでもE.B.Bである事を忘れるな。
ゼノスのその言葉が頭を過ぎると、晶はふと手を止めてι・ブレードを停止させた。
ι・ブレードが棒立ちした隙を狙い、レブルペインの部隊は距離を離して銃撃を繰り返す。
「だけど、やらなきゃフリーアイゼンがやられるだけだろっ!?」
ブラックホークを構え、晶はレブルペインに照準を合わせた。
今までも戦い続け、いくつものHAを落としてきている。
今更躊躇う事なんてないと、晶は自分に言い聞かせた。
その瞬間、突如無数の小型E.B.Bが一斉にフリーアイゼン周辺へと集い始める。
「なっ、何だよこの数……?」
今までにも大型E.B.Bが発生した際に、無数に湧き出るE.B.Bには脅かされ続けていたが、今回はそれを上回るほどの数だった。
地上が真っ黒に埋め尽くされる程のE.B.Bが大型E.B.Bを中心に広まっていたのだ。
「このロングレンジキャノンなら、何十匹来たって……っ!」
ι・ブレードは照準を合わせ、E.B.Bの集団へと向けてロングレンジキャノンを発射する。
光の矢の如く発射されたロングレンジキャノンは、一瞬にして無数のE.B.Bを消滅させていく。
しかし、それでもE.B.Bの数が減る事はない。
ロングレンジキャノンは銃身の冷却やエネルギーの再チャージに時間がかかり、何度も使える代物ではなかった。
それまでの間は地道に数を減らしていくしかない、晶はブラックホークを構えて小型E.B.Bに向けて休む間もなく放ち続けた。
すると、今度はブレイアスの部隊が一斉にフリーアイゼン周辺へと展開されていった。
恐らくソルセブンからの援護部隊だろう、どうやらイリュードの言葉に偽りはなかったようだ。
『晶、行けるか?』
「行けるって、何をする気だよ」
『決まっている、あの大型E.B.Bを俺達で仕留めるぞ』
「やれるのか?」
『やらなければならないだろう、行くぞ』
「あ、ああっ!」
突然襲い掛かったE.B.Bの混乱で、今はアヴェンジャーの身動きも封じられている状態だ。
ゼノスの言う通り、大型E.B.Bに接近するのであれば今しかないだろう。
晶は先に空から大型E.B.Bへと向けてι・ブレードを加速させた。
改めてモニターからその悍ましい姿と巨大な風貌に思わず背筋をゾクッとさせる。
だが、ここで怖気づいてはいけない。
人類はどんな強大な力を持ったE.B.B相手だとしても、立ち向かわなければならないのだ。
その瞬間、ι・ブレードの危険察知が作動した。
大型E.B.Bが無数の触手が襲い掛かる映像が映し出される。
晶は映像を元に触手の動きを読みって避けようとするが、想像以上に素早い速度で無数の触手が一斉に襲い掛かった。
何とか交わしつつ、ブラックホークで触手を撃ち落とし続けるものの、触手が増え続け数を減らす事はない。
コックピットが青く灯り、晶は周囲を警戒していると……突如、触手の先から紫色の光が炸裂する。
カッと目が眩んだかと思うと、咄嗟にι・フィールドを展開させた。
ガァァァンッ! 激しい音共に、ι・ブレードの目の前で何かが弾き飛ばされた。
一瞬だけ見えた紫色の光、もしやレーザーの類か何かだろうか?
あまりにも早すぎて、晶ではとてもじゃないが反応しきる事は出来なかった。
もし、フィールドを展開させていなければあの一撃でι・ブレードは致命傷を負っていただろう。
『やれやれ、君は艦長の命令を無視してまであのE.B.Bの相手をしたいようだな』
「フ、フラム博士?」
すると、突然ι・ブレードに向けてフラムからの通信が入り始めた。
だが、これだけの触手に追われていると通信をしている余裕はない。
晶は止むを得ず、一時撤退しようと身を退こうとした。
『フラム、奴について何かわかったのか?』
『うむ、この私に不可能はあるまい。 ιシステムの解析のおかげで、あのE.B.Bの攻略法がようやく掴めたのだよ』
「攻略法だって? それはさっき言ってた集中砲火じゃなくてか?」
『最終的にはその処置は必要だろう、私が言う攻略法は奴の動きを止める手段さ』
「そんな方法があるのか?」
『うむ、単純な話だ。 あの無数のコアは一つのコアによって統括されているのだよ。 そうでなければ、一つ一つに意思があるはずのコアが何も反発を起こさずに集約されているのもおかしな話だ。
それを可能とするのが恐らく、恐らくリーダクラスのコアが指揮官の役割を果たし、上手く統括していると考えられるのだよ。
つまり、コアの頭となる『ブレイン』の破壊、これこそが勝利へのカギを握るだろう』
「ブレイン……?」
その瞬間、晶は大型E.B.Bから憎悪のような感情を感じ取った。
以前にも体感したこの感覚……ブラックベリタスを駆るジエンス・イェスタンと対峙した時と同じだ。
やはり、あの大型E.B.Bがジエンスである事は間違いないという事だろう。
もしやブレインというのは――
『ブレインという指揮系統を崩せば、集約したコアを個体に戻ろうと分離を始めるに違いない。
その隙を狙い、戦艦クラスの超火力で一気に大型を仕留める、それがあの大型E.B.Bを仕留める唯一の手段であろう。
しかし、今の段階ではどのコアがブレインであるかは判断する事は出来んがね……』
「じゃ、じゃあどうすれば――」
晶は必死にE.B.Bの触手を避けながらも、フラムの話に耳を傾ける。
今の話とアッシュベルの言葉を突き合わせれば、恐らくブレインの役割を果たしているのはジエンス自身である事は間違いない。
ブラックベリタスと対峙した時の状況を、晶はふと思い返す。
あの時、一緒にι・ブレードに乗っていた木葉は『コア』の意思を感じ取っていた。
何故、木葉だけが感じ取ることが出来たのか?
確かに晶も全く感じかなかったわけではない、ι・ブレードから通じる暖かい光といったものは感じ取れた。
だが、木葉のようにはっきりとしたものでもなく、確証を得る事も出来なかった。
父親から明かされるまでは、ι・ブレードのコアに母親が使われている事を想像すらしなかったのだ。
晶も唯一、はっきりと母親の声を耳にした瞬間があった。
ブラックベリタスとの決戦時に、ι・ブレードが『真の共鳴』を果たした時。
あの共鳴をもう一度起こすことが出来れば、感じられるかもしれない。
禍々しい気を放つ『ジエンス』を見つけ出すことが出来るかもしれない――
それに気づいた瞬間、コックピットから突如青い光が灯った。
ι・ブレードの目の前に、尋常ではない速度で1本の真っ赤な触手が襲い掛かってきたのだ。
余計な事に捕らわれていた晶は、その一撃に反応しきることが出来なかった。
このままではやられる――
『晶ぁぁぁぁっ!!』
その瞬間、ι・ブレードの目の前を目にも留まらぬ速さで一機のHAが通り過ぎていく。
同時に、ι・ブレードに襲い掛かっていた赤い触手が切り刻まれていた。
何が起きたのか理解できずに、晶は周囲を見渡すとそこには真っ赤なブレイアスの姿があった。
いや、違う……あれは、あの時のトリッドエールだ。
両手にはレビンフラックスが装備していたサーベルを持っている。
「あのHA、一体誰が乗ってるんだ?」
『アタシだよ、ごめんごめん……ちょっと脱出に手間取っちゃってね』
「シ、シリア? ぶ、無事だったのかっ!?」
『まぁね、こんな身体になっても悪い事ばかりじゃないさ。 アタシも、この機体で援護させてもらうよ』
「だけど、そのブレイアスは――」
ゼノスは言っていた、メシア本部にあったもう一つのブレイアス……トリッドエールは調整が終わっていない不完全な状態であると。
そんな状態のHAでシリアは戦おうとしているというのか?
『大丈夫、アタシも命は惜しいしね。 無茶をするつもりはないさ。 それよりも何なんだよこいつ?
今までにない不気味さって言うか、随分とおかしな大型E.B.Bじゃないか』
『無事だったかシリア。 早速で悪いがお前にも手伝ってもらうぞ、奴には無数のコアが存在している。
わかりやすく言えば、そのうちの一つがあの大型E.B.Bが持つ真のコアとなっているようだ、それを討つ以外に奴を倒す方法はない』
『へぇ、なら1個ずつ破壊していくしかないねっ!!』
シリアはそれだけ確認すると、凄まじい速度でトリッドエールは大型E.B.Bへと接近していく。
ι・ブレードにも引けを取らない運動性を活かし、次々と無数の触手を潜り抜け、ライフルを撃ち続けていた。
だが、晶はそれに続かずに呆然と立ち尽くしていた。
『どうした晶?』
「……ι・ブレードなら、ブレインがどいつかわかるかもしれない」
『何?』
ゼノスの通信に対して、晶はそう返した。
晶自身の推測に間違いがなければ、ι・ブレードとあの時のように共鳴する事により、可能性が見えてくる。
「アッシュベルは言っていた、あのE.B.Bはジエンスであると。 なら、ブレインがジエンスである可能性は高いだろ?
ι・ブレードと共鳴することが出来れば、あいつを感じることが出来るかもしれないんだっ!」
『ふむ、なるほど。 君の話が本当であれば、ラストコードで解放されたリミッターの意味がわかるかもしれん』
「リミッターだって?」
『そうだ、何も性能が全体的に向上しただけではない。 ラストコードの解放は、ι・システムのリミッター解除の事を指すのだよ』
ι・ブレードとの共鳴は、意図的に制御されていた?
一体何故父親はそのような事をしたというのか?
そうなると、もしやあの時の共鳴は、何かを起因としてリミッターが一時的に解除されてしまったというのか?
今はその時の事を考えている場合ではない。
すると、晶の声に応えるかのようにコックピットが赤く灯った。
サブモニターにはメッセージが出力されていた。
『ιシステム解放』と。
「もう、たくさんなんだ。 これ以上、何かを失いたくないっ! だから、俺に力を貸せ、ι・ブレードっ!!」
晶が力強く叫ぶと、コックピットが赤い光ではなく……真っ白な光に包まれ始めた。
何処か懐かしくて優しい光に包まれ、晶はそれが母親の温もりである事にすぐ気づく。
母親に関しての記憶はほとんど残っていない。今までずっと病死したと言い聞かされていたし、父親から母親の話を聞く事もそんなになかった。
それだというのに、母親は姿を変えようとずっと晶の事をι・ブレードを通して守り続けてくれた。
父親がどんな意図で母親をエターナルブライトへと変えてしまったのかはわからない。
自らの妻をHAという兵器に使い、晶の故郷を襲う結果を生み出してまで、父親は自らの目標を成し遂げようとしていた。
そんなやり方は認められない、だから晶は自分自身のやり方を貫くと決意したのだ。
ズキンッ――
突如、晶の頭に激しい頭痛が襲い掛かる。
危険察知の時とは違う、ιシステムが作動した時と同じような……いや、それ以上に激しい痛みが走る。
思わず声を上げたくなるほどの激痛に、晶は耐え続けた。
『おい、晶っ!?』
晶が身動きが取れない状態に気づいたのか、シリアは咄嗟にι・ブレードを庇い襲い掛かる触手を薙ぎ払う。
地上のE.B.Bを押し退け続け、ようやく合流出来たゼノスもι・ブレードの周辺に敵が近づかないかを見張っていた。
だが、今の晶には周囲を気にする余裕もない。
思わず気を失いそうなほどの激痛に耐えながらも、必死に操縦桿を握りしめていた。
『メシアを、崩壊させよ』
すると、突如頭の中に何者かの声が聞こえ始めた。
『世界はアッシュベルにより支配された』
『お前がアヴェンジャーを崩壊させたことが原因だ』
『この先の世界に未来はない、全ては貴様が招いた事だ』
『だが、まだ世界には希望がある。 ジエンス様という名の、希望が光がだ』
「……何だよ、この声? アヴェンジャーの奴ら、いや違う――」
大型E.B.B、恐らくそこから伝ってくる声だ。
頭の中に響いてくるような感覚、フェザークイーンから木葉の声を感じ取った時と同じだ。
『恨むぞ、ι・ブレード。 いや、未乃 晶』
『死を以って償え、貴様は世界の敵だ』
『貴様もフリーアイゼンも、メシアの全てをこの手で破壊して見せよう』
『それがジエンス様の意思なのだ』
「……やっぱり、ジエンスがブレインなんだなっ!?」
晶は無数に聞こえてくる声達によって自分の考えが正しかったことを確信した。
だが、耳を塞いでも響き続けてくる声に晶は苦しみ思わず大声を上げる。
段々と伝ってくる声の種類が増え、男性や女性、老人や子供の声といったものまでもが交わり合っていく。
ι・システムのリミッターがかけられていた理由は、恐らくこのような事態を避ける為なのだろう。
まるで耳元で何百人もの囁きを聞き続けているような状態が続けば、パイロット自身が持つはずがないのだ。
『――感じて、私を感じたように。 あの禍々しい気だけを、探して』
「か、母さん……?」
晶が苦しんでいる中、ふと母親の声がだけが鮮明に聞こえた。
禍々しい気、強い恨みの感情、晶は精神を集中させて、その気を必死で探す。
すると、何十人もの声が飛び交っていたが、一瞬にして消え去った。
「――見つけた?」
確証はない、だが晶は一つだけ異なるコアを感じた。
晶はロングレンジキャノンを大型E.B.Bへと向け、精密射撃モードで照準を合わせる。
『わかったのか、晶?』
「多分、大丈夫だ」
自信はないが、晶は大型E.B.Bから感じ取った気を頼りに、照準を合わせていく。
無数の触手が次々とι・ブレードに襲い掛かるが、トリッドエールとゼノフラムの2機によって辛うじて全ての触手は落とされている。
位置の特定すると、晶は深呼吸をしてトリガーを握りしめた。
「いっけぇぇぇっ!!」
掛け声と同時に、晶はトリガーを力強く引いた。
すると激しい閃光を散らし、一直線に真っ白な光が走り出す。
ズガァァァンッ! と、大型E.B.Bの胴体を光の槍が突き抜けていく。
その瞬間――突如、大型E.B.Bから触手を通じてHAほどのサイズの黒い巨大な塊が飛び出し始めた。
ι・ブレードの前まで到達すると、黒い塊は衝突する直前で静止し、その姿を形成し始める。
信じられない事に、目の前に黒い塊はι・ブレードとそっくりな形へと形成されていった。
いや、恐らくι・ブレードではない。 背中の四つの剣といい、あれはブラックベリタスなのだろう。
『ホホホ、お久しぶりですな。 貴方との再会を楽しみにしておりましたよ、未乃 晶』
「この声は――」
頭の中に直接語りかけた来た人物の声、間違いなくジエンス・イェスタンの声であった。
『如何かな、この私を討って君が望む世界は手に入れられたのかね? それとも、更なる絶望が広がりましたかな?』
「俺は、間違った事はしていないっ!」
ジエンスの問いに惑わされながらも、晶は自分の行ってきた行為を否定せずにそう返す。
結果的にアッシュベルの暴走を許したとしても、アヴェンジャーを討ったという行為自体は間違っていないはずだと信じているのだから。
あの時も、自分の正義を貫くと誓ったのだ。
『全ては今、あの男の思う通りに事が進められている。 アッシュベルはこの私を利用しようとしているようですが、彼の思い通りにはさせませんぞ。
例え姿をE.B.Bへと変えられようが、肉体が朽ち果てようが私の為すべき事は変わりません。 私はまだ世界の指導者となる事を、諦めていないのですぞ』
「……どうしてシェルター地区を襲ったんだ? あれは、アンタの意思で行ったのかよっ!?」
『ホホ、私とてE.B.Bの全てを理解したわけでもあるまいし、全てコントロールできるわけではないのですよ。
私がアッシュベルを討つまでの過程に、無意識のうちに人々が巻き込まれ犠牲になろうが関係ございませんよ』
「また巻き込むのか、多くの人々をっ!?」
『もう一度この私を止めてみますかな? いいでしょう、貴方がどこまで私を認めないというのなら思う存分やって見せるがいい。
私としては素直にこのまま見逃した方が身の為だと思いますがね、貴方にアッシュベルを止める程の力があるとは――』
「違う、アンタはアッシュベルに利用されているだけだっ! アッシュベルはアンタの事を脅威に感じちゃいないんだよっ!
だから、だからアンタはアッシュベルの手によってそんな姿にされたんだっ!」
『ほう? アッシュベルがこの私を利用して何をしようと? アッシュベルはああ見えても世界の為に動いているのですぞ?』
「アンタはもう、ただのバケモノに成り下がっただけなんだ。 アンタ達がE.B.Bを利用して、メシアへ襲撃を繰り返したように、利用されているだけなんだっ!」
『ホホホ、これ以上貴方と話す事は無意味のようですな。 さあ、私を討ってみるがいい……未乃 晶っ!!』
ブラックベリタスと化したE.B.Bに、無数の触手が次々と繋ぎとめられていく。
するとブラックベリタスは両手から紫色に輝く二本のサーベルを生成し、握りしめる。
ι・ブレードはムラクモを構えて、ブラックベリタスへと再び向ける。
「俺はもう一度、アンタを討つっ!」
そして、晶は宣言した。
もう一度現れたアヴェンジャーの首謀者、ジエンスをこの手で討つと。