第25話 怨念のE.B.B ①
メシア本部の格納庫、ゼノスとシリアの力によって防壁は破壊されて今も尚開いたままであった。
クライディアによってレビンフラックスは大破されたが、シリアは間一髪で脱出をしていた。
同じ格納庫内に脱出ポッドは叩き付けられ、その時の衝撃でシリアは一瞬だけ気を失っていたが、ようやく目を覚ます。
身体中がズキズキと痛むが、何とか体を動かすことが出来るようだ。
以前にも同じように脱出した時、シリアは両足の自由を奪われた事があった。
その時の記憶が蘇りながらも、念入りに手足が自由に動くかどうかを確認する。
「こんな事確認しても、意味ないよなぁ」
今の身体はこの程度の怪我はエターナルブライトによってすぐに完治される。
恐らくこの身体でなければ、少なくとも重傷を負っていただろう。
だが、その再生は同時に身体のE.B.B化進行を意味する。
ゼノスと比べれば、シリアは自身のE.B.B化進行が遥かに早い事を感じていた。
いずれは自身の身体はエターナルブライトに蝕まれ、E.B.Bへと変化を遂げる。
限りなく不老不死に近い身体を手にした代償が、アッシュベルの言う進化なのだ。
……こんな苦痛を、アッシュベルは人類に与えようとしているのか。
しかし、今は現状を悔やんでいる暇はない。
シリアは何とかして晶達を合流しようと、周辺を見渡してHAを探した。
最初に目についたのは、変わり果てた愛機の姿だった。
「……また、やられちまったのかアタシは」
ラティアに託されたシリアの翼は、呆気なく折られてしまった。
レビンフラックスはシリアの夢を叶えたHA、そして姉との絆を取り戻したHAでもあったというのに。
「なん、だ?」
シリアが悔やんでいると、ふと何処から共なく何かの気配のようなものを感じた。
声、ではない。 人の……意思?
シリアは導かれるままに歩んでいくと、その先には見覚えのあるHAが置かれていた。
以前第7支部よりアヴェンジャーに手により奪われた、ブレイアスの試作型。
そして、アヴェンジャーの手によって改造を受け、彼女によって新しい名を得たHA。
「……アタシを、呼んだのか?」
目の前に聳え立つトリッドエールに向けて、シリアは語りかけた。
フリーアイゼンから無事回収された晶とゼノスは、一度ブリッジルームへと足を運んだ。
晶は無事手にした機密事項とラストコードの入ったデータチップを艦長へと手渡す。
本部で起きた事をありのままに説明すると、艦長は目を閉じて深く頷いた。
「……未乃 健三、彼は一人でずっとアッシュベルと戦っていたというのか」
静かに艦長が呟くと、晶は暗い表情を見せた。
一度は敵対したと言えど、父親は何一つ変わっていなかった。
誰よりも早くアッシュベルの危険性に気づき、アッシュベルを阻止する為に動き続けていたのだろう。
俊やガジェロスが、復讐に全てを捧げたように。
「彼の真意は見えた、だが彼の語る言葉を我々は全て理解しきれていない。 その先は恐らく、全て機密事項とやらに眠っているだろう。
その解析については、フラム博士に一任するとしよう。 だが、その前に我々はやらなければならない」
艦長はモニターに映された巨大なE.B.Bを指さした。
メシア本部より投入された謎の大型E.B.B、アッシュベルはあれをアヴェンジャーの首謀者『ジエンス・イェスタン』と告げた。
今までにも例がない巨大な外観は勿論の事、ι・ブレードを介さなくてもわかるほどの憎悪や恨みといった負の感情。
何処か異質さが伝わってくるE.B.Bを、艦長は危険視したのだろう。
本来ならこの場からすぐにでも撤退すべきだが、目の前のE.B.Bを放っておく事が出来ずに留まった。
「我々は確かに今はメシアの所属ではない、しかし目の前に人類の敵であるE.B.Bを前にして背を向ける訳には行かん。
それにあのE.B.B今までに感じたことがない程の何かを感じる。 アレは、今すぐにでも倒さねばならないっ!」
「しかし、シリア機はメシア本部から戻っていません。 ι・ブレードはすぐに動かせる状態ではありませんし、今出せるHAはゼノフラムだけですよ?
本気で、あのE.B.Bと戦おうというのですか?」
ヤヨイが必死に現状を告げるが、それでも艦長は目を閉じて深く頷いた。
「行けるか、ゼノス」
「勿論だ、ゼノフラムは対大型E.B.B用に設計されている。 こんな時だからこそ、活躍せねばならん」
「ι・ブレードの修復状況はどうだ?」
「現在エイトを中心に整備班が改修作業を進めているが、中々面白いモノが手に入ったよ。
ι・ブレードを回収する際に輸送機から大量の換装パーツが発見されたようだが、どうもブレイアスとは規格が合わなかったようでね。
調べてみたところあれは、アッシュベルが開発した量産型ι・ブレードの換装用パーツだったのだよ。 無論オリジナルのι・ブレードでも十分に使えるはずだ。
換装パーツには全体的な機動性補強は勿論の事、武装には小型化したロングレンジキャノンにコアコントロールシステムを採用したソードコア、これによりι・ブレードは大幅に強化されるのは間違いない」
フラムは資料を目に通しながら、艦長に向けてそう説明した。
ι・ブレードとブレイアスが落下したポイントには確かに輸送機が存在し、そのコンテナからはHAの換装パーツが出てきたのだ。
だが、同時にそれはアッシュベルが量産型ι・ブレードの更なる強化を計っているという事実にも繋がる。
アッシュベルが着実に力をつけていると考えていると、フリーアイゼンにとってはあまり喜ばしい事態ではない。
「なら、すぐに出せるのか?」
「改修自体はすぐに終わる、しかし問題は次にあるのだよ。 実はιシステムが完全に故障してしまっている、恐らく物理的な衝撃によって制御系統に異常が発生してしまったのだろう。
残念ながらιシステムを直す事が出来る人物は、ι・システムを開発した未乃 健三と、アッシュベル・ランダーの二人だ」
「そんな、じゃあι・ブレードは――」
もう、二度と動かないというのか?
せっかく父親からラストコードを受け取ったというのに、ι・ブレードの中には母親が眠っている事を知ったというのに。
父親の意思を継ぐ事すらできないのかと、晶は悔しさのあまりに拳を力強く握りしめて歯を食いしばった。
「悲観する事はない、方法はある。 未乃 健三が残した機密事項、ラストコード。 もしかしたらその中に、ιシステムを復元させるヒントが隠されているかもしれん。
願わくば設計書の類がある事を期待するがね」
「なら、解析はフラム博士に一任しよう。 その間に晶はブリッジで待機していろ」
ι・ブレードが本当に直るのかどうかは心配であるが、今はフラムを信じるしかないだろう。
今は、晶に出来る事は何もない。
ただじっと、待つ事しか出来ないというのか――
その時、ふと背後からゼノスが晶の肩に手を置いた。
「ι・ブレードは必ず直る、フラムの腕を信じろ」
「あ、ああ」
「俺は先に出る。 晶、もしもの時はお前が頼むぞ」
「もしもの、時?」
「安心しろ、死ぬつもりはない」
「お、大型E.B.Bに動きがありましたっ! こ、これは――」
ゼノスがブリッジルームから立ち去ろうとした時、ヤヨイが突如声を荒げてそう告げた。
晶はモニターに注目すると、大型E.B.Bの中心部から巨大な真っ赤なコアがむき出しにされ始める。
すると中心部から赤い輝きが集い始め、一気に発射されたのだ。
ズゴォォォォンッ! 激しい轟音が鳴り響き、その振動はフリーアイゼンにまで伝った。
フリーアイゼンの白紫輝砲とは比べ物にはならない程の強烈な一撃は、真っ直ぐ飛ばされていく。
地面は抉られ、直線上にあった建物は一撃で粉砕されていった。
「カイバラ、その先には何があるっ?!」
「そ、その方角には――民間区域です。 で、ですがシェルター地区となりますので恐らくは――」
ヤヨイは突如、手を止めて言葉を失った。
端末のモニターには、信じられない光景が映し出されていた。
「どうした、カイバラっ!?」
「シェルターが……破壊されてます」
「バカな、シェルターを破壊するほどの一撃だとっ!?」
「大型E.B.Bから多数の小型E.B.Bを確認……全て、シェルター地区へと向かっています――」
「チィッ、わらえねぇ冗談だなおいっ!」
「このまま放っておくわけには行かない、我々だけでもあのE.B.Bを止めなければ――」
ライルとリューテはようやく事態を察したのか深刻な表情を見せる。
「ゼノフラムは出撃準備を、フリーアイゼンは白紫輝砲を用意しろ。 何としてでも奴を仕留めるぞっ!」
「了解」
ゼノスはすぐにブリッジルームを出て行った。
晶はただ目の前に聳え立つ大型E.B.Bを目の当たりにして、呆然とするだけだった。
休む間もなく、ゼノスはコックピットへ搭乗しゼノフラムを稼働させる。
胸がズキンッと激しく痛んだ、E.B.B化の進行を示しているのだろうか。
先程も激しい戦闘を繰り返しゼノスには体の負荷はかかりすぎている。
もう、長くは持つまい。
だが、それでもゼノスは戦う事を止めようとしなかった。
「まだ、まだいけるはずだ」
ゼノスはスロットルを押し込むと、ゼノフラムはフリーアイゼンから飛び立つ。
ズシンッ! と巨体を地に降ろすと、速度をグングンと上昇させて大型E.B.Bの周辺へと向かった。
『白紫輝砲を放つまで時間を稼いでくれ、くれぐれもフリーアイゼンに敵を近づかせるなよ』
「ああ、わかっている」
艦長からの指示を確認すると、目の前には多量のE.B.Bが襲い掛かってきた。
形を持たないゼリー状のE.B.Bは、グニャグニャと姿をHAに変え、サーベルを構えて立ち向かってくる。
外見はウィッシュやブレイアスではない、レブルペインと酷似していた。
もしや、ジエンスの記憶から生成されているというのか?
ゼノスはガトリングを構えて発射すると、コアをむき出しにしていた小型E.B.B達は呆気なく飛び散って消滅していく。
だが、その数はあまりにも多すぎる。
ガトリングでちまちま倒していてはきりがない、ならばとゼノスはその場に機体を留めた。
「圧縮砲を使う」
出力系統を調整しながらゼノスは、圧縮砲を構えると胸部から出現した砲台から、真っ赤なビームを発射させる。
戦艦の主砲の如く、地すらも抉る一撃は一瞬にして多くの小型E.B.Bを一掃することが出来た。
しかし、それだけでは小型E.B.Bの増殖は防げない。
大本である大型E.B.Bを倒せなければ、何も意味を成さないのだから。
ゼノスはガトリングで牽制しつつ、徐々に大型E.B.Bとの距離を縮めていく。
すると、ゼノスは殺気を感じ取った。
思わず背筋がゾクッとさせると、大型E.B.Bから突如人の腕のようなものが飛び出し、ゼノフラムに向かって襲い掛かってくる。
「クッ!」
咄嗟にミサイルを全弾発射させ、ゼノスは一度後退した。
ミサイルを受けると生えてきた両手は一瞬にして砕け散り、真っ黒な液体へと姿を変える。
あのE.B.Bの本体は形を持たない液状なのだろうか?
だとすればコアは、それ程厳重に守られていないはず。
フリーアイゼンの白紫輝砲ではなく、圧縮砲による一撃でも撃ちぬくことが出来るかもしれない。
『大変ですっ! 周辺にアヴェンジャーの部隊が展開されましたっ!』
「アヴェンジャーだと?」
『狙いはフリーアイゼンのようですっ!』
この期に及んで、まだフリーアイゼンを標的にするというのか?
目の前には凶悪な大型E.B.Bがいるというのに。
『ジエンス様は、我々の手でお守りする』
『あの方は例え姿を変えても我々を導いてくれるはずだ、それを邪魔するのなら容赦はせん』
「なっ――」
アヴェンジャーからの通信に、ゼノスは驚きを隠せなかった。
アッシュベルの通信は恐らく全軍に向けられていたのだろう、彼らはE.B.Bと化したジエンスを守ると言い出したのだ。
アヴェンジャーにとっては、ジエンスはそれ程大きな存在だったという事なのか?
しかし、ジエンスである保証すらないというのに何故彼らは理解できている?
ゼノスは未だにあのE.B.Bがジエンスである事に確証を持てずにいるというのに。
『白紫輝砲を放つ、ゼノフラムは一度本艦まで下がってアヴェンジャーを食い止めるんだ』
「了解した」
余計な事を考えている時間はない、今は襲い掛かる敵を食い止める事だけを考えるんだ。
ゼノスは出来る限り早く下がれるように、ブーストハンマーを使って強引にゼノフラムを移動させる。
あっという間にフリーアイゼン付近にまで辿り着くと、既にレブルペインは何機かフリーアイゼンに張り付いて攻撃を始めていた。
「……ジエンスはもう死んだ、なのにお前達はっ!!」
敵として立ち向かってくるのなら容赦はしない、ゼノスは迷わずガトリングを発射させた。
それに気づいたレブルペインは一斉にライフルをゼノフラムへ向けて放つ。
軌道を見切ったゼノスは何とかライフルを避けつつ、ガトリングを放ち続けてレブルペインを一掃する。
だが、まだまだレブルペインは数を減らすことなく襲い掛かってくる。
「何故奴らがこれほどまでに戦力を?」
アヴェンジャーは既に組織として崩壊しているはずだ、戦力はほとんど残されていないと考えていい。
しかし、実際には以前と変わらない程の戦力を保有しているように見える。
『白紫輝砲、発射する。 目標は大型E.B.B、撃てぇぇぇっ!!』
艦長の号令により、フリーアイゼンの主砲から白い光が集い始める。
白紫輝砲であれば、恐らく巨大なコアと言えど一撃で仕留めることが出来るはずだ。
一時はどうなるかと思ったが、思ってた以上に苦戦をせずに済んだと、ゼノスは内心ホッとしていた。
フリーアイゼンから主砲からフラッシュのような激しい輝きが発せられ、一直線に白い主砲が発射される。
激しい轟音が耳に入り込み、あまりにも強すぎる一撃の反動によって、周辺のレブルペインは勿論の事、あのゼノフラムでさえも風圧で吹き飛ばされていった。
だが、白紫輝砲の一撃により勝負は決しただろう。
そう確信していたゼノスであったが――
「――っ!?」
ゼノスは信じられない事態を目の当たりにする。
白紫輝砲をまともに受けた大型E.B.Bは、何一つダメージを受けていなかったのだ。
バリアの類が張られた形跡もない、一体何が起きたというのか?
わかった事はただ一つ、大型E.B.Bの色が『黒』から『白』に変わっていた事だけだ。
「あれは、まさか――」
『大型E.B.Bより高エネルギー反応を確認……来ますっ!』
『いかん、避けろっ!!』
その時、大型E.B.Bのコアがむき出しとなり……真っ白な光線がフリーアイゼンへと向けて発射された。