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     落ちた獣 ②


フラムによる暗号文の解析結果はすぐに艦長へと知らされた。

艦長はすぐにブリーフィングを行う為に、クルーを集めた。


「お前達も知っての通り、D支部は既に新生メシアの配下にあると思っていいだろう。

おまけにD支部周辺は第S級の汚染区域だ、E.B.Bに対する警戒を怠る事も出来ないだろう。

フリーアイゼンは見ての通り身動きが取れない状態だ、出来れば目立つような行動は避けたい。

しかし、ι・ブレードは我々の危機を何度も救ってきた命の恩人だ、何としてでも我々の手で救出させたいと思っている」


艦長はモニターに映し出された地図を指さしながら、そう言った。


「そこで私は輸送艦を利用した救出部隊をD支部へ向かわせるプランを提示する。

輸送艦にはHA3機分の格納スペースが残されているが、ι・ブレードの確保を考えると2機での構成となる。

どちらにせよ敵からの襲撃の可能性を考えれば、最低でも1機のHAをフリーアイゼンの残してはおきたい。

メンバーはゼノス、シリアの2名だ。 但しサイズの関係上ゼノフラムを持ちだす事は出来ん。

レッドウィッシュを先の戦いで失ってしまっている。 幸いメシア基地にはHAが残されていたが……どうやら初期の頃に量産された旧型ウィッシュしか残されていないようだ。

ゼノスにはそれに乗ってもらうことになるが……よいな?」


「旧型であろうと問題ない、ゼノフラムに比べたら遥かに扱いやすい機体だ」


「了解了解っ! アタシがいりゃちょろいもんさ」


「輸送艦の操縦はリューテ、お前に任せる。 他の者はフリーアイゼンで待機だ、万が一敵の襲撃があった場合はラティア……貴官に頼んだぞ」


「わかりました、引き受けましょう」


「……」


艦長は反応がない事を不思議に思い、ラティアと目を合わせようとする。

何故かラティアは上の空で、ボーッとしていた。


「どうした、ラティア」


「え? は、はいっ!」


ようやく気が付いたのか、慌てふためいてラティアは力強く返事をした。

どうも様子がおかしい、艦長はラティアの状態を不安に思った。


「D支部はE.B.Bが多く潜む事から警備は厳重に敷かれている。 夜よりも昼の警備の方が比較的には薄い、輸送艦は近くに待機させHA1機での単独潜入を試みてくれ。

もう1機はE.B.Bから輸送艦を守る為に待機を命じる。 潜入ルートについて各HAに予め転送しておく、目を通しておいてくれ」


「潜入は俺がやろう、シリアでは不慣れなはずだ」


「あいよ、護衛はアタシに任せな」


「うむ、ならば作戦はすぐにでも実行するぞ。 諸君らの検討を祈る……全員無事帰還するんだぞ」


作戦の全貌が告げられ、ブリーフィングが終了した。

ゼノスは準備に取り掛かろうとすぐに格納庫へと向かっていく。

シリアは後を追うとするが、何処か元気のないラティアの姿を見て思わず足を止めてしまう。


「……なぁ、姉貴。 どうしたんだ?」


「え?」


「なんか、姉貴らしくないぞ。 ボーっとしちまって」


「だ、大丈夫よ。 私なら平気だから」


「なら、いいんだけどさ。 アタシが留守の間、フリーアイゼンを頼んだぜ」


「ええ、シリアも気を付けてね。 貴方が敵基地へ潜入だなんて、不安だわ」


「平気平気、こっちにはゼノスもいるしさ。 あいつってこの手の事すげー得意そうだし」


笑いながらシリアがそういうと、ラティアもつられて笑った。

ラティアが何かに不安を感じている事は、ヒシヒシと伝わって来ていた。

現状を考えれば不安に陥るのも無理はない、シリア自身も不安に感じているのだから。


「んじゃ、行ってくるからな」


「――ねぇ、シリア」


「ん、なんだよ」


「ううん、何でもないわ。 貴方が無事帰ってきたら、改めて……ね」


「ん? ま、いいか。 わかったぜ、姉貴」


ラティアは確かに何かを言いかけたが、途端に改まったのだろうか。

首を横に振って、シリアにそう告げていた。

これ以上しつこく問い詰めても仕方はない、シリアはその場を後にした。








D支部内にて、アッシュベルが格納庫へと姿を現した。

中には数多くの新型HAが並んでいる他、ブレイアスが量産されていた。

メシア崩壊後に、アッシュベルが自らウィッシュの次世代機にブレイアスを選択しメシアの各地で量産作業を進めている。

本来ならι・ブレードを量産化するべきなのだが、メシアの兵にとってはウィッシュ系統にあたるブレイアスの方が扱いやすいだろうという判断だ。

いずれはι・ブレードの更なる改良を行い、移行させることを視野に入れている。


「準備は整っております、すぐにでも出発できますよ」


メシア兵の一人がアッシュベルの元へ近づき、そう言った。


「うむ、すぐにでもメシア本部へ出発してくれ。 後、例の少年も処刑場へ連れて行く事も忘れずにな」


「そちらの方も問題はありません、すぐにでも手配を」


アッシュベルは格納庫に隠された地下への階段を降りていく。

そこはアッシュベルが長年かけて作り上げた地下通路へと繋がっていた。

今では新生メシアにて全面的に利用されており、数々の輸送艦やHAが行き交っている通路だ。

アッシュベルはそこに停められていた輸送艦へと乗り込むと、すぐに艦はメシア本部へと向けて出発をした。


「あと少しだ、共鳴の力さえ解明できれば――ククッ」


輸送艦の中で、アッシュベルは一人不敵な笑みを浮かべていた。








D支部の監獄にて、晶はひたすら牢屋の中を調べまわっていた。

何でもいい、脱出の糸口となるものが何処かにないかを探し続ける。

幸い牢屋は電子的な設備は使用されておらず、アナログ式のカギが鉄格子の扉にかけられているだけだ。

鉄格子のカギさえどうにかすれば、牢屋から脱出する事は容易いはず。

どうにか鍵を壊す事を考えていたが、使えそうな道具は何一つ見つからなかった。

幸い晶の体力は、牢屋を動き回ることが出来る程度には回復している。

今ならこの施設から脱出する事も出来るだろうと考えていた。


カツン、カツン。

例のゲラスという男の足音が聞こえ始めた。

晶は慌てて壁にもたれかかって寝たふりをする。

その間にゲラスが扉を開けて、料理をその場に置いた。


「小僧、よく聞け。 お前はここから出れる事になったぞ」


「え?」


晶は思わず目をキョトンとさせた。

一体どういうことなのだろうか、あのアッシュベルが晶を解放してくれるという事なのか?

しかし、ゲラスは浮かない顔をしていた。


「残念なことに自由な身となるわけではない。 貴様の処刑が決定された、間もなくお前は処刑所へと連れて行かれる事となる」


「なっ――しょ、処刑だってっ!?」


「聞けばお前はアッシュベルに逆らったそうだな、全く……命を粗末にするなとあれほど言ったはずだ。 まぁ、既に遅かったのかもしれんがな」


「ど、どうしてだよ……何で俺が殺されなきゃいけねぇんだよっ!」


晶はただメシアの為に戦っただけだというのに、殺される理由なんてないはずだ。

全てはアッシュベルの仕業だろう、逆らった者は全て殺す。

人類の為と言いながら、このような独裁が許されていいはずがない。

このまま何もできずに殺されるのだけは御免だ、と晶は思った。


「理由はどうであれ、アッシュベルに逆らえばこのような目に逢う……というのを全世界の民に示そうとしているのだろう。

お前の死に様が全世界に向けて放映されるのだ。 奴の悪趣味には付き合ってられぬな」


「ゲラスさん、俺と協力してくださいっ! 俺、あいつを絶対に許せないんだ、あの男を必ず……この手で止めて見せるっ!」


「小僧が調子に乗るんじゃねぇぞ、俺はあくまでも新生メシアの兵士だ。 お前みたいなガキのお守りをする義理はねぇ。

ガキが死ぬのは辛抱ならねぇが、もはやどうにもならん。 諦めて死ぬことを選ぶんだな」


「そんな……アンタこんな世界でいいと思ってるのかよ、アイツの独裁を許していいのか?

こんなやり方で、世界が救われると本気で思ってるのかよっ!?」


「綺麗事を並べるだけが正しい事じゃねぇ、時には必要な独裁もあるって事さ、穢れを知らないガキにはわかるまい」


「わかんねぇよ、そんなのわかりたくねぇよっ! アンタまで理想を求めるなって言いたいのかよ、そうやって理想を求める奴を見殺しにしていくのかよっ!?」


晶は力の限り叫び続けたが、ゲラスの耳に届く事はなかった。

扉は虚しく閉められ、鍵がかけられる。


「……食事はしっかり摂れよ、小僧。 茶碗はしっかり片手で持って食うんだ、皿はしっかり片づけておけよ。 こんな場所でも行儀よく飯は食うもんだぞ」


「ふざけんなよ、ここから出せっ! 俺は貴方を信じていたのに……どうして、こんなやり方を認めちまうんだよっ!?」


鉄格子越しをガシャガシャと揺らしながら、晶は決死の想いで叫び続ける。

だが、自らの声が反響するだけでゲラスは何も語らずに階段を上り続けた。

晶は力なく地べたに膝をつき、目から涙を流した。

死ぬのが怖いからではない、僅かでも信用できると思った人間に裏切られた事がショックだったのだろう。

世の中の非情さを知り、晶の中には思わず怒りに近い感情が爆発していた。


「何がちゃんと飯を食えだよ……茶碗を片手に持って食えだと? バカにしてんのかよ……畜生っ!!」


ゲラスが置いていった白いご飯の入った茶碗を片手に持ち、地面に叩き付けようとする。

が、その時――茶碗の下に銀色の煌めく何かを見つけた。


「――これって」


茶碗の下に隠されていたのは、鍵だった。

何処の鍵かはわからない、何故こんなところに鍵が隠されているのだろうか?

念の為晶は、鉄格子にかけられた鍵穴に差し込んでみた。

すると、カチャリと鉄格子から鍵の開く音が聞こえた。


「あの人……もしかして」


晶を逃がそうと、してくれたのだろうか。

晶は呆然と立ち尽くし、渡された鍵を強く握りしめた。

晶はゲラスが言っていたもう一つの言葉を思い出した。


『皿はしっかり片づけておけ』


おかずの乗った皿の裏を確認すると、そこには1枚の紙切れが四つ折りにされていた。

丁寧に開いていくと、そこに書かれていたのは全体図と赤い×印。

恐らくこの施設内の地図である事はわかる、×印は格納庫付近を指している事からι・ブレードの在り処を示しているのではないかと推測した。


「ありがとう、ゲラスさん――」


鍵と地図をポケットの中に入れると、晶はおそるおそる階段を昇っていき、牢獄からの脱出を計った――







第S級汚染区域に、一隻の輸送艦が迷い込んだ。

数時間前、フリーアイゼンが身を隠す基地から出発したゼノス達の艦である。

中にはレビンフラックスと旧型のウィッシュが乗せられていた。

外見こそ従来のウィッシュと大差はないが、性能面には大きな違いがある。

出力はそこまで上がらない上に機動性もあまりない、従来のウィッシュの扱いに慣れていればその反応の悪さは手に取るようにわかるほどだ。

モニターの視野も狭くなっており、普段以上に死角を気にする必要があった。

おまけに燃費が悪く出力の調整も難しく、油断をすればすぐにオーバーヒートをしてしまう。

いくらゼノスであっても、旧型ウィッシュでの戦闘は厳しい。

当初の予定通り、シリアが輸送艦に待機をしてゼノスがD支部施設内に潜入する事で決まった。


「見えましたよ、あそこがD支部ですね」


「昼間だってのに、暗くてよく見えねぇな。 で、どうすんだよ?」


狭い操縦席にリューテとシリア、ゼノスの3枚がモニターでD支部の外観を確認していた。

蔦や苔に覆われたD支部は、決して大昔からあったわけではなく10年程前に建設された。

それだというのに、こうも太古時代からの建物のように見えるのはまさにエターナルブライトによる影響を活発的に受けている証明となる。

周囲の植物がエターナルブライトによって急成長を遂げて、次々と建物を浸食しているのだ。

周囲の壊れたHAに草木がまとわりついているのも、恐らくそれが原因であろう。

前にG3を奪取された騒動もあってか、やはりD支部の警備は厳重に敷かれている。

このままでは潜入する事すら困難のように思われた。


「俺は別のルートがないか周辺を探る、D支部に何か動きがあれば随時知らせてくれ」


「わかりました、くれぐれも見つかるような真似だけはさけてくださいよ」


「ああ、心得ている」


ゼノスはリューテにそう伝えると、ウィッシュへと向かっていき出撃させていった。

シリアは退屈そうにその様子を眺めていると、椅子に踏ん反り返って足を組み始めた。


「はぁー、こんなところでじっとしてなきゃならないのかぁ」


「仕方あるまい、ここは敵基地のど真ん中でもあるのだからな」


「……ところでさ、何か気にならないか?」


「なんだ?」


シリアは辺りをキョロキョロさせながら、リューテにそう尋ねた。

フリーアイゼンを出発する時から、何かの気配を感じている。

輸送艦が何者かにじっと見られ続けているかのような、そんな視線のようなものも感じていた。

例えるなら、獲物を狙う獣が密かにその機会をうかがっているかのような――


「なんつーか、アタシの気のせいだとずっと思ってたんだけどさ。 この艦の後を、ずっと付けてる奴がいる気が済んだよねぇ」


「何を言っているんだ、ここに来るまではレーダーには他の艦やHA、E.B.Bの反応は示されていなかった。

仮にレブルペインが出現したとしてもレーダーが乱れを見せるはずだろう?」


「だからさ、アタシも気のせいだと思ってたんだけどさ。 でもなんだろうなーこの気持ち悪い感覚、憎悪だかそんな黒い感情が渦巻くような……」


「ここが汚染区域だからってことはないか?」


「そうだと、いいんだけどねぇ。 ゼノスはどう思ったんだろうなぁ」


シリアは浮かない顔をしながらも、ブツブツと呟いた。


ビービービービービーッ!

突如、周囲にサイレンが響き渡った。

真っ赤なライトが密林を照らし、D支部内からもサイレンが鳴り続けていると突如HAの集団が姿を現す。

ウィッシュではない、量産機の候補であった『ブレイアス』が数多く出現していた。


「バッカ……ゼノスが何かやっちまったんじゃ?」


「いや、違う。 レーダーを見てみるんだ」


リューテがレーダーを指さすと、そこには大型E.B.Bの反応が二つ確認されていた。

恐らく周囲の装置が大型E.B.Bに反応したのだろう、だがこれが願ってもいないチャンスだ。


「ゼノス、どうやら大型E.B.Bが北側に出現したらしい。 この混乱に乗じて中へ潜入する事はできないか?」


『ああ、わかっている。 状況を見ながら南口から潜入する、何かあったらこっちから連絡を入れる』


「了解、くれぐれも気を付けてくれよ」


「E.B.Bの動きが活発になってきてんな……あんまり長居はできないかもしれないね」


シリアはレーダーを見ていると、周辺には次々と小型E.B.Bの反応が増え続けていた。


「今は新生メシアの連中に任せよう、下手にレビンフラックスを出してしまえば奴らに気づかれてしまう」


「ああ、そうだな。 ああ、めんどくせぇ事になってきたもんだな」


シリアはため息をついて、その場で項垂れた。










薄暗い通路の中を、晶は壁伝いに足音を立てないようにゆっくりと歩いてた。

周囲には多くのメシア兵が徘徊しており、下手に動き回ると気づかれてしまう危険性が高い。

晶は慎重に身を隠しながら、目的地である格納庫へと向かっていた。

ビービービービービーッ!

すると、突如施設内が赤いランプで照らされサイレンの音が響き渡った。


「うわぁっ!?」


晶は思わず驚いてしまい、尻餅をついてしまう。

一体何故警報が鳴ったのだろうか?

もしや、晶が脱走しようとしているのがバレてしまったという可能性も否定はできない。


「貴様、何をしているっ!?」


「ゲッ――」


大声を出してしまい、近くの兵が晶にライフルを向けてそう叫ぶ。

このまま捕まるわけには行かない、と晶は全力で後退して走り出した。

バァンバァンッ! 銃声が2発響き渡ったが、幸い晶にあたる事はなかった。

晶はすぐ近くの部屋へと逃げ込んだ。

そこは物置のようで、雑貨から最新器具まで色々な物が無造作に置かれていた。

丁度棚の裏に隠れられるスペースを見つけ、晶はそこに身を隠した。


晶の呼吸は乱れていた。

少し走っただけですぐに息切れをしてしまう。

ろくに食事も水分も摂っていなかった晶の体は、当然ながら完全に回復しきっていなかった。

それどころか今走った分、体力をかなり消耗してしまい目眩すら感じてしまっていた。

このまま逃げ続ける事は出来ない、だからと言って隠れたままでは捕まるのも時間の問題だ。

どうにかして別のルートがないかと、晶は薄暗い中地図をこっそりを開いた。


「さっきの奴はここへ逃げ込んだのか?」


「ああ、間違いねぇ。 あいつは今日処刑所に連れて行く予定だったガキだ。 野郎……どうやって脱走しやがったんだ」


メシア兵の二人が遅れて部屋へと訪れてしまった。

どうやら逃げ込む瞬間を見られてしまったようだ。

せめて悟られまいと晶は両手を口で塞いで、息を止める。

だが、所詮は無駄なあがきだ。

あの二人をどうにかしない限りここから脱出する事は出来ないだろう。

何か手がないかと辺りを見渡そうとした時、近くにあった資料の束がドサッと倒れてしまった。


「そこにいるのか、出てこいっ!!」


完全に隠れている場所がばれてしまった、もはや観念するしかないのだろうか。

せっかくゲラスが脱走の手助けをしてくれたというのに、ここで捕まるわけには行かない。

もし捕まってしまったら、そのまま処刑場送りは免れないだろう。

こんなところで、死ぬわけには行かない――

晶はふと死に対して恐怖を覚え、背筋をゾクッとさせた。

体の震えが止まらない、寒さのせいではない……純粋に死に対する恐怖心がそうさせていた。

近くにあった大きい布を晶は体に巻き付けた、せめて誤魔化しにでもなればいいと思ったが無駄だった。


「出てこい小僧っ! さもなければ撃つぞ」


カツン、カツン。 メシア兵が一歩、また一歩と近づいてくる。

その足音だけで、晶は恐怖心に押し殺されそうになっていた。

HAで戦う事で、晶からはある程度恐怖心は無くなっていると思っていたが、現実は違った。

決して死ぬことに恐怖を感じなかったわけではない、ι・ブレードの中が安全だったから、ι・ブレードに守られていたからこそ戦いの中では平常心を保てていたのだろう。

だけど今は違う、自分の身は自分で守らなければならないし、その守る術を何も持っていない状態だ。

足音が近づくにつれて、頭が真っ白になりそうだった。

何かしなければ、捕まって死ぬのを待つだけ。

ここで下手に動いたら、その場で撃たれて殺される可能性も十分にある。

もう、どうすることもできないのか――

木葉を守ると誓ったのに、このまま果たせずに終わってしまうのか――


「布……?」


ふと、晶は身に纏っていた布を手にして何かを思いついた。

近くには何本もの鉄パイプと、大人1枚を包み込むことが出来る、晶が今身に纏った大きな布が1枚……。


「……死ぬもんか、こんなところで」


晶は鉄パイプを握りしめ、しゃがんだ姿勢のまま自ら真っ白な布を頭にかぶせた。


「さっさと観念しろ、小僧っ!」


メシア兵の怒鳴り声が、耳元に響き渡った。

思わず耳がキーンとしてしまう程だったが、不思議と晶の中から恐怖心は消えていた。


「ほう、それで隠れたつもりか……ガキの遊びに付き合ってる暇はねぇんだよ」


当然ながら、メシア兵は晶が布の下に身を隠していることにすぐ気づき、手を伸ばす。


「うおおぉぉぉっ!!」


その瞬間、晶はガバッと立ち上がりメシア兵に布をかぶせた。


「うおぁっ!? なんだ、み、見えんっ!?」


「俺はまだ、死ぬわけにはいかないっ!」


晶は鉄パイプを強く握りしめ、布に包まれたメシア兵の頭を目掛けて強く振り下ろす。

ガァンッ! と鈍い音が響き渡ると、布に包まれたメシア兵はそのまま気絶をした。


「小僧、動くな――」


「こ、このっ!!」


晶は撃たれるのを覚悟して、鉄パイプを片手に思いっきり駆け出す。

メシア兵は晶の気迫に押され、一瞬だけうろたえた。

その隙を狙い、晶は頭に一撃鉄パイプを振り下ろす。

メシア兵はあっという間に気絶してしまった。


「やれたのか? い、今のうちに――」


鉄パイプを投げ捨て、急いで部屋の外へ出て行こうとしたが――


「そこまでだ、無駄な抵抗はやめろ」


外で待ち構えていたのか、大勢のメシア兵が銃を手に待ち構えていた。

流石にこの人数から逃れることは難しい、晶は大人しく両手をあげた。


「E.B.Bの騒ぎに乗じて脱走とはいい度胸だな、小僧。 このまま処刑場まで送ってやろう」


「E.B.Bの騒ぎだって?」


「貴様、誰が喋っていいと許可した? ここで撃ち殺されたくなければ、黙って歩く事だな」


晶は口を閉じたまま、黙って頷いた。

ここは大人しく従うべきだろう、だが諦めるつもりはない。

何処かに脱出のチャンスがあると、晶は信じていた。









案内された場所は格納庫だった。

ブレイアスが次々と出撃されており、どうやら外で何か騒ぎが起きているようだ。

しかし、それと関係なく晶は輸送艦へと連れて行かれた。


「乗れ」


背中に銃を突き付けられ、晶は無理やり輸送艦へと乗せられる。

その後、メシア兵の一人が乗り込んで両手両足が縄で縛られて完全に身動きが取れなくなった。

これで晶は脱出の機会を完全に失ってしまった。

諦めるな、考えろ……生き残る術を探すんだ。

晶は頭の中でそう呟き続けていたが、最早どうする事も出来ない。

せめて両手両足が自由になれば、まだ何か手段があったかもしれないが……その自由すらも奪われてしまっている。


ガタンッと、輸送艦が大きく揺れ始めた。

間もなくD支部を出て行くのだろう。

処刑場とは、一体何処を指すのか。

もしかするとそこで脱出のチャンスがあるかもしれない、と晶は僅かな希望を抱いた。

その瞬間――

ズガァァァンッ!! 凄まじい爆発音が、施設内から響き渡った。


「な、なんだ?」


E.B.Bの襲撃、ではない。

この爆発は明らかにHAの兵器によって引き起こされた爆発だ。

もう一度大きな爆発音が聞こえると、今度は輸送艦が大きく揺れ始めた。

晶の体が左右に揺らされると、ふと体が浮くような感覚に襲われる。

もしや、輸送艦が墜落して―――

ガァァァンッ!! 激しい音共に、輸送艦は墜落した。


「何者かの、襲撃? でも、一体誰が――」


ガン、ガンッ! 突如、輸送艦のハッチが外部から強く叩きつけられる音が響く。

何者かが艦に潜入しようとしている……一体、誰だというのか。

晶は息を呑んで、ハッチの先を警戒し続けた。


「……あ――」


強引に開かれたハッチからは、見覚えのある黒いタンクトップの赤髪の男の姿見えた。


「ゼノスっ!?」


「すまない、こうするしかお前を助け出せなかった。 すぐに施設から脱出するぞ」


また、ゼノスに助けられてしまった。

晶はそんな事を頭に過ぎらせながらも、素直に仲間との再会を喜んだ。


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