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第3話 アヴェンジャー ①


第4シェルター東地区。

数日前に起きたE.B.B襲撃の事故により、莫大な被害を受けた地区だ。

10万以上を占める人口の9割は死亡・失踪。

残りの1割はメシアにより救護を受け、避難地区へと移動した。

建物は半壊し、今ではE.B.Bの住処と化していた姿は全世界へと報道された。

E.B.Bは、改めて世界を震恐させたのだった。

シェルターの住民であれば、必ずしも安全ではないということが証明されてしまったのだ。


だが、この事件は意図的に引き起こされたということを知る者は一部しかいない。


『アヴェンジャー』


彼らは以前から、HAを奪う活動を続けていた。

襲撃を受けたメシアの施設は数知れず、いくつものHAが巧妙な手口によって奪い取られている。

目的は一切不明、ただ自らを『アヴェンジャー』と名乗り、兵器を集め続けるだけだ。

メシアもE.B.B殲滅活動の他に、対アヴェンジャーの対策にも追われていた。


特に今回の『ι・ブレード』を狙った大規模な動きは、今までにも例がない程の被害を生み出してしまったのだ。

もはや、E.B.Bと同様……『世界の敵』と言っても過言ではない。

どんな理由であれ、人道に外れた行為を続けてきたのは事実なのだから。


そんな変わり果てた第4シェルター東地区に、一機のウィッシュが現れた。

住民の捜索活動が継続されていると言えど、たったの1機がこの地区へと現れるのは妙だ。

大型E.B.Bが退治されたと言えど、まだまだその数を減らすことはない。

救護活動が目的であれば、複数の部隊となって訪れるはずだ。


無数に蠢いていたクモのE.B.Bは、一斉にウィッシュへと注目する。

コックピットの中から、その様子をニヤニヤとしながら観察する男がいた。

大量のE.B.Bに囲まれているというのに、恐怖心を一切抱いていない。

むしろ、この状況を楽しんでいるようにも思えるぐらいだ。


「ったくよ、今更ここに戻れだなんて……あんたら性格悪いよな」


『そりゃそうだ、ここにはまともな人間なんていないのさ。 貴様も含めてな』


コックピットからは男の声が聞こえてくる。

仲間と通信をしているのだろうか。


「へいへい、そりゃどーも。 どーせ俺もそんな気にしちゃいねーさ。 で、殺っちまっていいよな?」


『やれるもんならな』


「なめんなっつーの」


男はスロットルを押し込み、機体を急発進させる。

速度を示すメーターはあっという間に限界まで達した。

その瞬間、クモのE.B.Bが一斉にウィッシュを囲い込んだ。


「何だこいつら? シミュレーターより随分バカだな」


肉眼でE.B.Bの動きを捕えながら、男は思わずそんなことを呟く。

速度を全く落とさずに、ライフルを構えて発砲させた。

バンッ! と、銃声が響くと1匹のE.B.Bが紫色の血を吹き出し消滅する。

続けて、2発……次々と正面のE.B.Bが一撃で仕留められていった。


「仕上げだ」


男はスロットルをひねると、機体はくるりと180度回転した。

速度は最大を維持したまま、グレネードランチャーを構える。

狙い通り、E.B.Bは上手い具合に一か所へ集っていた。


「つっまんねぇな」


またしてもそんなことを呟き、男はトリガーを引いた。

弾が直進していく様子を、後退したまま確認すると

多量のE.B.Bを巻き込み、ズガァァンっと大爆発が発生した。


「あら、シミュレーターだともっと派手なエフェクトだったけどな」


スロットルを戻し、ようやく機体を減速させた。

すると、背後から複数のE.B.Bがウィッシュに襲い掛かろうと飛び掛かる。

今にも糸を吐き出そうとした瞬間


スパンッ――

ウィッシュのロングサーベルが、E.B.Bをまとめて切り裂いた。


「んだよ、仕留め損ねたか? まだいるなんて聞いてねぇぞ」


『見事だな、その腕ならメシアでも買われているだろうに』


「何だよ、俺にメシアへ行ってほしいってか?」


『貴様を敵に回すと面倒だ、それは勘弁だな』


「そりゃありがたい褒め言葉だな。 ……にしても、今更ここに何の用なんだ?

ι・ブレードなんて、もうここにありゃしないだろ?」


周囲にE.B.Bが存在しないことを確認すると、男は大欠伸で伸びをする。

いつ命を落としてもおかしくはない戦場にいるというのに、まるで緊張感がなかった。


『興味深いモノが見つかったらしい、お前にはその回収を手伝ってもらうだけだ』


「面白くねぇな」


『安心しろ、いずれ『ι・ブレード』奪取の際に出てもらうさ』


「あー……あれね、あの『ビリッケツ』が乗ってるHAね」


『はっきり言えば、貴様程の腕があったとしても『ι・ブレード』には勝てん。

あの機体の性能を我々の想像を遥かに超えているのだからな』


「へぇ……面白そうじゃねぇか。 ιの相手、今すぐ俺にやらせろよ」


『勝手な行動は許さんぞ』


「ケッ、そうかよ。 なら、勝手にやらせてもらうか」


『待て、貴様――』


男は通信を強引に切った。

再び顔をニヤつけさせると、スロットルを強く握りしめる。


「いいね……出撃禁止まで受けたビリッケツちゃんがHAに?

面白そうじゃねぇか、お互い生き残っちまった者同士……仲良くケンカでもしようぜ」


第4シェルター東地区にて出撃したウィッシュは、9機全てが全滅したかと思われていた。

だが、実際は違った。

1機だけが、あの混乱した戦場の中を駆け抜け、生き残ったのだ。

その生き残ってしまったパイロットは、再び悪夢の地へと足を運んでいたこの少年

白柳しらやなぎ しゅん』であった。












「さあ、たっぷり食って次の訓練に備えろよな」


「……はい」


目の前には山盛りのカツ丼が二つ並べられている。

晶は思わずその量を見ただけで、テーブルに突っ伏した。


「どうした、食わないと持たないぞ?」


豪快にカツ丼を平らげながら、シリアは晶にそう告げる。

よくもまぁ、細い体でそんなに食べ物が入るな、と細い目で晶は見ていた。


フリーアイゼンの入隊が正式に決まり、晶はシリアが用意した新人パイロット用の訓練メニューを受けている最中だ。

午前中から体力づくりの為にと、艦内のトレーニングルームへ案内された。

ランニング用のグラウンドに、筋トレ用具の数々……勿論、数台のシミュレーターが用意されている。

早速一周400mとあるグラウンドを晶は40週近くさせられ、その後に腕立て200回腹筋100回等……と、鬼のようなメニューをこなしていった。

学校でのメニューとは比較的にならないほどの厳しさだ。


いくら慣れているとは言えど、あれだけの量を一気にこなそうとするとすぐに体が限界に達してしまっていた。

今は、昼休みということで食堂へ連れて行かれたのだが、ここでもまた一つ訓練がある。

ただでさえ体が疲れていて食事にありつけないというのに、目の前にこのカツ丼。 しかも2杯。

通常時でも食いきれないというのに、とてもじゃないが手を付ける気力がなかった。


「む……もしやカツ丼が苦手だったか? 大丈夫だ、味は保障するぞ。

アタシもカツ丼は苦手だったんだけど、ここで食べてみたらもう好きになっちゃってね。

今では朝カツ丼昼カツ丼夜カツ丼なんて、当たり前なんだ」


ということは、これから毎日このカツ丼を食わされるのだろうか。

晶は再び突っ伏し、その場から動けなくなっていた。


「あ、晶くんっ!? だ、大丈夫?」


「ん――」


ふと、木葉の声に気づいた晶は顔をあげた。

偶然食堂へと足を運んでいた木葉が、心配そうに晶の顔を覗き込んでいる。


「訓練受けてたって聞いたんだけど……もしかして、具合悪いの?」


「あ、いや……そんな、ことは」


この程度で限界に達してしまっていた事が悟られると、パイロット採用の話がなくなってしまうかもしれない。

どんな厳しい訓練も受けると決めていたんだ、と晶は再度自分に言い聞かせた。


「なんだ、そうだったのか? いやぁ、全然根をあげないからまだまだ余裕あると思ってたぜー」


「い、いやいやだ、だだだ大丈夫ですっ! 俺、まだいけますっ! カツ丼だって食べますからっ!」


晶は目の前のどんぶりを手にして、一気に箸で口の中へかきこんだ。


「うっ――」


途端に、嘔吐感が襲い掛かり晶は立ち上がり口を抑え込んだ。


「あ、晶くん? だ、大丈夫?」


「おいおい、飯でも詰まったか? ほら、水飲め水っ!」


他にもクルーが食事の為に集っているというのに、こんなところでぶちまけるわけにもいかない。

晶は急いでその場から駆け出し、トイレへと一直線へ走り出した。


「……なんだぁ? まだ元気あるじゃないか」


「ちょっと、違うような」


木葉は苦笑いしながら、晶の後ろ姿を見守るだけだった。










結局午後は、シミュレーターによる訓練が中心となった。

本来なら午前中のメニューを更に増した形のを行う予定だったらしい。

中止になってくれて本当によかった、と安心する反面……

今となってはトラウマに等しい存在である、シミュレーターの目の前に立っていた。


思えばパイロット候補生となってから、嫌な思い出しか存在しない。

何度やっても自機は撃墜され、スコアも思うように伸びなかったから。


「それじゃまず、座って動かしてみて。 アタシが見てやるから」


「は、はい」


「そんな緊張しなくてもいいって、なんたってアンタは未来のエースなんだからさ」


ニカッと笑うシリアの顔が眩しい、とてもじゃないが直視はできない。

そもそもシリアは晶が落ちこぼれのパイロットであることを知っているのだろうか。

もしも知らなくて、シミュレーターでの結果を見てしまえば幻滅される可能性もある。

しかし、隠していてもしょうがない。

今は少しでもスコアをあげれる努力をするだけだ。


「それじゃ、実際の試験に沿った形でやるぞ。 3・2・1……はじめ」


シミュレーターが開始された。

しかし、晶は以前と違って実戦での戦いを2回も経験している。

その経験を生かせれば、もしかすれば赤点ラインぐらいは超えられるんじゃないか?

そんな期待もあったのだが、結果はほとんど変わらず。

虚しくも1分近くでシミュレーターは終了してしまった。


「うーん、やっぱ基本はある程度できてるんだけど周囲への注意が足りてないな。 後、慌てすぎなところもある。

もう少し冷静に状況を見極めて、かつ丁寧に操作する事だ」


表示されているスコアに関しては何も触れない。

やはり知っていたのだろうか。


「どうしたんだ?」


「へ? あ、いや……」


「大丈夫さ、所詮スコアなんて飾りだからさ。 アンタが実戦で証明しただろ?

あくまでも練習さ、ここは学校と違ってスコアに左右何てされないし、何よりもアタシ達はプロさ。

学校の胡散臭い実技訓練よりも、もっと本格的なメニューをさせてやるよ」


「あ、ありがとうござい……ます」


シリアの言葉は、晶の励みとなった。

学校では成績が全てだった、晶がいくらスコアを伸ばしたとしてもその努力は認められずに虚しく赤点をもらい補修を受ける。

そんな事が繰り返されていたが、ここでは違う。

あくまでもシミュレーターは技術の練習として使う、些細な違いかもしれないが晶にとっては大きく違った。


「じゃ、まずは複数のE.B.Bに囲まれた時のデータパターンをインプットするか、んで実際に対処してもらおう」


「は、はい。 頑張りますっ!」


「……おっかしいな、前敬語禁止っつったんだけどな」


「あ、ご、ごめん」


そういえばそんな話があったな、と晶は一言謝った。


「ま、今はアタシが上官だし、いっか。 そっちのほうが気分出るだろ?」


「え、そ、そうです、ね」


「じゃ、それでいこう。 あ、もちろんプライベートでは敬語なしなっ!」


「わ、わかり……ました」


何だかやり難い、と感じつつも晶は再びシミュレーターを再開させた。











「はい、これでもう自由ですよー」


「ああ、いつもすまないなシラナギ」


ようやくゼノスは身動きが取れるようになり、艦内での自由行動が許可された。

シリアも先日辺りから復帰をして、晶の訓練を行うとはりきっていたところだ。

これで、あの戦いでは無事パイロットが生還されたということになる。


「いえいえ、パイロット管理が私の務めですからっ! それにゼノスが毎度無茶するのはいつものことですし」


「ゼノフラムの修復は無理か、艦長から何か聞いてないか?」


「今近くのメシア基地へ向かっているみたいですよ、そろそろ補給しないと危ないですしね」


「そうか、ならブリッジへと向かう」


「はいはーい、いってらっしゃいですー」


ゼノスはそのままの足で、病室を出ていく。

久々に歩いたが、体にはそれほど違和感はない。

普段から鍛え抜いているおかげかはわからないが、これなら数日で体の調子も元に戻るはずだ。


晶は今頃訓練を受けているはず、全部シリアに任せればいい。

その間にゼノスは、ゼノフラム修復の件はもちろんの事……例のE.B.Bについて艦長へ報告する必要があった。

それだけじゃない、ι・ブレードを狙う『アヴェンジャー』についても無視はできない。

このままι・ブレードを所有したままであれば、しつこく付き纏われる可能性があった。


ゼノスは無言でブリッジの中へと入っていく。

オペレーターのヤヨイと操船担当のリューテ以外は席を外している。

映像モニターには無限に広がる空の映像。

艦長は黙ってそのモニターを見つめていた。


「艦長、話がある」


「ゼノフラムの件ならシラナギに伝言を頼んだはずだ」


「違う、E.B.Bとアヴェンジャーの件だ」


「……場所を変えよう。 カイバラ、何かあったら連絡をよこせ」


「了解しました」


そう告げると、艦長はブリッジの外へと出ていく。

ゼノスはその後ろを黙ってついて行った。


「未乃 晶はどうしている」


「シリアに訓練を任せている、状況については知らされていない」


「そうか」


長く続く廊下を通りながら、二人は黙々と歩き続ける。

すると、とある一室の部屋の前へと辿り着いた。


そこは艦長の私室だ。

ゼノスから報告を受けるときは、決まってこの場所へと案内される。

社長室や校長室といったものを連想しそうな外観だ。

高級そうな机に高級な黒い椅子。

艦長はそこに座ると、ゼノスはその前に立つ。


「いいぞ、話せ」


「まずはE.B.Bについてだ。 あいつにはステルス……もしくはそれに類似した力が備わっていたと推測される」


「一時報告で受けた件だな……根拠は?」


「レーダーだ。 どのHAでも、フリーアイゼンのレーダーにもあのE.B.Bの存在を認知することができなかった。

あの霧もE.B.Bが発生させたものだろう、意図的に人が不利な環境を作り出したとしか思えん」


「新たな力を持ったE.B.B……そう言いたいんだな?」


ギロリ、と睨み付けるように艦長はゼノスにそう告げる。

だが、ゼノスは目を逸らさなかった。


「ああ、そうだ」


「……E.B.Bが知能を働かせて、さらに新たな力を身に着けるか。 今までに例がないな」


「人間がE.B.Bの対策を進めている中、奴らも更に力を身に着けた……と考えるのが自然だろう」


「ι・ブレードを狙う……『アヴェンジャー』の仕業という線はないのか?」


「なくはない、E.B.Bを利用する連中だ。 その可能性は否定できん」


確かに艦長の言うとおり、アヴェンジャーが何らかの手段でE.B.Bを利用した、と考えることはできなくもない。

だが、問題は多数存在した。


まずはアヴェンジャーの手に最新技術があるということ、ステルスについてはメシアの最新技術であり、まだまだ普及はされていない。

それが、非公式な所属であるアヴェンジャーの手に渡っているとは考えにくい。

襲われた施設の中でも、まだステルスに関する研究が行われた施設はなかった。

仮にステルス技術を持っていたとしても、E.B.Bにその機能を搭載させるのは簡単ではない。


まず捕獲をし、何らかの手段で体内等にその機能を搭載させなければならないのだから。

いくらなんでもそこまでの技術を身に着けているとは思えなかった。

それに第4シェルター東地区にて誘導された大型E.B.Bについても、その手の技術は使われていなかったのだ。

ゼノスはその点を、艦長に説明した。


「……いずれにせよ、ι・ブレードを狙っているという事実は変わらない。

奴らが動き出す前に、活動拠点を叩く必要がある」


「つまり、人類同士でありながらも戦うというのだな?」


ゼノスは艦長に進言すると、再び鋭い目で睨み付けられる。

だが、迷いはなかった。

これ以上、あのシェルターのような被害を起こさないためにも。

彼らとの戦いは決して、避けられない。


「判断はアンタに任せる。 報告は以上だ」


「……ゼノス」


艦長は退室しようとするゼノスを、静かに呼び止めた。


「未乃 晶は、彼らと戦えるかね」


「戦う、だろうな。 奪われたHAを迷いなく破壊した奴だ」


「悲しいな、人類同士で戦わなければならないとは。 今の我々には共通の敵が存在するというのに」


艦長はどこかアヴェンジャーと戦うことを躊躇っているように見えた。

確かに今は人類同士で争っている場合ではない。

ゼノスもそのことは承知していた。


だが、アヴェンジャーの行為はもはや限度を超えている。

とてもじゃないが、野放しにすることはできなかった。


「……戦う覚悟はできている、時が来たらいつでも命令してくれ」


「ああ、わかっている」


ゼノスはそう告げると、静かに艦長室を後にした。


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