翼を持つ女王 ②
突如姿を現した巨大なHAの登場により、戦場は更に混乱へと陥る事になった。
フリーアイゼンのクルー達は、その圧倒的な存在感に思わず言葉を失っていた。
だが、艦長だけは冷静にHAを睨み付けるかのように観察していた。
大型サイズのHAは、メシア内で開発されていた事はあるがその全てが開発段階であり、まだ一つも完成されたという報告は聞いていない。
勿論、目の前に現れた大型HAに関しては少なくともメシア内には何一つ情報がない未知なる機体だ。
考えられるのはD支部で開発されたHAの一つであるか、或いはメシアで秘密裏に開発されていたHA。
アヴェンジャー自身で生み出されたという可能性もあるが、アヴェンジャーの技術はメシアの応用に過ぎずその大半に『未乃 健三』が関わっているはず。
彼女なら何か知らないか、と艦長はフラムに訪ねようとしたが
「先に言っておくが、私はあのHAについては何も知らん」
と、先に言われてしまった。
「だが、気になる点はある。 D支部で開発が進められた開発コード『クイーン』なんだがね」
「クイーン、だと?」
「これもG3暴走事件によって開発中止にされたものでね、設計思想自体はG3よりも遥かに恐ろしい反面に中々興味深い内容だったよ。
ι・ブレードのコンセプトに酷似しているがその本質は根本的に異なっている。 わかりやすく言えば、女王の命令に忠実に従う部下をE.B.B殲滅に使うといった代物だ
クイーンのパイロットとなって指揮官となり無人のHAを上手く使ってE.B.Bを殲滅させる……といった代物だ」
「……しかし開発は中止にされたのだろう。 まさか、秘密裏に開発されていたとでも言うのか? それに、あの大型HAが本当にクイーンであるか――」
「私から言えることは一つ、あの巨大な翼はクイーンの特徴に酷似している。 当時の開発者の趣味かは知らないけどね、設計段階のクイーンには巨大な翼が搭載される予定があったのだよ
いずれにせよ、このまま前線を維持するのは素人の私にも難しいと思うがね」
フラムは艦長を睨み付けながら、そう告げた。
フリーアイゼンの部隊だけでは、もはや限界が近いのも確かだ。
それに加えて未知なる大型HAが姿を現した。
あのHAが大型E.B.B並の力を持っていたと考えても、今の状況で戦う事は無理だ。
しかし、ここで本部まで後退したとしても今度は大量の大型E.B.Bが待ち構えている。
「前方より敵艦が接近中ですっ! 敵艦からHAが次々と出撃しています……」
「……何だ、あのHAは?」
フリーアイゼンの前方には、真っ黒な敵の巨大な戦艦が迫って来ていた。
戦艦からは真っ白な見た事のないタイプのHAが次々と投下されていく。
「敵艦から高エネルギー反応を確認っ! 目標はフリーアイゼンですっ!」
「クッ……我々を直接狙うか。 艦を右舷へ旋回させろ、あの黒船を通すなっ!」
「了解です、やってみせますよっ!!」
艦が大きく旋回すると同時に、カッと閃光弾のような光で一瞬だけ視界が眩んだ。
同時に敵艦からは目にも留まらぬ速さで主砲が発射される。
僅かに見えた真っ白な光……通常のメシア艦とは異なるあの主砲――
「白紫輝砲だとっ!?」
バシュゥゥゥンッ!! と、艦内に響き渡るほどの轟音が鳴り響く。
ブリッジルーム全体が激しい揺れに襲われた。
「被害状況はっ!?」
「直撃は免れましたが、左舷ブロックに僅かに損傷しました。 本艦への影響は少ないはずです」
「主砲を撃てっ! あの新型HAへの警戒も怠るなよ」
「ああ、任せろっ!」
艦長の合図を確認すると、ライルはトリガーを引いた。
フリーアイゼンの2本の主砲が、敵艦へと向けて発射されていく。
だが、敵艦は凄まじいスピードで前進していきあっという間にフリーアイゼンを通り過ぎて行ってしまった。
「奴らはあのまま本部を攻め込むつもりか……一度部隊を退かせて、あの敵艦を追うっ!」
「しかし、本部には――」
「あの艦には白紫輝砲が搭載されている、何としてでも我々の手で食い止めなければならん」
「……わかりました」
ヤヨイは艦長に指示に従い、展開された部隊各機へ通信を送ろうとしていた。
「待て、あのHAの様子がおかしいぞ」
「……あの輝きは?」
フラムがそう告げると、大型HAは突如赤い輝きを放ち始めていた。
それと同時に、何十機と出撃してきた真っ白なHAからも赤い輝きが放たれ始める。
まるでι・ブレードが放つ輝きと酷似していた。
レビンフラックスを捕えたG4の背後に聳え立つ巨大なHA。
ゼノスに残された武装は二連キャノンと一発限りの圧縮砲のみ。
最悪G4を倒せたとしても、あの大型HAを落とす事は出来ないだろう。
だが、せめて現状を打破する為にも捕らわれたレビンフラックスの救出は必須だ。
緊迫した空気が漂う中、突如大型HAから赤い輝きが放たれ始めた。
G4の動きに警戒しながらも、ゼノスは大型HAの様子を伺う。
すると周辺に見た事のないタイプの真っ白なHAが集い始めていた。
通常のHAに比べて小型であり、ι・ブレードを更に小型にしたようなサイズだ。
同様に赤い輝きを放ち、形は何処かあの大型HAに似ている。
その時、赤い輝きを放ったHAがゼノフラムへと向けて飛び込んできた。
「来る……っ!」
急接近してきたHAの攻撃を交わし、ゼノフラムは右腕で思い切りHAを殴り飛ばした。
凄まじい勢いで吹き飛ばされたHAは、地面に衝突すると同時に大破した。
どうやら単機の性能は、ウィッシュと比べても装甲面は脆い。
だが、白いHAの猛攻はそれだけに留まらず次々とゼノフラムに向けて飛び込んできた。
「……ガジェロス、答えろ。 あの兵器は、何だ?」
『言ったはずだ、最強にして最悪の兵器と。 もはや俺がここに留まる意味もあるまい……
次会った時が貴様の最後だゼノス。 ま、ここで生きて帰れたらの話だがな』
「待て、ガジェロス――」
ガジェロスがそう告げると、拘束されていたレビンフラックスが解放された。
『こんのぉぉぉっ!!』
だが、機会を見計らっていたのかシリアは解放された途端にブライトソードを構えてG4へと突進していく。
すると4機の白いHAがレビンフラックスを取り囲んだ。
白いHAの中心部からは突如E.B.Bのコアのようなものが剥き出しとなった。
『何だこいつら?』
「シリア、避けろっ!!」
ゼノスの叫びと同時に、レビンフラックスは空高く舞い上がる。
白いHAからは真っ赤な槍のようなものが凄まじい速度で飛び出した。
4機のHAはお互いのコアを串刺しにし、動きを止めて地上へと落下していった。
「間違いない、あれはE.B.Bのコア……もしや、オートコアかっ!?」
以前にι・ブレードは謎のE.B.Bのコアに制御を乗っ取られてしまった事があった。
その時に張り付いていた胸部のコアと、今剥き出しにされたコアは同じものだ。
アヴェンジャーは密かにオートコアの存在を知っており、それを収集する活動を行っていはず。
『スカイウィッシュ部隊が応援に来てくれたわ、今のうちにフリーアイゼンまで後退するわよっ!』
「了解だ、シリア退くぞ」
『あ、ああっ!』
G4は大人しく退いた以上、無理してこの場に留まる必要はない。
あの巨大なHAを相手にしようにも消耗しきった状態では勝ち目は薄かった。
3機はスカイウィッシュ部隊を合流をしたが―――突如、部隊の何人かがライフルをゼノス達に向けて発砲をし始めた。
『な、何すんだよっ!? こっちは味方だっ!』
『まさかアヴェンジャーに機体を……?』
「……違うっ!」
ゼノスは攻撃を仕掛けてきたスカイウィッシュの姿を見て、すぐに勘付いた。
背後に例の真っ白なHAが張り付いていたのだ。
あのスカイウィッシュは剥き出しにされたコアに突き刺されている。
……ι・ブレードが突如暴走し始めた時と同じだ。
『まさか――』
「間違いない、あの白いHAは『HA』の制御を乗っ取るっ! 奴らに絶対に捕まるな、全力でこの場を切り抜けろっ!」
『な、なんだそりゃ? 冗談じゃねぇぞっ!』
だが、周囲には既に凄まじい数の白いHAが展開されていた。
ゼノフラムには次々と白いHAが猛攻を仕掛けてくるが、とてもじゃないがゼノフラムの機動性では振り切ることが出来ない。
何とか一機ずつ撃退していったが、ついに一機のHAがゼノフラムの右腕へと張り付き始めた。
「ラティア、ゼノフラムの右腕を撃ち落せっ!!」
『なっ……わ、わかったわ』
一瞬戸惑ったが、ブレイアスはレールガンをゼノフラムへと向けて放った。
轟音と共に放たれた弾は見事に右腕の関節部を貫き、ゼノフラムの右腕はいとも簡単に外れた。
「……圧縮砲を使えばこの場を切り抜ける事は出来るはずだ。 だが――」
その際に生じる隙を完全に消す事は出来ない。
例えラティアやシリアの護衛があったとしても、あの白いHAの凄まじい数と速度には対応しきれるはずはないだろう。
だが、やるしかない――
「圧縮砲を使う、護衛は任せたぞっ!!」
ゼノスは圧縮砲発射の準備に入った。
だが、予想以上に出力が安定せずに制御が困難だ。
周囲の敵はラティアとシリアに任せるしかない、今は出力の制御に集中するだけ。
バシュンッ! バシュンッ! 接近してくる白いHAは、次々とラティアの射撃によって撃墜されていく。
『さっさと決めちまえよ、ゼノスっ!』
ゼノフラムの周囲にはブライトソードを構えたシリアが接近してくる白いHAを次々を切り裂いていった。
これならば、行けるはずだ。
「圧縮砲を発射する……二人は下がれっ!」
ゼノスの合図と同時に、レビンフラックスとブレイアスは速やかに後退した。
ズガァァァァンッ!! 轟音と共に、ゼノフラムから圧縮砲が発射される。
圧縮砲に巻き込まれた白いHA達は、あっという間にその数を減らしていった。
だが、それも一時しのぎにしか過ぎない。
周囲のHAは片づけたが、まだまだ後方には数多くの白いHAが展開されている。
同じような状況となるのは、時間の問題であった――
晶が巨大なHAの元へ向かっている最中、半壊したG4の姿が目に入った。
どうやら戦域を離脱しているように見える……だが、ここであの悪夢の兵器を野放しにしてもよいのだろうかと考えた。
『ιのパイロット、聞こえるか』
「退くなら退けよ、お前を相手にしている暇はない」
『警告だ、あのフェザークイーンには手を出すな。
さっさと軍を退かせて……大人しく俺達にメシアを差し出したほうが身のためだぞ』
「フェザークイーン? あの大型の事か?」
『テメェの大事なお仲間さんにも伝えとけ』
何のつもりかわからないが、今のガジェロスに戦闘意志がない事は晶にもわかった。
しかし、ガジェロスからの警告を素直に受け入れられるはずがない。
事実上、メシアを明け渡す事は敗北を意味する。
それだけではない、あのフェザークイーンの中には……間違いなく『木葉』がいるのだ。
「ダメだ、あの中には木葉が……木葉が捕らわれているんだぞっ!?」
『木葉……あの、小娘が?』
「木葉はパイロットじゃないんだぞ……なのに、何で木葉が戦場に出ているんだ?
お前達はそうやって、軍人でも訓練生でもないただの一般人をパイロットに仕立て上げるような奴らなのかよっ!?」
『……そうだ、俺達はアッシュベルに復讐を果たす為に結成された。 俺達の中に正式なパイロットはほとんどいやしねぇ』
「ふざけんなっ! そうやってアンタ達は無関係な人々を巻き込んでいく……お前達がシェルターを襲わなければ、木葉がこんな目に逢う事もなかったっ!
俺はパイロットだ、いずれはこんな戦争に巻き込まれる事はあったかもしれない。 だけど、木葉は違うだろうがっ!! アンタが、アンタが木葉を捲き込んだんだっ!!」
怒りを抑えきれずに、晶は力いっぱい叫んだ。
本来なら木葉は一般学生であり、メシアに守られる市民の一人にしか過ぎない。
今までフリーアイゼンと共に行動を続けていたこと自体がイレギュラーだった。
だが、シラナギの手によって捕らわれた木葉は今度はクイーンフェザーというHAに乗せられてしまった。
普段の晶であれば自分の力不足を恨んだに違いない、しかし今はそうではない。
アヴェンジャーに木葉が利用された事自体に、激しい怒りを覚えていたのだ。
『――忠告はしたぞ、行きたければ勝手に行け』
ガジェロスはそれだけ言い残すと、G4はその場を後にして戦域を離れて行った。
「……待っていろ、木葉。 今、助けに行くっ!」
晶は再度、大型HA……フェザークイーンの元へと向かっていった。
ようやく晶はフェザークイーンの周辺にまでたどり着いた。
だが、その周辺には真っ白なHAがフェザークイーンを守るかのように飛び交っている。
コックピットの位置を把握できれば、木葉を救い出す事は出来るだろう。
しかし、多くのHAが飛び交っている為、近づく事は容易ではない。
『来たか晶、今すぐ戦域を撤退しろ』
「撤退だって?」
『あのHAにはオートコアが搭載されている、奴らに捕まえればあの時のようにι・ブレードの制御が乗っ取られるぞ』
「なっ――」
ゼノスからの通信に、晶は思わず言葉を失った。
あの時の事を思い返すだけでも恐ろしい。
自分の意思とは関係なく、ι・ブレードが勝手に住宅街を襲った恐怖。
思わず体を震わせたが、晶は自身の顔を思い切り叩いた。
「……あの大型HAの中に、木葉がいるんだ」
『何?』
「助けを呼んでいた……木葉はきっと、アレに無理やり乗せられて戦わされているんだ。
だから、助けなきゃ……俺があいつを、助けなきゃいけないんだっ!」
フェザークイーンの中に本当に木葉がいるかといった証拠はない。
だが、晶は確かに木葉が助けを呼ぶ声を聞いた。
木葉が助けを求めている以上、晶が助けなければ一体誰が彼女を救い出すというのか?
無茶なのはわかっている、今の戦況がどれ程悪いかも知っている。
晶はそれ以上に、今すぐにでも木葉を救い出したかった。
『いいじゃないかゼノス……アタシ達はいつも少人数で大型E.B.Bを討伐し続けているんだ。
それに晶の大事な奴が捕らわれてると聞いたらアタシも放っとけないね』
『……わかった、何とかするぞ』
ゼノスとシリアは、晶の言葉に何一つ疑問を持たなかった。
この場で晶が嘘をつくはずがないと信じているのだろう。
『いいんですか、撤退命令は出てるんですよ?』
『だが、放ってはおけん』
『全くもう……貴方達って本当、無茶というか無謀というか……とにかく、バカなのね』
ラティアは呆れたかのようにそう告げた。
「ごめん、皆……俺に力を、貸してくれっ!」
『勿論だ』
『当たり前だ、さっさと終わらせようぜっ!』
『そうね、私も一度バカになってみようかしら?』
「ありがとう、皆。 行くぞ……っ!」
フェザークイーンに捕らわれた木葉を救うべく、晶は立ち上がった。
ι・ブレードは単機で、フェザークイーンの元へと凄まじい速度で飛び込んだ――