第2話 メシアの遊撃部隊 ①
辺りは、真っ白な空間だった。
自分以外の人間は、誰一人存在しない。
見渡す限り、無限に広がる真っ白な地。
歩いても歩いても、景色は変わらなかった。
常人ならば、こんなところを長時間歩いているだけでも気が狂ってしまいそうだ。
「よう、晶」
「……竜彦、なのか?」
突如、目の前に竜彦が姿を現した。
バカな、あの時確かに死んだはずだ。
竜彦が生きているはずがない。
「ああ、そうさ。 お前が助けてくれなかったから、E.B.Bに食われちまったのさ」
「え―――」
その一言で、晶は思わず言葉を失った。
「お前は僕の事も、見捨てて逃げて行った」
「私だって、あんなに助けてって叫んだのに」
「お前だけがHAに乗り、生き残った」
次々と、白い空間には死んでいったクラスメイト達が出現し始めた。
何がどうなっているのか、理解できない。
「……仕方が、なかったんだ。 生き残るためには、木葉を助ける為にはっ!」
「その木葉を守る事すら、放棄した」
「結局HAに乗ってみたかっただけなんだろ?」
「E.B.Bを倒して俺カッコイイとか、思いたかっただけなんでしょ?」
クラスメイト達の言葉が、胸に突き刺さる。
あの時、多くの命が犠牲となった。
しかし、晶が動いていれば……ひょっとしたら助かった命もあったかもしれない。
それを、見殺しにしてしまったから、クラスメイトが怒っているんだ。
「違う、違う―――俺は、正しいことを、したんだ――」
「違うよ、ただの自己満足さ」
「お前は人の命なんてこれっぽっちも考えてなかった」
「人命より、欲望を優先した」
「パイロットとして認められたくて、新型に手を出した」
「そして、人を殺した」
「やめろ、やめてくれっ! 俺は、俺は――」
これ以上、聞きたくない。
晶は耳を塞ぎ、その場で跪いた。
何故だ、どうしてこんな目に逢わなければいけないんだ。
仇はとったはずなのに、何故誰も喜んでくれない。
……何故、自分が責められるのか。
「うわああああああっ!!」
晶の悲痛な叫びが、真っ白な空間に響き渡った。
「はっ――」
ガバッ、と晶は起き上がった。
息は荒く、全身は汗だくだ。
……夢、だったのか。
それにしても悪夢だった、まるでクラスメイト達の怨念が籠っているかのように感じる。
今でも寒気がする、晶は自分の両手を見つめてただ震えるだけだった。
「E.B.Bにより莫大な被害を受けた第4シェルター東地区は、数十人の命が犠牲となりました。
なお、大型級の殲滅が完了したもののE.B.Bによる被害は後を絶たず、避難できていない住民も大勢おり――」
ふと、テレビのアナウンスを耳にして晶は顔を向ける。
そこには、自分が見た光景と同じ映像が映し出されていた。
……E.B.Bにより破壊しつくされた街の姿だ。
「……クソッ」
結局、誰一人救えていない。
あのE.B.Bを倒したからと言っても、決してE.B.Bの侵攻が止まるわけではなかった。
あれだけの数が押し寄せてしまえば、討伐には多くの時間を要する。
もはや逃げ遅れた住民の命は、ないと思っていい。
晶は、悔しかった。
「お、起きてんじゃねーか」
「……誰ですか?」
突如、ドア越しからガラの悪い声が聞こえた。
しかし、声のトーンからして男ではない。
よく見るとここは、どこかの病室のようだ。
恐らくメシアの人間に保護されたのだろう。
「ちーっす、未来のエースっ!」
「……へ?」
ガタンッとドアを開けてきたのは金髪ショートに青目の少女だった。
年齢的には同じぐらいに見える。
白いシャツに黒の短パンとスポーティな恰好をしていた。
「ふぅん? 随分と冴えないね、本当にι・ブレード動かしたパイロットなのかぁ?」
ジロジロと目を動かしながら見られていると、何だか気恥ずかしさを覚えてくる。
晶は慌てて少女を突き放した。
「……ここ、何処なんです?」
「ここはメシアが所有するアイゼン級の戦艦内さ。 フリーアイゼンって言うんだぜ、かっこいいだろ?」
「フリーアイゼン? そういえば聞き覚えが……」
メシアが所有する戦艦には大きく分けて二つ存在する。
一つは大型戦艦である『レギス・アダマント級』
レギス級と略されることも多い、最高級クラスの戦艦だ。
HAでは実現しきれない超高火力の主砲を持ち、大規模な討伐の際には必需品と言っていいだろう。
もう一つは、『アイゼン級』だ。
こちらは用途は様々で、輸送用の艦ですらも含まれる。
レギス級は数が少ないのに対して、アイゼン級はその数は莫大だ。
メシアの部隊は必ず、アイゼン級を使って1チームを組むと、授業で聞いたことがあった。
ここは艦の中だって?
晶は今一信じられずに、近くにあった窓から外の景色を覗いた。
……間違いなく、空を飛んでいた。
「フリーアイゼンは世界各地のE.B.B討伐を支援する事を目的としているのさ。
つまりアタシ達は、メシア直属の遊撃部隊っ! ま、少し何でも屋に近い動きにはなってるんだけどね」
「あ、貴方もパイロットなんですか?」
「何よ、疑う気? 言っとくけど、アンタよりずっと早くパイロットしてんだからな?」
晶は信じられなかった。
この少女はどう見てもまだ同年齢に近いというのに、もう戦場に出ているというのか。
第4シェルター東地区では、そんなことは絶対にありえない。
「あ、そうそう。 アタシは『シリア・レイオン』だ、シリアって気楽に呼んでくれて構わない。 どーせアンタより年下さ」
「と、年下ぁっ!?」
「何だ、そんな驚くことないだろ?」
「はぁ、す、すみません」
シリアがずんずんと詰め寄ってくる中、晶は目を逸らしながらそう呟く。
木葉とは全く違うタイプで、どうもやり難い。
クラスメイトでもこんなタイプの子はいなかった。
「アンタ、歳は?」
「こ、今年で18」
「チッ……同い年だったか」
何故か舌打ちをして、眉間に皺を寄せていた。
そんなに年下でありたかったのだろうか。
「しかし男の癖に何かぱっとしないねぇ、とりあえずアタシに敬語は禁止。
どーせ階級も何もないし、年齢も変わらないしね」
「……ああ、わ、わかった」
「それよりもどうやってι・ブレードを動かしたのさ? ほら、あれって今まで誰が乗っても起動したことがなかったからさ」
誰が乗っても、起動しない?
晶はそれを聞いて不思議に感じた。
「乗った瞬間に、勝手に起動したんだよ。 何か変なコードが出てきて体中に絡みついて、メンテナンスがどうとか」
「うげ、随分と気色悪いんだな。 あ、アタシが乗った時に起動しなくてよかったよ……」
「詳しく聞かせろ」
シリアに当時の状況を説明していると、遅れて病室に入ってきた者がいた。
声から察するに、あの時の……ゼノスという男だろう。
ゼノスは無言で椅子に座り、足を組んで黙っていた。
「……相変わらず感じ悪いね、ゼノス」
「お前は戻れ、機体整備の手伝いでもしてろ」
「やだね、つまらないし」
「館長が黙ってないぞ」
「言わせとけばいいのさ、どーせ追い出されたりはしないよ」
ベーと、舌を突き出すと、シリアがピョンッと身軽に病室の外へと出て行った。
「また後で続きを聞かせてなー、んじゃ」
親指をグッと立てて、何とも輝かしいスマイルを見せるとシリアはその場を去って行った。
「……あの人、何なんです?」
「パイロットだ。 性格に難はあるが腕は一流だ、いざというときは頼りにしている」
ゼノスの腕を間近で拝見した晶ではあるが、あんな機体を扱っている辺り相当腕は高いはずだ。
その男からも高い評価を得ているということは、シリアも相当優秀なパイロットなのだろう。
「親父の事、知ってるんだろ。 今でも元気にしているのか?」
ふと、晶はゼノスにそう尋ねた。
高校へ入学して以来、晶は父親と逢う機会がほとんどなくなっている。
母親は昔、病気で亡くなってしまっていたし、肉親は父親だけだ。
中学校の頃までは、家に帰る日が多かったのだが高校以来はほとんど家に帰っていない。
最後に帰ってきたのは、高校2年の時の冬だろうか。
もっとも、今はその帰る家すらなくなってしまったのだが。
「悪いな、未乃 健三については詳しく聞かされていない」
「……そう、か」
何処か力なく、晶はそう呟いた。
わかりきっていた返答ではあったが、最近連絡も取れていないのが気がかりだ。
何かに巻き込まれていなければいいのだが……。
ふと、ゼノスが目の前に紙の束を差し出した。
何百枚とある資料に、晶は思わず嫌な顔をしてしまう。
まるで学校の宿題として出されたかのような感覚が蘇った。
「ι・ブレードについての調査結果だ」
「……俺が乗ったHA、ですよね」
「ああ、単刀直入に言おう。 あれは今、お前以外に動かせない」
「な―ー」
一体どういうことなのだろうか。
先程シリアも似たようなことを言っていた。
HAには特定のパイロットにしか動かないようにする制御といったものは存在しない。
あったとしてもハッチに鍵をかけるだけで、コックピット内に制御をすることはできないはずだ。
いや、仮に制御がしてあったとしても何故それを晶が動かすことができたのか。
一番の疑問は、そこだった。
「ι・ブレードは元々無人機を想定して設計されたHAだ。
そもそも人が乗るはずがないのに、コックピットが用意されているのがおかしい」
「無人機を想定ってのは確かにおかしいと思います、俺が乗った時は確かにパイロット適性診断ってのが働きましたから」
「……詳しく話せ」
晶は当時の状況をありのままに説明した。
搭乗した時のパイロット診断。
無数に出現した謎のコード。
コックピットの赤い光、そしてι・システム。
「……」
全てを聞き終えたゼノスは、目を閉じてひたすら黙り込んだ。
何か引っかかる事でもあるのだろうか。
「ιシステムは、無人機を実現するために設けられた『AI』……つまり人工知能の事を指す。
だが、お前が言うιシステムは俺の認識とは異なっている」
「……そうだっ! 俺、変な映像見たんですよ。 何か、これから起こることが白黒の映像になって見えたんです。
何というか、あれはモニター越しじゃなくて……本当に俺の視界が変わったような感覚でした」
「……っ!」
ゼノスは突然、表情を一変させた。
晶に手渡した資料を強引に奪い取り、雑に紙をめくり始めた。
そして、即座に資料の一部を抜き出し晶に突き付けて見せる。
「ιシステムの概要に、こんな記載がある。 ちょっと読んでみろ」
「は、はい」
恐る恐る晶は、ゼノスから資料を受け取るとそこの文書に目を通した。
『エターナルブライトは生命体である』
一部の学者による研究成果により、エターナルブライトが一種の生命体であるという仮説が続々と発表されている。
エターナルブライトには、一種の生命のようなエネルギーが含まれているのだ。
即ち、そのエネルギーこそがE.B.Bを生み出す原因になるのではないかと云われていた。
具体的には、無機質でありながらも生命体としての活動が確認されており、何らかの形で莫大なエネルギーを生み出しているとされる。
つまり、エターナルブライトは自らの意思で生きている、という仮説だ。
ιシステムはそんなエターナルブライトの特徴を利用して、機械による自主的な判断を可能とした人工知能だ。
何ができるかと言えば、例えば自らの身に危険が迫っているとしよう。
人であれば、誰かが後頭にを殴ろうとしたとき……人は身の危険を察するだろう。
エターナルブライトには、それの延長線上のような働きがあった。
つまり、あらゆる情報を元に自らに迫る危険を察して、その危険に対応した行動を取ることができる。
ここでは、『危険察知』と呼ばせてもらおう、そんな力が備わっているのだ。
もし、それを意図的に使わせることができれば、
機械がありとあらゆる環境情報から行動を予測し、その結果から自らの判断で危険を回避……といった判断をさせる。
そういった機能が実現されれば、将来はパイロットを使わずにE.B.Bの殲滅を行える可能性があった。
似ている、晶が体験した事象に似ていた。
いや、ここの記述は間違いなく、あの事象の事を指している。
「恐らく、エターナルブライトが持つ危険察知を利用してパイロットに映像を送るような機能が搭載されているんだろう」
「で、でもこの記述おかしくないですか? どうしてただのエネルギー体が意思なんて持つんです?」
いくらエターナルブライトが未知なる力を秘めていると言えど、晶は信じることができなかった。
無機質なものがどうして、自らの意思を持つのか。
もし本当であれば、それはι・ブレードだけならず自然と他のHAにも搭載されても不思議なはいはずだ。
「仮説でしかないことは事実だ、だが証明はお前自身がしている。
少なくとも、お前が嘘を言っているようには見えない上に……思い当たる節はある」
「思い当たる節?」
「ところどころ、お前はある程度相手の動きを読んで行動しているように見えた。
しかし、熟練のパイロットならともかく素人であるお前がそんなことをするのは不可能だ。
少なくとも、学校で調べさせてもらったお前の成績から見ても尚更だ」
耳が痛い話だが、確かに晶はその力のおかげで戦い抜けたといっても過言ではない。
もし、危険察知がなければ……どうなっていたことか。
仲間達と同じ運命を辿っていた可能性もあったのだから。
「……そうだ、木葉は? 木葉はどうしたんだよ?」
晶はふと、木葉の事を思い出した。
ι・ブレードに搭乗して以来、色んなことで頭がいっぱいになっていたせいで
完全に木葉の事が頭から抜けてしまっていた。
木葉を守ることは死んでしまった竜彦の頼みでもあるというのに
何やっているんだ、と自分に強く言い聞かせた。
「早瀬 木葉なら無事だ、少し休ませたら元気になったぞ」
「そ、そうか……よかった。 逢わせてくれないのか?」
「少しは自分の身を心配しろ、お前は二日も寝込んでいたんだ」
「なんだって――」
その一言に、晶は衝撃を受けた。
まさか自分が二日間も寝込んでいた、なんて信じられなかったのだから。
目を覚ました時に見たあの映像、二日前と何も変わっていない。
むしろ、状況が悪化しているようにすら見えた。
……もう、あの地区は駄目かもしれないと悟った。
「俺はそろそろ行く、何かあれば通信機を使え」
「あ、ああ」
ゼノスが指をさした先には、壁に掛けられている受話器があった。
それを確認すると、ゼノスは椅子から立ち上がり背中を向ける。
すると、ピタリと足を止めた。
「……最後に一つ、聞かせろ」
その場から微動だにせずに、晶に向けてそう言った。
「ここで、パイロットする気はないか?」
「……へっ!?」
晶は思わず、素っ頓狂な声をあげる。
落ちこぼれの自分が、パイロットに?
そんなことできるわけないだろ、と心の中で呟く。
「やるかやらないか、と聞いているんだ」
「……クッ」
歯を食いしばり、拳を強く握った。
願ってもいないチャンスだ、上手くいけばメシア直属の部隊に入れるかもしれない。
しかし、晶は戸惑った。
自分がクラスで最下位の落ちこぼれだった事。
教師からも出撃の許可をされずに、足手まといと宣言された事。
あのガジェロスという男が言っていた『機体の性能のおかげ』という言葉に
ゼノスが先程言っていた『危険察知』の事も。
こんな自分がパイロットをやっていいのか、自信を持てなかったのだ。
「撃墜E.B.B数14、大型1、奪取されたHA1機……更にはι・ブレードの保護遂行」
「へ?」
「お前の実績だ、十分に推奨できる数値だと言っている。 どうなんだ、未乃 晶」
認めてくれる、というのか。
例え機体の性能で勝利をしたと言えど、『実績』と認めてくれたのか。
一人のパイロットとして、戦ったことを。
晶はただ俯いて、掛け布団をギュッと両手で握りしめる。
歯も食いしばり、目を閉じて今までの自分を振り返った。
……父親に認めてもらうべく、入学した高校。
毎晩欠かさずシミュレーターで特訓を重ねた日々。
親友と成長を分かち合った日々。
まるで、晶を受け入れるかのように動いてくれた『父親のHA』。
たった一人だけ、生き残ってしまった『パイロット候補生』である自分。
変えるんだ、パイロットとなれなかった候補生の無念を背負って。
正式なパイロットになって、世界中の人をE.B.Bの脅威から守るんだ。
父親に認められて、天国にいった親友にも変わった自分を見せてやろう。
あんな悲劇を意図的に起こした奴らも、絶対に許してはいけない。
木葉にも、二度とあんな怖いを想いをさせない為に
晶は、立ち上がる決意をした。
「ああ、やるさ。 俺にパイロット、やらせてくれっ!」
「いい返事だ、また会おう」
返事を確認すると、ゼノスは一言だけそう告げて退室していった。
立ち去ったのを確認すると、晶は肩の力を抜いてため息をつく。
こうして傷一つ負うことなく、無事に生還できたのはあくまでもι・ブレードの性能のおかげ。
決して自分の力ではないことは理解している。
だけど、あの力を使ってパイロットになれるのであれば。
認めてもらえるのであれば、ι・ブレードと共に世界を歩みたい。
共に戦い、人類に明るい未来を掴ませてやりたいという強い思いが芽生えていた。
「……そういや、話してなかったな」
ふと、自分の足を再度確認する。
やはり、ι・ブレードに乗ってから足の傷が完治していた。
これもまた、あの機体の機能なのだろうか。
例のιシステムが関わっていることは、間違いなさそうだ。
艦内を歩き回りたいが、勝手にここを出るわけにもいかない。
とにかく、今はι・ブレードに関する情報を集めよう。
晶はゼノスから渡された資料に目を通し始めた。
拍手にてHAのサイズに関する質問がありましたのでこの場で回答させていただきます。
一般的なHAのサイズは全長(というべき?)14~15mとなります。
作中に出た機体であげますと
ウィッシュ :15m
ι・ブレード:12m
ゼノスの機体:19m
と、こんな感じになります。
ι・ブレードは、作中にあまり書いていませんが超軽量化を行い機動性を確保しようとしているため、比較的に小柄かつ軽いHAとなります。
対照的にゼノスの機体については、対大型E.B.B専用HAとなり、武器を詰めるだけ積み込むスタンスです、その為必然的にサイズが大きいかつ重くなります。
ただ作中あんまり意識してなかったので、ひょっとしたら矛盾が生じてる可能性もあるかもしれません(今後は気を付けます。。。)
ちなみにゼノスの機体名は、そのうち出ますが作中にはまだ出してないので一応伏せました。(名称を出していないことに深い意味はありません)
拍手していただきありがとうございましたっ!