翼を持つ女王 ④
フリーアイゼンの格納庫に、ボロボロな姿となったゼノフラムが戻った。
帰還後、整備班がゾロゾロとゼノフラムの元へ集ってくるのを確認し、ゼノスはコックピットから降りる。
あれだけ激しい戦闘が行われたにも関わらず、ゼノス自身は怪我を負っていなかった。
ゼノフラムの再出撃は当分難しいだろう、ゼノスはそのまま休むことなくレッドウィッシュの元へと向かう。
すると、カツカツカツと足音を響かせながらフラムが格納庫へと訪れた。
ゼノフラムの整備をする為にブリッジルームから移動してきたのだろう。
フラムがゼノスに気づくと、背筋が凍るような目つきでキッと睨み付けられ、カツカツカツカツとワザと足音を響かせるように歩み寄ってきた。
行く手を阻むようゼノスの前に立つと、パシンッと綺麗な音が格納庫に鳴り響く。
ゼノスの左頬に、フラムの綺麗な一撃が決まった音だった。
「何故叩かれたか、言わなくてもわかると思うがね」
「……」
ゼノスは何も語らずに、ジンジンと痛む左頬を抑えた。
「私は君を危険な目に合わせる為にゼノフラムを託したわけではない。
いくら仲間の為と言えど、君のやろうとしたことは私の裏切り行為に等しい。 一体どういうつもりだったのだ?」
「俺はもう、長くない」
「何?」
「俺自身がE.B.Bとなる日も近いだろう、もしもその日が訪れたら……お前の手で、俺を葬ってほしい」
ゼノスは表情を何一つ変えずに、フラムにそう告げた。
フラムは困惑の表情を隠しきれずに、思わず言葉を失う。
だが、ふとその場で何か考え事を始めると口を開いた。
「後、1年だ」
「1年?」
「そうだ。 後1年でいい、君はその身体を維持してくれ。 その間に、私は必ず君を救って見せる。 だから約束したまえ、二度とあんな真似はしないと、『絶対に死なない』とな」
ゼノスは何も答えずに、黙り込んだ。
フラムがいくら天才であろうとも、ゼノスを始めとしたエターナルブライトを埋め込まれた人間の未来を覆す事は出来ない。
それをわかったいた上で、ゼノスは望んでいた。
人である内の『死』を。
しかし、彼女は諦めないというのか。
ゼノスの体が、完全にE.B.B化するその日までは。
「ま、残念ながら君に拒否権はない。 ゼノフラムの改良もまだまだ必要だし、君に生きてもらわなければ何時まで経ってもゼノフラムが完全になる事はない。
私にはどうしても君の力が必要なのだよ……だから、勝手に死ぬことは許さん。 それだけは、わかってくれたまえ」
「わかった、約束しよう。 お前の夢を、叶える為にな」
「うむ、わかればよろしい。 今日の件は大目に見てやろう……それと、どうせ再度出撃するつもりだろう。 レッドウィッシュなら既に整備が済んでいる。
彼にもう迷いはないが、まだまだ君の力を必要としているはずだ。 早く行ってやるといい」
「ああ」
ゼノスは短く返事をすると、フラムの横を通り過ぎレッドウィッシュのコックピットへと向かっていく。
お互いにこれ以上語る事はない。
今はゼノスに『生』を約束させるだけでいい、それがフラムの望みだ。
二人の固い絆は再び、強く結ばれる事となった。
コックピットの中で、木葉は体を猫のように小さく丸めて震えていた。
正体不明の声が延々と木葉に語りかける。
『マスターは僕達が守る』
『大丈夫だよ、マスターは見ているだけでいい』
『マスターの敵は全て始末してあげる』
いずれも怖がる木葉を宥めようとする言葉ではあるが、正体不明の声には恐怖以外何も生まれない。
耳を塞いでも聞こえてくる声から、逃れる術はなかった。
外では激しい戦闘が引き起こされていた。
爆発音が響く度に、木葉の頭がズキンッと痛む。
何が起こっているのかもわからず、木葉はただ震え続けるだけだった。
『如何ですかな、女王様』
ふと、頭の中に響き続ける声とは『別の声』が聞こえた。
木葉はそっと顔を上げると、映像付きの通信が受信されている事に気づく。
サブモニターに映されたのは、不気味な笑みを浮かべているジエンスの姿だった。
『私の用意したフェザークイーンは気に入って貰えましたか?』
「貴方の、仕業なの?」
『ホッホッホッ、私はただ貴方の安全を考えた上で避難させただけですぞ?
貴方は自分の兵達に守られているのです、そこにいる限り絶対的な安全を保障しましょう』
「安全? 嘘よ、だってここ……凄く怖いよ」
『そうです、貴方が恐怖を感じた時に彼らは動き出すのです。 パイロットである貴方をマスターと認識し、マスターの危機が訪れれば体を張ってマスターを守る。
逆らう者は強制的に従わせ、自分の配下に置く。 それを実現可能とさせたのが、貴方の持つ力だったのですよ』
「力? 私、力なんてっ!」
『貴方の力、それはエターナルブライトやE.B.Bのコアから『意思』を感じ取る事です。 貴方も既に、経験しているのでは?』
木葉は表情をハッとさせた。
ジエンスの言う通りだった、木葉はコックピットの中で見知らぬ誰かの声を耳にしている。
その正体不明の声は、一体何なのか理解できなかった。
『良い事を教えてあげましょう、貴方の大切なお友達がなんと貴方の乗るフェザークイーンを襲撃しようとしておりますぞ。
これは一大事ですな、きっと貴方が乗っているとも知らずに容赦なくフェザークイーンを倒しにくるでしょう』
「そ、そんな……あ、晶くんが?」
『ですが、心配はいりません。 フェザークイーンが敗れる事はないでしょう、貴方が『恐怖』という感情を持つ限り、E.B.Bのコアはそれらに共鳴するのですぞ』
「イヤ、イヤッ! 晶くんが……晶くんが私をっ!!」
木葉は恐れていた。
晶が、木葉に裏切られた事を許せずに牙をむく事を。
シラナギに言われるがままに連れてかれた自分を、どう思っていたのか?
HAに乗せられて連れて行かれたあの時、晶は必死で木葉を助けに来てくれたのに木葉は何も答えなかった。
その行為はまさに、晶に対する裏切り行為同然であったことに気づいたのはずっと後だった。
『それでいいのです、貴方の感じた恐怖は力となります。 貴方が生き残る道はただ一つ、貴方のお友達をこの手で止めるのです。
ひょっとしたら、殺さずに済むかもしれませんぞ?』
「イヤ……どうすれば、ねぇどうすればいいの? ねぇ――」
気付けば、ジエンスとの通信は途切れていた。
晶が向かってきている、だけど木葉はどうすればいいかわからない。
晶を傷つけるつもりはない、しかしそれでは自分が殺されてしまうかもしれない。
『あの白い奴、一人だけ変な感じで嫌なんだ』
『私達に干渉してくるような、嫌な存在』
『消してあげる、僕たちが』
『だから、マスターはただ座っているだけでいい』
ι・ブレードに対する恐怖を感じ取ったのか、例の声達が木葉に語りかけてきた。
木葉は何も答えずに、震えるだけだった。
突如、ズキッと頭に激痛が走る。
爆発の度に感じていた頭痛とは、少し違った。
『――木葉ぁぁぁっ!!』
「あ――」
頭の中から、何処か懐かしい声が聞こえた。
聞き間違いではない、はっきりとした声。
恐る恐る木葉が顔を上げると、モニターから見えたのは『ι・ブレード』の姿だった。
地上に小さく立つι・ブレードの姿を見て、木葉は初めて自分がとんでもなく巨大なHAに乗っている事に気づく。
普段の木葉なら、ここで晶の登場を心の底から喜んだだろう。
だが、今は違った。
木葉は晶の姿を確認すると、叫び声を上げた。
「来ないで、来ないでよぉぉっ!!」
叫びに同調するように、コックピットが赤く灯った。
『マスターをいじめる者は許さない』
『仲間の命もたくさん奪ったアイツを、許せない』
『白い奴には、死んで償ってもらおう』
「――ダメ、ダメっ!?」
何かを感じ取った木葉は、咄嗟に力強く叫んだ。
その時、フェザークイーンから無数の砲撃が地上のι・ブレードに向けて放たれた。
「晶くんが、晶くんが――」
ついに、この手で晶に手を出してしまった。
例え木葉が望まずとも、晶に恐怖を感じてしまった時点で手遅れだったのだろう。
「やめて、やめてよっ! やめてよぉぉぉっ!!」
いくら叫ぼうが、フェザークイーンは止まらない。
木葉が恐怖を感じる限り、晶を敵とみなし攻撃を続けるのであった――
フリーアイゼンや仲間の力を借りて、ようやくフェザークイーンの元まで辿り着くことが出来た。
だが、本当の戦いはこれからだ。
晶はこれから、フェザークイーンから木葉を救い出さなければならない。
周辺には耳が痛くなるほどの砲撃音が鳴り響く。
ι・ブレードに目掛けて無数の砲撃が襲い掛かり、まさに鉛の雨が降り注ぎ続けた。
危険察知を元に合間を上手く潜り抜けていくが、このままでは埒があかない。
ブラックホークを構えて、砲門を一つずつ破壊しようとするがあまりにも数が多すぎた。
「クソッ、もう少しで届くのにっ!」
一度退かざるを得ないかと考えた、それはできない。
せっかくフリーアイゼンが切り開いた道を戻るなんてことは、晶にはできなかった。
『――めて』
「声……?」
ふと、晶の頭の中に声が響いた。
『やめて、止まってよっ! 晶くんが、晶くんが死んじゃうっ!!』
「木葉、木葉なのかっ!?」
必死になって叫び続けている木葉の声が、晶にはっきりと聞こえた。
やはり、あの時木葉の声を聞いたのは間違いなかった。
「俺の声が聞こえるか、木葉っ!?」
『どうして止まってくれないの? ねぇ、どうしてっ!?』
どうやら晶の声は届いていない。
木葉の声だけが一方的に、晶の元へ届いているようだ。
『晶、一度下がれ。 フリーアイゼンの主砲で奴を怯ませる、その隙を狙ってコックピットへ張り付くんだ』
艦長から晶に、フリーアイゼンの援護に関する通信が届いた。
だが、今の木葉にそんなものを放ってしまえばますます混乱するばかりだ。
「待ってくれ、そんなことしたら木葉がっ!」
『わかっている、彼女に危険は及ぶがコックピットへ直撃はさせん。 ライルの腕ならやってくれるはずだ』
「違う、違うんだっ! 5分でいい、俺に時間をくれっ!!」
木葉は何かに怯えている様子だった。
やはり自ら意図してフェザークイーンを動かしているわけではない。
自分の意識に反して動いているフェザークイーンを、必死で止めようとしていた。
何とかして木葉と通信が出来れば、砲撃を止ませることが出来るかもしれない。
『それ以上は待てんぞ、いいのだな?』
「はいっ!」
晶は力強く返事をすると、その場で深呼吸をした。
「ι、お願いだ。 俺の言葉を、木葉に届けてくれ。 お前なんだろ、木葉の声を俺に伝えてくれたのはっ!」
コックピット内で、晶はι・ブレードにそう語りかけた。
すると、コックピットから赤い光が強く放たれ始める。
晶の意思が、通じたというのか。
「木葉、俺だ。 俺が、わかるかっ!?」
『晶、くん?』
木葉の声が、聞こえた。
頭の中で確かに、晶の名を呼んだ。
「ごめん、木葉。 俺、今までずっとお前の事を傷つけていた。 でも、これからは同じ過ちを犯さない。
俺は絶対に木葉を助けるっ! だから、もう怯えなくていい、怖がるなっ! 今すぐ俺が、そこから救い出してやるからっ!」
『でも、私……』
「今、向かいに行くから。 だから、待っててくれ」
『あ――』
その時、フェザークイーンからの砲撃が止んだ。
一瞬でもいい、砲撃が止んだのなら今のうちに接近するだけだ。
晶はスロットルを全力で押し込み、ι・ブレードを凄まじい速度で前進させる。
体に尋常ではない負荷がかかるが、構わない。
怯まずにスロットルを押し込んだまま、前進を続けた。
その時、危険察知が発動する。
3機の寄生されたレブルペインが、高速移動するι・ブレードに目掛けて襲撃してきた。
迎撃をしようとι・ブレードはブラックホークを構えて放ち、2機のレブルペインの頭を吹き飛ばす。
残りの1機を確認すると、先程張り付いていたはずのフェザービーの姿が消えていた。
その瞬間、ι・ブレードのコックピットが青く灯った。
レブルペインから離れたフェザービーが、ι・ブレードを乗っ取ろうとコアをむき出しにして突進してきたのだ。
バァンッ! その瞬間、銃声が響き渡りフェザービーが大破した。
何事かと思い晶は辺りを見渡すと、そこにはボロボロな姿となった群青色のレブルペインの姿があった。
「シラナギさんっ!?」
まさか、晶と決着をつける為にここまで追ってきたというのか。
晶はシラナギに警戒し、ムラクモを構えた。
『全くもう、まだまだ私がいないとダメダメですね晶くんは』
「なっ、何を――」
『ほら、木葉ちゃんが待ってますよ。 早く迎えに行ってあげてくださいね』
「は、はいっ!」
そこにいたシラナギは、元の晶が知っているシラナギそのものだった。
晶はそのまま、ι・ブレードを前進させる。
徐々にフェザークイーンとの距離を縮めていく。
コックピットから赤い光が灯されると、ふとフェザークイーンの一部から赤い光が放たれている事に気づいた。
恐らくそこがコックピットなのだろう、と晶は赤い光へと向かっていく。
ι・ブレードのハッチを開き、晶は身を乗り出した。
目の前には丁度、フェザークイーンのコックピットハッチがあった。
どうやら勘は正しかったようだ、ι・ブレードが導いてくれたのだろう。
固く閉ざされたハッチを強引にあけようとするが、当然ながらビクともしない。
ならばと晶はコックピットから短銃を取り出し、ハッチへ向けて発砲する。
ガンッ! と強引にハッチを蹴り飛ばすとようやく晶はコックピットの中に入ることが出来た。
内部はι・ブレードよりも広い。 大型HAである事から、サイズに比例して広くなっているのだろうか。
中心にある大きなシートに、木葉が俯いた状態で座っていた。
「木葉、来たぞ」
「晶くん?」
バッと木葉が顔を上げると、泣いていたのか目を真っ赤にさせていた。
「話は後だ、早くそこから脱出しよう。 ほら、俺の手を掴んで」
晶は木葉の前に手を差し出すが、木葉はその手から目を逸らすように再び俯く。
「ダメだよ、私そっちに戻れない」
「どうしてだよ?」
「だって、私晶くんを……皆を裏切っちゃったんだよ?」
「そんなことない、木葉は何も知らずに連れ出されただけだ。 誰も木葉の事を裏切り者だとか、思っていないさ」
「それだけじゃない、私……ずっと晶くんに迷惑ばかりかけていた。 晶くんはメシアのパイロットとして、色々なものを抱えていたのに。
晶くんと距離が離れちゃった事に私は無意識のうちに辛く感じて――」
「いいから来いよ、俺には木葉が必要なんだ。 だから、ずっと一緒にいてくれ。 木葉を俺の手で、守らせてくれよ」
「あ、晶くん――」
木葉が何と言おうが関係ない。
晶がここまで戦い続けて来られたのは、ずっと昔から晶の事を支え続けていた木葉がいたからだ。
木葉を守りたいという気持ちは、今まで支え続けてくれた事に対するお礼でもある。
晶はもう一度、強く手を差し伸べた。
木葉はそっと顔をあげて、晶の事を見つめる。
恐る恐る、右手を両手で丁寧に掴もうとした。
ビーーッ! 突如、コックピット内部からサイレンのような音が鳴り響いた。
すると、シートから木葉を逃がすまいと手足に拘束具が出現し、ガッチリと木葉を固定した。
更にコックピットから赤い光が放たれると、木葉は激しい頭痛に襲われ悲鳴を上げた。
『イヤ、イヤァァァッ!!』
「木葉、木葉っ!? クソッ、何だこのHA……無理やりパイロットを拘束するってのかよ?」
『大丈夫、君を守るのは僕達だよ』
『こいつはマスターを傷つける、マスターを守るのは僕達だよ』
『追い出してやる、マスターの敵は僕達の敵だ』
木葉の頭の中には、再び声が響き渡り続ける。
だが、晶にはその言葉は聞こえていない。
状況が変わらずに辺りを伺っていた。
「フェザークイーンが再び動き出している? クッ、木葉っ!」
晶は取り乱している木葉を落ち着かせようと、木葉を強く抱きしめた。
「俺がいる、俺がここにいるっ! だから怖がらなくていい、もう怯えなくて大丈夫だっ! 落ち着いてくれ、木葉っ!」
「あ、晶くん……?」
耳元が力強く叫ぶと、木葉が落ち着きをようやく取り戻した。
だが、シートの拘束具が取れない以上コックピットからの脱出は困難だ。
「ちょっと我慢してくれ」
晶は強引に破壊しようと、ナイフをガンッと叩き付けるが拘束具が外れる事はない。
『そうか……残念だよ』
『君にとって、僕たちは不要だったようだ』
『マスターには既に、相応しいナイトがいたようだね』
突如、ガチャンと音を立ててシートの拘束具が解除された。
声が聞こえない晶には何が起きたかわからなかったが、木葉には理解できていた。
『僕たちはここで新たなマスターを待つとしよう』
『さよなら、マスター』
「行くぞ、木葉っ!」
「う、うん」
木葉の中から恐怖という感情が消えた時、今まで聞こえていた声達はふと寂しそうにしていた。
彼らもまた、マスターとなったパイロットを必死で守ろうとしていただけなのだろう。
「ごめん晶くん、ちょっとだけ待って」
木葉は一言だけ告げると、いつも大事そうに持っていたナイフを取り出し、フェザークイーンのコックピットへと投げ込んだ。
「いいのか? あれ、大切な物なんじゃ?」
「いいの、今の私にはもう必要ないから」
自らの身を守る為に、木葉は大事そうにナイフを持ち歩いていた。
何時でも、辛くなった時に命を絶てるようにと。
もう、辛く感じる事なんてない。
晶が傍にいてくれれば、ずっと安心していられるから。
木葉は誓った、あのナイフとの決別する事により、二度と自傷行為をしないと。
二度と、『自殺』なんて真似を考えないと。
「晶くん、助けに来てくれてありがとう。 でも、どうして私の事がわかったの?」
「木葉の声が聞こえたんだ、たったそれだけだよ」
晶はそれだけ告げると、木葉の手をギュッと握りしめた。
二人はそのまま、ι・ブレードのコックピットへと戻っていった――
晶は木葉を連れてι・ブレードのコックピットへと戻る。
元々一人用を想定している為、サブシート等は存在しない。
「ごめん、少し狭いけど我慢してくれ」
木葉は晶の隣へと座ると、晶は自身と木葉に命綱を結びつける。
気休め程度にしかならないが、多少木葉の危険を減らすことが出来るだろう。
『パイロット適性診断、開始します』
「ゲッ、ちょ、ちょっとまっ――」
まさかもう一人別の人間が入ってしまった事により、診断機能が動いてしまったのだろうか。
晶は今でも忘れはしない、初めて乗った時に奇妙なコードが纏わりついたことを。
あんなよくわからないものを木葉に経験させたくはない。
晶は慌てて診断を止める方法がないか探していた。
『診断結果、A。 パイロットメンテナンスの必要ありません』
「へ?」
だが、予想とは反して診断結果は『A』というものが返ってきた。
晶の時は『E』だったが、一体これは何を示すものなのだろうか。
細かい事を気にしている暇はない、初めての二人乗りではあるが何とかシステムに問題は出ずに済んだようだ。
後は木葉に負担を掛けないように帰還するだけ――のはずだった。
ズキンッ――
晶に頭痛が襲い掛かった。
この頭痛は危険察知が働いた証拠だ。
近くにまだ、敵がいる。
晶の中に移された映像は、通常とは異なる造りのレブルペイン。
すぐに気づいた、このレブルペインの正体に。
片足片手を失ったその姿は、倒したはずの『俊』であると――
『見つけたぞ、ビリッケツぅぅぅっ!!』
「クッ、木葉っ! しっかり捕まっててくれっ!」
「う、うんっ!」
ガキィンッ! と、重い一撃をι・ブレードはムラクモで受け止めた。
「もうやめろっ! 決着はついたはずだっ!」
『黙れ、どちらかの命が尽きない限り俺の戦いに終わりはねぇっ!
俺がテメェより劣っているはずがねぇんだよ……わかってんのか、ビリッケツよぉっ!』
「こんな戦いに意味なんてないだろ? どうしてそこまで戦いに執着するんだっ!?」
『意味はあるさ、テメェより俺が優れているという事を、証明させるというなぁっ!』
レブルペインは片手でありながらも、凄まじい力強さでサーベルを振るい続ける。
一撃一撃を晶は受け止め続けるが、このままでは埒があかない。
やはり、俊と決着をつける為にはトドメを刺すしかないのだろう。
やらなければやられる、だからやるしかない。
晶は覚悟を決めた。
「晶くん……手、震えてるよ?」
「……」
晶は何も語らなかった。
俊に本気でトドメを刺すと、その口から言い出せなかった。
余計な事を考えたら迷いが生じる。
それに呑気にしてたら、逆にこちら側がやられてしまう。
木葉も一緒に乗っている以上、それだけは避けなければならなかったのだ。
「うおおおおぉぉぉっ!!」
ι・ブレードがムラクモを大きく振るうと、バギィンッと鈍い音を立ててレブルペインのサーベルが真っ二つに折れた。
その衝撃でレブルペインはバランスを失い、ι・ブレードが間髪入れずにブーストを最大までふかせる。
レブルペインに向けて、ムラクモを思い切り突き刺そうとした。
だが、その瞬間群青色のレブルペインが俊の乗るレブルペインを突き飛ばす。
「なっ――」
晶は思わず、言葉を失った。
俊のレブルペインを狙ったムラクモは、突如現れた別のレブルペインの動力部を突き刺した。
この群青色のレブルペイン――間違いなく、シラナギが乗っていたレブルペインだ。
「シラナギさん……何、を?」
『うふふ、可愛い弟を守るのは姉として当然の務めなんですよ?』
「姉、姉って?」
一体何を言っているのか、晶には理解できなかった。
『――まさか、ソノ姉なのか?』
『俊ちゃん、強くなったわね。 でもまだまだお姉ちゃんには遠く、未熟……これじゃ、安心して逝けないじゃないですか』
まさか、俊とシラナギは血の繋がった兄弟とでもいうのだろうか?
信じられない事ではあるが、天才的な戦闘センスを見せつけたシラナギを見れば納得できる部分もある。
晶は思わず言葉を失ってしまっていた。
だが、その間にバチンッバチンッとレブルペインから火花が散る音が響き渡る。
急いで脱出しなければパイロットが大爆発に巻き込まれてしまう。
「シラナギさん、脱出してくださいッ! 今なら間に合いますっ!!」
『無理ですよ、とっくに脱出装置は壊れてましたから。 あ、最後に教えてあげますね。 私、本当は『白柳 園子』って言うんですよ。
だから『シラナギ・ソノ』なんです、単純だけど中々気づかれないものですよー?』
「シラナギさんっ! そんな呑気な事言ってる場合じゃないです……俺が、俺が何とかしますからっ!」
『いいんです、晶くんもしっかり木葉ちゃん救ってくれましたし……後は弟の事が心配ですけど、これも晶くんに任せちゃいますから』
「そんな、シラナギさん――シラナギさんっ!!」
晶は必死でシラナギの名を叫んだ。
だが、叫ぶだけで何をどうすればいいかわからない。
どうにかしてシラナギを助けることが出来ないのか、必死で考えていた。
『ソノ姉……どうして、今まで――』
『私の事は恨んでもいいです。 ただ、決して晶くんを恨んでは駄目ですよ、お姉さんとの、約束です』
『ソノ姉――』
俊の力なき一言が、晶に耳に飛び込んだ。
普段自信過剰な彼がここまで弱々しく見えたことがあっただろうか。
『じゃ、私はここで退場しますね。 後は任せましたよ、晶くん』
「シラナギさぁぁぁぁんっ!!!」
晶の目の前で、群青色のレブルペインが大爆発を引き起こした。
凄まじい爆発が目の前で起きているというのに、晶の中ではまるで音のない世界の爆発のように見えていた。
スローモーションで爆発していく中、微笑みながら爆発に巻き込まれていくシラナギの姿が一瞬だけ見えた。
脱出ポッドは本当に射出されていない。
殺してしまった、この手でシラナギを殺してしまった。
晶は両手で頭を抱え込んだ。
『ι……イオタぁぁぁぁぁぁっ!!!』
武器を持たずに、力任せにレブルペインが突進を仕掛けてきた。
咄嗟に晶はブラックホークでレブルペインの頭を吹き飛ばした。
すると、レブルペインは再び動かなくなる、地へと墜落していく。
『ビリッケツ……イオタぁぁぁぁぁぁっ!!!』
俊の悲痛の叫びが耳に飛び込んでくる。
耐えきれなくなった晶は、木葉がいる事も忘れ全速力で逃げるようにフリーアイゼンへと帰還していった。