第23話 裏切りの翼 ①
フリーアイゼン内の私室で、フラムは端末の前で難しい表情をしていた。
解析が終わった暗号文を、何度も何度も読み返している。
その内容は明らかにフリーアイゼンに向けられていたのは間違いない。
そうでなければι・ブレードが捕らわれていた場所を、わざわざ知らせる意図がわからなくなる。
しかし、フラムが気になっていたのは無差別に送られた暗号文の最後に記載されていた『エターナルブライトの機密事項』のことだ。
送信者は『未乃 健三』である可能性は非常に高い、彼は一体何を伝えようとしているのか?
ι・ブレードの回収は息子を思っての事なのか、それともι・ブレードの『共鳴』が関係するのか?
この暗号文からは、何処か未乃 健三の焦りのようなものを感じ取れる。
未乃 健三は何かを伝えようとしている、しかし……一体何を伝えようというのか。
順調にいけばゼノス達がここに戻るのはそう遅くはない。
何か事故に巻き込まれたり、救出自体が失敗したら別だが元より成功する事を前提に考えている、最初から失敗を前提に考えていてはキリがない。
ならば、とフラムは椅子から立ち上がった。
部屋を出て行き、フラムは自らの足でとある場所へ向かった。
そう、艦長室へ。
恐らく今はブリッジにはいない、艦長室に籠って作業をしているはずだ。
フラムは艦長室の前に立つと、ノックもせずに扉を開けた。
やはり、艦長の姿はそこにあった。
司令官専用の高級な椅子に座り、膨大な資料に黙々と目を通し続けている。
フラムが入ってきたことに気づいていないのか、それともあえて反応を示していないのかわからないが、艦長は何も語らなかった。
「ゲン・マツキ艦長。 貴方に頼みがある」
「……フラム博士、技術者である貴方が私に何の用だ?」
「うむ、暗号文の内容にある『エターナルブライトの機密事項』とやらが気になって仕方がないのだよ。
私もHAを中心とした技術者の一人、エターナルブライトという未知なる力に心を躍らせてしまっていた時代もあった。
しかし、それであっても私はたかが石っころに秘められた不思議な力の正体を掴めていないのだ。
……エターナルブライトの機密事項、私はそれが知りたい」
「何が言いたいのだね、フラム博士」
「我々で機密事項の奪取を行いたい、そして『未乃 健三』もメシア本部から連れ出す。 そのプランを貴方に考えてほしいのだよ、ゲン・マツキ艦長」
「正気か、フラム博士。 メシア本部は敵の本陣、いわばアッシュベルの本拠地だぞ。 それが何を意味するのか、わかっているのかね?」
「その程度の事、あの男ならやってのけるさ。 どちらにせよ、アッシュベルの動向を探るには『未乃 健三』本人から直接聞くのが手っ取り早い。
アッシュベルという男を止めるには、私達には情報も、力も足りなさすぎるのだよ。 ある程度、リスクを背負わなければ身動きは取れん」
「アッシュベル……」
艦長は目を閉じて、考え込んだ。
かつての友がどうして道を誤ってしまったのか、未だに艦長は悩み苦しんでいる。
フラムの依頼は無茶苦茶であり、当然ながら簡単に頷く事は出来ない。
しかし、一理ある。 今のフリーアイゼンは相当追い込まれている状況だ。
新生メシアに追われ続けており、下手に身動きもとれないにも関わらず……あのアッシュベルという男に対抗しなければならない。
彼女の言う通り、状況を動かすにはリスクを背負わなければならないのも事実なのだ。
すると、突如艦長室がグラグラと揺れ始めた。
地震ではない、この揺れ方は――
フラムが勘付いた時、フリーアイゼンに警報が鳴り響いた。
部屋がサイレンの光に照らされると、艦長は椅子からすっと立ち上がる。
「敵襲だ、フラム博士は安全なところへ避難を」
「ふ、何を言うか。 私の頭脳も戦いには必要だろう、至急ブリッジへ向かう」
「いいのだな?」
「どの道、この艦に安全なところはありゃしない。 だったら私は喜んで手伝わせてもらおうじゃないか」
「ならば止めん、私についてくるがいい」
艦長はそれ以上語らずに、静かに艦長室を出ていく。
フラムも艦長の後に続いていった。
ブリッジルームに辿り着くと、既にライルとヤヨイの2名がデータの解析を行っていた。
警報が鳴り響く中、艦長は中心へと立つとフラムは黙って端へと寄って椅子へと座った。
しかし、まだモニターに映像は出力されていないようだ。
「カイバラ、状況はどうなっている? 敵は新生メシア軍か?」
「いえ、レーダーに異常が発生しております。 恐らくアヴェンジャーのHAかと」
「アヴェンジャーだと? 映像を出力しろ」
「了解です」
何故このタイミングでアヴェンジャーが仕掛けてくるというのか。
アヴェンジャーは主であるジエンスを失い、組織としてはほぼ崩壊している状況だ。
恐らく残党軍の仕業だとは思うが、フリーアイゼンに襲撃を意図が理解できなかった。
それに何故アヴェンジャーがフリーアイゼンの位置を特定できたというのだろうか。
「映像での確認となりますが、敵機の数はおよそ10機前後です」
「フリーアイゼンは出せるのか?」
「はい、改修作業は完了しておりますが……」
「問題ねぇ、操舵は俺がやる。 言っておくがリューテ程期待すんじゃねぇぞっ!」
ライルは胸を張って堂々と告げたが、艦長はただ力強く頷くだけだった。
「すまん、頼んだぞライル。 ブレイアスは出せるか?」
「いつでも出撃できます、しかしたった1機では……」
「……いけるか、ラティア」
『ええ、やるだけやるわ』
「ならば、出撃だ」
「了解です――ま、待ってくださいっ! アヴェンジャー軍から通信です」
「アヴェンジャーからの通信? 奴らめ、何を考えている……?」
艦長がモニター超しでアヴェンジャーの軍を睨み付けていると、映像付きの通信を受信する。
すると目の前には真っ黒なフードを頭にかぶった奇妙な男が姿を現していた。
『我々はジエンス様の意思を継ぐ者だ』
「この期に及んでまだメシア打倒を企むのか?」
『そうだ、貴様らのせいでジエンス様の計画は失敗に終わり、亡くなられた。 そして、アッシュベル・ランダーの暴走を許す事になった』
「何故あのような男を支持する?」
『我々にとってジエンス様は神に等しき存在。 ジエンス様は絶望に陥った我々に希望の光を与えてくれたお方だ。
ジエンス様の言葉は絶対であり、あのお方はまさに世界の主に相応しき存在だった。 なのに、貴様らのエゴでジエンス様は――』
「『ジエンス』はもういないっ! 今は我々とお前達の目的は同じなはずだ。 ならば、こんなところで我々が争う意味はあるまい」
『我々の目的はアッシュベル打倒もあるが、今は違う。 ジエンス様の仇、取らせて頂くっ!』
そこで通信は途絶えてしまった。
艦長は思わず恐怖を感じた。
ジエンスという男は、アヴェンジャーにとってはカリスマ性の高い存在だったのだろう。
そうでなければ、ただアッシュベルを討伐するだけの組織があそこまでまとまるはずもない。
ジエンスへの忠誠心が度を過ぎてアッシュベルへの復讐心を勝ってしまっているのだろう。
彼らと争っているほど戦力に余裕があるわけではないが、今はやるしかない。
「……ジエンスは、神にでもなろうとしていたのか?」
「彼らはその信仰心故に、ジエンスに上手く利用されていたのだろう」
突如、フラムがそう口走った。
「奴らはジエンス亡き今もジエンスという存在にしがみついてやる愚か者だ。 もはや彼らを止めるには戦うしかないだろう。
遠慮する事はない、そんな分からず屋共には重い一撃をかましてやれば良いだろう?」
「しかし、彼らの命を奪う訳にはいかん。 奴らと我々の戦争はもう終わっているはずだ」
「ほう、やはり貴方は優しいのだな。 それで艦を守れるというのなら、私は見守らせてもらうよ」
「各員、アヴェンジャーをやり過ごすぞ。 戦域からの離脱を計る、フリーアイゼンを出航させろっ!」
「しかしゼノス達はどうしますか?」
「今は襲撃から逃れる事が先だ、新たに身を隠す場所を見つけ次第連絡を取れ」
「了解しました、フリーアイゼン出航まで5秒前。 4、3、2、1――」
「フリーアイゼン、出航っ!!」
艦長の掛け声と共に、ブリッジルームからグラグラと振動が伝い始める。
轟音と共にフリーアイゼンは空へと向けて発進された。
ラティア機は、フリーアイゼンの甲板にて待機をしていた。
敵が数で勝る以上、まともに戦っては勝ち目は薄い。
そこでラティアは艦の護衛を行う為に、甲板からの狙撃を行う事となった。
ブレイアススナイパーであれば、甲板からでも精密な射撃が行うことが可能だ。
艦に取り付かれた場合でも、射撃武装が豊富な以上いくらでも対処しようがある。
ブレイアスはスナイパーライフルを構えて、敵機を待ち構えていた。
「照準がぶれている? いえ、私が動揺しているのね……このままでは、いけないわ」
イリュードの行方が途絶えてから、既に2週間以上経っている。
アッシュベルにより世界が混乱に陥っている中、ラティアの不安は広り続ける一方だった。
その影響がついにも戦闘中にまで出てしまっている。
何故ここまで不安に陥ってしまっているのだろうか、イリュードの安否が取れないから?
いや、そうではない。
ラティアは胸騒ぎを感じていた。
イリュードの身に何かが起こっているのだと。
『左舷部より敵機が接近中、迎撃をお願いしますっ!』
「了解っ!」
これまでラティアは戦闘になれば全てを忘れ、戦いにのみ集中することが出来ていた。
しかし、今回は何故かそれが出来ていない。
余計な事ばかりに気が取られていて、とても戦闘が出来る状態ではなかった。
だが、フリーアイゼンに頼れるHAは今ブレイアスしかいない。
「私がやらなければ、誰がこいつらをやるのよ……っ!!」
ブレイアスは勢いよくブーストを噴かせ、甲板上を移動していく。
上昇してくる敵影2機を確認し、ラティアはそこでスナイパーライフルを構える。
「落ち着くのよ、私……皆の命を、預けられてるんだから……っ!」
出来る限り邪念を振り払い、今は敵落とす事だけに集中する。
ラティアは呼吸を荒くしながら、照準を合わせた。
「今よっ!」
バァンッ! 凄まじい銃声と共に、ライフルの弾が発射されていく。
弾は見事、上昇してくる2機を一撃が貫いていった。
だが、レブルペインはミサイルを数発放ちつつ、地上へと落下していく。
「いけない――」
ブレイアスはすぐにリボルバーを二丁構え、フリーアイゼンの甲板から飛び降りる。
ブーストを利用して、ミサイルへと接近し、まとめて射撃した。
爆発と共に、ミサイルは全て撃墜された。
「クッ――」
強風に流されそうになりながらも、ブレイアスはフリーアイゼンにワイヤーを飛ばして何とかしがみ付く。
『右舷部より高エネルギー反応を確認……ロングレンジキャノン、きますっ!』
「ここからだと間に合わないっ!? でも、やらせるわけには――」
『ラティア機は左舷部の守りに徹しろ。 右舷部は我々でカバーするっ!』
「了解……っ!」
やはり一人で艦を守るのは辛いか、いや本調子であればもっと早くあの2機を狙撃できたはず。
全ては自分が引き起こした事態である事にラティアは気づいていた。
甲板へ戻りラティアはスナイパーライフルを構えようとした。
その時、ふと遠目から見える巨大な戦艦が目に映る。
赤一色に染まった色と圧倒的な存在感を放つサイズ。
「ソルセブン……イリュードなのっ!?」
紛れもなく、ソルセブンだった。
密林の中、突如発射された赤き光。
確実にゼノスの負傷したウィッシュへと目掛けていた光は、ι・ブレードが盾となる事によって防がれた。
しかし、生身で攻撃を受けたι・ブレードの損傷は大きかった。
せめて機体が大破しなかっただけでも救いだろう、だが身動きがとることが出来ない状況に至っているようだ。
「晶、しっかりしろっ! 晶っ!」
シリアは何度も通信で呼びかけるが、晶の反応はない。
恐らくコックピットの中で気絶してしまっているのだろう。
無理もない、ここ数日間ろくに食事も摂らずにいたのだから。
その直後に激しい戦闘を繰り返せば、すぐにでも限界は訪れてしまう。
先程、敵影の姿は一瞬だけ見えた。
大木をなぎ倒した赤き光の元を辿ると、そこ射線上にはクライディアの姿があった。
厳重に守られていたコアが露出し、こちらを目掛けているのを確認できたがコアは即閉ざされてしまいクライディアはすぐに行方を暗ました。
恐らく胴体部のコアと思われる箇所から射出されたと思われる。
ゼノフラムの圧縮砲、かと思ったが少し違う。
ゼノフラム程の火力もないし、かといって戦艦の主力程の威力は持たない。
「ゼノス、動けるか?」
『何とかな』
「アタシがι・ブレードを運ぶ、ゼノスは先に輸送艦まで戻っていてくれっ!」
『……すまない、頼んだぞ』
もう一度あの赤いビームが放たれてしまう前に、シリアは何としてでも補給艦までι・ブレードを運ぶことにした。
ゼノスは両腕を失った状態でも、辛うじて身動きが取れる状態にあったようだ。
レーダーを見ると、周辺にはE.B.Bの反応以外はない。
恐らくクライディアは撤退した……と考えていいだろう。 ならば退くのは今しかない。
周辺には小型のE.B.Bがウジャウジャと数を増やしていた。
恐らく近くに大型E.B.Bがいるのだろうが、今はとてもじゃないが相手にしている余裕などない。
本来ならD支部に加勢すべきではあるが、追われている身である以上、ここは彼らに任せて撤退するしかないだろう。
レビンフラックスがι・ブレードを抱えた瞬間――シリアは妙な気配を感じ取った。
周囲を見渡すと、密林の奥で再び赤き光が灯された。
まさか、まだクライディアが潜んでいるというのか。
「これ以上、やらせねぇってんだよっ!!」
シリアはライフルを構え、赤き光に目掛けて放った。
バァンッ! と激しい銃声と共に、草木を薙ぎ払いライフルの弾丸が突き進む。
その瞬間、赤い光が蝋燭の炎のようにフッと消えた。
「レーダーには映っていない……気のせい、ではないはずだけどなぁ」
念の為もう一度周辺を見渡し、今度こそ危険がないと確認するとレビンフラックスはι・ブレードを抱える。
そのまま、リューテの待つ補給艦へと戻っていった。