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     裏切りの翼 ③


かつて、アヴェンジャーが拠点として使っていた施設は既に廃墟と化していた。

E.B.Bが住まうようになり、人が住めるような環境は既に無くなっていたのだ。

建物は破壊しつくされ、今では瓦礫の山と化してしまった拠点を、ガジェロスは一人眺めていた。

アヴェンジャーの拠点は定期的に移動を繰り返し続けている。

ガジェロスのいるこの場所は、最後の拠点となった。

いや、正確にはアヴェンジャーという組織は存続している。

主無き今も、ジエンスの意思を継ぐ者が集い新生メシアに対し反逆行為を続けていると聞く。

しかし、所詮は残党軍。

主を失い、戦いで戦力のほとんどを失ったアヴェンジャーに戦う力は残されていなかった。


「……白柳 俊」


獣のようなHAに乗り姿を現した俊は、変貌を遂げていた。

今まで俊と共に行動をしてきたガジェロスであっても、あのような俊の姿は見たことがない。

彼は気まぐれで、自分勝手な人間ではあった。

気に入らない任務は平然と放棄し、独断行動は勿論の事、戦いとなれば人一倍嬉しそうにはしゃぎ、暴れまわるというのが印象強い。

ι・ブレードと対峙した時、負けず嫌いな性格がゆえに、一時の感情を爆発させて殺意を見せる事は確かにあった。

だが、あの時見た俊の持つ『殺意』は違う。

あれは、負の感情に全てを支配された復讐者そのものだった。

あの変わり果てた俊の姿を見て、ふとガジェロスはシラナギの事を思い出す。

アヴェンジャーによるι・ブレードの奪取作戦が始まる前に、何気なく話していた事を思い返した。








ガジェロスはジエンスから直々にメシアの新型『ι・ブレード』の奪取を命じられていた。

作戦決行日は来週、それまでに下準備を全て済ませなければならない。

今は格納庫にある休憩室を使い、ガジェロスは黙々と作業を続けていた。

部下に全てを任せているガジェロスは、自ら入念に侵入ルートを確認しι・ブレードが隠されている箇所に印をつけ続けている。

休憩室には誰もいない、他の者は大型E.B.Bの準備や定期的に行うメシアからの兵器奪取に駆り出されていたからだ。

今回行われる作戦は過去においても最大規模の作戦となる。

大型E.B.Bをシェルター地区に誘導する事により混乱を引き起こし、混乱の最中ι・ブレードの奪取を行う。

シンプルながら恐ろしいプランを提示したのは、ジエンスだった。

……たった一つの兵器を奪う為に、多くの無関係な人々が犠牲となる。

そんな事は承知している、例え多くの犠牲者を出そうが今は『アッシュベル』に対抗する力が必要なのだから。


「あらー、ここにいたんですか?」


「シラナギか、どうした」


ふと、シラナギがフラフラと休憩室に立ち寄ってきた。

定期報告をする為に帰還している話は聞いてはいた。

フリーアイゼン部隊が事態を察して動いていることを知らせに来たという。

恐らく用事がすんで真っ直ぐ艦に戻る前に、フラフラと立ち寄ってきたのだろう。

相変わらずスパイという自覚が薄いのだな、と思わずため息をついた。


「丁度良かったです、聞いてください。 実は私には弟がいるんですよ」


「……いきなり何を言い出すんだ」


「あら、嘘ではありませんよ? 私はこう見えても立派なお姉さんなのですっ!」


シラナギは突如姿を現し、ガジェロスの隣に座ってVサインを作った。

だが、ガジェロスは見向きもせずにサングラスをクイッと持ち上げる。


「俺が言いたいのはそうではない、それがどうしたんだと言っているんだ」


「まぁまぁいいじゃないですか、可愛い女の子と二人きりなんですよ? 少しぐらい雑談しても罰は当たりませんから」


「チッ、よく言うぜ」


「白柳 俊、私の弟の名前です。 近いうちに、俊ちゃんは恐らくアヴェンジャーに入ってきます。

俊ちゃんったらパイロット目指してるらしいんですよー? 学校での成績も素晴らしいっていうから、ジエンスさんが勧誘するだとか言ってました」


「……どういう事だ、テメェの名前は確か」


「はい、私は偽名なのです。 本当は白柳 園子っていうんですよ……あっ! 他の人には絶対内緒ですよ、バラしたら容赦しませんからねっ!?」


「何故、俺にそれを話す? 自らの正体を明かすのなら俺ではなく、その弟とやらに明かすべきじゃないのか?」


シラナギが偽名である事には正直驚きを隠せずにいる。

しかし、偽名を使うからにはそれなりの理由があるはずだ。

本名や身分を隠す為に使っているとしたら、例え親しい仲間であったとしてもそれを打ち明けるのはリスクがあるのではないのかと考えた。


「古傷を抉るようで申し訳ないですが、ガジェロスさんは昔、家族をその腕で亡くしているんですよね」


「……ああ、そうだ。 恐ろしいもんだった、自分の意思とは関係なく右腕に触手が生え出し……容赦なく家族の生き血を全て吸いきり、骨まで残さず貪り尽くしやがった」


「ごめんなさい、思い出さなくていいんです。 私が言いたいのはその……私も、同じなんです。 いえ、同じではありませんね……私は自らの手で、母親を殺しました」


「何?」


「親を自らの手で、自らの意思で手にかけるなんて……人間のやる事じゃないですよね? こんな汚れたお姉さんを、俊ちゃんが好きでいてくれるはずがありません。

ですから私、俊ちゃんのお姉さんを名乗ることが出来ません。 俊ちゃんがアヴェンジャーにやって来ても、私は赤の他人のフリを続けます」


シラナギが自分の事を語る表情は、辛そうに見えた。

過去に余程の事があったのだろう、恐らく母親を殺してしまったのも何か強い理由があるはず。

だが、ガジェロスはそこまで問い出すようなことはしなかった。

シラナギは今にも泣きそうな顔をしているのを堪えて、笑って見せる。


「ということで、俊ちゃんがもし本当にアヴェンジャーに来ちゃったら、貴方が面倒を見てくださいね。

俊ちゃんは不器用で口は悪いんですけど、根はとても素直でいい子ですから。 きっと、ガジェロスに心を開いてくれますよ」


「何故俺に頼むんだ? アヴェンジャーはイカれた奴ばかりと言えど、他にまともな奴はいくらでもいるだろう。

俺みたいな『復讐』に身を任せた男に、大事な弟を任せてもいいのか?」


「いいんです、私知ってますから。 ガジェロスは本当はとっても優しい人ってこと」


「……何を言う。 俺はこれまでに何百もの人間をこの右腕で食らい続けた。 そして今回もまた、大勢の人間がこの右腕の犠牲となる。

メシアの新型『ι・ブレード』の隠し場所は学園だ。 俺はこの右腕で、邪魔な生徒を容赦なく殺す。 全ては俺の目的を果たす為、アッシュベルに復讐を果たす為にだ」


その時、シラナギはふとガジェロスの唇に人差し指をチョンッと置く。

思わずガジェロスは、そのまま口を閉ざして黙り込んでしまった。


「貴方だけが罪を背負う必要はありません、私も覚悟はできています。 もう既に、アヴェンジャーの襲撃によってメシアの被害が広まりつつあります。

今回のι・ブレード奪取は、これまでにないぐらい多くの人が犠牲になる……そんな事は、私だってわかっているんです」


「ターゲットとなる学園はシェルター唯一のパイロット育成高校だ、そこにテメェの弟がいるんじゃねぇのか? そいつを殺しちまう可能性もあるが?」


「大丈夫です、きっと死にませんから」


「チッ、どんな根拠だ?」


「んー生きる術は私が全て叩き込んでますし、意外としぶといと思いますよ?」


その妙な自信はどこから来るのかと、思わずガジェロスは呆れていた。


「私、許せないんです。 母親の命を弄んだ元凶を……アッシュベルを。 だから私、貴方と同じぐらい『復讐』に染まっているんですよ?

その為に、『弟』を捨て、『白柳 園子』を捨てました。 そんな気持ちを私は、色んな理由を重ねながら誤魔化し続けているんです。

例えば世界中でE.B.B化の被害を受けている人達をこれ以上増やさないためにーとかですね。 そうやって、私は今回の作戦を受け入れようとしています」


「……そうかい。 俺はそんな面倒な事はしねぇ。ただ俺の目的を果たす為だけに、使える者は使うだけだ。

だが、復讐のために全てを捨てる覚悟……お前のその本気だけは、認めてやろう」


ガジェロスはサングラス越しにシラナギの瞳を捕えながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


「何だか今日のガジェロスはお喋りですねー、私も人の事は言えませんがー……あ、もしかして私に惚れました?」


「誰がテメェなんかに興味を抱くかよ」


「あ、ヒドイですっ! 乙女心が傷ついちゃいますよ? 私泣こうと思えばすぐ泣けますよ、いいんですか?」


「勝手にしろ、俺は行く」


「わー、待ってくださいっ!」


休憩室から立ち上がろうとするガジェロスを、シラナギは強引に服を掴んで呼び止めた。


「何だ?」


「約束ですよ、ちゃんと俊ちゃんの面倒見てくださいね?」


「チッ、まだ俺が面倒みると決まったわけじゃねぇがな」


「なら、推薦しときますねっ!」


「勝手にしてろ」


それだけ言い残すと、ガジェロスは静かに休憩室を後にした―――






あれから、俊は本当にアヴェンジャーへとやってきてガジェロスの元で働く事となった。

結果的に、ガジェロスは俊に何もしていなかった。

別にシラナギとの約束を忘れたわけではない。

ガジェロスはただ、俊を監視するかのように動向を見守り続けただけだ。


「――俺には奴の復讐を止める権利はない。 同じ復讐の道に落ちた奴をな」


今はそれでいい、とガジェロスは言い聞かせていた。








頭がズキズキと痛む。

まるで頭の内部から紐か何かでギュッと締め付けられるような痛みが続いている。

その激しい痛みに目を覚ますと、視界はぼんやりとしていた。

真っ白の光が差しているのがわかるが、周りの様子までははっきりと見えない。

誰かが懸命に声をかけている、『晶』と微かに呼びかける声が聞こえるが、その声が誰なのか判別することが出来ない。


ザッパァァァンッ! 急激に顔に冷たい衝撃が走ると、思わずガバッと上半身を起こした。

ポタポタと髪から垂れる水滴をはっきりと認識し、ようやく晶が自分がベッドで横になっている事に気が付く。

だが、髪から水が垂れているのか?

よく見るとシャツもビッチリと肌につくぐらい濡れており、今更ながら体をブルッと震わせた。

髪やシャツだけではない、何とベッドまでもがビショビショに濡れていた。


「おお、よかった。 気が付いたんだな、晶」


「……ここ、は?」


「フリーアイゼンの医療室さ。 ま、今は医療班誰もいねぇからアタシが臨時でやってんだけどさ」


「な、何で俺ずぶ濡れなんだ?」


「いやぁ、晶がゼノス庇った時は本当ヤバイと思ったよ。 冷や汗が出たってかなんつーか……マジビックリさせんなよなー」


「あの、シリア?」


「んじゃ、アタシをゼノス呼んでくっからっ!」


シリアは晶が目を覚ましたことを確認すると、まるでその場から逃げるように去っていく。

不審に思った晶は辺りをキョロキョロと伺った。

すると、そこには水色のプラスチック製のバケツが転がっていた。

バケツには水滴がついており、明らかに水が入っていた痕跡が残されている。

ずぶ濡れになった自分とバケツに、目を何度も交互させながら晶はようやく答えに辿り着いた。

もはや呆れて言葉も出ずに、晶は一人虚しくクシャミをした。


数分後、ゼノスを連れて戻ってきたシリアはすぐに着替えを晶に手渡した。

いつもの如く「悪い悪い」と簡単に謝ると、晶は別に咎めることなく体を拭いて着替えていた。

どうやら、何度声かけても起きてくれなかったからと水を顔に垂らそうと思ったところ勢い余ってバケツをひっくり返してしまったらしい。

色々と突っ込みたいところはあったが、それよりも知りたいのは現状だ。

あの後ι・ブレードはレビンフラックスにより回収され、輸送艦で脱出する事には成功した。

輸送艦はフリーアイゼンと連絡を取り、無事に合流を果たすことが出来た……が。

ι・ブレードの損傷が酷く、自己修復機能でも装甲の回復が追い付かないというのが現状らしい。


「フリーアイゼンは先程アヴェンジャーの襲撃に逢ったようだ、その後新生メシアからの追撃も受け損傷を負ってしまっている。

……ソルセブンがフリーアイゼンに仕掛けてきたらしい。 それも、イリュード艦長本人の意思でだ」


「なんだって……どうしてだよっ!?」


「イリュード艦長なりの考えがあってこそ……なのかもしれんが、真意は本人にしかわからん。

その襲撃と同時刻、ラティアがブレイアスと共に行方を暗ませたらしい」


「ラティアさんが……」


ゼノスの口からは次々と衝撃的な事が告げられていた。

晶は耐えきれずに顔を俯かせ、歯を食い縛る。


「そうだ……木葉、木葉はいないのかっ!?」


「残念ながらフリーアイゼンに保護はされていないようだ」


「木葉は俺と一緒にι・ブレードの中にいたはずなんだ。 アッシュベルの奴も言っていた、大切な友人を預かっているって――」


「アッシュベルと、逢ったのか?」


「……ああ、あいつに右肩と――」


晶はふと右肩に触れると、違和感を覚えた。

アッシュベルに撃たれたはずの傷が、綺麗さっぱりに消えていたのだ。

前にも似た経験はあった。

ι・ブレードに搭乗した時に負った足の傷が、コックピットに座ったら完治していた事。

ブラックベリタスと戦っていた際、頭に負った傷も自然に完治をしていた。

そして今回も、銃で撃たれた二カ所の傷は完治している。

……まるで、エターナルブライトを埋め込まれた人間と同じではないか。

まさか、晶自身も――


「どうした、晶」


「……俺も、まさか――いや、そんな」


「何だよ晶、顔を真っ青にさせて。 そんなに寒かったか、さっきの水?」


「いや、違う……そう、じゃないんだ」


だが、晶は記憶にない。

一度も重い病気にかかった事はないし、怪我もしたことはない。

手術の類なんて、一度たりとも受けていないはずだ。

自分の知らないところで、エターナルブライトが埋め込まれた?

晶は棚に置かれていた果物ナイフに目をつける。

恐らくゼノスかシリアがリンゴの皮でも剥く為にと置いていたのだろう。

真っ先に晶は果物ナイフを手に取り、自らの左手の甲を切りつけた。


「おい、何やってんだよっ!?」


シリアはすぐに晶から果物ナイフを取り上げる。

だが、晶はじっと自分が傷つけた切り口を見つめていた。

もし、自分自身にエターナルブライトが埋め込まれているのなら、この程度の傷なら数秒もしないうちに埋まるはず。

しかし、手の甲からは血がジワジワと滲み出続けるだけで、塞がる事はなかった。


「どうなってんだ……?」


「晶、お前は俺達とは違う改造されていない人間だ。 今更、何を確かめている?」


「治ってるんだ、俺がアッシュベルに撃たれた傷が……。 今回だけじゃない、この前のときだってっ!

俺は頭に傷を負っていたはずなのに、今は何ともない――」


「な、なんだそりゃ。 で、でもE.B.B化はどうなってんだ? 誰かしら症状ってもんはでるはずなんだろ? アタシだって両足が既にE.B.B化してたじゃないか」


「進行具合には個人差はあるが……晶、過去に重い病気や怪我を負った事は? それか、今回の件以外でも『再生』を経験した記憶はないのか?」


「ない、少なくとも覚えてる限りでは――」


一体自分の体に何が起きているのか、晶は思わず体を震わせた。

バンッ! その時、突如扉が乱暴に開かれる。

何事かと思い晶が目を向けると、そこにはフラム博士の姿があった。


「君達、至急ブリッジへ集まりたまえ」


「何が起きた、フラム」


「なぁに、ミーティングだよ……我々の今後の活動を、決めなければならないからな」


何故か似合わないウインクをしながら、フラムは3人にそう告げた。


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