計画始動の時 ④
第7支部からアヴェンジャーの通信が入った事は、瞬く間に広まった。
事実上、アヴェンジャーの宣戦布告とも取れる宣言に、誰もが驚かされていた。
世界がE.B.Bの対策に追われている中に、本気で戦争を仕掛けようとしている事もそうだが
それ以上に、メシア全体を敵に回そうという行為に驚きを隠せなかった。
いくら混乱状態に陥っているとは言えど腐ってもメシア本拠地だ。
アヴェンジャーがどれ程の戦力を蓄えているかは不明確だが、少なくとも今までメシアから兵器を奪う行為を繰り返している以上、そこまで大規模な組織ではない事はわかっている。
少なくとも、数では圧倒的にメシアが勝っているのだ。
だが……今までも、メシアはアヴェンジャーによって多大な被害を受けていた。
もし、あのジエンスの言葉を信じるのであれば……彼らはとてつもない数の戦力を蓄えていたのか、或いは秘密兵器を保持しているか。
彼らがどんな手段を使おうとも、メシアは勝たなければならない。
今、メシアが倒れてしまえば世界は再び地獄へと突き落とされるだろう。
今日まで少しずつ、人類の日常を取り戻してきたメシアの行為が、たった一つの組織の手によって壊されてしまう。
それは、決して許されていい事ではないのだ。
第7支部内では、対アヴェンジャーに向けての準備が着々と進められていた。
のんびりしている暇はない、こうしている間にもアヴェンジャーが本部へと向けて進路を進めている可能性もある。
未だに彼らの行方が掴めない以上、一刻も早く本部へたどり着いて待ち構えるしかないのだ。
そんな中、ラティアは休憩所で一人座っていた。
無事に退院を果たし戦線へ復帰を遂げたが、その直後にこの短期間で起きた事件を全てイリュードから聞いた。
Dr.ミケイルの殺害、Dr.ミケイルがエターナルブライトによる人体実験を行っていた事。
彼はシリアの足を治療した、治すのは絶望的だと言われたあの足を。
実際、シリアはHAに乗れるほど回復しており、足の状態はほぼ完治していると思っていい。
彼女は知っているのだろうか。
自分の治療に、エターナルブライトが使われていた事を。
いや、まだ決めつけるのは早いのかもしれない。
もしかしたら、Dr.ミケイルは本当にエターナルブライトを使わずに足を治療した可能性だって――
「ここにいたか、ラティア」
「……イリュード」
「随分やつれているな、せっかくの美人が台無しだぞ」
「全く、心にもない事を……」
相変わらずのイリュードに呆れて、ラティアはため息をついた。
「病み上がりってのもあるだろうが、こりゃ妹の件だろうな」
「……貴方には本当、隠し事できないわね」
「どうした、あれから顔を合わせていないのか?」
あの時……ラティアはシリアにレビンフラックスを託して以来、ろくに顔を合わせていない。
勿論、ラティア自身がしばらく意識を失っていた事も原因ではあるが、それでも会わなかった言い訳にはならない。
シリアの元気に歩き回る姿を見れるのは、とても幸せなことなはずだった。
だが、今はそうではない。
一体どうやって足が治ったのか、副作用はないのか、またすぐに歩けなくなるんじゃないか。
そんな不安ばかりが生まれてしまい、とてもじゃないが直視できなかった。
「私はバカよね……今までだって自分から妹を避けて、凄く傷つけてしまっていたのに。
また、同じことを繰り返そうとしている……でも、怖いの。 今のあの子と逢うのが……凄く、怖い」
「……フリーアイゼンは、最終調整がまだ済んでいない。 明日の明朝には出ると聞いている。
我々の部隊も、同時期に出発とする。 まさか、戦えないとは言えないだろうな」
ラティアが悲しそうにそう語ると、突如イリュードは改まってそう告げた。
……戦いを前にして、迷うな。
迷いを持つ者が戦場に出れば、待つのは死あるのみ。
そこまで言わずとも、イリュードが告げたいことが何となくラティアには理解できた。
「それと、お前に特命を下す」
「特命?」
「お前には、ブレイアスでフリーアイゼンと行動を共にして欲しい」
「フリーアイゼンに?」
「彼らの疑いは完全に晴れたわけではない、もしかすると戦場の中……突然、俺達を裏切る可能性もある。
だから、お前には彼らの監視役を務めてほしい。 これは、最も信頼できるお前にしか頼めない事だ」
「私に、彼らを疑えというの? そんなの、できないわ。 それに、スカイウィッシュ部隊はどうするつもりなの?」
そんな事、できるはずがない。
それは、自らの妹を疑えと言っている事と、同じなのだから。
フリーアイゼンは、アヴェンジャーに寝返るような人達ではないと……イリュードもわかっているはずだ。
だが、艦長として……メシアの第7支部の司令として、彼らに疑いがある限りは……監視をつけなければならないのだろう。
「スカイウィッシュ部隊は俺が指揮すればいいだろう。 今、フリーアイゼンを野放しにしていくと上層部が黙っちゃいないから。
すまないな、嫌な役かもしれないが頼まれてくれないか?」
「……わかったわ、仕方ないわよね」
イリュードとは同期と言えど、自分の上官である事には変わりはない。
再度ため息をつきながらも、ラティアは頷いた。
ふと、イリュードが顔を近づけてきた。
思わずラティアは目を見開いて驚き、頬を少しだけ赤らめた。
「しっかり、妹を支えてやれよ」
イリュードは耳元でそう告げると、静かに立ち去っていく。
ラティアは呆然と、立ち尽くした。
「……素直じゃないわね、最初からそう言ってくれればいいのに」
またしてもため息をついて、ラティアはそう言った。
「でも、ありがとう」
まだ見えるイリュードの背中に向けて、ラティアは微笑んだ。
第7支部に、ある特別な格納庫が存在する。
フラムが私的に使う、技術開発も為に設けられたフラム専用の開発室だ。
白衣を身に纏ったフラムと、ゼノスが二人で並んで見上げていた。
そこに聳え立つ、何処か懐かしさを感じる真っ赤なHA……ゼノフラムを。
圧倒的な存在感は、今でも健在のようだ。
「以前にも増して、クセが強いマシンへと更なる進化を遂げているぞ。 数多の大型E.B.Bと渡り合う為に、火力を重視した結果……多少無茶な設計となったが、君なら乗りこなしてくれるだろう」
「問題ない、むしろそうではなくてはお前のマシンとは言えん」
「ふ、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。 だが、気を付けてくれたまえよ……反エネルギー圧縮砲は強力過ぎる故に、そう乱発できるものではない。
下手に扱いを誤れば、すぐにオーバーロードを引き起こして大爆発だ……君なら、そんなヘマをしないと信じているがね」
「今更だろう、ゼノフラムに乗る時点でリスクは承知している」
「……君は、そこまでして私の夢に拘るかね」
「そうだ、アンタの夢は俺の夢だ。 だから見ていろ、アンタが諦めなかった夢を、『真のゼノフラム』の戦いを」
ゼノスはフラムの目をしっかりと捕えて、そう告げた。
「ふふ、君がそう言わなくともそのつもりだったさ。 私も、フリーアイゼンに同行させてもらうぞ」
「……正気か?」
「ゼノフラムをメンテナンスできるのは、事実上君と私だけだ。 他のメカニックが使い物にならないのでは話にならん……不服かね?」
「……」
ゼノスは、戸惑った。
フラムは決して前線に出て戦うような人物ではない、科学者なのだ。
恐らく、今メシアの中で未乃 健三と渡り合える程の技術を持つのは彼女だけ。
そんな彼女が、アヴェンジャーの猛攻が予想される戦場へ連れて行ってもいいのだろうか。
おまけにアヴェンジャーは非道な組織であり、どんな手段を使ってメシア本部に攻め込むか見当がつかない。
ダメだ、とゼノスは告げようとした。
「私を拒絶するかね、それもいいだろう。 私はこれでも自重している方だと思うぞ? 最初から君と一緒にコックピットに乗ろうと考えたぐらいだ。
ま、もちろん君がダメだというのなら私にも考えはあるがね……例えばこっそり、コックピットにブーブークッションを仕掛けるぞ。
ブリッジルームに繋がっていたら気まずさ全開だ、もちろん一人でもそれはそれでダメージはあるがね。
次はそうだな、ゼノフラムの両手をロケットパンチに改造したり……ま、今から実装するのであれば4、5メートルぐらい飛ばせるのしか用意できんがな。
……後は目からオイルでも噴き出して火をつけよう、名付けてオイルファイヤー! どうがね、楽しそうではないか?」
「……わかった、連れて行こう」
後半、段々と生き生きと語りだしたフラムが本気でやりかねない、と察したのかゼノスはフラムの同行を了承した。
「ふむ、そうか。 君ならもっと反対すると思ったがね。 ま、私の必要性を考えれば君の判断は正しいぞ、流石は私の親友といったところか」
半脅しだったというのに、よく言う。 と、ゼノスは思わず微笑んだ。
しかし、実際フラムがいれば機体のメンテナンスも効率的になる為、メリットがないわけではない。
フリーアイゼンの事なら自分達が守ればいい、フラムもいるのであれば……尚更だ。
「頼りにしているぞ」
「うむ、是非期待したまえ。 では、私は最終調整を今から行う」
フラムの表情は、やつれているように見えた。
……恐らく、今日までろくに睡眠や食事も摂らずに作業を続けていたのだろう。
今日もずっと、作業を続けるつもりなのだろうか。
それだけ無茶をしておきながら、よく元気そうに喋っていられたものだとゼノスは感心していた。
「あまり無茶はするなよ、今日ぐらいは休んでおけ」
「君が私の事を心配するかね。 だが、私にはスーパー栄養ドリンクZがあるのだよ。 徹夜の時には必需品って奴だな、うむ」
ゼノスがそう声をかけたが、フラムは何故かニヤニヤとしながら栄養ドリンクを見せつける。
自慢しているのだろうか、もしかして自ら開発したのかもしれない……あのフラムなら有り得るだろう。
しかし、あの様子だと心配するだけ無駄だな、とゼノスは悟った。
晶とシリアは、久しぶりに二人で訓練を行っていた。
シミュレーター室では、シリアが付きっきりで晶の指導を行っている。
「よし、今日はここまでにするぞ」
「いえ、まだやれますっ!」
「バカ野郎っ! 今ここで無理してどうすんだっつーの。 明日に備えて体力温存しとけって、はい今日は終わりっ!」
シリアは強引に晶をシミュレーター装置から引っ張り出す。
まだ不安げな表情を見せながらも、晶はしぶしぶ了解した。
「しっかし晶も随分腕をあげたなー、学校で成績最下位ってのが嘘みたいだ」
「ι・ブレードのおかげさ、多分危険察知だとかでコツを掴んだんだと思う」
「どうだろうなー、教官の教え方が悪かったんじゃないかぁ? センスはあったけど開花しなかったとか」
「そ、そんなことはないと思うけどな……」
シリアの言う通り、晶は実戦で戦いを重ねる度に段々と腕を上げているのを実感していた。
学生時代の時は、あんなに必死で練習しても全く伸びなかったというのに。
……きっかけはどうであれ、晶はι・ブレードと出会ったおかげでこうして念願のパイロットになることが出来た。
だけど、失ったものはあまりにも多すぎる。
クラスメイト、親友、故郷……大切な物を全て失った代わりに得たのは、ι・ブレードとパイロットとなる夢を叶えた事だ。
フリーアイゼンで戦いを繰り返していく中……晶は遂に、世界の命運をかけた戦いにまで巻き込まれてしまっていた。
いや、巻き込まれたわけではない。
晶は強い目的を持って、アヴェンジャーと戦う事を選んだ。
力なき人々を守るのは勿論の事……攫われた木葉を取り戻すという、強い目的を持っていた。
そして……世界を敵に回してまで、こんな計画に力を貸していた父親と、ケリをつける。
自分の正しさを信じて、父親に間違いを示し、証明する。
……もしかしたら、父親をこの手で殺してしまう結果を生み出してしまうかもしれない。
それは、嫌だった。
晶はただ、父親が間違いに気づけば……わかってくれるはずだ、と信じているだけだ。
決して、父親と根から対立しようとは考えていない。
「シラナギはさ、あんな男の元に行っちまったんだよな」
「え?」
突如、シリアはそんな事を呟いた。
あの男……ジエンス・イェスタンの事だろう。
「アタシさ、未だに納得できないんだよ。 どうしてシラナギのような優しい奴がさ、あんな非道な連中の一味だったんだろうって」
「俺も、信じられないよ。 シラナギさん、俺にも木葉にも優しくしてくれて……ずっと、支えてくれてたのに」
「……なぁ、木葉を取り戻すんだろ? ならさ、シラナギも説得してみようぜ」
「せ、説得?」
「そうだ、もしかしたらアタシ達の言葉を聞いて……考えを改めてくれるかもしれないだろ? あんなやり方、正しいはずがないってわかってくれるはずさっ!」
「……」
晶は、そうとは思えなかった。
シラナギは、揺らぎない強い意志を持っているように感じる。
そもそも自分達の言葉で揺らぐぐらいなら、あの時裏切っているはずはないのだから。
「……どうしたんだよ、難しい顔して」
「あ、いや……」
せっかくシリアが気を使ってくれたんだ、そんな事を口に出せるはずがない。
シラナギが敵として現れたら……戦わなければならない。
シラナギは強い、生半可な覚悟で戦えるような相手ではないだろう。
そんな甘い考えが通じるような相手とは、とても思えなかった。
「ま、色々不安になるよな。 アタシもちょっと不安でさ、足の事も……また急に動かなくなったりしないか、とか考えちゃったり。
姉貴の事が気がかりだったり……Dr.ミケイルが殺された事を考えたりしてるとさ」
「……そう、だな」
Dr.ミケイル。
エターナルブライトの人体実験を行い、シラナギがそれを暴こうとした。
その結果、彼が何者かに殺されてしまった……というのが事件の真相だという。
シリアはその事を、知らないだろう。
……自らの体に、エターナルブライトが埋め込まれた事も。
告げる、べきなのか。
今真実を話せば、シリアを再び……絶望の淵に突き落としてしまうのではないかと不安だった。
「お、あれゼノスじゃないか?」
「え?」
二人はシミュレーター室を出た瞬間、廊下の向こう側からゆっくりと歩んでくるゼノスの姿を捕えた。
ゼノスはその場で立ち止まった。
「……シリア、晶。 ちょうど二人を探していた」
「な、なんだ? 何か用事か?」
「すぐに終わる、だがこの場では話し難い。 晶の部屋を貸してくれ」
「あ、ああ……」
……何かを、伝えようとしているのか。
シリアと晶は思わず息を呑んだ。
緊張感が高まる中、二人は黙ってゼノスの後をついていく事とした。