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第17話 歪んだ感情 ①


アヴェンジャーの拠点。

薄暗い部屋の中で、木葉は一人蹲っていた。

シラナギの言葉が、頭の中をグルグルとかき回すように繰り返される。


『何回自殺をしたか覚えてますか?』


『自分が何をしていたか、覚えてますよね?』


『私と共に来てください……貴方をこんな体にした、アッシュベル・ランダーを倒す為に』


何故、こんな事を突然言われたのかわからない。

木葉はアッシュベルと面識はないが、世界的に有名な天才科学者である事は知っている。

そのアッシュベルと、自分の今の体の状態が……一体、何の繋がりがあるというのか。

何も知らない、わからない。


気が付けば木葉は、アヴェンジャーの施設へと連れて来られてしまっていた。

晶がι・ブレードで助けに来てくれた事も、覚えている。

しかし、何も言えなかった。

シラナギに言われて、今の自分が『異常』である事に……初めて気づいてしまった。

そんな異常な自分を、晶に見せたくない。

だけど、本当は逢いたい。 戻りたい。

自分の気持ちがよくわからずに、何をどうすればいいか木葉にはわからなかった。


死にたい。

本気でそう願ったのは、故郷がE.B.Bによって襲撃されたあの日……。

友達が目の前で殺され、それでも晶と必死で逃げ延びた先に待っていたのは絶望だった。

両親は既にE.B.Bに殺されて、亡くなってしまっていた。

体が弱いのに毎日家事で忙しそうにしている母親。

木葉が手伝ってあげると、『いつもありがとう』と微笑んでくれた。

気難しい父親は、普段はあまり話しかけて来ない。

新聞を読んで表情をムスッとさせているときに、よく背後から不意打ちのように肩を揉んであげた。

その時の驚いた顔を見るのが楽しみで、最後にはいつも笑ってくれる。

そんな小学生みたいなことを高校生になってまでやっていたのは、流石に他人には恥ずかしくて言えなかったが、木葉は本当に両親が大好きでいつも親孝行をしようと一生懸命だったのだ。


家族だけではない、いつも仲良くしてた友達も……まるで兄のように優しかった『竜彦』も、死んでしまった。

しかし、唯一晶だけが生き残ってくれた。

それは救いではあったし、心の支えでもあったのだ。

だけど、木葉が心に受けた傷は深すぎた。

その傷は癒えることなく、徐々に木葉の心を蝕んでいき……挙句、自殺未遂という形で現れてしまったのだ。

それだけではない、いよいよ自分の頭がおかしくなったんじゃないかという自覚症状も出てきている。

たまに、頭の中に『人の声』が聞こえてくるのだ。

何処からともなく、自分が知るはずのない声が、木葉に呼びかけてくることがある。

その度に木葉は、自分自身に恐怖した。


「私、どうしちゃったのかな……病気、なの? おかしく、なっちゃったのかな」


誰かが応えてくれるんじゃないかと期待して、木葉は一人でそう呟く。

しかし、誰一人疑問に応えてはくれない。

アヴェンジャーの施設には、もう誰も残っていないのだろうか。


「……助けて、晶くん――」


目に涙を浮かべながら、木葉は掠れた声でそう呟いた。

その時、ギギギギと思い扉が開かれる。


「晶、くん?」


もしかして、助けに来てくれたのかもしれない。

そんな期待を抱いて顔をあげたが、その先に待ち構えていた人物は……期待通りではなかった。


「ホホホ、お嬢さん……こんな施設で一人では危ないですよ。 外には危険なE.B.Bがたくさんいるのですから」


「だ、誰?」


「おっとそうでしたな、これはこれは大変失礼致しました。 私は『ジエンス・イェスタン』、アヴェンジャーのリーダーとでも言えばわかりやすいですかな?」


「ア、アヴェンジャーの……?」


「それよりもここは危険です、私が貴方を安全なところまで送り届けてあげましょう」


ジエンスがゆっくりと歩み寄ってくると――

ズキンッ! 突如、強烈な頭痛が木葉に襲い掛かった。


「あ、ああ――な、何これ……」


頭の中に、声が聞こえてくる。

今までに聞いた、ただの声とは違う。

ジエンスとは違う、とても低い男性の声。

狂気に満ちた、薄気味の悪い感覚が木葉に襲い掛かる。

思わず背筋をゾッとさせた。

聞こえてきたのは、何処か悪意や憎悪に満ちた……不気味で、気色の悪い声。

木葉は耐えきれなくなって、バッと両耳を塞いだ。


「どうしました、お嬢さん? 怖がらなくていいのですよ、私は何もしませんから」


「貴方の中に、誰が……いるの?」


「ほう? なるほど、やはり私の思った通りでしたか」


「いや、来ないで……近寄らないでっ!」


ジエンスが近づけば近づくほど、狂気に満ちた声が木葉に襲い掛かっていく。

耳を塞ごうが何をしようが、木葉は声をかき消すことが出来なかった。

逃げ出そうと部屋の奥へ駆け出しても、この部屋には窓一つすら存在しない。

唯一の出入り口には、あのジエンスという男が不気味に微笑んだまま立ち尽くしていた。


「私と共に、世界を手にしましょう。 それには、貴方の協力が必要なのですよ」


「せ、世界……?」


「貴方は何も考えなくて良いのですよ、ただ……じっとしていればいいんです」


ジエンスが更に歩み寄ってくると、木葉は思わず腰を抜かして地べたへと座り込んだ。

この男から発せられる禍々しい気配、その気持ち悪いさが何なのかは理解できない。

ただ、一つだけわかるのは……ジエンスは、決して優しい老人なんかではない事。

木葉の本能が、『この男は危険すぎる』と訴えていた。

こうしている間にも、ジエンスは一歩ずつ一歩ずつ木葉へ歩み寄ってくる。

どうにかして、この男から逃げないと――

だけど、腰が抜けて身動きが取れない。

木葉はただ迫り来るジエンスを、小刻みに体を震わせながら待ち構える事しかできなかった。


「さあ、お嬢ちゃん……私と共に、行きましょう」


ジエンスは木葉の腕をがっちりと鷲掴みにし、にっこりと微笑んだ。


「……い、や……嫌っ!!」


恐怖に耐えきれなくなった木葉は、本能的に危険を察した。

ようやく体の自由を取り戻し、咄嗟に走り出そうとするがジエンスがそれを許さない。

そのまま強引に体を引かれて、口に真っ白な布を当てられた。

その瞬間、木葉の意識はパタリと途絶えた。

薬を嗅がされたと気づく暇もなく――


「ホホホ、シラナギさんは本当にいい仕事をしてくれましたよ。

まさか、このタイミングで素晴らしい人材に出会えるとは思っておりませんでしたから」


既に意識を失った木葉を両手で優しく抱きかかえると、ジエンスは静かに部屋の外へと立ち去ろうとする。


「女王の座は、貴方に譲りましょう……貴方ならきっと、立派に務まりますよ」


ジエンスは、不気味な笑みを浮かべると、静かに薄暗い部屋を後にした――









シラナギは格納庫に残された巨大なHAを一人で眺めていた。

ジエンスに呼び出されて施設内に待機していたものの、肝心のジエンスの姿がない。

その間に施設内にいるはずの健三と木葉の2名を探し出そうとしたが、2名とも行方が掴めなかった。

健三ならば、いつもジエンスの近くにいるから深く考えなくてもいい。

だが、木葉は違う。 少なくともこれから起こる激しい戦いに連れて行くわけにもいかないし、施設内も外には狂暴なE.B.Bが多く潜んでいるはずだ。

誰もいない施設内で一人で残すのはもっと危険が伴うだろう。

だからシラナギはせめて自分の目が届くところで一緒にいてあげたい、と考えていたのだが――


「困りましたねー、このまま木葉ちゃんの身に何かがあったら……」


やはりメシアから木葉を連れ出したのは、間違っていたのだろうか。

しかし、E.B.B化が進んでいる木葉を放っておくわけには行かない。

今の晶は色々なものを抱えすぎて、自分の事で精一杯だ。

そんな晶に、今の状態の木葉を任せられない……木葉を一人にしておくことはできなかった。

アヴェンジャーにはかつてエターナルブライトの研究に関わっていた健三だっている。

今の木葉の容態を見てもらう事もできるし、もしかすると症状を抑える方法を何か知っているかもしれない。

そして……何よりも木葉を守りたいという気持ちは、晶には負けていないのだ。


「あんな偉そうな事言っといて、私自身が木葉ちゃんを一人にしちゃうだなんて……最低です」


シラナギはため息をついて、そう呟く。

自分はなんて無力なのだろうと、痛感した。


「おや、シラナギさんではないですか」


ふと背後から聞きなれた声が聞こえてくる。

振り向くとそこには、ジエンスの姿があった。


「ジエンスさん、ですか……探しましたよ」


「これはこれは申し訳ない、私も色々と忙しい身でして。 間もなく出航の時間ですよ、貴方には私の艦を守ってもらわなければなりませんから」


「艦ですか? 私には荷が重そうですねー」


「ホホホ、ご冗談を。 まぁご安心なさってください、流石に貴方一人に押し付けるつもりはありませんので」


ホホホ、と甲高く笑うジエンスにつられてシラナギも笑って見せた。

だが、やはり木葉の事が気になってしまい、苦笑いになってしまっている。

一体何処へ行ってしまったというのだろうか……。


「ジエンスさん、木葉ちゃん見かけませんでしたか? 施設に連れて来てから目を離しちゃって……」


「木葉ちゃん……おお、あの可愛らしいお嬢さんのことですかな? 彼女ならとっくに避難させておりますよ」


「避難ですか? うーん、困りましたね……今すぐにでも健三さんに診てもらおうと思っていたんですけれど


「彼女についてなら健三殿も気にしてはいましたよ。 ですが、危険な戦いに一般人の彼女を巻き込むわけにもいきませんからね。

ですから監視をつけるという条件で、近くの街に避難させたという事ですよ」


「そうですか……なら健三さんに見てもらうのは無事戦いが終わってからにしましょうか……」


ジエンスの言う通り、確かに木葉を戦いに巻き込む必要はない。

アヴェンジャーの目標はあくまでもメシアであり、決して一般人に危害を加える事ではないのだ。


「ホホホ、それは我々の勝利で終わると確信しているのですかな?」


「当然じゃないですか、貴方も私もいるんですし……それに私達が勝たなければ、アッシュベルの暴走を許す事になります。 それは、絶対にあってはならない事ですから」


「頼もしいですな、では……行きましょう。 アッシュベルとの、決着をつける為に」


「はいー、頑張っちゃいますよー」


そう呟くと、ジエンスは格納庫を後にした。

その後ろ姿を見守りながら、シラナギは胸に手を当てて深呼吸をする。


「……木葉ちゃん、待っててくださいね。 私が絶対に、救ってみせますから」


今一度、戦う決意を固めたシラナギは、ジエンスの後を追うようにその場から姿を消した。








フリーアイゼンの格納庫。

大型E.B.Bと激しい戦いを繰り広げたゼノフラムは、急ピッチで改修作業が進められていた。

時間にあまり余裕がなく、完全に修理が終わる事はない。

だが、これから先はアヴェンジャーとの戦いだ。

無茶をさせすぎた機体の調子を、少しでも整えておかなければ戦い抜く事は出来ない。


「すまないな、エイト」


「ったくよー、初っ端からこんなに派手に壊しやがって。 お前絶対後先考えてねーだろ?」


忙しそうに手を動かしながら、エイトは愚痴を漏らした。

フラムの的確の指示と共に数十人の作業員が慌しくゼノフラムの改修作業を進めている。

ゼノスも手伝おうとしたが、フラムから私だけで十分だと追い返されてしまっていた。

だが、改修作業が終わるまではこの場を離れるつもりはない。

じっと睨み付けるように、ゼノフラムを見つめ続けていた。


「随分、激しい戦いだったんだな」


突如背後から声が聞こえたかと思うと、そこには晶の姿があった。


「お前達もよく無事だったな、おかげで俺達はE.B.Bの討伐に集中することが出来た」


「でも、俺……全然あいつに敵わなかった。 以前よりも無茶苦茶な動きをしてきやがるし、どうしたらいいか……」


晶は驚異的な機動力で迫るレブルペインを相手に、ほとんど何もすることが出来なかった。

危険察知があっても反応が追い付かずに、危ないところを何度もシリアに助けられる場面も多かった。


「……だが、俺達は奴らを上回らなければならない。 自分の力をもっと信じろ、気持ちから負けていては勝てる相手にも勝てないぞ」


「だ、だけどさ――」


「お前にはお前の戦い方がある。 ι・ブレードとお前でしか引き出せない、他の誰にも劣らない強さを……持っているんだ。

だからこそ、今までお前は戦い抜き……生きてきた。 何故、それを信じようとしない?」


「俺と、ι・ブレードでしか引き出せない力……?」


ゼノスの言葉を聞き、晶は表情をハッとさせた。

危険察知にι・フィールドといった機能面は勿論な事……晶は、ι・ブレードと通じ合っているのだ。

声を掛ければコックピットを灯して応えてくれるし、危険察知が作動しなかったら青い光で教えてくれる。

ただ、パイロットが機械を操るのとは少し違う。

まるで生きているかのように思えるι・ブレードは、他のHAとは違う特別なHAなのだ。

……他のパイロットにはない、自分だけの強み。

それは、晶とι・ブレードの固い絆なのかもしれない。


「……わかった、信じるよ。 俺とι・ブレードの力を」


「そうだ、それでいい」


『パイロット各位に通達します。 アヴェンジャーの部隊を確認しました、数にしておよそ100。 至急、迎撃に向かってください』


艦内からヤヨイの通信が響き渡ると、作業員は一斉に道具を片づけてゼノフラムから離れていく。

それを確認すると、ゼノスはコックピットへと向かって歩んでいった。


「行くぞ、晶」


「ああ、任せてくれっ!」


自分にも強く言い聞かせるように、晶は返事をした。

晶はι・ブレードの元へ、駆け足で向かっていった。








格納庫の近くにある控え室で、シリアは一人座りこんでいた。

両足がズキズキと痛む……固定具を取り外し、シリアは足の状態を確認した。

……足が変色している。

まるでE.B.Bのような紫を帯びた気色悪い色。

本当に、自分の中にエターナルブライトが入れられてしまったのか。

ゼノスから初めて聞かされた時は、必死で強がって見せた。

だけど、強がりがそうそう長続きするはずはない。

自分の足を見れば見るほど、シリアは不安に陥っていた。

……しかし、あのまま一生歩けないままと、例えE.B.B化が進もうと歩くことが出来る体。

どちらかよかったのだろう、と考えると……複雑だった。


あのまま歩けなかったら、自分はどうしていただろう。

下手すれば今以上に辛い毎日が待っていた可能性もある。

HAに乗れない、それどころか歩く事も出来ない生活なんて……嫌だった。


「ねぇ、シリア」


「あ、姉貴? い、いつからいたんだよっ!?」


ふと気が付いたら、隣にラティアが腰を掛けていた。

思わずシリアは声を荒げて驚いてしまった。


「あら、ちゃんと入る前に声をかけたわよ。 でも、何だか悩んでるみたいだったから」


「あ……」


ラティアの目線の先には、E.B.B化が進んだシリアの足があった。

しまった、と思い咄嗟にシリアは足を隠そうとする。


「いいのよ、シリアの足の事は私も知らされたわ」


「……し、心配すんなよ。 アタシなら平気さ、むしろこれに感謝してるぐらいでさっ!」


「貴方がこんなに苦しんでいるのに、私は何もしてあげられない……ごめんね、何も力になれなくて」


悲しげな表情で、ラティアはシリアの足を優しく撫でた。

その様子は昔シリアを慰めるときに、頭を撫でてくれた動作とそっくりだ。

姉は昔から、何一つ変わっていない。

最初からずっと、優しい姉だったのだ。

なのにシリアは、一時的に姉を恨んでしまい、強く当たってしまった。

せめて、償いの為にも……これ以上、姉に余計な心配をさせたくはない。


「姉貴、アタシはもう……昔ほど弱くはない。 強くなったんだ、だからHAに乗って戦えるし……ずっと生き抜いてきた。

アヴェンジャーの奴らにだって、負けるつもりはない。 だから、アタシの事は心配しないでくれよ」


「……そう、ね。 でも約束よ、絶対に無茶だけはしないで……危なくなったら、私に頼っていいのよ」


「姉貴、ごめん。 そんな約束はできない、世界の命運がかかってるんだ……多少の無茶はやっちまうかもしれないよ。

でもさ、絶対に……生き残るから。 それだけは、約束するよ」


「あら、いつの間にか頼もしくなったじゃない。 いいわ、なら思う存分……戦い抜くわよ」


『パイロット各位に通達します――』


ラティアがそう言い終えた途端、控え室からヤヨイのアナウンスが響き渡る。

いよいよ、アヴェンジャーの部隊と接触した。


「さて、アタシはさっきの借りを奴らに返してやらねぇとっ!」


シリアはパパッと固定具を付け直すと、ダダダダッと音を立てて控え室を飛び出していく。

すっかり足が元通りになったシリアの足を見て、ラティアは安心していたが……その反面、彼女が待つ未来を考えると胸が痛む。


「今は、考えてる場合ではないわね。 大事な妹を守る為にも……私は負けない」


ラティアもシリアの後に続き、駆け足で控え室を出て行った。

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