落ちた獣 ③
ゼノスと合流を果たした晶は、共にι・ブレードが保管されている場所へと向かっていた。
もしもゼノスが助けに来てくれなかったら今頃、処刑場とやらに送られていたところだ。
施設に潜入した際に、偶然晶が輸送艦に連れ込まれていたのを目撃したらしい。
止むを得ず、ゼノスはウィッシュを使って輸送艦を強引に落として晶を救出した。
相変わらず大胆な作戦ではあるが、E.B.Bの騒ぎが起きている以上、多少派手な行動を取っても問題はないと言った判断だったようだ。
地図に記されていたのは格納庫ではなく、その先にある開発室だ。
ι・ブレードは改修された状態でそこに置かれていたが、そのままリフトを地上へあげれば外へ脱出は出来る仕組みとなっているようだ。
恐らく即時に兵器の実験を可能とする為にこのような仕掛けがされていたのだろう。
リフトの操作はゼノスが行ってくれていた。
晶はι・ブレードのコックピットへと乗り込んで、その場で待機していた。
不思議と懐かしい感覚が蘇ると同時に、体が楽になっていく。
アッシュベルに撃たれた腕と足の痛みも、不思議と忘れてしまいそうになるぐらい心地が良かった。
「ただいま」
晶はボソッとそう呟くと、ι・ブレードはそれに応えるように赤く灯る。
ガタンッと振動が伝わり、リフトが作動した。
ゼノスは後から合流すると言っていたが、無事合流できるかが不安だった。
晶と違い超人的な肉体を持つ分、敵に捕まると行った事態は早々考えられないが、それでも不安には感じてしまう。
リフトがあがり、目の前には密林地帯が広がっていた。
以前にも同じような光景を目にしたことがある。
アヴェンジャーに捕らわれた時に、晶は父親と対立してι・ブレードで外に飛び出した。
そして、待ち構えていた『俊』と戦った事も思い返す。
ι・ブレードに乗ってから、一体彼とは何度戦いを交えているのか。
毎回赤点を取っていた落ちこぼれの晶と、クラスでダントツの成績を誇っていた俊が互角以上に戦えたのはι・ブレードの性能のおかげなのだろう。
いや、それだけではない。
僅かにだが、晶自身の腕も上がっている事は実感していた。
――『ι……イオタぁぁぁぁぁぁっ!!!』――
突如、俊の叫びが頭の中に響き渡った気がした。
アヴェンジャーとの決戦時、シラナギが死んだあの時。
俊の悲痛な叫びが、晶の記憶を刺激する。
今でも鮮明に思い返せる、あの時の状況を。
晶は思わず、背筋をゾクッとさせた。
出来れば思い出したくなかった、あの時の悲劇を。
俊の悲痛な叫びを――
『来たか、小僧』
「て、敵か……?」
突如、何処からともなく通信が入ってきた。
レーダーを確認すると、近くにはHAの反応が1機だけ確かにあった。
だが、何処にも姿が見当たらない。
物陰に隠れているのかと思ったが、そうではなかった。
ι・ブレードと同じように、地下からリフトを通じて1機のHAが姿を現した。
外見はウィッシュ……いや、あれはブレイアスだろう。
しかし、ラティアが乗るブレイアスとは色も形状が違う。
ラティアのブレイアスはウィッシュに比べれば小柄であるが、反対に目の前のブレイアスは一回り大きい。
その白銀のボディーが更に、ブレイアスの重苦しさを際立てていた。
片手にはHAの半分以上のサイズを誇る大盾、古代の騎士を連想させる巨大なランスが特徴的だ。
大盾には奇妙な柄が描かれて入るにも関わらず、中心部はシンプルに真っ黒な円だけが寂しく描かれている。
以前ラティアは言っていたが、ブレイアスは様々なモジュールによって換装する事を可能とした汎用機だと聞く。
恐らくあの姿は、ラティアの使うスナイパー以外の新たなモジュールという事になるだろう。
『貴様は言ったな、アッシュベルのやり方では世界が救われないと。 ならば、貴様なら世界を救えるのか?』
「……もしかして、ゲラスさんが乗っているんですか?」
まさか、自分を逃がしてくれた人物とこのように対峙する事になるとは。
晶は顔を俯かせて、肩を落とした。
せっかく助けてくれたというのに、一体どういうつもりなのか。
結局、逃がす気はないという意思表示なのだと思うと裏切られた気持ちが強かった。
『答えろ、貴様なら世界を救えるのか? 理想の世界を、築くことが出来るのか?』
「――そんなの、俺一人の力では無理です。 だからと言って、今のアッシュベルのやり方が正しいだなんて、俺は思えません。
だから、抗います。 例えアッシュベルのやり方が本当に正しい選択だったとしても、俺は諦めたくないんです」
『ならば、貴様の覚悟を確かめさせてもらう。 小僧、お前は世の中を知らな過ぎる、誰も傷つかずに全てを解決する策なんて早々ねぇんだよ。
そんなものがあったとすりゃ、とっくの昔に誰かが実施してるし、戦争だって起きやしねぇのさ。 世の中は良くできてんだよ、誰かが苦しんでる間にその分誰かが幸せな生活を送っている。
テメェはそれを全くわかっちゃいねぇ、自分が幸せだったとしても自分が不幸だと勘違いする典型だな。 いいか? テメェのは希望でも何でもねぇ、ただの現実逃避なんだよっ!』
ゲラスの言葉が晶の胸に深く突き刺さった。
確かにその通りなのかもしれない、晶は夢を見がちで理想ばかりを求めすぎているのかもしれない。
痛みを感じたくないから、誰も苦しんでほしくないからと願っているのは、一種の現実逃避であるのは間違いない。
それでも、晶はアッシュベルのやり方が正しいとは思えなかった。
だからこそ、自分の手でアッシュベルを否定したいと思った。
世界をE.B.Bの脅威から救う方法は他に必ずあると、信じたかったのだ。
「貴方は、アッシュベルの思想を支持するんですか? 人類が全員E.B.Bになるかもしれないんですよっ!?」
『言ったはずだ、全てを奴の言う通りにする必要はねぇと。 E.B.Bになるのは、俺達戦う男だけでいいとな』
「そんなの、何の解決にもなっていないじゃないかっ!」
『貴様よりかはより現実的だ。 少なくとも、人類が絶滅する確率は今よりグッと下がるだろうな。
……それでもお前が理想を求める事を辞めないというのなら、その意思を貫いて見せろ。 この俺を倒してでもな』
「……ゲラスさん、出来れば貴方とは戦いたくありません。 やり方は違えど、望んでいる結果は同じなはずです。
でも、俺はここで留まるわけには行かない……俺は俺の意思を貫きます。 だから、俺は貴方を討ちますっ!」
戦いは避けられない、晶の直感がそう告げていた。
言葉で伝えられないなら、拳で語って見せろ。
ゲラスはそう言いたいのだろう。
ι・ブレードはムラクモを抜刀し、構えた。
『行くぞ、小僧。 貴様に見せてやろう、ナイトブレイアスの誇る『鉄壁』の力をなぁっ!』
「やるぞ、ι・ブレードっ!」
晶は両手にスロットルを握りしめると、コックピットは赤く灯った。
ブレイアスは巨大な盾を構えながら、凄まじい速度で突進をしてくる。
ひとまず晶はブラックホークを構えて、トリガーを引く。
一発の重い一撃が、ブレイアスに目掛けて飛ばされるが、銃弾は呆気なく大盾によって弾き飛ばされた。
「なっ――」
晶は思わず声をあげて驚いてしまった。
凄まじい破壊力を誇るブラックホークが、いとも簡単に弾き飛ばされてしまったからだ。
今までにブラックホークの弾が通じなかった相手はG3以外にはいない。
つまり、あの盾は少なくともG3の装甲に並ぶ強度を誇るという事だ。
そうなれば、ムラクモも通じるかどうかが怪しくなる。
危険察知が発動し、ブレイアスが大盾を持ったまま距離を一気に縮めてタックルをしかける映像が見えた。
あんな大きな武装を持ち、更に凄まじい速度で突進を仕掛けてくる以上、小回りが利くとは思えない。
危険察知があれば背後を取る事は容易いだろうと、晶は待ち構えていた。
敵機は速度を落とさずに、ひたすら真っ直ぐι・ブレードの元へと突進を続ける。
ギリギリのタイミングまで晶はその場に留まり……一気に機体を飛躍させた。
『何っ!?』
「そこだぁぁっ!」
ι・ブレードは華麗に空中を舞い、ムラクモを構えたままブレイアスの背後を斬りつけようとした。
だが、ブレイアスは片足を強引に地表へと埋め込んだ。
そのまま軸となった足を上手く利用し、機体を大回りさせながらもくるりと背後へと振り返って見せた。
ガキィィンッ! と金属音が響き渡り、ι・ブレードの一撃が防がれた。
その瞬間、危険察知が発動した。
ブレイアスが持つ、巨大な大盾から突如――黒い何かが飛び出し、ι・ブレードに襲い掛かる映像だ。
咄嗟の映像で晶はそれが何か判断できなかったが、一度大きく飛び上がった。
盾を目にすると、突如黒い円から細い何かが飛び出してくるのが見えた。
すると、ドォンッ! という轟音と共に、盾から砲弾が発射されていく。
ズガァァァンッ! と、凄まじい爆発音が耳に飛び込んだ。
振り返るとD支部を覆っていた鉄の壁が粉砕し、炎上していた。
大盾の中心に描かれていた黒い円から、煙が噴き出しているのを見て、晶は気づいた。
あれはただの模様ではなく、大きな砲門が隠されていた事に。
不自然な柄は、恐らくそれを隠すためのものだったのだ。
あの砲撃を受けてしまえばι・ブレードと言えど無事では済まない。
『流石はι・ブレードだな、一筋縄でいく相手ではないようだ』
「それが貴方の言う、鉄壁ですか」
『ナイトブレイアスは守るだけが能ではない、守りながら『攻めて』こそ真価を発揮するのだっ!』
ブレイアスは大盾を構えながら、巨大な槍で突進を仕掛けてきた。
ブラックホークが通用しない以上、ムラクモでどうにかするしかない。
しかし、先程の重い一撃ですらもあの盾は防ぎきった。
あの大盾をどうにかしない限り、晶に勝利はないだろう。
覚醒による一撃で勝負を決めるか、或いは『本体』を先にどうにかするか。
晶は思考をフル回転させていた。
ガァァンッ! 突如、付近で爆発が引き起こされた。
何かと思い警戒をしていると、1機のウィッシュは爆発の中から姿を現す。
しかし、ただのウィッシュではない。
痛んだ装甲と、今では使われていないパーツ等を見て晶はすぐに気が付いた。
「旧型のウィッシュだって……?」
一体誰がそんなものを動かしているというのか。
途端にウィッシュの背後に2機のブレイアスが襲い掛かった。
危ないっ! と、叫ぼうとしたがすぐにウィッシュは振り返りサーベルで2機のブレイアスの両手を切り裂く。
まるで旧式とは思えない動きだった、一体どうやったら旧式のウィッシュをここまで存分に扱えるというのだ。
晶は思わずその光景に目を奪われてしまっていた。
『何をしているんだ、さっさと脱出するぞ』
「ゼノス……? その旧型に乗っているのは、ゼノスなのかっ!?」
『ああ、既に奴らは俺達に存在に気づいている。 モタモタしてると出撃したメシア兵が戻って来てしまうぞ』
「わ、わかった。 けど――」
その途端、ナイトブレイアスがウィッシュに突進を仕掛けていた。
間一髪のところで、ウィッシュは襲撃を避けて懐へと飛び込んだ。
だが、強引に腕を振り回されウィッシュは軽々と壁まで強く叩きつけられてしまった。
「ゼノスっ!?」
『小僧、勝負を途中で投げ捨てる気か? この決闘の意味を、忘れたわけではあるまい?』
「クッ――ゼノス、お願いがある。 俺はこいつを討たなきゃならないんだ、少しでいい、時間をくれっ!」
晶は決死の想いでゼノスにそう告げた。
本来なら敵の挑発に乗らずに、すぐにでも逃げるべきだったのかもしれない。
しかし、晶の意思がそれを許さなかった。
自分が正しい事を、この男に証明したいわけではない。
自分の意思が、自分の覚悟が本物である事を証明したかった。
『……好きにしろ』
ゼノスはそう呟くと、ウィッシュを起こして武器を捨ててその場に留まった。
余計な手出しはしない、という意思表示なのだろう。
危険察知が発動し、ナイトブレイアスが再び突進を仕掛けてきた。
晶は再びギリギリのタイミングで背後を取ろうと考えたが、同じ攻撃が二度も通用するはずがない。
今度は一度距離を取って、ブラックホークで牽制した。
すると再度、危険察知が発動する。
大盾から巨大な砲門が突き出され、ι・ブレードに向けて発射される瞬間だった。
砲弾が発射されると同時に、晶は一気にι・ブレードで距離を詰める。
危険察知で砲弾の軌道は読めていた為、一撃を免れる事は容易にできた。
問題はこの後だ、普通に斬りかかるだけではあの大盾に一撃を防がれるだけだ。
かといって、あのナイトブレイアスは隙が少ない。
盾を構えて身構えている以上、ありとあらゆる攻撃に対処をしてくるだろう。
ならばその隙を、どうにかして作り出す必要があった。
するとブレイアスは、ι・ブレードに向けてランスを向けた。
このまま突進をして迎撃をするのかと思った瞬間、危険察知が発動した。
今度はランスの先端から、凄まじい速度で弾丸が飛ばされる映像だ。
まさかあのランスは、近接武器でありながらも『ライフル』の機能を搭載しているというのか。
止むを得ず晶は、一度距離をとって退く事にした。
『ほう、攻めてこないか小僧』
まるで隙を見出す事が出来ず、晶の中には焦りが生まれていた。
このまま戦いが長引けは自分だけではない、助けに来てくれたゼノスまでもが捕まってしまう危険性がある。
ゼノスまでも巻き込むことはなかった、こんな事は一人で勝手にやっていればよかったというのに。
それなのにゼノスは晶を全く咎めずに、ワガママを許してくれていた。
申し訳ないという気持ちが、晶の中で強かった。
どうにかして、この戦いには勝たなければいけない、自分一人の力で。
自分の意思を貫くために、証明する為に―――
「少なくとも、あの盾をどうにかしなければ――」
晶はふと大盾を見て、ある事を思いついた。
「やってみる価値は、ある……っ!」
ムラクモを構え、ι・ブレードは空高く飛び上がる。
ブレイアスは上空へとランスの照準を合わせ、ι・ブレードに向けて何度も放った。
危険察知を駆使しつつ、晶は弾を交わしていく。
そして、晶は大盾に向かってムラクモを思いっきり振り回そうとする。
すると、その時危険察知が発動した。
大盾の中心部が開かれていき、巨大な砲門が姿を現す瞬間を捕えた。
普段はしっかりと閉じられ盾としての性能を失わないが、この瞬間だけは一瞬だけ盾ではなく砲台へと変化をする。
砲台を守る装甲は確かに頑丈だ、ムラクモでも傷一つつかない程の恐ろしい硬度を誇っていた。
しかし、姿を見せた砲台が果たして……同じと言えるだろうか?
だが、その弱点はゲラス自身も心得ているはずだ。
だからこそ、晶の一撃を受け止めた瞬間にしか砲台は開かない。
晶は、砲台を開かせるためにわざと大盾に攻撃を仕掛けにいった。
これが、晶の狙っていた瞬間だった。
「うおおおぉぉぉっ!!」
危険察知が発動した瞬間、晶は一度下がりムラクモを両手で構え、出現した砲台へと目掛けて突き刺そうとする。
問題はただ一つ。 タイミングを誤れば、逆に晶が砲撃の餌食となってしまうことがあった。
晶のムラクモが先か、それとも砲弾が発射されるのか先か
勝負はこの一撃で決まる――
『見事だ、小僧――』
ズガァァァァンッ!! 凄まじい爆発が引き起こされた。
ι・ブレードとナイトブレイアスは爆発に巻き込まれ、爆炎の中に姿を隠す。
視界が煙によって奪われてはいたが、確かな手応えは感じていた。
段々と晴れてくる視界の先には、ボロボロとなった大盾が見えた。
ムラクモはしっかりと、中心部を貫いていたのだ。
だが、晶の目の前にはボロボロになった大盾しか存在しなかった。
この煙を利用して襲撃を仕掛けてくるに違いない、晶は周囲を警戒し続けると……妙な気配、いや殺気を感じ取った。
これはι・ブレードが知らせる危険察知ではない、晶の本能が自らの危険を察していたのだ。
視界がようやくまともになってきたときに、ブレイアスの姿がチラりと見えた。
晶は身構えたが、不思議と危険察知も何も発動しない。
それどころかブレイアスはその場から動かずに、じっとこちらを見ていた。
何故仕掛けてこないのだろう。
しかし、段々と煙が晴れていく中……ブレイアスの全体像が明らかになっていく。
「な、何だあれは――」
晶は思わず声を漏らした。
ブレイアスは様子を見て動かなかったわけではない。
……奇妙な形をしたHAの右腕が、ブレイアスの胴体を貫いていた。
何処か不気味な雰囲気の漂う真っ黒なHAは、ブレイアスを投げ捨てるかのように地面へと叩き付ける。
悪魔のような翼に獣のような鋭い紫色の爪を持つ両腕。
他のHAとは違い、中腰の姿勢でゆったりと歩み寄ってくる姿は何処か『獣』を連想させた。
『クヒヒッ……探したぜ、イオタァ……』
「――っ!」
晶はその声を聞いて、ゾクゾクッと背筋に寒気が走った。
良く知っている声だ、何度も何度も聞いて、何度も戦いを交わしてきた『アイツ』の声。
だけど、以前とは違うその雰囲気に晶は思わず恐怖した。
そう、明らかに憎悪の籠った重い重い一言が晶の『あの時』の記憶を刺激する。
『逢いたかったぜ、ビリッケツゥ……これでやっと、テメェとιに復讐が果たせる――』
「やっぱり……俊、なのか――」
変わり果てた俊の姿を目の当たりにし、晶は思わず罪悪感に潰されそうになった。
例え事故だとしても、晶は一人の男を変えてしまった。
『復讐』という名の泥沼に、突き落としてしまったのだ――