怨念のE.B.B ②
大型E.B.Bを中心に、周囲には目が眩むほどの真っ白な光が炸裂する。
白紫輝砲と同等か、それ以上の破壊力を誇る一撃がフリーアイゼンを貫いていく。
フィールドのバランスが崩れたフリーアイゼンは、成す術もなく地上へと向けて不時着していった。
「被害状況はっ!?」
「右舷部より火災が発生っ! 至急、消火活動へ向かわせていますっ!
艦のシステムは正常ですが制御系統に異常をきたしています。 当分の間はフリーアイゼンは身動きできません……」
「あの一撃で被害が最小限に済んだのが幸いか……しかし、このまま第二射が来てしまえば逃れる術はあるまい」
艦長はE.B.Bの危険性に気づき、白紫輝砲の一撃で仕留めようとしたが、その策がかえって裏目に出てしまった。
大型E.B.Bは黒い姿を一瞬だけ真っ白な姿へと変色したのが見えた。
まさか、白紫輝砲の一撃を吸収したとでもいうのか?
モニターには元通り、真っ黒に戻ったE.B.Bの姿だけが映されている。
おまけに白紫輝砲によるダメージを負っているようには見えなかった。
「な、何なんだよ……あのE.B.B?」
ι・ブレードのコックピットから見た時から、晶はあのE.B.Bの異質さを感じていた。
白紫輝砲はレギス級の主砲を上回るほどの破壊力を含めた一撃だというのに、それをいとも簡単に返されるのはとてもじゃないが信じ難い。
E.B.Bは常に進化を続ける、もしや既に今の人類では勝てない程の力を手にしてしまっているのか?
だが、艦長は決して怯まずに冷静にモニターに映るE.B.Bを睨むように観察していた。
「あの一撃は、白紫輝砲のエネルギーを一時的に体内に吸収し、そのまま跳ね返したという見解で間違いないだろう」
「やはり、攻撃を跳ね返されたと?」
フラムは難しい表情を見せながらも、強く頷いた。
しかし、理由は単純にE.B.Bが白紫輝砲を跳ね返したからではない。
E.B.Bは常に進化を続ける生物、その個体によりそれぞれの特徴を持っている事は別に不思議ではないのだ。
問題は白紫輝砲クラスの一撃を跳ね返す程の超越した力、そこにフラムは引っかかっていた。
「……見たまえ、これがアッシュベルが史上最強と呼ぶ理由だろう」
「このデータは?」
「いいかね、あのE.B.Bは自身の形を持たず、ゼリー状の体を持つのだよ。 その理由は、自身の形を自由に形成する為だ。
それだけなら可愛いもんだったがね、厄介な事にあのE.B.Bは無数のコアを持っているのだよ」
「どういう事だ? あの大型E.B.Bは、単体ではないという事か?」
「通常E.B.Bはコアを一つしか持たん、他にも例外があって複数コアを持つE.B.Bもいる事はあったが……今回はそれとは別なのだよ。
わかりやすく言えば、何百体もの大型E.B.Bのコアが集約している」
「ならば、その集約したコアをまとめて潰せばよいという事だな?」
艦長はそう告げると、フラムはため息をついて眉に皺を寄せる。
どうやらそんな単純の話ではないのだろう。
「確かに君の言う通りではあるのだがね、それが意味する事は文字通りコアを一つも残さず潰さなければならない。
さっきは集約していると説明したが、実際コアはあくまでも一つ一つが単体であり、それが連結されて一つの巨大なコアを生み出している。
通常、E.B.Bはコアを失えば再生力を失うが……あのE.B.Bはコアが一つでも残れば再生機能は生きる。 つまり、やるのであれば全てのコアをまとめる必要がある」
「なら、やるのであればコアを一点に集中させるか、あの巨体を飲み込むほどの一撃が必要だという事か?」
「ところが、そんな単純な話でもないのだよ。 先程、白紫輝砲が跳ね返された事を忘れたわけではないだろう?
あのE.B.Bが持つ力は恐らくそれだけではない、コアの数だけ不思議な特性を持ってると考えるべきだろう。
つまり、我々に出来る事はただ一つ……何らかの手段を使ってコアを一点に集めて、更に主砲クラスの攻撃をコアに確実に与えるしかあるまい」
フラムが告げると、艦長は深く目を閉じて考え込んだ。
もはや手詰まりに近い状況だろう、白紫輝砲クラスの一撃でも跳ね返されてしまえばかえって大打撃を受けてしまう。
一体どうすれば、あのE.B.Bを倒す事が出来るというのか?
他に方法はないのか? 晶がそう告げようとした途端――
ドォンッ! 艦内は突如大きく揺れ始めた。
「ア、アヴェンジャー部隊に完全に取り囲まれましたっ!」
「チッ、冗談じゃねぇぞっ! こっちは身動きとれねぇってのによ」
「彼らは余程、我々に恨みを持っているというのか?」
ライルが怒りで操縦桿を叩き付けるのに対し、リューテは冷静にそう呟いていた。
アヴェンジャーをどうにかしなければ、E.B.Bの討伐以前の問題だ。
ジエンスという頭を失っても尚、フリーアイゼンの邪魔をし続けるというのか。
あの強大な力を持ったE.B.Bを目にしても、何も感じないというのか――
「――彼らも、人間のはずだ。 回線を繋げ」
「か、艦長?」
「あのE.B.Bを野放しにしてはそれこそ今までにない世界の脅威となるぞ、そうなってしまえば全て手遅れだ。
ならば、僅かな可能性でも信じてみるしかあるまい」
「わ、わかりました」
ヤヨイは頷くと、回線をアヴェンジャー全軍へと繋いだ。
フリーアイゼンだけではもはや、対抗する術は残っていない。
ならば、E.B.Bすらも戦力としてきたアヴェンジャーに協力を得れば何か突破口が見つかるかもしれないと考えた。
しかし、実際お互いは敵同士で争ってきた関係、アヴェンジャーは一方的にジエンスを討たれた恨みでフリーアイゼンを攻撃し続けている。
更にE.B.Bと化したあのジエンスを討伐する事に協力するはずがない。
それでも、やれるだけの事はやる。
艦長は、アヴェンジャーに向けて告げた。
「アヴェンジャー全軍に告ぐ、我々の目の前には今、人類が討たねばならない強大な力を持ったE.B.Bがいる。
あの大型E.B.Bは遠距離上からシェルター地区のシェルターを破壊するまさに人類にとって脅威の存在と言える。
シェルターが無くなれば、今までE.B.Bから身を守ってきた人々は、再び地獄を見る事となるっ!
貴殿らにもし、僅かでも人類を守るという意思があるとするのならば、我々と協力してほしい。
事態は一刻を争う、もはや人類同士で争っている場合ではないのだっ!
我々に賛同し、共にE.B.B討伐に協力するのであれば、今すぐ戦闘行為を中断してほしい」
簡単に応じてくれるとは思っていない。
だが、僅かにでもあのE.B.Bの危険性を感じ取ってくれる人物がいる事。
一人でもいい、共に戦ってくれる者が現れてくれる事を、艦長は信じていた。
『我々の目的はただ一つ、ジエンス様を討ったフリーアイゼンを討つ事。 そして、ジエンス様の復活だ』
「ジエンスの復活だと? 何を言う、あれはもはやジエンスではない。 貴様らの知るジエンスは、既に死んでいるっ!」
『あのお方は例えE.B.Bに成り果てようとも、成すべき事を成す。 アッシュベルを討ち、世界を救う為に』
「クッ、聞く耳を持たぬか……っ!」
当然の結果と言えば、それまでだ。
やはり単純な呼びかけに応じてくれるはずがない。
「フラム博士、ι・ブレードはどうだ?」
「改修作業は終わっているようだよ。 後は、私自身でιシステムを復旧させるだけさ」
「直せるのか?」
「勿論だ、この私を誰だと思っているのかね?」
艦長はフラムにそう尋ねると、険しい表情を見せ、目を閉じる。
すると、艦長は無言で呆然と立つ晶へと向かっていく。
晶は背筋をビシッとさせて、真剣な表情で艦長と目を合わせる。
あの顔は、何かを決意した顔だ。
何か嫌な予感を感じながらも、晶は艦長の言葉を待った。
「未乃 晶、お前はこれまで幾度もι・ブレードでフリーアイゼンの危機を救ってきた。 だが、今お前が背負うべき者はフリーアイゼンではない。
未乃 健三から、世界の命運を託されているという事を自覚しているな?」
「……親父が何を考えていたか、俺はまだはっきりとわかっていません。 だけど、親父が俺に意思を託したというのなら、俺は引き継ぐ覚悟はあります」
「それだけ聞ければいい、ならば生きろ。 お前はι・ブレードと共に、フリーアイゼンを抜けろ」
「なっ――」
艦長から告げられた一言は、晶の予想を超える一言だった。
「フラム博士」
「うむ」
艦長の意図を察したのか、フラムは艦長にデータチップを手渡した。
それは晶とゼノスが命懸けで取ってきた機密情報だ。
艦長はそれを無言で、晶へと手渡す。
「E.B.Bとアヴェンジャーは我々が引き受ける、お前はソルセブンと合流を果たし……イリュードと共にアッシュベルの行方を掴むのだ。
奴はメシア本部で何処かへ向かおうとしている、何としてでも止めなければならん」
「ま、待ってくださいっ! 俺だって戦いますっ! アヴェンジャーとも戦う覚悟はありますし、あんなE.B.Bに怯える事もありませんっ!
それにイリュード艦長は俺達の敵であり俺を受け入れるはずがありませんし、アッシュベルを支持しているはずですっ!」
「確かにι・ブレードは驚異の力を持つHAだ、それこそ単機で戦況をひっくり返せるほどのな。 だが、万が一お前が命を落としてしまったらどうなる?
誰が未乃 健三の意思を継ぐというのだ、誰がアッシュベルを止めるというのか? 今はその万が一の可能性すら考慮しなければならんのだっ!」
「だけどっ!」
「もし、未乃 健三が言うようにι・ブレードが世界からエターナルブライトを消せるというのなら、アッシュベルの言うプロジェクト:エターナルも必要なくなるうえに
世界の脅威であるE.B.Bも姿を消すことに繋がる。 そんな信じ難い方法が実在するのかどうかは、機密情報を解析しきれていない我々にはわからん。
イリュード艦長もその意図さえ理解してくれれば、きっとお前に力を貸すはずだ。 さあ、時間は残されていない……フラム博士、後は頼むぞ」
「いいだろう、艦長。 機密情報とやらは中々面白くてもっと解析をしたかったのだがな、そうも言ってられないようだな」
フラムは晶の腕を強引に掴み、ブリッジルームの外へ連れ出そうとする。
しかし晶は抵抗して腕を振り払って、艦長へ向かって叫んだ。
「俺だって、俺だってフリーアイゼンの一員だっ! 艦がこんな状況で逃げ出すなんて、俺にはできないっ!」
「馬鹿者がっ!」
パシンッ――艦長の怒声と共に、晶の右頬に衝撃が走る。
晶は言葉を失い、ヒリヒリと痛む右頬をそっと抑えた。
「自身の言葉を忘れたか? 父親の遺志を継ぐ覚悟というのは、例え何かを犠牲にしようとも目的を果たす覚悟という事だっ!
さあ、行け。 父親の意思を継ぎ、アッシュベルを討ち……我々に代わって人類を救って見せろ」
「……」
晶は何も言葉を返さなかった。
フラムは放心状態の晶を連れ、静かにブリッジルームを立ち去ろうとする。
「後は、私に任せたまえ」
「頼んだぞ、フラム博士」
晶とフラムはそのままブリッジルームを後にした。
気が付いたら晶はι・ブレードのコックピットに座っていた。
ιシステムは作動していない、どうやらまだ復旧はしていないようだ。
こうしている間にも、艦はグラグラと揺れているのが伝わってくる。
外ではゼノスが戦っているが、流石に一機では艦を守りきることが出来ないのだろう。
父親の意思を継ぐ覚悟、それは父親のようにアッシュベルの計画を阻止する事だけに捧げる事。
晶はそれが正しいとは思えないが、それ程の覚悟が無ければこの先戦い抜く事は出来ない。
艦長の言う事は、間違いではないのだ。
「教えてくれι、いや母さん……。 俺は、一体どうすればいいんだ?」
ιシステムが作動していない状態では、当然ながらιが応えてコックピットに光が灯る事はない。
今まで語りかけて返事をしてくれていたのは、全て母親だったかと思うと複雑な気持ちではある。
時々感じた暖かい光や母親の声は、全てι・ブレードのコアが母親であったから感じたのだろう。
父親は母親の命を使ってまで、アッシュベルに対抗しようと戦い続けていた。
晶も同じように、全てを犠牲にしろという事なのだろうか?
出来るのか、自分はそれ程までに非道になりきれるのか?
そこまでして戦い抜く覚悟があるのか――
『待たせたな、侍……もとい、ιのパイロット。 君の父親が残したラストコードのおかげで、何とかιシステムを復元する事が出来たよ。
後は君自身がラストコードを打ちこむだけだが、覚悟は出来ているのかね』
「ありがとうございます、フラム博士。 覚悟なら当にできています」
『……迷っているようだな、まぁ無理もないだろう。 私も君のように世界の命運を握らされれば、同じように悩み苦しむだろう。
そんな君に私が出来るアドバイスと言えば、精々自分を見失わない事ぐらいかね』
「自分を、見失わない事?」
『さ、後は君の好きにするがいい。 なぁに心配するな、フリーアイゼンにはゼノフラムもついているからな、あの程度のE.B.Bに負けるはずがあるまい』
フラムはそう告げると、一方的に通信を遮断した。
後は送られてきたラストコードを打ち込めば、ιシステムは再稼働して完全なる復活を遂げる。
だが、それは同時に晶がこれからの事を決断しなければならない時だ。
フリーアイゼンを見捨てて、全てを捨ててまでも目的を果たすか。
それとも――
晶は静かに、ラストコードを打ちこんだ。
すると、突如晶に激しい頭痛が襲い掛かる。
いつも感じる、ιシステムが起動した時の痛みそのものだ。
ラストコードを解放したことにより、ι・ブレードに秘められた力は完全に解放された。
ラストの名を継ぎ、ι・ブレードは新たに生まれ変わった。
父親が残した最後の剣、今こそ世界を救うべく、晶は立ち上がる。
「――行くぞ、ι・ラストブレードっ!」
新たな名を叫び、晶は機体を格納庫から発進させた。
フリーアイゼンを飛び出し、ι・ブレードは空高く上昇していく。
フリーアイゼンの周りには、無数のレブルペインがまるで虫のように群がっていた。
あれだけ大規模な戦いを繰り広げたというのに、アヴェンジャーはまだこれ程の戦力を保有しているというのか。
だが、晶は行かなければならない。
ソルセブンと合流し、戦艦へと化したメシア本部の行方を追い……アッシュベルを討つ為に。
ふと、地上でゼノフラムが戦っている光景を目の当たりにした。
無数に湧き続ける小型E.B.Bをたった一人で討伐しつつ、襲い掛かるレブルペインを退けながら戦い続けている。
しかし、あのままではフリーアイゼンもゼノスも持つはずがない。
見捨てろと言うのか、あの状況に陥ったフリーアイゼンとゼノスを。
ゼノスは言っていた、自身にもしもの事があれば、頼むぞと。
それは晶にフリーアイゼンを守ってほしいという願いが込められているはずだ。
その期待すらも、裏切れと言うのか――
「――そんな事、出来る訳ねぇだろうがっ!!」
見捨てる事が出来なかった。
晶は父親のように全てを投げ捨て、アッシュベルの討伐に掲げる事が出来なかった。
自身の覚悟が足りなかったのか、だが後悔はしていない。
このままフリーアイゼンを見捨てた方が、余程後悔するのはわかりきっている。
そんなものを背負ってまで、晶は使命を果たす覚悟がなかった。
スロットルを最大まで押し込み、ι・ブレードが急降下を続けて立ち止まる。
「アヴェンジャー……この期に及んで人類同士で争うお前達を、俺は許さないっ!!」
ι・ブレードの精密射撃モードを作動させ、ロングレンジキャノンを構える。
多くのレブルペインが集まるポイントに照準を合わせて、晶は一気にトリガーを引く。
ズゴォォォンッ! 圧縮砲にもひけを取らない程の一撃が、光の槍の如く一直線に向かっていった。
「お前達はE.B.Bと同じだ、人類の敵だっ! 倒す、俺がお前達を――」
『晶、ようやく来たようだな』
「ゼノスっ!?」
突如、ゼノスから通信が入り晶は思わずハッとした。
『フリーアイゼンを見捨てずに、戻ってきたか』
「し、知っていたのか」
『ブリッジルームの会話は筒抜けだ。 だが、俺はお前が助けに来てくれるのを待っていた』
「ゼノス……」
『だが、俺達の敵はアヴェンジャーではない。 あくまでもE.B.Bである事を忘れるな』
「あ、ああ。 わかっている、だけど――」
晶はふと、モニターに映るHAの軍団に気づき言葉を失った。
後ろにはソルセブンの姿、まさかフリーアイゼンを追ってきたというのか?
『フリーアイゼンの諸君、我々はE.B.B討伐を目的としている。 今は君達に手を出すつもりはない、速やかにこの戦闘区域から離脱したまえ』
「なっ、み、見逃すというのか?」
突如イリュードから入ってきた通信は、意外な事にフリーアイゼンを見逃すといった内容だった。
『今となってはE.B.Bに関する知識は我々の方が上だ。 アッシュベルが用意したE.B.Bについても、十分に調べはついている。
E.B.B討伐はスペシャリストである我々に任せるがいい』
イリュードのその言葉を耳にして、晶はようやく艦長に言っていた事を理解した。
彼は彼なりに世界の平和を望み、E.B.Bと戦い続けているのだ。
決してアッシュベルの配下にただついたわけではないという事が、証明された。
だが、あれ程の力を持ったE.B.Bだ。
いくらソルセブンと言えど、このまま黙って艦長はフリーアイゼンを退かせるような事はしないだろう。
どちらにせよ、身動きが取れない状況ではあったが。
「親父、俺は親父のように戦う事は出来ないかもしれない。 だけど、俺は俺自身のやり方で成し遂げて見せるっ!」
晶が強い決意を見せると、ι・ブレードは応えるかのようにコックピットを赤く灯した。
晶の考えを肯定しているという事だろうか?
そうなると、母親は父親とは違う考えを持っていたという事にもなるが、今は深く考えないでいいだろう。
「俺がフリーアイゼンを、守るんだっ!」
晶は強い決意を示し、大型E.B.Bへと向かって飛び込んでいった。