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     世界の変革 ④

ブラックベリタスとの壮絶な戦いが繰り広げられている間、フリーアイゼンは激しい防衛戦を繰り広げていた。

アヴェンジャーの総戦力が本部へと進撃を開始し、持ち直した戦況が再び悪化していく。

ブラックベリタスによって消耗したメシア軍は苦戦を強いられていた。

しかし、晶達がブラックベリタスの動きを食い止めなければこの程度の被害では済まなかったはずだ。

今は彼らを信じ、目の前のアヴェンジャー部隊を食い止めなければならない。


「アヴェンジャーの部隊を確認、アイゼン級を3隻確認しましたっ!」


「奴らめ、まだ戦艦を隠し持っていたか……だが、恐らくこれが最後だろう。 奴らの兵力はもう、残されていないはずだ」


「後ろでは晶達がブラックベリタスを食い止めてんだ、この場は俺達で守り抜くしかねぇっ!」


「その通りです、彼らを信じて我々はこの場を守り抜きましょうっ! 勝利は我々の手にありますっ!」


状況がいかに悪化しようと、フリーアイゼンのクルーは誰一人弱音を吐かなかった。


「うむ……主砲を撃てっ! 敵を1匹も通すなっ!」


艦長の合図と共に、フリーアイゼンからは主砲が発射される。

凄まじい振動と共に、紫色の光が一直線に突き進んでいった。


『ゲン・マツキ艦長、頼みがある』


「イリュード艦長か、一体どうしたというんだ?」


突如、フリーアイゼンに損傷したソルセブンから通信が入った。


『この場の指揮は全て貴方に任せたい』


「なんだと?」


艦長は思わず耳を疑った。

メシア本部の部隊の指揮権は現状、全てイリュード艦長にあったはずだ。

フリーアイゼンは単独行動が許されているものの、形式的にはイリュードの指揮下に置かれている1部隊に過ぎない。

おまけにジエンスの通信やアヴェンジャーの内部工作により、フリーアイゼンはメシア内からはっきり言って信用を得ていない。

イリュードの力があったからこそ、今は仲間から撃たれるようなことはないが……フリーアイゼンの存在を良く思わない者は少なからず存在するはずだ。

それだというのに、何故イリュードがこのような事を申し出たのか理解できなかった。


「何故私に指揮権を委ねる?」


『私は彼らの元へ行かねばならん、彼らの身に危機が迫っているのだっ!』


「何、まさか――」


晶達がブラックベリタスに敗北したとでもいうのか。

現状フリーアイゼンからは晶達の様子を確認する余裕はない。

目の前のアヴェンジャー部隊の対応で、それどころではなかったからだ。


『貴方にしか任せられないんだっ!!』


イリュードの力強い叫びは、ソルセブンの艦長としての言葉ではない。

それはかつて、自分がゲン艦長の部下だった時のような叫び。

上官に対する強い信頼が込められた願いだった。

艦長は深く頷くと、フリーアイゼンの通信をメシア軍の全回線へと繋いだ。


「各機へ告ぐ、これより指揮権は我々フリーアイゼンに移った。 我々はメシアによりアヴェンジャーとの繋がりを疑われている身だ、気に入らなければ後ろから好きに撃つがいい。

だが、聞けっ! 我々の志は皆同じ、メシアの存続……いや、人類の平和のはずだ。

私はこれまでに少数の部隊で様々な修羅場を乗り越えてきたっ! それは仲間を信じ、強い絆があったからこそ成し遂げられた事だ。

繰り返すが我々は貴殿らに疑われている存在ではあるが、あえて言おう。 我々と貴殿らは、同じ志を持つ仲間だっ! たったそれだけの想いで、我々と貴殿らには強い絆が結ばれるはずだっ!

見せ付けろ、アヴェンジャーに我々の絆を、今こそ見せる時だっ! 貴殿らであればこの程度の危機を乗り越えるのは容易い事ではないか?

否、乗り越えて見せろっ! 世界をアヴェンジャーに奪われてはならん。 メシアで守れ、守って見せろっ!

ここで敗れてしまえばE.B.Bから世界を守れるはずはない、人類がE.B.Bに勝利できるはずがないっ!!

勝つんだ、アヴェンジャーを退けメシアを勝利に導いて見せろっ!!」


艦長は決死の想いで、メシア全軍にそう告げた。


「後の事は、我々に任せるがいい。 その代わり、私の仲間達を救ってくれ。 誰一人、死なせるな」


『……そのつもりです、任せてください』


イリュードはそう告げると、そこで通信は途絶えた。

艦長はしばらく目を閉じて、深く考え込んだ。

メシアの軍に、果たして自分の意思は届いているのかどうか。

自分の指揮に、従ってくれるのかどうか不安を抱いていた。


「艦長、大変ですっ!」


「何事だっ!?」


「メシアのウィッシュ部隊が、敵のレブルペイン部隊を押しのけています……すごいです、さっきまであんなに劣勢だったのにっ!」


「ヘヘッ、どうやら艦長のおかげで士気があがったようだな。 よっしゃ、このまま俺達も突き進もうぜっ!」


「行きましょう艦長、我々の勝利は目前ですっ!」


通じたというのか、艦長の強い思いが。

まさかこれほどまでに効果が出るとは想像もしていなかった。

むしろイリュードから指揮下が移った事により、最悪大混乱に陥る事さえ想定していたというのに。


「……突き進め、我々の勝利の為にっ!!」


フリーアイゼンはウィッシュ部隊と共に、艦を前進させていった。












コックピット内が激しく揺れた瞬間、木葉の視界は突然真っ暗になった。

一瞬何が起きたのか理解できなかったが、ドクンドクンと激しく高鳴る心音を耳にしてようやく晶に抱きつかれている事に気づく。

ι・ブレードが落ちていく……体に乗りかかる強いGを感じながら、木葉はそれに気づいた。

ガァァァンッ! 激しい音共に、再びコックピットが激しく揺れた。

木葉は悲鳴一つ上げなかった。

本当は怖い、今すぐにでも泣き叫びたい程怖かった。

しかしそれだと、晶を困らせる事になる。

晶は自分のワガママを聞いてくれた、ι・ブレードに乗せろというワガママを。

だからこそ晶に迷惑をかけるわけにはいかない、ただ静かに戦いを見守ろうと決めていた。


初めて目の当たりにした晶の戦い、それは尋常ではない程過酷だった。

一歩間違えば命を落とすかもしれない、そんな危険な事を晶は今まで続けて来ていた。

木葉は何も知らなかった、晶がこんな辛い思いをしながら戦っていた事を。

こんな辛い思いをしてまで、皆を守ろうとHAに乗り続けていた事を――


「無事、か? 木葉……」


「う、うん。 平気だ、よ――」


木葉は晶の姿を見て、思わず言葉を失った。

ι・ブレードから落下した衝撃からか、ヘルメットが半壊し頭から血を流していたのだ。


「晶くん、怪我してる……」


「俺の事を気にしてる場合かよ……これ以上、ι・ブレードで無茶は出来ない。 このままだとアイツがトドメを刺しに来るはずだ。

今のうちに、一旦外へ出よう……運が良ければ助かるかもしれない」


「イヤっ! このまま外に出ても逃げられないよ、それに晶くんは怪我しているんだよ?」


「でも、ダメなんだ。 あいつ、強すぎる……危険察知もι・フィールドも、まるで役に立たなかったんだぞ」


晶は意識を朦朧とさせながら、木葉に語りかける。

その瞳には既に戦意は宿っていなかった。

完全なる敗北を受けた晶の目は、まるで学生時代の晶のような目をしていた。

このままではいけない、本当にやられてしまう。


「ダ、ダメだよ……このままじゃダメっ! 諦めたら全て終わっちゃうんだよ? 私は最後まで諦めない、だから晶くんも諦めないでっ!」


「木葉、でも俺――」


「晶くんは今までずっと、諦めなかったじゃないっ! どんな危機に陥っても、私を守ってくれた。 さっきだって、私をフェザークイーンから連れ出してくれたっ!

学校にいた頃も、パイロットの夢を叶える為にずっとずっと、ずぅーっと辛い訓練を耐え続けたのも……晶くんが夢を諦めなかったからじゃないっ!」


「木葉……」


「私ね、もしこのまやられちゃっても晶くんを恨んだりなんてしない。 だけど、そうやって諦めちゃうんなら私……一生晶くんを恨んじゃうからっ!!」


木葉は力の限り、晶に訴えかけた。

晶にとっては酷な言葉かもしれない、あんなに辛い戦いを続けてきたのだから。

それでも、木葉は今の晶を直視することが出来なかった。

全てを諦めかけている晶を、許せなかった。


「―――わかっている、俺だって諦めたくない。 ただ、不安になってたんだ。 全てを託されたのに、俺があいつに負けた先の事を考えて、怖くなった。

それでもあいつに勝とうと必死だった、ι・ブレードも俺に力を貸してくれたのに……俺は誰にも応えられなかったっ!」


晶は俯きながら、力強く叫んだ。

ι・ブレードという力を持った晶は、重いプレッシャーを抱えながら戦い続けた。

木葉を守る為、フリーアイゼンを守る為、メシアを守る為……世界を守る為。

戦えば戦うほど圧し掛かる重みを、晶は『メシアの正義』を信じるという強い意志でごまかし続けた。

その限界を、このタイミングで迎えてしまったのだろう。

木葉には晶がどんなに苦しんでいるかが、手に取るようにわかっていた。


『ιのパイロット、諦めるにはまだ早いっ!』


「通信? この声どこかで――」


何処かに聞き覚えのある声を耳にし、晶はモニターを確認した。

空には見た事のないタイプのHAが大きな赤い翼を広げていた。

スカイウィッシュと似た形をしているが、背中のブースターが大きく異なっている。

その後ろにはスカイウィッシュが4機揃っていた。


『その状態では戦えぬか……ならば、私が君の意思を継ごうっ! 私の部隊で、必ずブラックベリタスを討ち取って見せるっ!!』


「イリュード……艦長なのか?」


『いかにもっ! 私もかつてはパイロットとして前線で戦い抜いてきた、この『レッドウィング』と共にっ!

君達に後れを取るつもりはない、もし動けるのであれば手を貸せ。 我々と共に、ブラックベリタスを討つのだっ!!』


まさか指揮官であるイリュードが、HAで出撃したというのか?

晶は驚きのあまりに言葉を失った。


『ホッホッホッ、誰が来ようと同じですよ。 いいでしょう、すぐに斬り刻んでさしあげますよ。 あのフリーアイゼン部隊のようにっ!!』


『貴様に討てるのか、このレッドウィングをっ!!』


レッドウィングは両手に真っ赤なサーベルを構えると、スカイウィッシュと共にブラックベリタスへと突進していく。

まだ、戦えるのか。 片腕と片足を失った状態でも、ι・ブレードは戦えるのか。

だが、彼らはブラックベリタスに恐れずに立ち向かっていた。

こんなところで寝ている場合ではない、立つんだ。

ι・ブレードで、彼らに続くんだ。

晶は両手を震わせながら、スロットルを強く握りしめる。

幸いシステムに異常はきたしていない、ブーストを噴かせれば上手く飛行する事もできそうだ。


「クッ……」


グラリ、と視界が歪んだ。

血を流しすぎたのか、意識が朦朧として体に上手く力が入らない。

バタンッと、晶はシートに向かって倒れた。


「晶くん、晶くんっ!?」


「クソッ……ιは無事なのに、俺自身が――」


ズガァァァンッ!! 突如、激しい爆発音が耳に飛び込んだ。

霞み行く意識の中、晶はモニターを確認した。

スカイウィッシュが、次々とブラックベリタスの手により切り裂かれ、破壊されていく映像が目に飛び込んだ。


『ホッホッホッ、威勢よく出てきた割には大した事ありませんな。 所詮、それが貴方の限界のようですね』


『クッ……仇は討つぞ、お前達っ!』


レッドウィングが翼を大きく広げると、羽の部分が一部刃となり高速で飛び出していった。

凄まじい回転と共に刃がブラックベリタスへ向かっていくと、ソードコアでいとも簡単に刃は弾き飛ばされてしまう。

更にブラックホークと似たリボルバー式の銃を両手に持ち、弾丸を2発撃ち込むがブラックベリタスに掠りもしなかった。


『いい加減目障りですな、私もそろそろ疲れてきましたよ』


『そのセリフ、私を討ちとってからほざけっ!!』


レッドウィングとブラックベリタスのサーベルが、激しくぶつかり合う。


「皆、皆あいつにやられていく……ラティアさんやシリア、ゼノス……スカイウィッシュ部隊までも――」


次々と落とされていったHAを見て、晶は戯言のように呟く。

助けなきゃ、いかなければ。

頭の中ではそう思っていても、体が言う事を聞いてくれなかった。


『覚悟ぉぉぉっ!!』


レッドウィングは凄まじい速度でブラックベリタスの懐へ飛び込んでいく。

だが、射出された3本のソードコアにより翼が切り裂かれてしまった。


『何という事だ……何もできずに、落ちるというのかっ!!』


バランスを失ったレッドウィングは、制御を失い地上へと落ちていく。


『無様な姿ですな、流石はフリーアイゼンの元エースといったところでしょうか。 中々楽しませてくれましたよ、私には敵いませんでしたがね』


晶はただ、戦いを見守る事しかできなかった。

ι・ブレードは動けるというのに、自分の体が何一ついう事を聞かない。

いや、動けたとしても万全ではないι・ブレードでは足を引っ張っただけだったのだろう。

もはやブラックベリタスは止まらない、止める事ができないのだった。


「ごめんな、木葉……結局俺、何もできなかった。 俺は、何も守る事が……できなかった――」


「ううん、そんなことない」


そっと、木葉は晶の右手を両手で優しく包むように握った。


「私はここにいるよ、ずっと一緒にいるよ。 だから諦めないで、私も一緒に戦うって決めたんだから」


「だけど――」


晶の意思はほとんど、残されていなかった。

視界が霞み、木葉の声が遠くなっていく――


「……ねぇ、聞こえる? ι・ブレードの声」


「え――」


「一緒にいるのは、私だけじゃないよ。 私よりも、ずっとずっと長く晶くんと一緒に戦ってきた人がいる。

お願い、ι・ブレード……私の大切な晶くんを、貴方の大切な晶くんに力を貸してっ! 貴方の、貴方の声を晶くんに聞かせてあげてっ!!」


木葉は必死で訴えかけると、コックピットは応えるように赤い光を放った。

すると、木葉の両手から真っ白な輝きが放たれ始める。

コックピットの赤色の光が、白い輝きへと変化し始めた。


『諦めないで』


「―――声……?」


晶の頭の中に、はっきりと声が聞こえた。

直接頭の中に語りかけられたかのような、不思議な響き。

フェザークイーンから、木葉の声が聞こえた時と全く同じだった。


『感じて、私を感じて。 私はここにいる、貴方のすぐ近くに』


「この、声――母、さん……?」


気が付けば晶は、真っ白な輝きに身を包まれていた。

その輝きは、とても暖かくて気持ちが良くて、懐かしかった。


「私、信じてるから。 晶くんのこと、信じてる。 だから晶くんも、自分の事を信じてっ!」


「自分を、信じる――」


不思議な事に、晶の意識ははっきりと戻っていた。

頭の傷の痛みも、今は何も感じない。


『行きなさい、自分の望んだ未来を掴む為に。 自分の信じた正義の為に――』


「―――ι・ブレード」


人の意志を理解するHA、それはどんな高性能なHAでも成し遂げられなかった。

ιシステムとは、エターナルブライトの意思と人の意思を繋げる為に開発されたシステムだ。

疑似的に人の意思と繋がる事により、自らの意思を伝えたり、エターナルブライトに秘められた力を与えることが出来た。

危険察知、ι・フィールド、そしてムラクモの覚醒。

それらは全て、エターナルブライトの持つ『意志』と人の『意志』が繋がったからこそ引き出せた『ι・ブレード』だけが持つ力。

今、ι・ブレードは更なる『進化』を迎えようとしていた。

ιシステムを介さずに、直接『人の意志』と繋がった時。

ι・ブレードは、『覚醒』の時を迎える―――


『さあ、どうしますか? まだ、戦うのです?』


『……たかが、翼を失った程度だっ! 私はまだ、生きている……生きている限り、戦い続けるのだっ!』


『ならば、殺して差し上げますよ』


『この赤き翼、簡単に落とせると思うなっ!!』


レッドウィングは両手にサーベルを持ち、高く飛び上がった。

同時に、ブラックベリタスからソードコアが射出される。

凄まじい速度で前進してくるレッドウィングに向かい、まとめて飛ばされようとした。

その時、レッドウィングとブラックベリタスの間にフラッシュのような眩しい輝きが襲い掛かる。

ガキィィィンッ!! 金属音と共に、3本のソードコアがまとめて弾かれた。


『な、なんだこの光は?』


『……ほう、まだ動けましたか』


真っ白な輝きの中には、ι・ブレードの姿があった。


「下がってください、イリュード艦長。 後は、俺自身がやります」


『無茶を言うな、機体がそんな状態で戦えるはずがないだろうっ!?』


「やります、やって見せます。 俺とι・ブレードなら、必ず成し遂げて見せます」


木葉は教えてくれた、諦めない事と自分を信じる大切さを。

ι・ブレードは信じてくれた、ずっと一緒に戦ってきた自分のことを。

晶は戦う、例えι・ブレードが片腕と片足を失った状態でも。

自分の望む未来の為に……自分の信じた正義の為に。


『お喋りをしている余裕はあるのですかな?』


弾き飛ばされていたソードコアが、ι・ブレードに向かいまとめて飛び掛かる。

危険察知が発動しない……だが、頭の中で晶は何かを感じた。

自分の身に振るいかかる危機を、本能で感じ取るように。


「――そこだっ!!」


ι・ブレードがムラクモを振るった途端、凄まじい金属音が鳴り響く。

次の瞬間、3本のソードコアは真っ二つに切断されていた。


『その動きにその光……一体何をしたというのですか、ι・ブレードっ!』


「お前にわかるはずがない、HAと人の意思が繋がった時の……真の『共鳴』って奴をっ!」


晶はスロットルを押し込み、ブラックベリタスとの距離を詰めていく。

一瞬のうちに間合いを詰めたι・ブレードは、ムラクモを目にも留まらぬ速度で振るった。

だが、ブラックベリタスのサーベルが、ムラクモの一撃を受け止める。

激しく金属音を鳴り響かせながら、ブラックベリタスとι・ブレードの打ち合いは続いた。


『何が起きたのか知りませんが、確かに力はついたようですな。 ですが、それだけでブラックベリタスを落とす事はできませんよ』


「止めてやる、俺は絶対にアンタを止めて見せるっ!」


『何故です、何故そこまでして私を落とす事に拘るのです? 確かに私達は世界に向けて非人道的な行為を繰り返し続けました、それは認めましょう。

ですが、それは貴方達メシアがあまりにも腐りきっているからこそ行った行為にすぎません』


「だからと言って、無関係な人達を巻き込んでいいのかよっ!?」


『貴方にメシアの何がわかるのですか? 何も知らぬ癖に、よくもまぁメシアを正義と吠えていられるっ!』


「俺にはわかる、わかるんだっ! メシアはどんな時でも人類の為にE.B.Bと戦ってきた、命を懸けて……戦い続けたっ!

死を恐れずに、世界の平和を取り戻す為に……いつか報われる事を信じて、人類の明るい未来を信じて戦ってきたんだぁぁっ!!」


晶は自分の想いをぶつけるかのように、ムラクモを振るい続ける。


『やはり、貴方は何もわかっていません。 メシアは設立当初から腐っていたのですよ、アッシュベルを起因としてね。

繰り返される人体実験、それを見て見ぬ振りをし容認する腐った上層部、シェルターの不備により発生し続ける小型E.B.Bの放置っ!

貴方の区域は被害を受けていないから、何もわからなかったのでしょうな。 メシアがいかに、上っ面だけの組織であるかを――』


「だけど、俺達はメシアに守られてきたんだ。 お前だって、メシアに守られてきたんじゃないのかよっ!?」


『自分の身は、常に自分で守ってきましたよ。 貴方と違ってね』


ブラックベリタスのサーベルが、赤い光を強く放ち始めた。

ムラクモが解放されるときと同じ輝き――その瞬間、ι・ブレードに赤き光の刃が襲い掛かる。


「こんな歪んだ光にっ!!」


晶はムラクモで光の刃を受け止める。

ガガガガガッとムラクモが削られるかのような音が鳴り続けた。

赤い光の刃は容赦なくムラクモを襲い、ι・ブレードを徐々に押し出し始めた。


「うおおおぉぉぉっ!!」


スロットルを限界まで押し込み、ι・ブレードの出力を限界まで上げた。

バシュンッ!! その瞬間、ブラックベリタスが放った光の刃が消滅した。


『どうしても、この私を倒そうというのですか。 私が倒れたら、世界がどうなるか承知した上なのでしょうな?』


「どういうことだ?」


『おや、わかりませんか? 私の目的には『アッシュベル』を討つ事も含まれているのですよ。 私が死ねば、誰もアッシュベルを止める事が出来なくなる。

それはつまり、今のメシアは腐り続け……世界は崩落への道を歩むことを意味しているのですよ』


「崩落への、道?」


突如、ジエンスが語りだした言葉に思わず晶は戸惑った。

ジエンスを倒せば世界が崩落する、メシアが腐り続ける?

だが、敵に乗せられてはいけない。

ι・ブレードは晶に告げた、『自分の正義を信じろ』と。

ならば、晶は自分の正義を貫き通すだけだ。


『貴方は間違っています、メシアに入隊したことにより自身が腐った事に気づいていない。 自分が世界を救うヒーローだと勘違いをしているのですよ。

これは脅しではありませんよ、アッシュベルは今すぐどうにかしなければならない存在なのです。 私を殺してから後悔しても、遅いのですよ。

それでも私をどうして止めたければ――好きにするがいい』


「……メシアがアンタの言う通り腐ってるって言うんなら、俺達が正すっ! アンタの言う通りアッシュベルが危険だというなら、俺達が止めて見せるっ!

例えアンタが正しかったとしても、俺はアンタのやり方が正しいとは思わない。 たくさんの犠牲者を生み出して手にした世界に、明るい未来なんてあるわけないだろうがっ!!」


『良いでしょう、それが貴方の答えであれば――私は死ぬわけにはいきませんな。 私がメシアに代わり世界の指導者となり、その名の通り……真の救世主となるのですから』


「アンタが救世主なわけ、ないだろうがぁぁっ!!!」


ブラックベリタスの動きは、手に取るようにわかる。

完全なる共鳴を果たした晶は、ι・ブレードと一つとなっていた。

ιシステムを介さない危険察知は、直接晶の頭の中へと伝わり、直感で感じることが出来る。

だが、それでも晶はブラックベリタスを完全にとらえる事は出来なかった。


『私を倒せるのならやってみるがいい、貴方には無理でしょうけどねっ!!』


「クッ……負けられないんだ、俺はっ!」


敵の動きを感じるだけではダメだ、考えろ。

晶は冷静に敵の動きを見切りながら、思考をフル回転させた。

その時、ι・ブレードの目の前をレッドウィングが通り過ぎていく。

ブラックベリタスに目掛けて、片方のサーベルを投げ飛ばす。

いとも簡単にブラックベリタスはサーベルを避け、レッドウィングの背後へと回り込んだ。

だが、その行動を読んでいたイリュードは振り返ると同時に両手でサーベルを力強く振るう。

しかし、ブラックベリタスには通じなかった。

レッドウィングの不意打ちは、いとも簡単にサーベル1本で抑えられてしまった。


『今だ、ι・ブレードっ! 奴を討てっ!!』


イリュードがそう告げる前に、ι・ブレードは動いていた。

僅かに隙を見せたブラックベリタスに向かい、ι・ブレードがムラクモを振るう。

だが、間一髪のところでブラックベリタスは攻撃を交わしてしまう。

やはり、晶自身がブラックベリタスの動きについていけていない。

攻撃を交わす事が出来ても、敵の動きを捕えることが出来なかったのだ。


「晶くん……」


心配そうに木葉が名を呟いた。

晶は木葉の表情を見ながら、頷く。

大丈夫、必ず勝って見せると伝えるように。

ブラックベリタスがサーベルを両手に持ち、凄まじい勢いで迫ってくる。

ι・ブレードはムラクモを構えたまま微動だにしない。

敵が迫りくるのを静かに待ち続けていた。


『ホホホ、どうしましたか? もしや、もう諦めたのですか?』


「俺は、諦めてなんかいないっ!」


その間にブラックベリタスは目前にまで迫り、赤く輝くサーベルを振るった。


「ι・フィールド展開っ!!」


真っ白な輝きと共に、ι・ブレードが白い光に包まれた。

ガキィィンッ! サーベルがフィールドを破ることが出来ずに、弾かれる。


『ほう、フィールドまで強化されるとは……確かに厄介な力を持ったようですな』


「まだ、終わってないぞっ!」


ι・ブレードはブラックベリタスの下に回り込み、上昇しながらムラクモを突き上げた。


『無駄ですな』


凄まじい速度と共に、ι・ブレードはブラックベリタスの真横を通り過ぎ上昇していく。

ブラックベリタスはそれを追って、それ高く舞い上がった。


『流石に逃げ足だけは早い……しかし、そこまでですよ』


上昇し続けるι・ブレードに向けて、ブラックベリタスはライフルを構える。

だが、その先にはι・ブレードの姿はなく……ムラクモだけが突き進み続けていた。


『なっ――何処へ消えたのですっ!?』


バァンッ!!

ブラックベリタスの背後から、銃声が鳴り響く。

そこにはブラックホークを構えたι・ブレードの姿があった。

ブラックホークの弾丸が、ブラックベリタスの頭部を打ち砕いた。

ι・ブレードがブラックベリタスとすれ違った瞬間に、晶は死角へと回り込み……ブラックホークを放ったのだ。


『バカな、私が……私が見えなかったというのかっ!? ι・ブレードの動きを、捉えきれなかったとっ!?』


「俺は自分の信じた未来を、正義を信じる……だから俺は、アンタを倒すっ!」


ι・ブレードは高く飛び上がり、ムラクモをキャッチするとブラックベリタスに向けて構える。

この一撃で、全てに決着がつく。

晶は迷わずスロットルを限界まで押し込んだ。

ι・ブレードは前進していく、白い輝きを放ちながら。

頭部を破壊されたブラックベリタスは、動かなかった。

まるで金縛りにあったかのように、空に留まり続けていた。

ガァァンッ! ι・ブレードの一撃が、ブラックベリタスの胴体を背後から貫く。

ブラックベリタスから、火花がバチバチッと散らされた。


『ホホホッ……見事です、見事ですよっ! 本当にブラックベリタスに勝つとは、正直驚きを隠せませんよっ!

ですがね、私は決して滅びません。 例え肉体が滅びようと、コアが生き続ける限り私は何度でも、何度でも蘇って見せますよ。

それまでに、今の世界がこれ以上腐らない事を祈っていますよ……フフ、クククク、フハハハ、ファッハッハッハッハッハァッ!!!』


ズガァァァァァァンッ!! ブラックベリタスは、大破した。

晶の呼吸が激しく乱れていた。

ブラックベリタスが大破していく様子をこの目で見届けると、思わずガクンッと頭を下げる。

疲労感が体に一気に圧し掛かったのだろう、気が付けばι・ブレードから真っ白な輝きは消えていた。


「勝ったんだよな……俺」


「……うん、そうだよ。 晶くんが、勝ったんだよ?」


不思議な感覚だった、ようやく戦いが終わろうとしているのに。

まだ実感が湧かないのか、それとも共鳴を引き起こした後遺症なのか。

周囲から不穏の空気を感じ取っていた。

ジエンスは倒した、今この手で仕留めて見せた。

だが、この後味の悪さは何なのだろうか。

ジエンスの告げた言葉が気になっているのか、それともアヴェンジャー軍が完全に沈黙したわけではないからなのか。

次の瞬間、晶はその答えを知る事となった。


「――なんだ、あれ?」


「え?」


晶は、見てしまった。

メシア本部から突如出現した、大量のHAを。

数にして100機は超えている、メシア本部にはまだあれだけの戦力があったというのか?

いや、違う―――あれは、違う。

よく見ると、大量に出現したHAは『ウィッシュ』ではない。

ι・ブレードだ、あの大量のHAは間違いなくι・ブレードだった。

外見の色こそはグレーで統一されており、晶のι・ブレードとは違うようには見える。

だが、その『色』以外を除けば……全くと言っていいほど同じ外見をしていた。

何故、こんなに大量のι・ブレードがメシア本部に?


胸騒ぎがした。

これからとんでもない事が引き起こされるような。

世界に大きな変革が訪れるような、予感がした。


『人類同士で争い続ける愚か者共に告ぐ、武器を捨て投降しろ。 さもなければ、武力行使を開始する』


「通信……? 全軍に向けているのか?」


突如入った通信、その渋い声は昔テレビで聞いた事あるような声だった。


『私の要求はただ二つ、メシアの崩壊と人類の革新だよ。 これからは、我々『新生メシア』が人類を革新へと導く』


「メシアの崩壊、新生メシア? 何言っているんだ、この人――」


晶のゾクリと、背中に寒気が走った。

嘘を言っているようには思えない、しかし……一体何者だというのか。

アヴェンジャーの一員とは思えない、もしあのι・ブレードがアヴェンジャーの兵器であれば、とっくの昔に使われているはず。

木葉は不安そうに、晶の腕にしがみついていた。


『ま、口で言ってもわからんと思うがね。 君達が素直に従わんというのはわかっている……ならば、見せてやろう。 我々『新生メシア』の、力というものをっ!』


その通信と同時に、一斉にι・ブレードが散らばっていった。

ι・ブレードは、ウィッシュにレブルペインと敵味方構わず容赦なく切り裂き続けていく。

晶は言葉を失った。

あのι・ブレードは一体、何なのか。

どうしてたった一つしかないι・ブレードが、あんなに大量に作られているのか。


「――アッシュベル、なのか?」


ふと、ジエンスの言葉が晶の頭を過ぎる。


――これは脅しではありませんよ、アッシュベルは今すぐどうにかしなければならない存在なのです。 私を殺してから後悔しても、遅いのですよ――










その日、世界は変革を遂げる事となる。


メシアは崩壊し、世界は『アッシュベル・ランダー』に支配された。










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