落ちた獣 ④
俊は家庭環境に恵まれていなかった。
物心ついた時から、父と母の仲が悪く毎日ケンカばかりしているのを目にしてきた。
そんな光景を見てきた俊は、いつしか両親の事を自ら避けるようになっていた。
ついには両親は離婚を決意し、姉であるシラナギ……もとい、白柳 園子と俊は母親に引き取られ育てられる事となる。
だが、母親はすぐに重い病にかかってしまい寝たきりの生活を送る事になってしまった。
父親の稼ぎがない今、当然ながら暮らしはとても貧しかった。
母が病気で働けずに家事も満足に行えない以上、姉である園子がほとんど母親の代わりを務めていたのだ。
園子は優しかった、今まで自分を放置してきた両親とは違う。
なけなしのお金でお菓子を買って来てくれたり、眠れない夜はずっと傍にいてくれたり、とにかく姉にはよく面倒を見てもらっていた。
ある日、母親の容態が急激に悪化してしまい、母親の命が長くないと医者から告げられたことがあった。
その事を告げられても、俊は何も感じなかった。
母親は自分に何もしてくれていないからだ。
確かに病気のせいで何もしてもらえないという事は理解している。
しかし、病気になる前はいくらでも機会はあったはずだ。
それなのに毎日父親の愚痴だったり家事や仕事ばかりに集中して相手にして貰えなかった。
だから母親も父親もいらない、全ては姉が代わりを務めてくれている。
俊はそれ程までに、姉である園子が大好きだった。
しかし、姉は俊と違って母親が大好きなのだ。
姉は母の病気を何としてでも治せないか、一生懸命悩んでいた。
狭い家の中で、ベッドに横たわっている母親の手を握りしめながら、園子は懸命に声をかけていた。
もう少ししたら、病気は治るから。 私が絶対に直して見せるから、と。
その後、園子は俊に微笑んでこう言った。
「あのね、俊ちゃん。 お母さんもしかすると、病気が治るかもしれないの」
「俺は別に、治らなくてもいいと思ってる。 あんなの、母親と思ったことない」
「もう、俊ちゃんっ! どうしてお母さんに酷い事を言うの? もしお母さんに聞こえちゃったら大変でしょ?」
「だって母さんは俺の事を放置し続けた。 ソノ姉はそうじゃなかったのかもしれないけど、俺はそうだったんだ。
母さんは俺が嫌いなんだよ、きっと死んでしまえばいいと思っているに決まってる」
「そんなことないわよ、確かにあの時はお母さんも色々とあったけれど……俊ちゃんの事を大事に思ってるはずだよ。
そうじゃなかったら、私と一緒に引き取ってくれたりはしなかったでしょ?」
「……いいんだ、ソノ姉。 別に母さんが俺を愛してくれなくても、ソノ姉は違う。 俺の事をずっと見てくれたのは、ソノ姉だけだよ」
「俊ちゃん……」
その時の姉の悲しい表情を見て、俊は少しだけ悲しくなった。
自分がこれだけ姉を信じていると告げたのに、嬉しそうにしてくれなかった事を。
姉にとっては、母親という存在が重要だったのだろう。
母親の事を思う姉の姿を見ると、とても辛そうな表情を見せているときは多々あった。
次の日になると、姉は家に医者を連れてきた。
どうやら今日、治療を行う前に母親の容態を伺いに来たようだ。
どうでもいい、俊は心底そう思っていた。
だけど、姉の目の前ではそんな事は言えない。
きっと悲しい顔をしてしまうから。
姉と医者が話し込んでいるのを見ると、ふと医者が無造作に置いた鞄が気になった。
一体どんな道具を持っているんだろうと、俊は興味本位で鞄を開けてみた。
すると、そこには見た事もない綺麗な紫色に輝く石のようなものがあった。
それだけ見ると俊はつまらなくなったのか、そっと鞄を元に戻しその場で寝ころんだ。
目を覚ました頃には、母親がベッドから姿を消していた。
「ソノ姉、母さんがいないみたいだけど?」
不思議に思った俊は、丁度台所で料理していた園子に声をかけた。
「うん、お母さんは病院で手術を受ける事とになったの。 あのお医者さんね、お金は一切取らないでお母さんの病気を治してくれるって言ってた。
初めは確かに疑ったよ、本当に治せるのかなって……騙されてるんじゃないかなって。 後からお金いっぱい請求されるんじゃないかな、とか。
だけどね、あのお医者さん凄く優しかったし、信じてもいいって思ったの」
「……ふぅん」
まるで興味がわかなかった俊は、ほとんど園子の話を聞き流していた。
「ねぇ、俊ちゃん。 お母さんがもし、ちゃんと病気治して帰ってきたら……お母さんの事信じてあげられないかな?」
「え――」
俊は思わず、その場で固まった。
無理だ、そんな事出来るはずがない。
あんなの母親だと思ったことないし、母親だって自分の事を嫌っているはずなのに。
「俊ちゃんならいい子だから出来るよね?」
「……あ、ああ」
「うんうん、いい子いい子。 そんないい子にはご褒美を用意しましょうー。 うふふ、今日は俊ちゃんの大好きなオムライスにしましょうーっ!」
「ほ、本当か?」
「もっちろん。 でも約束はちゃんと守ってね、お姉ちゃんとの約束だよ?」
「わかった、約束する」
姉としてはやはり、母親に甘えてほしいという気持ちが強いのだろう。
そこまで望むというのなら、俊にそれを拒む理由がなかった。
俊と母親が仲良くする事、それが姉の望みであるのなら努力するまでだ。
それに約束をしてしまったからには、破るわけには行かない。
もっともそれは、母親の病気が本当に治るのであれば……の話であるが。
そんな約束を交わし、数週間後……母親は元気な姿で帰ってきた。
正直その時は驚きを隠せなかった。
もう長くはないとまで言われていた母親が、本当に病気を完治させて戻ってきたのだから。
「ほら俊ちゃん、お母さんに『おかえり』は?」
「……おかえ、り」
ボソッと俊は呟いた。
目は合わせずに、そっぽを向いて耳を澄まさないと聞こえないぐらい小さな声で。
「……ごめんね、俊。 お前には辛い思いばかりをさせてしまった。 これからは、もっと貴方を愛してあげる。 今まで愛せなかった分、ずっと愛し続けてあげるから――」
母親は涙ぐみながら、俊を強く抱きしめて囁いた。
俊は戸惑っていた、どう反応すればわからなくて。
何も答えずに俯いたまま、ただ母親が涙を流す姿を眺めているだけだった。
「俊ちゃん、出来るよね? お母さんと仲良くなる事、できるよね?」
「……ああ」
少し照れくさそうに、俊は短く返事をした。
それから俊は、ぎこちはなかったが少しずつ母親とコミュニケーションをとっていった。
徐々に会話数も増やし、姉と3人で楽しく会話もすることが出来た。
俊にとっては初めての経験だった。
今まで放置され続けていたのが嘘のような、それ程母親は優しくしてくれた。
ある日、母親が仕事を探すと言って外出をしたとき、俊と姉は久しぶりに二人きりになった。
その時、俊は言った。
「ソノ姉は、本当に凄いや」
「いきなりどうしたのよ、俊ちゃん」
「今の俺が母さんとこうしてられるのも、全部ソノ姉が一人で頑張ったからじゃないか」
「うふふ、俊ちゃんがちゃんと約束を守ってるからだよ。 でも、やっぱり家族はこうじゃないといけないよね」
「そう、だな。 ありがとう、ソノ姉。 大好きだよ」
「あらあら、お姉ちゃんに恋しちゃダメだよ?」
「そ、そそそんなんじゃねぇって」
「ほら、照れないの。 うふふ、本当俊ちゃんをからかうのは楽しいなー」
「か、勘弁してくれよソノ姉……」
俊はようやく、幸せというものを実感した。
全ては園子が地道に努力を続けた結果が実ったと言えるだろう。
しかし、築かれた幸せが長く続く事は決してなかった。
ある事件をきっかけに、俊は家族を失う事となってしまった――
それは何の変哲もない日の深夜だった。
俊が夜中、目を覚ますと隣で寝ているはずの母親と姉の姿がなかったのだ。
その時は深く考えなかった、寝ぼけた頭ではどうせトイレだろうと安易な結論を導き出して二度寝をしようとする。
しかし、何かがおかしい。
台所付近から水滴がポタポタと垂れる音が耳に飛び込んでくる。
水道の栓がしっかり締まっていなかったのだろうか、あまりにも音が鬱陶しく感じた俊はそのまま起きて台所へと足を運んだ。
台所には、園子の姿があった。
こんなところで何をしているのだろう、と思った矢先――俊はとんでもない光景を目の当たりにする。
園子の目の前には、何かが倒れていた。
暗くてよくわからないが、真っ黒な髪のようなものだけは確認できる。
その黒い髪は、母親のものとそっくりだ。
もう一つ気づいたのが、園子の片手からポタポタと落ちる水滴音。
右手には包丁が握られていた。
嫌な予感がした、俊は怖くなってたまらずに後ずさりをしてしまう。
壁に体をぶつけた瞬間、電灯のスイッチに触れてしまった。
暗闇に支配されていた部屋が、パッと一瞬にして明るくなった。
……園子は全身に血を浴びていた。
園子自身の血ではない、俊は直感的に悟った。
右手の包丁から流れていたのは、血だった。
そして、何よりも驚いたのが……園子の目の前に倒れている人物だった。
母親、だと最初は思った。
だが、違う。 体が異形のように変化していたのだ。
そう、あれは資料で見たことがある『E.B.B』にそっくりだった。
園子はゆっくりと、こちらへ振り返った。
泣いていた、大粒の涙をポロポロと流し続けていた。
「……俊ちゃん、ごめんね」
「ソノ姉……どうしたんだよ、ソノ姉っ!?」
「私、お母さんを殺してしまった。 この手で、殺してしまったの――」
「――っ!?」
状況から見て、薄々は感づいていた。
しかし、改めて宣言されると俊の背筋からゾクッと寒気が走り、思わず膝の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「私ね、あの医者に騙されてたんだ。 お母さんの病気は、確かに治った。 でも、代わりにお母さんはもっと重い病気を抱えてしまったんだよ」
「重い病気……?」
「見て、お母さんの体。 これね、エターナルブライトによって浸食された後なんだ。 お母さんね、エターナルブライトを埋め込まれちゃったんだよ。
だからお母さんは、、バケモノに変化しようとしちゃってたの。 私、それに気づいたら怖くなって……いつか、お母さんがバケモノに変化して私達は殺されるんじゃないかと、思って――」
「……悪くない、ソノ姉は悪くないっ!」
俊は力強く叫んだ。
姉が話した理由を聞いて、少しだけホッとした。
姉は理由もなく人を、ましてや肉親を殺すような人間ではない。
この場で嘘をつくとは思えないし、現に目の前でバケモノに変化した母親の体があるのだ。
俊は姉の言葉を、何の疑いを持たずに信じた。
「ごめんね、ごめんね……こうするしか、なかったの。 俊ちゃんを守る為には、私の身を守る為には――」
「ソノ姉、もういい。 俺の為だったんだろ、泣くんじゃねぇよ……俺まで悲しくなってくるだろ」
「……私はもう、俊ちゃんとは一緒にいられない」
「ソノ、姉……?」
姉はそれだけ言い残すと、静かに包丁を置いて家の外へと出て行こうとする。
「待てよ、何処行くんだよっ!? そんな姿で外に出ても――」
俊は姉の腕を掴み、必死で叫んだ。
「私、お母さんをこんな目に合わせた奴らを許せない。 こんな事、許されていいはずがないっ!!」
「俺はソノ姉が警察に捕まっちまうことが心配なんだよ、警察がこんな話信用するわけないだろ? 何とかしねぇと――」
「……きっと、この事件は公にされない。 だってお母さんのあの姿を、世に知らせる訳には行かないから」
「どういう、ことだよ?」
まるで姉は何かに気づいているようだった。
母親をこんな目に合わせた奴らが、何者なのかを。
「世の中にはね、他にも私みたいに騙されてる人がいっぱいいるはずなんだ。 だけど、それが公にされていないのはとてもとてもおかしなことだと思うの。
俊ちゃん、全てを終わらせたら……必ず戻ってくる。 だから貴方は、ここで待っていて。 私の後を、決して追いかけないでね。 お姉ちゃんとの、約束だよ?」
「ソノ姉、何言ってんだ――」
その時、姉は突如俊の口と鼻を真っ白な布で覆った。
薬を嗅がされた俊は、その場で力なく倒れ眠りについてしまった。
「さよなら、俊ちゃん。 ちゃんと言ってあげたことなかったけど……私も俊ちゃんの事、大好きだから」
園子は笑顔を見せて、俊と別れを告げた。
それから、園子は行方を暗ませた。
俊一人を残して。
今まで片時も離れ離れになった事はなかったというのに。
母親を失った事に関するショックは、それほど大きくはない。
所詮、俊にとってはそれほど大事な人物とまでは至らなかった。
例え血が繋がっていようと、病気が治った数か月で俊の信用が全て取り戻せたわけではない。
しかし、園子は違う。 俊にとっては本当の母親のような存在だった。
行方を暗ましてしまった事には、大きくショックを受けていた。
だが、俊は決して姉を恨んでいなかった。
むしろ大人びていた俊は、これからは誰の力も借りずに一人で生きる事を誓った。
姉を探すような真似はしない、そう約束してしまったから。
いつかひょっこりと元気な姿を見せてくれるはずだと信じたから。
姉はたくさんの生きる術を教えてくれた、それさえあれば一人でも生きていける。
いや、生きてやるんだと誓った。
しかし、心の中ではずっと姉と再会したいという気持ちが強かった。
その衝動を心の奥底に鎮めながらも、俊は必死で生きてきた。
長い間押し殺し続けてきた、姉にもう一度会いたいという強い感情。
どんなに強い衝動に駆られても、俊はそれを封じ続けていたというのに。
姉と再会できたと分かった瞬間。
そして、ずっとずっと会いたかった姉が目の前で殺された瞬間。
俊が殺し続けた感情は、復讐という名の炎で爆発した。
晶は体を震わせ、目の前に現れた黒きHAに怯えていた。
ιを通じなくとも伝わってくる、憎しみや憎悪といった黒き感情が。
それが自分に向けられているのは、考えるまでもなくわかっていた。
クラスメイトを目の前で殺されても、故郷を滅ぼされても平然としていた俊が、初めて見せた感情だった。
親友を殺された晶の怒りとは比べ物にもならない、凄まじいプレッシャーに晶は押し殺されそうだった。
『逃げろ、晶』
咄嗟にゼノスからの通信が届き、晶はハッとした。
ナイトブレイアスは既に、戦闘不能の状態に陥っている。
トドメを刺したのは晶ではない、俊だ。
どちらにせよ、あの大盾を破った以上……ナイトブレイアスに残された手は少なかったと思われたが、それにしても後味が悪い。
晶の強い思いが、ゲラスという男に伝わったのかどうかはわからなかった。
今は気絶してしまっているのか、通信で呼びかけても返事はない。
……せめて死んでいない事を、晶は祈った。
晶は機体を大きく飛躍させ、D支部の柵を飛び越えようとした。
ズキンッ――
突如頭痛が引き起こされ、危険察知が発動する。
例の黒きHAが、凄まじい速度でι・ブレードに迫り……自らの爪で胴部を貫くシーンが映し出された。
かつてι・ブレードはウィッシュ等が使うサーベルで斬りつけられても大した損傷を負う事がなかった。
流石に何十回、何百回と耐えうるほどとまではいかないが、そのおかげで俊の奇襲を何度も凌いできたというのもある。
しかし、この映像を見て晶は動揺した。
映像の中では、あの黒きHAはι・ブレードの装甲をいとも簡単に貫いていたのだから――
ι・ブレードはムラクモを抜刀し、身構えた。
その瞬間、凄まじい速度で黒きHAが迫ってきた。
ガキィィンッ!! その瞬間、ムラクモが強く弾かれコックピットが青く灯る。
バギィィンッ! と、鈍い音を響かせ、虚しくもι・ブレードの右肩が砕かれた。
『捕まえたぜぇ……ιァァァァッ!!!』
「は、離れろよっ!!」
ι・ブレードは左手でブラックホークを構え、至近距離で放った。
銃声が響き渡ると同時に、黒きHAが勢いよく吹き飛ばされた。
だが、クルリと空中で一回転すると黒きHAは綺麗に着地をし、獣のように四つん這いで静止する。
ι・ブレードから損傷を告げるアラートが響き続けていた、右肩をやられた以上右腕はもう使い物にならない。
次の瞬間、黒きHAが獣の如く飛び掛かってきた。
危険察知が発動しない……焦りを感じた晶は、とにかくブラックホークで迎撃しようとした直後、
一機のウィッシュが飛び掛かってきた黒きHAを真横から押さえつけて見せた。
『逃げろといったはずだ、行けっ!』
「ゼノス……」
どうやら間一髪のところで、ゼノスが黒きHAの動きを止めてくれたようだ。
しかし、いくらゼノスと言えど旧型のウィッシュで、あのバケモノじみたHAを止められるはずはない。
晶は言われるがままに弾き飛ばされたムラクモを回収し、D支部の柵を飛び越えていく。
E.B.Bの襲撃を避ける為に用意されたD支部の柵は、容易に破壊できるような代物ではない。
おまけにι・ブレードのように空を飛べるHAでもなければ、超えられる高さではなかった。
あの黒きHAが柵を飛び越えてくることも十分に考えられる、ゼノスの安否が心配されるが一番危険なのが自分自身である事は晶もわかっている。
今は自分の身を守る為に、出来る限り離れる事だけを考えればいい。
そう思った矢先、突如柵から岩が砕かれるかのような凄まじい音がなった。
旧型ウィッシュを鷲掴みにし、羽を広げて直進していく黒きHAの姿が一瞬だけ目に入る。
まさか破ったというのか、D支部の柵を――
『この逃げられると思うなよ……ビリッケツ。 殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやるゥゥッ!!
テメェはソノ姉の命を奪った、俺の大事な大事なソノ姉を殺しちまいやがった。
聞こえるだろ、俺の魂の叫びが……この『クライディア』を通じて、テメェに届いてんだろっ!?
消えねぇんだよ、テメェを殺さない限り俺の魂の叫びが途絶える事がねぇんだよっ! この、喧しい程の無様な叫び声がよぉっ!
だから、俺はテメェを何が何でも殺さなきゃならねぇっ! そうしねぇと、ソノ姉が浮かばれねぇんだよぉぉっ!!』
「――俺だって、殺したくはなかったっ!」
危険察知で晶は黒きHA……クライディアの動きを見切り、ムラクモで何とか抑えきった。
クライディアの先端は紫色に煌めいているのを見て、晶は勘付いた。
あの両手、恐らく材質は『ムラクモ』と同じなのだと。
ムラクモもまた同じ色をしているし、同じように煌めいていた。
一撃目も二撃目も、ムラクモで防ぎきった事が何よりも証明となるだろう。
『なら、何故殺したぁっ!?』
「違う、俺は――」
『違わねぇ、ソノ姉は死んだっ!! もう二度と、俺に微笑みかけてくれねぇんだよぉぉっ!!』
晶は必死になって、ムラクモで俊の攻撃を受け止め続けた。
怒りに身を任せているせいか、攻撃が単調になっている。
冷静に対処をすれば、コックピットが青く灯ったとしても何とか対処は出来そうだ。
しかし、このままでは埒があかない。
今のι・ブレードでは、俊の一方的な攻撃を防ぐことが限界だった。
「俺だって、俺だって悲しいんだっ! 悲しんでるのは、お前だけじゃないんだよっ!!」
『黙れ、テメェにソノ姉の何がわかる? 何がわかるってんだっ!?』
「シラナギさんは、優しかった。 俺がパイロットになる事に協力してくれたし、木葉がフリーアイゼンを降ろされようとしていた時も
俺と木葉が一緒にいられる方法を一生懸命考えてくれたんだっ! なのに、なのに俺は――」
『黙れっつってんのが、聞こえねぇのかよっ!?』
ガシッと力強く、クライディアの左腕がムラクモの刃を捕えた。
凄まじい力で押さえつけられたムラクモはビクともしなかった、片腕のι・ブレードではムラクモの自由を取り戻す事は困難。
その時、コックピットが青く灯り――ι・ブレードの頭がクライディアの右腕に捕まれた。
『テメェがソノ姉を語るんじゃねぇよ……汚れんだよ、俺の大事な大事なソノ姉がよぉ?』
ミシミシミシ、と音を立てながらクライディアの爪がι・ブレードの頭に食い込んでいく。
『壊してやる、テメェの全てを破壊しつくしてやるよ。 まずはι・ブレードからだ、テメェの大事な機体なんだよなぁ? そんなにιが好きなら、二度と復旧できねぇぐらいに粉々にしてやるぜぇぇっ!!
イヒヒ、ウヒヒヒヒ、ヒャーッハッハッハッハッハッハッハッハァッ!!!!』
「クッ……やめろ、やめろぉぉっ!!」
晶は必死でクライディアを蹴り飛ばそうとするが、地に強く留まり頭を拘束された状態ではそう簡単に引き剥すことが出来なかった。
このままでは、やられてしまう――
その時、突如一機のHAが凄まじい速度でι・ブレードの横を通り過ぎ、クライディアの背後を取った。
両手にサーベルを構えた黄色いHA……間違いない、レビンフラックスだった。
『晶から、離れやがれぇぇっ!!』
レビンフラックスがサーベルを振るった瞬間、クライディアは高く跳躍しクルリと回転する。
あっという間にレビンフラックスの背後を取り、勢いよく突進した
だが、それよりも早くレビンフラックスが全身をし飛行形態へと変形する。
クライディアは飛行形態となったレビンフラックスの上を通り抜けようとした時、レビンフラックスはクライディアを捕えて垂直に急上昇した。
敵機を捕えたまま、ギュンギュンとスピードを上げて上空へと昇っていき、あっという間に密林の外にまで達した。
するとレビンフラックスは再び人型へと変形し、サーベルを振るう。
重い一撃を受けたクライディアは、あっという間に急降下していき、密林の中へと突き落とされていった。
『助けに来たぜ、晶っ!!』
「シリア……来てくれたのか?」
『ああ、ゼノスがこっち来いっつーからな。 何かと思ったらビックリしたぜ……何だあの獣みたいなHAは?』
「ゼノス、そうだゼノスはっ!?」
ふと我に返ったかのように、晶は旧式のウィッシュがクライディアに壁と共に吹き飛ばされていた事を思い出した。
あの速度で驚異の爪に捕らわれては無事であるはずがない、しかし現にシリアが通信を聞きつけたという事は――
『ここだ、晶』
「ゼノス……っ!」
機体の両腕を失い、ボロボロになった旧型ウィッシュがι・ブレードの前へと現れた。
全員無事でよかった……と、晶は心の底から安心していた。
『ヒヒヒッ――』
その時、不気味な笑い声が晶の耳に飛び込んでくる。
ゾクゾクゾクッと、背筋に寒気が走った。
『テメェの大事なモンは、全て壊してやるよ――』
その時、晶は直感的に悟った。
ゼノスが狙われている、と。
密林の奥から、赤い光のようなものが見えた。
何処かで見た前兆、あれはムラクモが解放された時に放つ光。
そして、ゼノフラムが圧縮砲を放つ光と酷似していた。
だが、その正体が何なのか考える前に晶は動いていた。
「逃げろぉぉぉっ!!!」
晶は全力で叫びながら、ι・ブレードを前進させた。
ボロボロになったウィッシュの前に、仁王立ちした瞬間――密林の奥から一閃の赤い光が発射された。
草木を抉り、燃やし尽くし、赤い光はまるで戦艦の主砲の如く突き進んでいく。
あの赤い光――圧縮砲に似ている。
いや、違う。 どちらかと言えば、ι・ブレードの放つ『光の刃』にそっくりだった。
一本の槍の如く、赤い光は容赦なくι・ブレードに襲い掛かる。
凄まじい熱がコックピットに伝わってくると同時に、ι・ブレードの装甲が灼熱で解け始め、砕かれ、パーツが次々と地に落下していく。
その瞬間、ι・ブレードから小規模な爆発が何度も引き起こされた。
ようやく赤い光が止んだ瞬間――ι・ブレードは全身から煙を吹き出し、そして地に膝を付き、ガクンッと倒れた。
『晶、おい……晶っ!!』
『嘘だろ……晶、晶ぁぁっ!!』
ゼノスとシリアの悲痛の叫びが、ほぼ同時に響き渡った。