第16話 開戦 ①
世界各地に展開するアヴェンジャーの一員が、本拠点に集った。
長年計画されてきた打倒アッシュベルが、今始動されようとしている。
メシア本部の所有するHAは数千を超えるに対して、アヴェンジャーは奪った兵器も含めて500機程の数。
数では圧倒的に劣っているが、メシア内部は現状混乱に陥っており、指揮がまともに機能していない状態だ。
全ては、ジエンスの計画通りに事が進められていた。
格納庫に聳え立つ、巨大な紫色のHAが一つ。
装甲が何十枚にも重ねられ、重武装を備えたその姿は……メシアが生み出した悪夢の兵器『G3』の姿を連想させた。
だが、いくつか異なる点も存在した。
両手の指は砲身のように穴があけられており、恐らくライフルか何かを埋め込まれているのだろう。
他には頭の額に値する部分に、赤い鉱石……いや、E.B.Bのコアが剥き出しになるように埋め込まれていた。
「G3のデータから再現した新たなG3……か、まさかこいつを復元する事ができるとはな」
「健三さんの成果なんでしょうね。 でも、こんなものまで復元するなんて……」
「それだけ本気という事だ、ジエンス様はよ」
ガジェロスとシラナギの二人は、紫色のHAを前にして二人で話していた。
間もなく作戦が始まる直前に、ガジェロスに新型の支給について聞かされていた。
まさかそれが、G3を再現したHAだという事は想像もしていなかっただろう。
「アハハ、お互い新しいHAだね。 やっぱり新品っていいよね、凄くウキウキしちゃう」
「あらー、フィミアちゃんどうしたんですかその恰好?」
突如現れたフィミアは、作戦直前だというのに何故か真っ赤なドレスを身に纏っている。
とてもじゃないが、戦闘に出る様な服装……とは思えない。
だが、ガジェロスはまたか……と深くため息をつくのであった。
「ウヒヒ……殺したはずのお姉さんが、生きていたんだもの。 やっぱり私達の愛は、通じ合っていたの。
だからね、もう一度確かめるんだ。 お姉さんと私の愛を……トリッドエールで」
「……うふふ、そうですね。 恋が実ると、いいですね」
シラナギは顔を引きつかせながら、無理やり笑顔を作った。
フィミアも同じように笑顔を返すと、トトトと小走りでその場を去っていく。
……彼女もまたE.B.Bによって、精神を壊された被害者の一人。
ガジェロスが言うように、E.B.B自体には精神を汚染するような効果はないのかもしれない。
だが、少なくともそれが引き金となって……彼女は何処か精神が狂ってしまった事は間違いなかった。
シラナギは、そんな可哀想な彼女を直視することが出来なかった。
「そんな顔するな。 この計画を成功させれば俺達のような、あのガキのような被害者は二度と増えなくなる」
「ええ、わかっていますよ。 私は平気ですから」
この戦いに敗北してしまえば、フィミアのような被害者が増え続けてしまう。
いずれは世界全土がエターナルブライトによって、汚染されてしまう未来が待っている――
そんな世界を作り出すわけには行かない、どんな手段を使おうとも……アッシュベルを止めなければ未来はないのだ。
「へぇ、こいつが噂の新型かぁ?」
フィミアと入れ違いで今度は茶髪の少年、俊が姿を現した。
「遅かったな、今まで何処で油を売っていたんだ」
「わりぃわりぃ、まさかこんなに急になるとは思ってなかったしな。 クソ爺に頼んで、徹夜で作業してもらってたんだ。
……ついに手に入れたぜ、究極のマシンをよ」
「究極のマシンだと? お前のレブルペインは一体どうしたんだ?」
ガジェロスは俊の言葉を耳にして驚きを隠せなかった。
今まで新型の支給を頑なに拒否し続けて、レブルペインでι・ブレードを戦う事に拘っていた男がこのタイミングで新たなHAを手にしたとでも言うのか。
「ま、お前に紹介してもらったクソ爺とちょっとした取引をな、おかげで俺のレブルペインがパワーアップってわけさ。
いやいや、流石に俺も参っちまうとこだったぜ……ここに来るまでの間何度気絶しかけたか……ありゃマジでバケモンだぜ」
「あらー、初めましてですね。 貴方が噂の天才くんですかー?」
「あ? 誰だこの女―――」
嬉しそうな顔でHAを語る俊に対して、シラナギは水を差すかのように笑顔で挨拶をした。
嫌な顔を一瞬見せた俊だが、シラナギの表情を目にして何故か固まっている。
「どうしました? 私の顔に何かついてます?」
「……なぁ、お前何処かで俺と逢った事ないか?」
少し考え込むと、俊はシラナギに対してそう告げた。
シラナギと俊は当然ながら初対面であるはずだが、そうとは思えない。
昔からこの人物を、知っているような気がする感覚に陥っていた。
「ダメですよー? いくら私が可愛いからって、そんな古典的な手段でナンパだなんて。 若くて勢いがあるってのは良い事ですけど、ちょっと困っちゃいます」
「はぁ? 誰がテメェなんかナンパするかよっ! それに俺は女に興味なんかねぇんだよ、クソが」
「ええーっ!? そうなんですかぁ? てっきり男の子は女の子が大好きだと思っていましたけれど……もしかして、あっち方面の方ですかー?」
「ケッ、おめでてぇ頭だな。 そういうアホ思考しかできねぇ奴に興味はねぇ、さっさと失せるんだな」
俊の頭に強く刺激したシラナギの姿であったが、やはり気のせいだったのだろう。
こんな人物と知り合いのはずもなく、俊はこの手のタイプが大嫌いな人間だ。
ただ、この引っかかった記憶自体は嘘ではない。
……多分、似ていただけなのだろうと自身を納得させていた。
「そろそろ時間だぞ、さっさと出撃準備をしろ」
「へいへい、わかってるっつーの。 俺はいつでもいけるぜ?」
「じゃあ、私はここに残りますので」
「ん? 何だお前、パイロットじゃねぇのか?」
「いえいえ、貴方以上の腕を持つとーっても強いパイロットですよ?」
「へぇ、そりゃ凄そうなパイロットさんだな。 んじゃな」
これ以上この場に留まる必要はないと、俊は手をヒラヒラと振って立ち去ろうとする。
だが、突如背後からギュッと手を掴まれて引き止められた。
「そうですそうです、ちょっとだけ時間いいですか?」
「んだよ、リーダーさんがご立腹だぜ? 用事あんならさっさと告げろ」
ガジェロスがサングラス越しから睨み付けているのを感じた俊は、嫌そうな顔でシラナギにそう告げる。
シラナギは俊の両肩を掴んで、無理やり正面へと向けさせた。
「いいですか、これから何があっても命だけは大切にしてくださいね。 危険な事をしては、絶対いけませんよ?」
「……いちいち気に障るな、テメェはよ。 俺は――」
「お姉さんとの約束ですよ、絶対に守ってくださいね?」
「……」
シラナギがにっこりと微笑むと、思わず俊は言葉を失ってしまった。
……やはり、知っている。
俊はシラナギを、知っているのだ。
「それでは……また、逢いましょうね」
それだけ告げると、シラナギは駆け足で格納庫を去っていく。
俊は呆然とその場に立ち尽くすだけだった。
「……アイツ」
「どうした、惚れたか?」
「テメェまでおめでたい頭してんな、クソが……俺ぁ行くぜ」
そんなものではない、もっと大事な何かが頭を刺激している。
この正体には……いや、もう俊自身も気づいているのかもしれない。
ただ、その事実を受け入れる事に時間がかかっている……だけなのだろう。
「……行くぞ、『G4』」
ガジェロスは紫色の大型HA……新たに生まれ変わったG3を、その名で呼んだ。
フリーアイゼンは、メシア本部へと向かっていた。
アヴェンジャーは明確な時間を指定していないが、必ず攻めてくる。
事前に本部にも通達はしてあるが、あの混乱の中では正確に伝わっているかどうかわからない。
最悪まともに動ける部隊は自分達だけかもしれない、と腹を括った。
「レーダーの様子はどうだ?」
「今のところ正常です、まだアヴェンジャーはこの付近に近づいてはいないようですね」
「……このまま何もなければ、それが一番なのだがな」
しかし、ジエンスの言葉は嘘を語っているような様子はない。
間違いなく、このタイミングで仕掛けてくるだろう。
あの男は今回の作戦を成功させる絶対的な策を持っているはずなのだから。
「こ、これは? ……レーダー機器に異常が発生しました」
「やはり動き出していたか、アヴェンジャー……っ!」
今までの傾向から考えれば、このレーダー危機の異常は間違いなくアヴェンジャーが保有するレブルペインの仕業だろう。
彼らの目的を考えれば、その先はメシア本部である事に間違いはない。
だが、フリーアイゼンのスピードではメシア本部の到達まではまだまだ時間がかかってしまう。
どうにかポイントを割り出せればいいのだが……。
すると、ヤヨイの横に興味深そうにディスプレイを眺めるフラムの姿があった。
彼女はほぼ強引に船へと乗り込み、ブリッジルームへと上がりこんでしまっていたのだ。
その後、ゼノスの説得があって艦長はやむを得ず了解をしたが……あの優秀な科学者が、最前線へ向かおうとしている艦に乗っていても良いのだろうか。
「ふむ、なるほど。 この距離でレーダー障害が発生したとなると、奴らのおおよその位置ぐらいは計算できるのではないかね?」
「え、ええ……出来るかと思います。 今私の方で算出を――」
「必要ない、このぐらいであれば機械なぞいらんだろう。 このデータを各機HAに送ってくれ」
「え? は、はいっ!」
流石のヤヨイもフラムの天才っぷりには驚かされていた。
フラムに言われるがままに予測される座標ポイントをパイロット各位へと転送する。
「さて、艦長殿。 貴方の勘が頼りだ、このポイントを見て奴らの居場所を特定できるかな?」
艦長はモニターに映された辺りの全体図を睨み付ける。
アヴェンジャーが拠点からこちらに向かってきているとしたら、まずはその拠点が何処へあったのかを推測しなければならない。
……だが、メシアが見つける事が出来なかった拠点だ。
そう簡単に特定できるはずはない。
しかし、艦長はこの図を見て何かに気が付いた。
予測されるポイントが全部で4カ所。
そのうちの2か所は住宅街付近だ。
今までのアヴェンジャーの傾向を考えれば、無意味に住宅街を襲うような真似はしていない。
勿論、今このタイミングで街を襲撃すると言った真似はしないだろう。
彼らの目的はあくまでもメシア本部にあるのだから。
そうなると残りは二つ、片方は足場が悪くE.B.Bが大量発生する事から人はあまり近寄らない。
もう一方は、それを更に上回った第S級に指定される汚染区域付近だ。
彼らの部隊はほとんど陸地を歩くはずだ……そうなれば、汚染区域付近が一番怪しいだろう。
しかし、今フリーアイゼンが全力でそこへ向かったとしても時間が足りない。
ここはHAだけを先行させるのが一番であろう、と判断した。
「ι・ブレード、レビンフラックスの2機をポイントDへ向かわせろ、残りは本部へと向かい防衛へ専念するぞ」
「いいのですか? たったの2機を単体で向かわせるなんて」
「ιとレビンフラックスの機動性があれば問題はない、いざとなれば容易く退くこともできるはずだ」
「……了解しました。 ι・ブレード、レビンフラックスの2機は直ちに出撃してください」
『了解……っ! ι・ブレード……出ますっ!』
『あいよっ! アタシに任せとけっ! かっ飛ばすよっ!!』
パイロット達の音声を確認すると、モニターからは2機のHAが凄まじい動きで出撃していった姿が見えた。
見送る暇もなく、あっという間に2機のHAは姿を消していく――
「リューテ、多少無理をしてでも本部へ急いでくれ。 本部の部隊がどうなっているかもわからんからな」
「多少荒くなりますが、何とかしますよ」
「おいおい、艦を落とすんじゃねぇぞ?」
「そんなヘマはしない、行くぞ」
リューテがそう言った途端、フリーアイゼンの揺れが一気に激しくなった。
ガタガタガタと、伝わる振動が今まさに猛スピードで空を突き進んでいるのが身に染みて伝わってくる。
だが、戦いが起きればこんな揺れ程度では済まない。
……最悪、あの時のような集中砲火も覚悟していた。
「ついに始まる……のだな、アヴェンジャーとの最終決戦が」
艦長は目を閉じて、静かに戦いの始まりを告げた。