計画始動の時 ⑤
フリーアイゼンの中では、クルー達が慌しく駆け巡っていた。
物資の補給や、内部の整理、フリーアイゼンの最終調整等第7支部のメシア兵を巻き込んでの大掛かりな作業の数々。
明日の出発に備えて、着実に準備が進められている。
ブリッジルームには、久々にメンバーが集っていた。
戦況オペレーターのヤヨイ、操船担当のリューテ、武器管制のライル……そして艦長を務めるゲン。
思えばこんな少人数で、フリーアイゼンはよく戦ってこれたものだと感じていた。
第7支部によって、フリーアイゼンの改修が進められていく中に武装がいくつか追加されている。
出力を抑えた副砲を二門に、更なる強力な一撃を手にした主砲に大量のミサイル。
それに伴い、フリーアイゼンの制御面も改良が加えられていた。
事前に動作確認を行う為に、艦長はここにブリッジメンバーを招集させたのだ。
「首尾はどうだ?」
「問題ありません、以前と使い勝手も変わっておりませんので」
「フィールド調整が若干以前のと違っているようですが、それ程大きな問題とはなりません」
「こっちも大丈夫そうだ。 以前よりも使い勝手は上昇している、こりゃフリーアイゼンの大活躍が期待できそうだぜ」
「では各自、明日の明朝まで自由にするといい。 後は他の者が準備を済ませてくれるだろう」
艦長はそれだけ告げると、ブリッジルームをそのまま出て行こうとする。
するとヤヨイが立ち去ろうとする艦長を呼び止めた。
「艦長、少しだけいいですか」
「なんだ」
「正直、私はこのように人類同士で戦う事は喜ばしくない事だと感じています。
……勿論、戦う覚悟はありますが……本当に、これでよろしいのでしょうか?」
「迷っているのか、ヤヨイ」
「……はい」
ヤヨイは不安げな表情で、そう告げた。
アヴェンジャーが行おうとしている恐ろしい計画は、ヤヨイ自身も知っている。
だが、ただでさえ人類にはE.B.Bという共通の敵が存在するのに、どうして争わなければならないのか。
何とかして、戦いが起きない方法がないのかと、ヤヨイは考えていたのだ。
艦長は、戦う覚悟がある者だけついて来いと確かに告げた。
その時点では、迷いはなかったはずだ。
なのに、直前になってヤヨイが怖くなってしまったのだろう。
「確かに、人類同士で戦うのは本来ならばあってはならない事だ。
……だが、我々が動かなければ誰がアヴェンジャーを止めることが出来る?
彼らは本気でメシアを潰そうと企んでいる……アヴェンジャーの自由を許してしまえば、世界を混乱に陥れる事になってしまう」
「……そう、ですよね。 ごめんなさい……艦長」
「ヤヨイさん、貴方の気持ちは私にもわかります。 私も出来る限り、戦いを避けられればいいと考えていましたが」
「だけどよ、艦長の言う通りだろ。 戦わなければもう、あいつらは止めんねぇんだよ……だったら、戦うしかないだろうが」
「その通りだ、私がもっと優秀であれば……戦わずにして事態を解決する方法を見つけられたかもしれん。
だが、今我々に残されているのは……戦う事しかないのだ。 他の方法を考える暇も……ないのだよ」
艦長は悲しそうな表情を見せて、そう呟いた。
誰もが、人類同士で戦う事を望んではいない。
しかし、もはや戦いは避けられない。
残された道はただ一つ、戦い抜いて……アヴェンジャーの計画を阻止する事だけだった。
「わかりました、ならばもう問いません。 私も……人類の未来の為に、戦うまでです」
「……辛い思いをさせて、すまないな。 この戦いに勝利すれば、我々はE.B.B討伐に専念することが出来るはずだ。
……もう二度と、アヴェンジャーのような組織を生み出さないためにも、我々は解決しなければならない問題を抱えすぎている。
だからこそ、我々は生き抜くぞ。 人類の未来の為に……勝利を掴むのだ」
「わかってますよ、必ずアヴェンジャーの野望を阻止しましょう」
「当然だ、俺達がいる限り奴らの好きにはさせねぇっ!!」
ヤヨイの迷いが断ち切れたのを確認すると、艦長は静かに背中を向ける。
ジエンスは言っていた、アッシュベルは人体実験を行っていると。
友の事は信じたい、アッシュベルは何一つ嘘をついていない。
誰かがアッシュベルが疑わるように仕向けている、アッシュベルは確かにそう告げていた。
……その言葉を、信じるしかない。
例え誰もアッシュベルの言葉を信じてくれなかったとしても、艦長がその事実を証明すればいい。
だからこそ、艦長は止めなければならない、アヴェンジャーを。
友の無実を信じて――
晶はシリアとゼノスを連れて、自室へと訪れた。
フリーアイゼンが改修中であった為、施設内の空き室を使わせてもらっていた。
部屋はそこそこ広くて、一人では十分すぎる程だ。
ゼノスは周りを注意深く見渡すと、部屋のカギをかけた。
「……お前達にだけでも、話しておきたいことがある」
「何だぁ? もしかしてあの爺が言ってたことか?」
「ああ、そうだ」
ゼノスは間髪入れずに、そう答える。
ジエンスは、ゼノスに向けて確かに『戻って来い』と告げていた。
それを意味する言葉は、ゼノスは少なくともジエンスとつながりがある事を示しているのだ。
「今から5,6年ほど前、俺はアヴェンジャーの一員として活動していた。
俺が下された命令は、メシアの一員に成りすましてアヴェンジャーに情報を提供する事だった」
「……本当、だったのか」
晶は力なく、そう呟いた。
ゼノスがあの非道な組織の一員だったとは信じ難い、だが本人がそう語るのであれば間違いないだろう。
……だからといって、晶はゼノスに偏見を持つような真似はしない。
どんな過去を持とうと、信頼できる人物である事は確かなのだから。
「アヴェンジャーはジエンス・イェスタンの手により、アッシュベルに復讐心を抱く者が集った組織だ。
文字通り奴が、一人一人勧誘して言ったと聞く。 俺達の最終目標は、メシアを隠れ家としているアッシュベルを炙り出す事だったんだ」
「ちょっと待てよ、何でアタシらに今更そんな話をするんだ? 別にアタシはゼノスを疑っちゃいないさ、無理に過去を話す必要性も――」
「お前達は、アヴェンジャーと戦う前に……アヴェンジャーを知っておく必要がある。
そして、アヴェンジャーを生み出す元凶となった『エターナルブライト』や『アッシュベル・ランダー』についても」
ゼノスがそう言った途端、突如前触れもなく上着を脱ぎ始めた。
「バッ、な、なな何してんだよっ!?」
シリアは顔を真っ赤にさせながらも、慌ててゼノスを取り押さえようとするが……ゼノスの胸部を目の当たりにして、顔を青ざめさせた。
そこには、とてもじゃないが人間の体とは程遠い、異形がべったりと張り付いていた。
いや、そうではない。 よく見ると剥き出しになっているE.B.Bのコアのようなものが見えている。
そこで晶は気づいた……ゼノスもまた、『被害者』の一人であったことに。
エターナルブライトを体に埋め込まれた結果、胸部を中心にE.B.B化が進んでしまっているのだろう。
……ゼノスが不死身だと言われている理由が、ようやくわかった。
「これが、体内にエターナルブライトを埋め込まれた人間の末路だ。 エターナルブライトを埋め込まれた生物は、異形へと変貌を遂げる。
それがE.B.Bの始まりであったが、その生物に『人間』が含まれないはずがない」
「う、嘘だろ、ゼノス……今までずっと、その身体でアタシ達と戦って――」
「……体のE.B.B化が進むと共に、人間は異形の力を得ることが出来る。 例えば、E.B.Bのような有り得ない再生力を持ち、強靭な肉体を手にすることが出来る。
また、人によるおまけ要素だが……ちょっとした特殊能力が身につく例もある。 例えば俺なら」
パチン、とゼノスが指を鳴らした途端――バァンッ! と、爆竹が爆発したかのような音が響き渡った。
晶はその爆発を見て、とある不思議な現象を思い出した。
ι・ブレードに搭乗する時、ゼノスは襲い掛かるガジェロスから晶の身を守ってくれていた。
……その時に、ゼノスがガジェロスに攻撃を仕掛けた時だ。
謎の爆発が、発生していた。
あの時はι・ブレードに乗る事に必死で、その後もあの爆発については全く疑問を抱いてはいなかったが……ようやく、そのカラクリが解けた。
「俺は意図的に、爆発を引き起こせる体質となっている……エターナルブライトによってな」
「な、なんじゃそりゃ……エターナルブライトってそんなとんでもねぇ効果も持っていたんだな」
「だけど、考えてみればE.B.Bだって同じようなものだよな。 俺達が相手にしてきた奴ら、ビームみたいのを射出する奴もいたし……」
エターナルブライトに秘められた謎の力、今まではHAの動力源やE.B.B発生源としての認識しかなかったが、それは大きな間違いだ。
本当は、もっととてつもない力を持っている。
HAのような兵器を生み出す以上の、とんでもない力を持っていると、ゼノスは伝えたかったのだろう。
「シリア、お前の足を見せろ」
「ア、アタシの足ぃ? ……ま、いいけど」
シリアは固定具で固められている両足を、ゼノスに見せた。
「……固定具を外す。 悪いが、確かめさせてもらうぞ」
「な、何をだよ?」
ゼノスはその問いに答えずに、黙々と固定具を外し始めた。
その下には丁寧に包帯が巻きつけられている。
……もし、Dr.ミケイルが本当にエターナルブライトに関わっていたとしたら。
シリアの足には、エターナルブライトが埋め込まれている事となるはずだ。
「……え――」
「……やはり、か」
二人は同時に、声を漏らした。
包帯を解いていった下に見えてきたのは、黒ずんだ足だ。
その変化具合を見ると、E.B.B化が進みだした状態と酷似している。
……ゼノスのように剥き出しにはなってないと言えど、エターナルブライトが使われている事を証明するには十分すぎる証拠だった。
Dr.ミケイルは、やはり人体実験を行っていた。 仲間であるはずのシリアを使って――
「ア、アタシの足に……エターナルブライトが?」
「……これが事実だ、お前は確かに再び大地を歩ける体に戻った、もう一度パイロットをやれる体となった。
だが、その結果……お前は俺達と同じように、E.B.Bになる運命を抱えてしまったんだ」
悲しい表情を見せ、ゼノスはそう呟いた。
「……いや、いいさ。 むしろアタシは、こうやってパイロットをもう一度やれる事が嬉しいと思う。
どうせあのまま生きていても、退屈な人生が待っていたはずさ。 ……何も、悪い事ばかりではないさ」
シリアは口ではそう言っているものの、体を小刻みに震わせている。
……ゼノスのあの胸部を見てしまえば、いつか自分の足もそうなってしまうと想像してしまうだろう。
平気なはずがない、怖くないはずがなかった。
「アッシュベルのターゲットは、シリアのように体に障害を持った人間……もしくは、重い病気を抱えた人間をターゲットにしていた。
絶望に陥れられた人々に偽りの希望を見せつけて、病人達の夢を叶える……そんな非道な事を、平然を続けていたんだ」
「……でも、何でアッシュベルだってわかるんだ? 少なくともメシア内では、今の今までアッシュベルが人体実験を行っているどころか……
エターナルブライトによる人体実験すら知られてなかったんだろ?」
「Dr.ミケイルの例を考えればわかるだろう。 奴は直接動いちゃいない、いくつかのルートを通して医療機関に属する人間を好きなように操っていたんだろう。
……それを知っていたのはジエンスだけだ。 俺が奴から勧誘された際は、まるで全てを見透かされているかのように……この体に至るまでの経緯を言い当てられた。
奴の情報源が本物であると信じるには、十分すぎる証拠だからな。 勿論、確実な証拠はないと言えど……俺は今でもアッシュベルを疑っているのは事実だ」
「なら、ゼノスはアヴェンジャーから離れても……アッシュベルに復讐を果たすのが目的なのか?」
晶はゼノスに向けて、そう尋ねた。
冷たく重い空気が張り詰める中、晶は思わず生唾をゴクリと飲み込んだ。
「違う、復讐を果たしたところで俺の体はどうにもならない。 アヴェンジャーのやり方を間近で見てきた俺は、嫌気がさして抜け出した。
そのやり方は言わずとも、わかっているだろうが……。 だから俺は、俺のやり方で『アッシュベル』の悪事を暴くつもりだった」
ゼノスの言葉を聞いた途端、晶はふと父親の言葉を思い返した。
父親は、アッシュベルを止める為にアヴェンジャーに身を置いたのだ。
どんな手段を使ってでもアッシュベルの悪事を阻止しようと、必死で立ち向かおうとしていた。
……ゼノスはそれを、メシア内部から実施しようとしていたのだろう。
だが、それでもアヴェンジャーの行為を見逃すわけには行かない。
今のメシアが破壊されてしまえば、全てが滅茶苦茶になってしまう。
かつて晶の故郷が襲われたどころの騒ぎで、済むはずがないのだ。
「……アヴェンジャーと俺は、やり方が大きく異なるが……共に同じ目的を持つのも事実だ。
だが、俺は奴らの行いが正しいとは思わない。 破壊から生み出されるのは絶望しかない、世界はE.B.Bによって再び地獄を見る事になる。
……そんな未来を、俺は望んでいない。 だからこそ、俺を信じて……共に戦ってくれないか?」
相変わらず表情を変えないものの、その言葉には強い意志が込められているのを二人は感じた。
ゼノスの言葉に偽りはない、アヴェンジャーと戦う事に何一つ迷いを生じていないという事だ。
「何いってんだよ、だからアタシはゼノスを疑ってないっつーのっ!」
「ゼノスには何度も助けられているんだ、疑うだなんてとんでもないだろ」
晶はシリアに続いて、ゼノスにそう告げた。
「……すまない、二人とも。 ありがとう」
「気にするな、アタシ達は仲間さっ! おい晶、ちょっと円陣組むぞっ!」
「う、うわっ!?」
シリアはゼノスと晶を強引に引っ張ると、3人だけの小さい円陣を組み始めた。
何だか気恥ずかしかったが、シリアは勿論の事、ゼノスすらも少しだけ微笑んでいた。
「んじゃ、未来のエースがドーンっと決めちゃってっ! 頼むぞ、晶っ!」
「お、俺っ!?」
あまりにも唐突過ぎるキラーパスに、思わず晶は度肝を抜かれた。
手っきり言い出しっぺのシリアがやる者だと思っていたが、そんな事を口に出すわけにもいかずに晶は必死で思考をグルグルと回転させる。
……難しく考える必要はない。
純粋な今の願いを、言葉に込めればいいだけだ。
晶は深く、深呼吸をした。
「……じゃ、じゃあ行くぞ」
二人が無言で頷くのを確認すると、晶は強く叫んだ。
「生き残るぞ……必ず俺達は生き残って勝利を掴んで見せるぞっ!!」
「「オーッ!!!」」
3人の誓いの叫びが、第7支部中に響き渡った。