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     ラストコード ③


メシア本部内では、施設中に警報が鳴らされていた。

アヴェンジャーの襲撃により、メシア兵は慌しく次々と出撃をしていく。

そんなバタバタとした兵士達を退屈そうに見送っていた二人の兵士がいた。

警報が鳴り続けても、二人は微動だにせずに扉の前から一歩も動かずにいる。

どうやら見張りを任されているようだが、一体この先には何があるというのだろうか。


「……こんな時でも、健気にトレーニングを重ねているのかね、あの娘は」


「どうせ相手はアヴェンジャーの残党だ。 ここにまで被害は及ばんよ」


「ま、そりゃそうなんだがよ。 しっかしいつまで籠ってるつもりなんだろうな、もうろくに飯も食わずに訓練しているんだろ?」


「新生メシアの為と言えど、少しやりすぎな気もするがな。 倒れられては元も子もあるまい」


「ちと様子でも見てみるか。 おーい、生きてんだろうな?」


兵の一人は扉を開いて、声をかけた。

扉の先は真っ暗な個室であり、その中心にはポツンと一つのシミュレーターが配置されている。

シミュレーターには、何処かで見た小柄な体型と黒く長い髪の女の子が座っていた。

手慣れた手付きで操縦桿、スロットルを操作しているが、見張りの声には全く反応しない。

シミュレーターの最中では外部の声が届かないと言えど、その様子では疲れといった物はまるで感じていないようにも見えた。


「どうだ、様子は?」


「んーまぁ大丈夫そうだな。 しかしあれだけシミュレーターを続けても一切疲れを見せていないとは……アイツ、本当に人間か?」


「そこまでにしておけ、俺達はただ与えられた仕事をこなしてればいい」


「ああ、そうだな」


見張りの兵士は大きな欠伸をしながら、退屈そうに返事をした。









身体中がズキズキと痛む中、ぼんやりとした視界で晶は意識を朦朧とさせていた。

割れたヘルメットが足元に落ちていた事に気が付くと、晶は右手でズキズキと痛む頭を押さえる。

じんわりと生暖かい感触を感じて、右手を目の前に広げてみると、掌は真っ赤な液体に染められていた。

そこでようやく意識がはっきりとし、晶は慌てて周囲を見渡す。

ι・ブレードのシステム自体は機能しているようだが、それよりも気になったのはモニターから見える周辺だ。

無数のコンテナガ積んであり、いくつか人が出入りする為の通路が設けられているこの場所……どう見ても施設の中に見える。

うっすらとした記憶で直前の事を思い返すと、ι・ブレードはブレイアスの狙撃により何処かへ墜落したはず

そうなると、落下地点がたまたま施設の中と考えられるが……問題はここがどこの施設なのかという事だ。

いや、考えるまでもないだろう。 紛れもなくここは、『メシア本部』の内部なのだから。


「……脱出、しないと」


晶は操縦桿を握りしめ、スロットルを力いっぱい押し込んだが、どういう訳かι・ブレードの反応がない。

まさか、落下した衝撃で故障してしまったというのか?

慌てて晶はモニターでι・ブレードの状態を確認すると、現在システムの多くが損傷しているメッセージが表示される。

これではι・ブレードを動かす事は無理だろう、このままじっとしていてもメシアの兵に包囲されるだけだ。

かと言って外に出ても、ここがメシア本部である事が事実なら脱出する事は困難。

フリーアイゼンと連絡を取ろうとしても、通信機器は故障してしまっていた。


「どうしたんだよι・ブレード……動いてくれよっ!」


ガンッと力強く晶は操縦桿を叩くと、コックピットは僅かに光って反応を示す。

その瞬間、不思議と体が優しい光に包まれて楽になっていった。

ハッとした晶は、ふとズキズキと痛んでいたはずの頭をもう一度右手で抑える。

痛みが、全くない。 生暖かい血の感触も何も、感じなかった。

ι・ブレードが晶に、『再生』の力を与えているというのか?


しかし、それ以降ι・ブレードが反応を示す事はなかった。

下手に動くよりかはジッとしている方が安全か、それとも外で助けを求めるか?

そう考えた時だった、モニターからふと見慣れた人影が通り過ぎて行ったのは。

紫色の髪に緑色に染まったバケモノと化した右腕。


「ガジェロス? 何であの人がメシア本部にっ!?」


晶は驚きを隠せず、思わずそう声を上げた。

すると、モニター越しからガジェロスはこちらに目を向けてきた。

当然の事だろう、メシア基地にι・ブレードが平然と置いてあれば不思議に思うはずだ。

それよりも何故、ガジェロスがメシア本部にいるのか?

あの男はアッシュベルを恨んでいるはず、当然ながら従っているとは考えにくい。

いずれにせよ、敵対関係にあったι・ブレードをこのまま見過ごしていくとは思えなかった。

生身の晶では、ガジェロスに敵うはずがない。

万が一襲い掛かってきた時の為に、対E.B.B用の銃を握りしめ、息を呑んだ。

だが、ガジェロスは興味を失くしたのかフラフラと立ち去っていった。

どうやら施設の中へと向かっているようだが……まさか。


晶はふともう一つの可能性を思いついた。

ガジェロスも、フリーアイゼンと同じように暗号文を受け取り、『エターナルブライトの機密事項』を求めて侵入していたとしたら?

その対象に晶の父である『未乃 健三』の保護が含まれているとは思えない。

メシア本部には父がいる、アッシュベルに捕らわれているのか従っているのかはわからないが、それは確実な情報だ。


晶は父の意図を、何一つ理解していない。

父がι・ブレードで何をしようとしたのか、何故ι・ブレードが対アッシュベルの切り札となるのか一切告げられていなかった。

父の目的は何か、それは晶の故郷を滅ぼしてでもやるべき事だったのか。

アヴェンジャーの襲撃があったせいで、今回の潜入作戦は中止となるだろう。

メシア本部の警備は更に厳重となり二度と父親と逢うチャンスを失ってしまうかもしれない。

そうなる前に、晶は確かめたかった。


気が付いたら晶の足は自然と動き、コックピットから飛び出していた。

横たわっているι・ブレードを必死で駆けていく。

途中で足を滑らせて転んでしまいそうになるが、何とか体勢を持ちなおして走る。

ガジェロスの後ろ姿を確認すると、晶は叫んだ。


「待てよっ!」


ピタリとガジェロスは足を止めて、振り返る。

サングラスで素顔を隠したガジェロスの瞳が、しっかりと晶を捉えていた。


「ιのパイロットだと? そうか、あれはオリジナルのι・ブレードか」


「アンタの狙い、機密事項なのか?」


晶は対E.B.B用の銃をガジェロスに突き付けて尋ねる。

だが、ガジェロスは顔色一つ変えなかった。


「その程度の銃では脅しにもならん。 それよりも何故貴様がここにいる?」


「俺の狙いはアンタと同じだ。 俺も機密事項を狙っている」


「……アイツはいねぇようだな。 忠告しておく、貴様が単独で動いても死ぬだけだ」


「ああ、わかっている。 だから、俺を連れて行ってくれ」


「何?」


晶のその言葉を耳にした途端、ガジェロスからギロリと鋭い視線を感じた。

ここで怯んではいけない、フリーアイゼンと通信が途切れている以上、今頼れるのは目の前にいるガジェロスという男だけなのだ。

例え敵同士であったとしても、故郷を手にかけた張本人だとしても……今は全てを忘れて、協力してもらうしかない。

だが、これは施設を脱出して仲間と合流する為ではない。

晶自身が任務を遂行し、フリーアイゼンに情報を持ち帰る為だった。


「寝言は寝てほざけ、テメェのような足手まといを誰が好んで連れて行くんだ? 仮にテメェを連れて行くとしても、俺は機密事項を譲るつもりはない」


「……機密事項はくれてやる、だが親父は俺達で保護させてもらうぞ」


「未乃 健三か。 今更あの男に何を求めるというんだ?」


「息子が親父を助けるのが、そんなに悪いのかよっ!?」


自身でそう口にしたとき、晶はハッとした。

今のは本心から出た偽りのない本音だった。

例え父親に銃を向けられようと、父親が敵対すべくアヴェンジャーに手を貸していたとしても

やはり心の何処かでは、父親の事を信じていたのだろう。


「なら勝手にしろ。 言っておくが奴とは違う。 使えないと分かった時、テメェを平然と切り捨てていくぞ」


ガジェロスがそれだけ告げると、晶に背を向けて再び歩き出す。

すると晶は銃を静かに降ろし、深呼吸をした。

この先無事でいられる保証は何一つないが、それでも先へ進むしかない。

晶は力強く、一歩ずつ前進していった。








バァンッ! バァンッ!

レビンフラックスは大空を豪速で飛び交い、間一髪でブレイアスの一撃を交わし続けていた。

飛行形態であれば、ラティアの狙撃であったとしても直撃させるのは難しい。

変形したまま突撃を仕掛ければ一気に距離を縮める事が出来るが、ブレイアスにはレールガンが存在する。

迂闊に近づいてしまえば、驚異の発射速度を誇るレールガンを至近距離で交わす事は困難だ。

それ故、シリアは近づく隙を見計らう為にひたすら空を飛び続けていた。


『時間稼ぎのつもりかしら? いつまでもそうやって逃げ回っているつもり?』


「何言ってんだ、アタシの本気はここからだよっ!」


気を逸らした今がチャンス、と言わんばかりにラティアはスロットルを最大まで押し込んだ。

驚異のスピードで距離を縮めていくと同時に、ラティアはスナイパーライフルをレールガンへと切り替えて構える。

だが、その程度の事は予測できている。


「いっけぇぇぇっ!!」


レビンフラックスはクルクルと高速でローリングをしながら、ライフルを乱発して近づいていく。

無造作に放たれる弾をブレイアスは冷静に回避していき、レールガンを一発放つ。

それと同時に、シリアはレビンフラックスを人型へと変形させた。

するとレールガンの狙いは僅かに逸れ、ギリギリ一撃を交わすことが出来た。

二本のサーベルを構え、レビンフラックスが前進していくとブレイアスは即座に後退しながらリボルバーを撃ち続ける。


『クッ……どうして、なの。 狙いが、定まらない――』


「姉貴――」


通信から零れたラティアの弱音を耳にして、シリアは突如手を止める。

すると、レビンフラックスはブレイアスの目の前でサーベルを構えたまま停止した。


『何のつもり? 私は貴方の敵なのよ?』


「ごめん、アタシ……今の姉貴を撃つなんて真似、できない」


『そう、だけど私は――』


「撃ってみろよ、アタシを撃ってみろっ!」


シリアは力強く叫ぶと、レビンフラックスは両手のサーベルを投げ捨ててブレイアスの前で両手を広げた。

ブレイアスはレールガンを構えて、トリガーを引こうとするが……すぐには撃たなかった。

先程までのラティアであれば、確かに迷わず撃っていたかもしれない。

しかし、戦いの最中にシリアはラティアに迷いが生じている事に気づいた。

ここまで自身が無傷でいられたのが、何よりも証拠となるだろう。

普段のラティアであれば、レビンフラックスの機動性であっても交わしきる事は難しかったはずだ。


『シリア、貴方はどうして戦うの? 新生メシアは、貴方が思っている程悪くはないわ。

むしろ、今まで以上にE.B.Bの討伐には積極的だし、実際前のメシアよりも遥かに治安はよくなっているの』


「アッシュベルのプロジェクト:エターナルを認めてしまえば、世界中の人間がE.B.Bへと変化を遂げてしまう……そんな事、許されるはずないだろ?」


『アッシュベルを倒したら、世界は平和になるの? 私は、そうは思わないわ。 きっと、希望を失った人類は瞬く間に滅びて行くわよ。

――人類は貴方達が思うほど強くない、人の心はね……とても脆くて壊れやすいのよ』


「それが姉貴が、アタシ達を裏切った理由なのか?」


『その通りだ』


答えたのはラティアではなく、別の人物だった。

突如入ってきた通信の声、それは何度も耳にしたことがある声だ。


「ソルセブンの艦長、なのか?」


目線の先には真っ赤な翼を持った赤いHA『レッドウィング』。

まさか、本当にあのイリュード・ブラッシュだというのか?


『やり方は強引と言えど、アッシュベルが世界を救おうとしている姿勢は本物だ。

現に我々は自由にE.B.B討伐をさせてもらっているし、メシアは以前よりも確実にメシアの本質へ近づいている』


「なら、アンタ達はプロジェクト:エターナルを受け入れるというのか? アタシは御免だね、これ以上……他の人にこんな苦しみや恐怖を味合わせたくないっ!」


『確かに今のままならプロジェクト:エターナルを受け入れるわけには行かん。 だが、技術力というのは常に進歩し続けていく。

いずれは人類がE.B.B化しない方法も見つかるかもしれん。 それまでは、その現実を受け入れるしかあるまい』


「認めない、アタシはそんなの認めないねっ! アンタはわかってないんだ、アタシやゼノスの苦しみをっ!!」


『だから君は、アヴェンジャーのような組織に成り下がると? ふざけるのも大概にするんだな。

アヴェンジャーのような存在がいかに世界に危害を加えていたか、君達は嫌というほど知っているはずだが?』


「アタシ達はあいつらとは違うっ! アッシュベルを倒し、プロジェクト:エターナルを阻止して――」


『――その先、どうするというのだ?』


「――っ!」


その時、シリアは言葉を詰まらせた。

アッシュベルを止め、プロジェクト:エターナルを阻止したその先は、どうなる?

例えアッシュベルを止めたとしても、世界はE.B.Bによる進行を受け続ける。

当然ながらフリーアイゼン部隊は、E.B.Bをどうにかする術を知らない。

例えアッシュベルが間違っていたとしても……それを止める事が根本的な解決とは、ならないのだ。

イリュードはそれを理解した上で、新生メシアへついたという事なのだろう。


『シリア、目を覚ますのよ。 私達がやるべき事は戦いではないのよ。 世界をE.B.Bの脅威から守る事、それが本当のメシアの姿なのよ』


「――姉貴は、アタシやゼノスを見て何も感じなかったのか?」


『何も、感じない?』


「エターナルブライトは確かに凄いぜ、どんな病気でも怪我でも一瞬で直しちまうんだから。

だけど、その分私達は自分がE.B.B化していく恐怖と戦っていかなければならないんだ。

アタシはそんな人達を増やしたいとは思わない、だからアッシュベルとは別の方法で……世界を救う方法を考えるんだ」


『……シリア、ずっと苦しんでいたのね。 足が動かなくなったあの日から……そして足が完治した、今も』


「だからアタシは、アタシの戦いをする。 姉貴は、姉貴の信じた道を進んでくれ。 その為には、アタシは今……生きる事だけを考えるさ」


そう告げると、シリアは再び武器を手にし、構えた。

やり方は違えど、両者が目指す道は同じだ。

だが、互いに手を取り合う事は叶わない。

互いに望まぬ戦いをするしかないと、シリアは腹を括った。


『これだけ言っても、戦う事を選んだか。 ……テロリストに成り下がってでも、成すべき事を成すと?』


「ああ、これがアタシの答えだ。 だから姉貴、もう迷わなくていい。 アタシがそうしたように、自分が信じた道を突き進んでくれっ!」


『……妹の貴方にここまで言われるとはね。 本当、私ってお姉ちゃん失格ね』


レビンフラックスがサーベルを構えると同時に、レッドウィングとブレイアスから一斉にライフルを向けられる。

イリュードは勿論の事、迷いを断ち切ったラティアは一筋縄ではいかない。

これからが本当の死闘となる――そう悟った瞬間だった。

突如、地面がグラグラと激しく揺れ始めたのは。


「な、何だよあれ……?」


『――なっ』


『そんな――』


3人は目の前に広がる驚異の光景を目の当たりにし、ほぼ同時に言葉を失った。


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