『G』の再来 ②
戦場では、フィミアの死を悲しむ暇すらない。
トリッドエールが自爆した後も、アヴェンジャーの侵攻が収まる事はなかった。
数は増していき、アヴェンジャーの部隊から巨大な戦艦までも姿を現し、とてもじゃないがフリーアイゼンだけではここを守りきることが難しい状況だ。
更に絶望的な知らせを受けたのは、かつてメシア中を恐怖に陥れた『G3』の再来。
ラティアは直接G3と戦闘を行った事はないが、その脅威は十分に知っている。
「……シリア、貴方は戻るのよ」
『何言ってんだよ姉貴、アタシはまだ戦えるっ!』
「ダメよ、今のレビンフラックスでは戦闘継続は難しいわ。 片腕を失い、変形が出来ない状態で何をしようというの?」
『変形なんてなくても大丈夫さ、片腕を失った程度で引き下がってられないだろ?』
「G3のサマールプラントの餌食になるだけよ、お願いだから――」
『嫌だねっ!』
ラティアは必死で艦に戻るようシリアを説得した。
このまま無茶な事を続ければ、またあの時のような悲劇が起こる可能性だってある。
混乱した戦場で、更にG3という脅威のHAまで姿を現した以上、シリアを向かわせるわけには行かない。
だが、シリアは頑なにラティアの言う事を聞かなかった。
「シリア、貴方もわかっているでしょう? E.B.Bと常に命を懸けて戦ってきた貴方が――」
『わかってる……命の重みはわかってるよ、姉貴。 ……悔しいんだ、あのパイロットを救えなかったのがっ!』
「シリア……?」
シリアは悔しかった。
仮にもフィミアに命を狙われ続けていたが、最後の最後に分かり合えた。
なのに、フィミアの取った選択はあまりにもむごくて残酷な結末だったのだ。
『アイツが歪んだのは、アヴェンジャーのせいだっ! アイツにHAを与えなければ、もっとまともな人生送ってたかもしれないだろっ!?』
「……シリア、悔しい気持ちはわかるわ。 だからこそ、冷静になって……貴方は機体を万全な状態に戻して、また戦場に出てくればいいだけのはずよ。
ここで感情に身を任せて無謀な行為を重ねて、貴方が命を落としたら誰が悲しむと思っているの?」
『っ!? そ、それは……』
「戻るのよ、シリア。 その代わり、ちゃんと整備が終わったら私を助けて頂戴。 それで、いいわね?」
『……わ、わかったよ、姉貴』
ようやくシリアが思い留まってくれて、ラティアは胸を撫で下ろした。
これ以上、敵にも味方にも犠牲者を出すわけには行かない。
一刻も早くこの戦闘を終わらせる、その為にも敵の主力である『G3』を止める必要があった。
「いくわよ、ブレイアス……っ!」
ラティアはG3の元へと向けて、ブレイアスを全速力で前進させていった。
シリアはフリーアイゼンへ一度帰還しようと、一度戦線を離脱しようとした。
頭の中では、何度も何度もフィミアが自らのコアを突き刺す光景が繰り返し流れ続ける。
だが、不思議と恐怖といった感情は抱かない。
悲しかった、悔しかった。
救えると思ったのに、逆に追い込んでしまったこと。
もっと早く気づいて上げられれば、救えたかもしれないという後悔。
同時に、怒りという感情も込み上がって来ていた。
アヴェンジャーは、あんなに追い込まれている少女すらも兵力として扱う非情な組織だ。
他にもあのようなパイロットがいるかと思うと、思わずシリアは怒りを覚えていた。
許せない、絶対にアヴェンジャーを……ここで叩き潰す。
それが、死んでいったフィミアの為になると信じて。
「あれは……?」
上空を飛び続けていると、ふと地上から見えた巨大な武器に目が留まった。
……トリッドエールが持っていた、『ブライトソード』だ。
恐らくあの爆発で、遠くまで飛ばされてきたのだろう。
しかし、大剣自体は無傷でまだまだ使えそうには見える。
シリアはあの大剣に苦しまされ続け、レビンフラックスのサーベルが2度にも渡り折られ、更には左腕まで切り落としたほどの凄まじい剣だ。
ブライトサーベルならば、G3の凄まじい装甲にも……対抗できるのではないか?
「……姉貴、ごめん」
シリアは地上へと降り立ち、ブライトソードの前に立つ。
レビンフラックスが退いた先に、まるで待ち構えていたかのように刺さっていた大剣。
ただの偶然だとは思うが、シリアはそうは感じない。
晶やゼノス、そして実の姉がG3と戦おうとしているのに……自分だけ戦線を離脱しようとしている。
本当にそれでいいのか、退く事が正しくないとは言わない。
だが、その間に仲間がやられてしまったら――
気が付いたらシリアは、ブライトソードを手にしていた。
「やっぱりアタシ、退けねぇや……アイツの形見、使わせてもらうぞ」
レビンフラックスは、片手にブライトソードを握りしめながら……前線へと向けて飛び立った―――
G4の猛攻は続いた。
無数に出現する2種類のサマールプラントによって数多くのHAが犠牲になっていく。
巨体でありながらも、ゼノフラムはガトリングを駆使して何とかサマールプラントから逃れる事は出来ているが、状況は芳しくない。
ι・ブレードがいればサマールプラントを引き付けてもらう事も出来たが、謎のレブルペインの襲撃により一時的に戦線を離脱してしまっていた。
『ゼノス、貴様らに勝ち目はない。 俺達は貴様の想像を超える力を手にしている、数多くの兵を抱えているメシアでも……もはや俺達は止める事は敵わないぞ』
「たかがアイゼン級の戦艦一つも落とせずによく言う……その程度の力で、俺達に勝ったつもりか?」
『減らず口をっ!!』
G4から無数のサマールプラントが、再び出現した。
ゼノスは振り切ろうとブーストハンマーを空に向けて撃ち上げる。
ゼノフラムを取り囲むように集ってきたサマールプラントを、ガトリングで撃ち落しながらG4本体へと徐々に距離を縮めて行った。
「メシアの崩壊は世界の崩壊を招く、お前達にメシアの代わりは務まらん」
『ほう、腐ったメシアを目の当たりにしたとは思えない言葉だな。 貴様はこの5年間、一体何を見てきたというのだっ!!』
バァンッ!! G4から2連キャノン砲が発射されると、ゼノフラムに直撃した。
強い衝撃がコックピットまでに伝わり、機体は一気にバランスを崩し地へと叩き落される。
ズガァァァンッ! と地響きを起こしながらも、ゼノフラムは何とか無傷で地上へと降り立った。
「メシアは、E.B.Bの脅威から人類を守ってきた。 世界の為に、自らの命を懸けて戦い続けている」
『だが、アッシュベルのようなクズ野郎がいるのも事実だっ! 奴がいる限り、メシアは腐り続ける……だから、俺達が腐る前に全てをぶち壊してやると言っているんだっ!!』
G4の手の砲台から、鋭いサマールプラントが飛び出した。
やむを得ずゼノフラムは腕で防ごうとすると、ガガガガガッ! と、ドリルで削られていくかのような音が響き渡る。
ゼノフラムの左腕が徐々にサマールプラントにより抉られていった。
「復讐心に身を任せ、世界を破壊したところが何が残る? お前は、救われるのか?」
『救いだと? くだらねぇ……そんな幻想、とうに求めてねぇんだよっ!!
俺達に残ったのはアッシュベル……メシア……世界への復讐心だけなんだよぉぉっ!!』
ガジェロスの叫びと共に、無数のサマールプラントが一斉にゼノフラムへと向かって襲い掛かった。
『下がって、ゼノスっ!』
「……っ!」
ゼノスは通信を確認すると、ゼノフラムを全力で後退させた。
その背後から、ブレイアスがゼノフラムを飛び越え、空高く舞い上がっていく。
両手に握りしめた二丁銃を構え、目にも留まらぬ早撃ちで全てのサマールプラントを撃ち落して見せた。
更に今度は二つのレールガンを手にし、G4へと向けて構える。
『貴方、邪魔よ』
バシュゥゥンッ!! ほぼ同時に、二つのレールガンが一斉に発射された。
ガァァンッ! 激しい衝突音が響き渡るが、G4は両肩から煙を噴き出すだけで傷を何一つ負っていない。
ゼノスはその隙を狙い、スロットルを全力で押し込んだ。
土煙を上げながら、地上に留まるG4の元へと向けて走り続ける。
「ラティア、奴のサマールプラントを引き付けてくれ」
『あら、相変わらず人使い荒いのね』
G4から再びサマールプラントが発射されると、ブレイアスが空高く飛び上がり、上手くサマールプラントを引き寄せた。
その隙を狙い、ゼノスはブーストハンマーを射出させようと構える。
『鬱陶しいハエが……調子に乗んじゃねぇぞっ!!』
その瞬間、G4の左腕が凄まじい速度でブレイアスへと向けて発射された。
「なっ――」
どうやら腕自身にもサマールプラントがついていたようだ。
細い管のようなものが本体と腕の間に繋がれている。
左腕からは一斉にサマールプラントが飛び出し、あっという間にブレイアスは拘束されてしまった。
やむを得ずゼノスはガトリングを、G4の伸びた腕へと向け、発射させた。
だが、凄まじい速度で腕は引き戻されていき、ガトリングは虚しくも空へと向かっていく。
気が付いたら、ブレイアスを捕えたG4の姿が目の前にあった。
『……捕まってしまったようね、私に構わないでいいわ。 貴方は、G4を破壊する事だけを考えて』
「……」
ラティアが通信でそう告げたが、ゼノスは何も答えなかった。
『ククク……ゼノス、流石に仲間を撃つ事はできねぇよなぁ?
テメェが抵抗しないで大人しく殺されてくれるんなら、仲間には手を出さない事を約束する……さあ、どうする?』
「……ガジェロス、貴様は何処まで落ちれば気が済む?」
『落ちているのは貴様も同じだろうがっ! 仲間を裏切り、メシアに染まった貴様は何が変わった? ただの、メシアの犬に成り下がっただけにすぎねぇだろうがっ!』
「メシアは、世界の明るい未来の為に戦い続けている。 最初から自分の未来に絶望している貴様とは、違う」
ゼノスはガトリングをG4へと向けて、そう告げた。
『仲間を、見捨てるという事でいいな?』
「俺は、誰も見捨てない」
『何……?』
その時、上空から凄まじい速度で降り立つ機体が横切った。
巨大な剣を片手に、G4の元へと全速力で駆け出していく。
そこに現れたのは、片腕を失ったレビンフラックスだった。
『姉貴を、放せぇぇぇぇっ!!!』
キュィィィィンッ! 刃を超振動させたブライトソードが、容赦なくG4の腕へと襲い掛かる。
ガガガガガッ! と削れる音が響き渡った。
『だぁぁぁぁぁっ!!』
片腕でありながらも、レビンフラックスは全力で剣を抑えつけ出力を限界まで引き上げた。
バシュゥゥンッ! 激しい金属音と共に、G4の左腕が綺麗に斬り落とされた。
その瞬間を狙い、ゼノスはブレイアスを拘束しているサマールプラントへと向けてガトリングを放つと、ブレイアスは無事解放された。
『シリア? どうして貴方がっ!?』
『ごめん姉貴……やっぱりアタシ――』
「よそ見をするな、来るぞっ!」
G4は無数のサマールプラントが飛び出すと同時に、巨大な槍を片手にレビンフラックスへと向けて迫って来ていた。
それに気づいたシリアは上空へと逃げ出そうとするが、先程の戦闘の影響か機体のバランスが思うように取れない。
『テメェ……よくもG4の腕をっ!!』
襲い掛かってくるサマールプラントをブライトソードで切り裂いていく。
その隙を狙い、G4が狙いを定めて槍をぶん投げた。
凄まじい速度で飛ばされた槍は、真っ直ぐとレビンフラックスへと向けて突き進んでいく。
バァァンッ!! 上空から、青き閃光が走った。
ブレイアスが槍へと向かって、レールガンを放っていた。
強引に軌道を変えられた槍は、虚しくも地上へと向かい深く突き刺さっていく。
『姉貴……悪い、助かったっ!』
『……もう、本当に無茶ばかりするんだから』
『貴様らぁぁっ!!』
ガジェロスの怒りに満ちた叫びが響き渡った。
同時に。G4の額から赤い光が徐々に集っていく。
「ラティア、今だっ! 額を狙えっ!」
『額? あれぐらい楽勝よ』
G4の額から発射された赤い光、あれは明らかに圧縮砲そのものだろう。
恐らくフラムの技術がそのまま使われているはずだ。
ゼノスは知っている、あの兵器を実装する機体のリスクを。
ただでさえ不安定な圧縮砲のエネルギー源が、剥き出しになっている状況はどれ程危険であるかを。
ラティアはレールガンをスナイパーライフルへと切り替え、照準を合わせた。
狙いはG4の額に輝く鉱石――
だが、G4の二連キャノン砲がブレイアスへと向けられ……発射された。
「ラティアっ!!」
『クッ……っ!』
やむを得ず、ラティアは後退して砲撃を避ける。
それと同時に、G4の圧縮砲のエネルギーチャージが完了してしまった。
『テメェらまとめて、吹き飛ばしてやる……地獄へ落ちろぉぉぉっ!!』
ズガァァァァァンッ!! 激しい爆音と共に、赤い閃光が地上を走っていく。
地は次々と抉られ、草木や建物が空へと舞い粉々になっていった。
圧縮砲の発射が終えた後は、G4の目の前からは3機のHAの姿が消えていた。
『そこに隠れているのはわかっているぞ、ゼノスっ!!』
G4の背後には、ブーストハンマーで圧縮砲から逃れたゼノフラムの姿があった。
右腕が凄まじい速度で発射され、無数のサマールプラントがグルグルとゼノフラムを拘束していく。
巨体であるにも関わらず、G4はゼノフラムを軽々と引き寄せてみてた。
『捕えたぞ、ゼノフラム』
「……」
ゼノスは強引にブーストハンマーを発射させ、G4から離れようと試みる。
だが、G4のサマールプラントによりブーストハンマーの鎖が引き裂かれ、ブーストハンマーは独りでに宙へと舞い上がってしまった。
『この距離ならば、貴様に成す術はあるまい。 悪いが、消えてもらうぞ』
G4の額から、再び光が集っていった。
この距離で圧縮砲を発射して、ゼノフラムを確実にしとめようと考えているのだろう。
ゼノフラムの圧縮砲は間に合わない、ミサイルは既に弾数が尽きている。
頼りのブーストハンマーも鎖を切られてしまい、ガトリングもG4相手ではあまり効果を示さない。
直接格闘戦を挑もうにも、拘束されている状態では身動きを取ることが出来なかった。
ならば――と、ラティア機の位置を確認すると、ブレイアスはスナイパーライフルを構え狙いを定めていた。
しかし――突如、襲い掛かったサマールプラントにより、ブレイアスはまたしても後退を余儀なくされる。
同様に近づこうとしているレビンフラックスも、サマールプラントの防衛網を突破できずにいた。
『頼りの仲間も、テメェを助ける事ができねぇみたいだぜ? さあどうすんだ、ゼノス……命乞いでも、してみるか?』
「……」
こうしている間にもG4から光は集っていき、圧縮砲のエネルギー充電は確実に進んでいた。
いくらゼノフラムが頑丈と言えど、あの一撃を受けてしまえば無事であるはずがない。
ゼノスは無言のまま、ただコックピット越しからG4の姿を睨み付けるだけだった。