メシアの遊撃部隊 ④
大型E.B.Bは消滅し、晶は二度に渡って戦果をあげた。
しかし、今回の戦闘により被害は莫大だ。
フリーアイゼンの主力機2機の損傷。
幸いイエローウィッシュは艦内の設備ですぐに修復可能であったが、ゼノフラムはそうもいかない。
特殊な素材を惜しみなく使われているので、艦内のパーツだけでは修復することができなかった。
パイロット両名は、シリアは意識を失っているものの命に別状はない。
ゼノスも奇跡的に、大した怪我を負わずにいた。
晶と救護された2機のウィッシュが共同で損傷した機体達を艦内へと運んだ。
コックピットから降りると、そこにはキャッキャッと両手を上げて飛び上がっているシラナギの姿があった。
その隣では、心配そうな顔を見せている木葉もいる。
「さっすが私が見込んだ男ですねーこのこのーっ!
必ずやってくれると思ってましたよー、何せあのゼノスさんが見込んでるぐらいですからっ!」
相変わらず騒がしい人だな、と晶は再びため息をつく。
シラナギを無視して、晶は隣の木葉の前へと立った。
「あ……」
「あー……えーっと」
何故だかお互いに目を逸らしてしまう。
何て声をかけようかな、と考えているだけだというのに。
「か、帰ったぞ……ちゃんと」
頭を掻きながら、晶はぶっきらぼうにそう告げる。
「……おかえり、晶くん」
木葉は笑顔で、そう答えた。
「そうだ、ゼノスさんとシリアさんは大丈夫ですか?」
「うーん、シリアはまだ目を覚ましてないけどゼノスなら全然大丈夫。 よかったら見に行ってみる?」
「お願いします」
シリアの事も心配だが、ゼノス自身も機体を損傷させてしまい、おまけにあの爆発に巻き込まれているはず。
そうでなくてもι・ブレードで突き飛ばしてしまった事も含めて、晶は心配していたのだ。
「はいはいー、じゃあ木葉ちゃんも一緒にーっ!」
例の如く、シラナギは晶と木葉を連れてダッシュで医療室へと向かうのであった――
医療室へ向かうと、そこには二つのベッドと数々の医療器具が配置されていた。
晶の部屋とは違い、ここは治療を行うための部屋と言える。
片方のベッドではシリアが倒れたまま、目を閉じていた。
「……シリア、さん」
「大丈夫ですよー、寝てるだけですから」
目を閉じたまま動かないシリアを心配すると、シラナギはそう告げる。
よく聞くと確かに寝息が聞こえてきた。
「それじゃ、ゼノスとご対面でーすっ!」
シラナギはジャジャジャーンと効果音を口で鳴らすと、カーテンを開けた。
そこには、体の一部に包帯を巻いたゼノスの姿と、見慣れない医者の姿があった。
金髪で青眼のメガネでちょっと鼻が高い、白衣を身に纏っているから恐らく医者だ。
「シラナギくん、いつも言っているだろう。 せめて診療所ぐらいでは静かにしてくれと」
「えー、それじゃつまらないです」
「そういう問題じゃなくてだな」
「気にしなくていい、傷に響くわけでもあるまい。 どーセシリアも起きないだろう」
ゼノスは表情一つ変えずに、そう呟く。
あれだけの爆発に巻き込まれたというのに、思っていた以上に怪我は酷くなさそうだ。
流石は熟練の戦士と言えるだろう、生命力の高さも伝わってくる。
「君が晶くんかい? 私は船医の『Dr.ミケイル』さ」
「あ、よろしく……お願いします」
ミケイルから丁寧に挨拶されると、晶もそれに答えて頭を下げる。
「あの、ゼノスさん大丈夫……なん、でしょうか」
晶の後ろに隠れていた木葉が、恐る恐るミケイルに向かってそう尋ねた。
「大したことないさ、傷もそれほどひどくないからね。 それよりもシラナギくん……君、また仕事をサボったね?」
「何の事ですか? 私、ずっと晶くんに付きっ切りでしたよっ!」
「誰もそんな話をしていないだろう、君にはやってもらうことがたくさんあるんだよ。 ほら、ちょっとこっちに」
「いーやですっ!晶くんは私を求めてるんでーすーっ! ちょっと離してくださいー噛みますよー! ガブッて!」
「それじゃ、ごゆっくり」
ミケイルは騒ぐシラナギを無理やり連れて、外へと出て行ってしまった。
……あの二人、いつもあんな感じなのだろうか。
木葉なんて苦笑いをしていた。
「あの時、まさか突き飛ばされるとは思わなかったぞ」
「……あ、いや、その、えっと」
晶は慌てふためいて必死で言い訳を探すが、何も言葉が出てこない。
だが、ゼノスは別に晶を責めたりはしない。
「お前には助けられたな、すまない」
表情を変えないまま、そう答える。
面と向かって礼を告げられると、晶はただ戸惑うだけだった。
「……なんであんな無茶を?」
あの時ゼノスは、何が何でもあのE.B.Bを仕留めようとしていた。
それも、自分の命を危険に晒してまで。
「今までに例のないE.B.Bだ、ジャミングならともかく……レーダーから反応をなくすなんて前代未聞だからな。
レーダーに反応しないE.B.Bの恐怖は、お前も映像越しでわかっただろう」
「それは……その通り、ですね」
シリアの映像を見ていた時、突如映像が途切れたことを思い出す。
あれはレーダー上にE.B.Bの反応がなかった点と、霧が発生していたことによって発見が遅れてしまった。
その結果、シリアの機体は捕らわれてしまったのだ。
「詳しくは原因はわからんが……あれは今HA技術で開発が進められている『ステルス』と呼ばれる現象に近い」
「姿を消していたということですか?」
ステルスとは、背景等に同化しレーダーから反応を消すような技術を指している。
HAには正式に採用されていないが、今は研究が進められており、試作機もいくつか作り出されていた。
「そうだ、あの霧の中と言えど……至近距離まで気づかないというのはおかしい
いくら油断していたと言えど、シリアがあんな失態を犯すはずがなかったんだ」
「で、でもどうして……E.B.Bがそんな力を?」
「……意図的に誰が仕込んだか、或いは『自ら』身に着けたか
いずれにせよ、このことは後で艦長に話す必要があるな」
晶は言葉を失った。
もしかしたら、あのE.B.Bは『アヴェンジャー』とか言う奴らが用意したのではないか、と思ったからだ。
ι・ブレードを奪う為にE.B.Bを利用する連中だ、有り得なくはない。
「……あの、ゼノスさん」
ふと、木葉が手を上げて小さな声で呟いた。
「また……『アヴェンジャー』の、仕業なんでしょうか?」
同じことを、考えていたようだ。
それもそうだ、二人とも被害者なのだから。
『アヴェンジャー』と名乗る者に、故郷を奪われ友人を奪われた。
相手のやり口も全て知っている。
この目で、悲劇を目の当たりにしたんだ。
「可能性は高いが、腑に落ちない点もある。 『アヴェンジャー』の奴らが姿を全く現していなかったからな。
あいつらが白とは言わん。だが俺は……あれは別物だと考えている」
「別物……?」
一体何の事を言っているのだろうか。
晶はゼノスの言葉に疑問を抱いた。
「はいはい、晶くーん! お時間ですよー、いきましょーうっ!」
突如明るい声がすると、カーテンがバッと開かれて晶の手が掴まれた。
Dr.ミケイルは何をしていたんだろうか、結局彼女に逃げられているではないか。
と、晶はため息をついた。
「ま、待ってくださいっ! な、なんですか?」
「艦長から呼び出しですよー、早くいきましょうっ!」
「ちょ、ちょっと――」
相変わらずシラナギは強引だ、有無も言わさず晶をその場から連れ出そうとする。
「晶、後はお前次第だ。 ……お前を歓迎する準備はいつでもできているからな」
「ゼノス……さん」
艦長からの呼び出しに緊張したが、ゼノスのその言葉で少し落ち着きを取り戻した。
……勝手な行動に出てしまったが、後悔はしていない。
自分の力で、確かに二人の命を助けたのだから。
「しかし困ったですねー艦長カンカンですよ、もう鬼みたいな顔してました。 どうしましょうかー?」
「そ、そうですか……」
途端に晶は肩を落としてため息をつく。
艦長の許可なく勝手に出撃をしてしまったというのは、明らかな命令違反だ。
そんな違反を犯すような奴は軍隊として認められない、すぐに出直してこい。
と、一蹴されてしまうんじゃないかと不安になった。
「ま、大丈夫ですよ。 何故なら、私がいますからっ!」
「た、頼りにしてます」
口ではそう言いながらも、頼りにできそうにないというのが本音だ。
晶は再び肩の力を落とし、とぼとぼとブリッジルームへ向かっていった――
「……み、未乃 晶。 只今、帰投しました」
巨大な扉を潜ると、同じ位置で群青色のマントを見せたままの館長の姿が目に入った。
恐る恐る晶は名乗ったが、艦長は何も答えようとしない。
無言のプレッシャーというものか、シラナギの言うとおり艦長が怒っているというのは事実のようだ。
「何故、出撃した?」
「……」
背中を向けたまま、艦長がそう尋ねると晶はそれだけで体をビクつかせた。
顔を俯かせて、何て言えばいいんだと頭の中でグルグルと言葉を探す。
だが、一向に言葉が出てこなかった。
「艦長ー仲間のピンチですよ? そりゃー駆け出したくなるに決まってるじゃないですかっ!」
シラナギがフォローのつもりなのか、晶の代わりにそう言った。
その瞬間、晶は体をビクッとさせる。
下手すると今の言葉で、怒鳴られるんじゃないかと思ったぐらいだ。
「私は『未乃 晶』に訪ねている、どうなんだ」
ひしひしと伝わるプレッシャーに、晶は思わず押しつぶされそうだった。
とにかく、何か言うしかない。
「俺に、誰かを救える力があるのなら、目の前で救いを求めてる人達を放っておけない……と思ったんです」
「……貴様は危険な状況であるにも関わらずに、無謀にも単機であの場へ向かったんだぞ。
死ぬ気だったとしか思えん……メシアにはそういう命知らずは、不要だぞ」
「……っ!」
艦長の言葉が、重く突き刺さった。
自分の命すら大事にできない人間が、誰かを守れるはずがない。
艦長はそう告げたいのだろう。
晶は、言葉を返すことができなかった。
「やはり、貴様を軍に入れることはできん」
冷たく、そう言い放たれた。
結果的に戦果を上げたとしても、パイロットとしては無茶な判断であったことは間違いない。
艦長に言われても仕方がない、当然のことだったのだから。
「艦長っ! 言い過ぎです、晶くんは二人の命を救ったんですよ? もっと褒めてあげてくださいっ!」
「シラナギ、戦場はお前が思うほど甘い場所ではないのだよ」
「……艦長っ!」
シラナギは必死で食い下がるが、晶は俯いたまま何も答えない。
もういいんだ、やれることは全てやった。
1から出直そう、またパイロット候補生から始めればいい。
それで、いいんだ。 と、自分を納得させた。
「……だが、二人の命は確かに救われた」
突如、艦長がこちらを振り向き、静かにそう告げる。
「あの時、貴様の援護がなければ……二人の命はどうなっていたことか。
お前のおかげで……我々が救われたのもまた事実だ、そこは礼を言わせてもらおう。 ありがとう……」
その場で帽子を外し、艦長は頭を下げた。
「え……ちょ、ちょっと――」
晶はただ慌てふためいた。
そんな艦長に頭を下げられるような事をしたわけでもないはずなのに。
「だが、貴様にはやはり訓練が必要なのは確かだ」
すぐに帽子をかぶりなおすと、艦長は再び背中を向けた。
「命の尊さを知れ、いかに自分の身を守るか考えろ。
誰かを守るというのは、自分を守ることができる奴だからこそできることだ」
「……はい」
再び晶は顔を俯かせると、静かにそう返事をする。
せっかく夢を手にするチャンスではあったが、ここまでか。
諦めて、晶は自らブリッジを出て行こうとした。
「我が部隊で学べ。 貴様のようなバカを他の施設に任せる気にはならん」
「……へ?」
一瞬、耳を疑った。
今、なんて……?
晶は足を止めて、そっと後ろを振り向く。
「聞こえなかったか、試用期間で雇ってやると言っているんだ」
「……で、でも」
「返事はどうした、まさか怖気づいたのか?」
「――いえ、やりますっ!」
艦長は振り向いて、晶に目を合わせてそう告げると
晶は力強く、そう答えた。
……採用、されたのか?
メシアのパイロットに?
「今回の出撃の件は、貴様がただの訓練生として学校のHAに乗ったに過ぎない。 今回は水に流してやろう。
ただし、二度目はないと思え。 いいな?」
「は、はいっ!」
「やったぁぁっ!! 晶くーん、パイロットだよー正式なパイロットーっ!!」
二度目の返事をすると、シラナギが横から飛び込んできた。
まるで自分の事のように喜んでいたが、晶にはイマイチ実感がわかない。
本当に、パイロットとして採用された。
あの艦長は認めてくれた、ということなのだろうか?
嘘ではない、夢では……ない。
晶は自分の両手をまじまじと見つめるだけだった――