開戦 ③
メシア本部は、大混乱に陥っていた。
各国の代表達が部隊の指揮を取ろうとするが、それでも事態は悪化する一方だった。
本部周辺に突如、E.B.Bが大量に出現し始めたのだ。
大型E.B.Bの存在も確認されており、大至急迎撃へ向かわせようとするものの、レギス級の戦艦が何者かによりシステムに異常をきたし全艦出航できないという非常事態が発生。
幸いHA部隊は出撃させることが出来ていたが、本部に潜んでいた内通者により、部隊内での交戦が多発。
結果、敵味方が判断できない状態で争いが発生するという最悪な状況に陥ってしまったのだ。
元々メシアは全世界がE.B.Bに対抗する為に作られた組織であり、今回のように人の手によって侵攻されるケースは、はっきり言えばまるで想定されていない。
むしろ混乱に陥った世界で、メシアに危害を加える者が出るはずがないとまで言われていた。
「このE.B.Bの出現は、アヴェンジャーの仕業と考えるべきかね?」
「少なくとも、自然現象であればもっと早くに我々は気づけたはずだ。 人為的に起こされたと考えるのが正しいだろう」
「現在各支部から援軍を要請しているが、どこもかしこも似たような状態だ。 まともに艦を出せたのは第7支部ぐらいだと聞くぞ」
「そもそもアヴェンジャーの奴らは何を考えている? このままメシアに危害を加えて何をしようというのだ?」
「奴らの要求はアッシュベルのはずだ、奴を差し出せっ! 今メシアが落とされしまえば、世界は再び混乱に陥るのだぞっ!」
「だが、アッシュベルの居場所を正確に把握している者は誰一人いない。 おまけに例の回線を使っても奴との連絡は取れない状態だ」
「奴め……アヴェンジャーの襲撃を察して逃げ出しおったな……すぐにアッシュベルを探し出せっ! この戦いを止めるには奴を差し出すしかないっ!!」
各国の代表は、まとまりがなく個人個人で好き放題意見を述べ続けていた。
上層部がこの状態では、指揮もまともに機能するはずがないだろう。
彼らも自覚があるのか、このままアヴェンジャーと戦う事を危険視する者が多かった。
アヴェンジャーの要求が、アッシュベル・ランダーであると伝えられてからは、アッシュベルを血眼になって探す動きも目立ってきた。
メシアの存続と一人の犠牲を天秤に掲げてしまえば、当然ながら彼らは一人の犠牲を選択する。
メシアの滅亡は世界の滅亡。
たった一人の犠牲で防げるのであれば、例え非人道的だと言われようともメシアの存続を優先するに決まっていた。
しかし、肝心のアッシュベルは一向に姿を現す様子がなかったのだ。
情報収集に長ける彼の事だ、この事態を察して身を隠しているという事も考えられる。
このままでは、メシア本部が落とされるのも時間の問題だった――
「間もなく、メシア本部周辺です」
ヤヨイのアナスンスと共に、ブリッジルームの巨大なモニターからは真っ白な大きい建物が目に入った。
あれが、全世界のメシアを統括する『メシア本部』だ。
「……どうやら、間に合ったようだが――」
アヴェンジャーの襲撃はないようだが、本部周辺には明らかに異変が起きていた。
何処からともなく湧き出している大量のE.B.B……そして、味方同士で争うウィッシュ部隊の数々。
「多数のE.B.Bを確認しました……あ、あのウィッシュはアヴェンジャーの部隊なのでしょうか?」
「奴らの部隊にしては数が少ない、それに奴らが所有しているはずのレブルペインの姿が一機も見当たらないが……」
となると、考え付く結論はただ一つ。
シラナギのような、アヴェンジャーの内通者の仕業と考えるべきだろう。
メシア本部は、まんまとアヴェンジャーの策略にはまってしまっていたのだ。
事態は一刻の猶予も許されない、とにかく場に出現しているE.B.Bだけでも討伐するべきだろう、と艦長は判断した。
「ゼノフラムを出撃させろ、ブレイアスはゼノフラムのサポートを頼む。 本艦はここで待機だ」
「了解しました。 パイロット各位、出撃してください」
『こちらゼノス、状況は把握した。 大型E.B.Bは俺に任せろ』
『こちらラティア、了解したわ』
「ったく、アヴェンジャーの奴らも本気だな……一体どんな手を使ってこんなにE.B.Bを集めやがったんだ」
「オートコアの件もありますからね、彼らは我々の知らない技術を手にしていると考えられますが……」
ライルはモニターに映る大量のE.B.Bを見て、うんざりとした。
今回はアヴェンジャーとの戦いが中心になると言えど、やはり彼らとE.B.Bは切っても切り離せない関係なのだろう。
結局はいつも通り、E.B.Bの討伐をすることになってしまったのだ。
「……頼んだぞ、二人共」
出撃していく2機のHAを見送り、艦長は一言そう告げた。
コックピットからフリーアイゼンのハッチが開かれた事を確認すると、ゼノスは機体を前進させて艦から飛び出す。
空中へと投げ出されたゼノフラムは、ホバリング機能を使ってゆっくりと地上へと降り立っていく。
ズシィィンッ! と、ゼノフラムが地上へ降り立った途端に地鳴りが起きる程の衝撃が走る。
遅れて後ろから、青い新型機……ブレイアスがパラシュートを使って降り立ってきた。
だが、以前見た時とは外見が異なる。
緑色を中心とした換装パーツが取り付けられていたのだ。
背中には長銃と、小型のミサイルポッド、と多彩な武器が詰め込まれている。
フラムが開発したブレイアスの換装モジュール試作型だ。
射撃武器を中心に組み込まれた構成は、見た目通りに射撃に特化した造りをしており
近距離でも射撃で戦えるようにι・ブレードのブラックホークを元に開発した二丁銃も搭載されている。
但し、性能はブラックホークとは異なり凄まじい破壊力を誇るわけではない。
威力を落とした分、連射性能に優れている短銃タイプの武装となっている。
また、メイン武装の一つであるライフルは高威力を誇るレールガンと精密射撃を可能とするスナイパーライフルの2種類の形がある。
通常はレール上から強力な磁場を発生させ、エターナルブライトの動力を交える事により凄まじい火力を誇るレールガンタイプであるが換装パーツを使用し先端へと取り付ける事によって、高威力を保ったまま精密射撃を行う事が可能となる仕組みとなっている。
しかし、ブレイアスは以前に制御系に異常をきたしていたはずだ。
そんな不備を抱えたまま、いきなり実戦で試作型を投入しても問題ないのだろうかとゼノスは疑問に思った。
「新型の調子はどうだ、この前の戦闘では不備を起こしたと聞くぞ」
『あら、貴方のお友達が自信満々に『今回の調整は完璧だ、この私が言うのだから間違いない』と言っていたけれど?』
フラムが誇らしげに語る様子を頭に浮かべて、ゼノスは呆れてしまった。
彼女らしいと言えば彼女らしいだろう。
新型の調整が完璧というのであれば、信用してもいいだろう。
「それよりもいいのか、スカイウィッシュ部隊の隊長が俺達と最前線で戦っていても」
『私の不在でうろたえるようなバカ共に育て上げたつもりはないわよ。 それにイリュードが上手くやってくれるわ。
……っと、呑気に話している場合じゃないわね』
モニターには目視で確認できるほど、ウジャウジャと蠢いているE.B.B達の姿が確認できた。
既に何機か破壊されたウィッシュの残骸もあり、恐らく中はE.B.Bによって食い散らかされているだろう。
……あれらがメシア本部内に侵入してしまえば更なる惨事を招く事となる。
「俺が先行する、合図があるまで後ろで待機していろ」
『了解したわ』
ゼノスはラティアに告げると、機体を一気に前進させた。
もうすぐE.B.Bの群れへ突入する寸前に、機体を急停止させてその場に強く踏み留まる。
「……ゼノフラム、お前の真の力を……あいつの夢を、見せ付けてやれ」
ゼノフラムの胸部から、一つの砲台が姿を現す。
5年前に大事故を起こした『ビーム兵器』が、再び姿を現した。
エネルギーの圧縮が始まると同時に、銃身が紫色の光に包まれていく。
出力は順調に上がっていき、機体も安定したままだ。
……いける。
出力メーターは一定値を保った途端、銃身の紫色の光は赤色へと変色していた。
エネルギーの圧縮が完了した合図だ。
「反エネルギー圧縮砲、発射するっ!」
ゼノスは力強く叫ぶと、トリガーを強く引いた。
ズガァァァァンッ!! 爆発音に近い音共に、ゼノフラムから凄まじい赤色の光が一直線に発射されていく。
一瞬にして一直線に地面が抉られ、建物の破片等が宙へと舞いあがる。
光に巻き込まれたE.B.B達は、次々と宙へと舞っていき、消し炭へと化していく。
コックピット内は激しく揺れるが、5年前のようにオーバーロードを引き起こす事態にまでは達していない。
だが、コックピット内の温度は想像以上に上昇しパイロットスーツ越しからでも凄まじい熱気がゼノスへと襲い掛かっていた。
圧縮砲の発射を終えると、ゼノスは息を荒げて胸を強く抑える。
……E.B.B化が進んでいるのだろうか、一瞬だけ胸に激しい痛みが襲い掛かってきたのだ。
モニターを確認すると、ウジャウジャと存在したはずのE.B.Bはその半数以上が姿を消していた。
抉られた地面の後は、まるで戦艦の主砲が発射された痕跡にそっくりであった。
『驚いたわ……本当に、HAクラスでビーム兵器を』
「油断するな、まだ雑魚を掃除したにすぎない。 何処かに大型E.B.Bが潜んでいるはずだ」
『そうね、撃ち漏らした奴は私に任せて。 貴方は大型E.B.Bを優先的に相手してくれればいいわ』
「なら、ここは任せるぞ」
ラティアにそう告げると、ゼノスは更に奥地へ進もうとスロットルを握りしめる。
だが……突如、地面がグラグラと揺れるのを感じて思わず動きを止める。
ゼノフラムの振動ではない……何かが、下から来ている?
「ラティア、下がれっ!」
『ええ、わかってるわっ!』
ゼノフラムとブレイアスは、ほぼ同時にその場を後退していった。
すると、地面から出現したのは巨大なワームの姿をしたE.B.Bであった。
全身緑色の巨体の先端部には剥き出しになった禍々しいE.B.Bコアと、クモのような三つの目。
E.B.Bが突如大量出現した理由は、恐らくこの大型E.B.Bが地下へと潜んでいたからであろう。
頭部がむき出しになっているのであれば、討伐は容易い。
ゼノフラムはガトリング砲をE.B.Bの巨体へ向けようとした。
だが、その瞬間……再び地響きが発生した。
信じられない事に、別の箇所から同じような外見をしたE.B.Bが、2体同時に姿を現した。
「大型E.B.Bが3体……しかも、同じタイプだと?」
『あら、コアがむき出しになっているのなら何匹でも一緒よ』
「……その通り、だなっ!」
ゼノスは即座にガトリングを、大型E.B.Bの頭部へ向けて発射させる。
ガァンッ!! 1匹目のE.B.Bのコアが弾き飛ばされると、奇声を大きく上げて倒れこんだ。
早くも1匹目を仕留めたゼノスは、残りの2匹を片づけようと2匹目へと接近していく。
しかし、2匹目は1匹目と違いコアを守るように素早く動き回り、中々狙いを定めることが出来なかった。
「ならば――」
ゼノスはブーストハンマーで動きを鈍らせようと構えた途端――バシュゥゥンッ!! と、銃声のような音が背後から響き渡る。
バァァンッ! と、爆発音に近い音共に2匹目の大型E.B.Bのコアが破壊された。
背後を振り返ると、そこにはスナイパーライフルを構えたブレイアスの姿があった。
銃身からはバチバチッと電流が走っている。
まさかあの動きを捕えて、一瞬にしてコアを仕留めたとでもいうのだろうか。
……ブレイアスの性能だけではない、ゼノスはむしろラティアの射撃センスに驚かされた。
『ほら、残り1匹よ?』
「……仕留める」
奇声を大きくあげ、最後の大型E.B.Bがゼノフラムへと向けて突進してきた。
ゼノスは構えていたブーストハンマーを射出させ、大型E.B.Bの頭部を凄まじい勢いで弾き飛ばす。
その勢いのまま機体は引っ張られ、宙へと舞い上がるとゼノスはガトリングを乱射させた。
あっという間に、最後の1匹のコアを破壊させると、ゼノフラムは着地をした。
……だが、やけに手応えを感じない。
今までの大型E.B.Bは、戦うにつれてコアが厳重に守られてきたはずだ。
今回のE.B.Bは、それと反して目に見える位置に剥き出しにされていたのだ。
ゼノスはそれを不自然に感じて、倒れて行った3体の大型E.B.Bを確認する。
3匹の同種……ではあるが、本体は全て地上へと姿を見せたわけではない。
全て地面へ埋まったまま、動きを停止させていた。
……深く考えすぎたか、とゼノスは残りの小型E.B.Bの討伐へ向かおうとする。
「ここはもういいだろう、残りを片づけるぞ」
『待って……様子がおかしいわ』
ラティアがそう言った途端、倒れていた3体のE.B.Bはピクピクと再び動き始める。
すると、3体のE.B.Bが同時に目を覚まし、キシャァァァと奇声をあげ立ち上がった。
「……何?」
『コアを見てっ!』
ラティアに言われるがままに、ゼノスは1体のコアを確認すると……驚いたことに破壊したはずのコアが元の形に戻っていたのだ。
同時に、地面がグラグラと激しく揺れ始め3体のE.B.Bが慌しく蠢き始めた。
「やはり、そうか」
考えすぎであってほしい、と考えたが……どうやらゼノスの悪い予感は当たってしまったようだ。
3体のそっくりな姿と、3体とも地面から出現している事から……ゼノスは気づいてしまった。
大型E.B.Bは、『3体』ではない事に――
ガァァァァンッ!! 地面を突き破るように、新たな大型E.B.Bが姿を見せた。
緑色の4本足……まるで恐竜のような形をしたE.B.Bが、地面を突き破って出現したのだ。
……だが、妙な事にその巨大なE.B.Bの頭は三つ存在した。
長く続く三つの首を辿っていくと……その先には、先程のE.B.B3体の姿が続いていたのだ。
『何よ、このE.B.B……今までこんなタイプ見たことないわよっ!?』
「原因はわからないが、どうやら複数のE.B.Bが合体した姿なんだろう……恐らく、こいつの中心となっているコアが何処かにあるはずだ」
ゼノスは全身を晒した大型E.B.Bの胴体を確認すると、一カ所だけ奇妙な点を見つけた。
緑色を中心とした巨体に、一部だけ黒ずんでいる箇所があったのだ。
剥き出しにはされていないが、あの変色だけを見れば……恐らくコアが隠されているのだろうと推測できる。
弱点がわかれば話が早い、例え三つ首のバケモノであろうがなんだろうが、E.B.Bはコアを破壊されたら行動を停止する。
「行くぞ、ラティア。 奴を仕留める」
『……ええ、わかったわ』
ゼノフラムとブレイアスは、迫りくる巨大なE.B.Bへと立ち向かっていった。