メシアに潜む闇 ③
第7支部付近の街。
晶はまだ支部へと戻らずに、ふらふらと歩いていた。
俊の前では、迷わずに戦う事を決めてはいたものの、完全に吹っ切れてはいなかった。
背負わなければならない、自分が奪っていった人々の命を。
だが、本当に背負ったまま、戦うことが出来るのか。
街が破壊されていく時の恐怖は、今でも脳裏に焼き付いている。
あれだけの犠牲者を出しておきながら、もう一度戦う事が……できるのか。
結局メシアを信じて戦うと決めた事は、自分自身を納得させる為の理由でしか過ぎない。
そんな理由で、本当に戦っていいのか。
晶は、悩んでいた。
ふと、猛スピードで車道を走ってくる車を見かけた。
いくら車も人通りも少ないとは言え、スピードの出しすぎだ。
他人事のように晶は車を眺めていたら、突如キィィィッ!! と、耳が痛くなるような音を立てて車が急停止する。
思わず耳を塞いで、迷惑そうに晶は車を睨み付けた。
バンッ! と、乱暴の扉が開かれるとそこから出てきた人物はライルだった。
「チッ、こんなとこほっつき歩いてやがったか……バカがっ!!」
ライルは晶を睨み付けながらそう言った。
勝手に支部を抜け出したことに怒っているのだろう。
どうせすぐに捕まるだろう、という覚悟はできていたので晶は素直にライルに従おうとした。
パシンッ! 問答無用に、ライルは晶の頬に平手打ちした。
「気は済んだか? ったく、ヤバイ事が起きてるってのに勝手な事しやがって……」
「すみません……俺――」
「言い訳は後にしろ、それよりもヤバイ事態が起きてやがる。 さっさとついて来い」
「ど、どうしたんですか?」
てっきり怒られるのかと思いきや、ライルは晶をすぐに車へ連れ込もうとする。
ライルからは緊迫した様子がヒシヒシと伝わってきた。
……一体何が起きたというのだろうか。
「……Drミケイルが殺された」
「なっ――ど、どうしてですかっ!?」
「詳しい事はわからねぇ……俺もついさっき聞いたばかりだ。 それと……シラナギが第7支部を抜け出したらしい」
「抜け出した?」
「お前のとは意味が違う……あいつ、アヴェンジャーのスパイだったらしい。 しかもお前の大事な木葉まで連れて行きやがったんだ」
「シ、シラナギさんがスパイっ!? そんな、嘘だろっ!?」
晶は思わずライルの胸倉をつかんで、そう叫んだ。
「嘘じゃねぇっ! お前がどっかほっつき歩いている間に、木葉がシラナギに攫われちまったんだっ!!
奴はアヴェンジャーの一味だ……そいつが木葉を連れて行ったんだ。 これが何をするか、お前にはわかるか?」
晶は目を丸くして、言葉を失っていた。
まさか、あのシラナギがアヴェンジャーの人間だったなんて、信じられない。
「……すぐに第7支部へ連れて行ってください。 俺が、あの人を捕まえますっ!」
「……どうやら本当に気が済んだらしいな。 頼りにしてるぞ、エースさんよ」
戦う事に迷っている暇はない。
シラナギがどういうつもりで木葉を連れて行ったのかどうかは考えなくて良い。
今はただ、連れ去れてた木葉を取り戻す事だけを考えるだけだ。
晶とライルは車へ乗り込み、猛スピードで第7支部へと向けて走り去っていった。
第7支部の格納庫に、晶とライルは辿り着いた。
最初に見えたのは損傷を負ったレッドウィッシュの姿……。
シラナギが、やったのだろうか。
「晶……大丈夫なのか?」
「ゼノス……さん」
格納庫には傷を負って体をふらつかせているゼノスの姿があった。
……ついこの間まで仲間だったというのに、容赦しないというのか。
「すまない、木葉を助けられなかった」
「……俺が、シラナギさんを追います。 必ず、木葉を助ける」
「戦えるのか?」
「俺は迷わない、戦う……っ!!」
晶は無心になってι・ブレードのコックピットへと向けて走り出す。
長い階段を上りきり、コックピットへ飛び込むとι・ブレードはすぐにコックピットを赤く灯した。
「ι……俺はもうお前にあんな勝手なことはさせない。 だから力を貸してくれ、木葉を助ける為にっ!」
晶がそう声をかけるとコックピットは赤く灯り、ι・ブレードが起動段階に入った。
レッドウィッシュから位置情報のデータを受信する。
シラナギと交戦をした個所からの、移動ポイント予測地点が数か所出現した。
「行くぞ、ι・ブレードっ!!」
ι・ブレードは轟音と共に、格納庫から凄まじい速度で飛び出していった。
最大速度で移動し続けるι・ブレードのパイロット負荷は流石に大きい。
苦しい思いをしながらも、晶はスピードを緩める事はしなかった。
ポイント付近へたどり着くと、レーダー上に1機のHA反応が現れる。
晶は急いでそのポイントへ向かった。
減速を行い、上空から地上を注意深く確認していくと……肉眼でウィッシュの姿を捕える。
「……見つけたっ!」
迷わず晶はスロットルを押し込み、ι・ブレードを地上へと急降下させた。
ウィッシュの前に立ちはだかり、ブラックホーク二丁を構える。
ウィッシュはピタリと、進行を止めた。
『あは、やっぱり来ちゃいましたねー晶くん』
「シラナギ……さん、本当にシラナギさんなのかっ!?」
『はい、そうですよ。 私の声がわかりませんかー?』
通信機から聞こえてくる声は、間違いなくシラナギ本人の声だった。
だが、晶は未だに事態を信じられずにいる。
初めてフリーアイゼンで艦長と対面した時、シラナギは晶の事を支えてくれた。
仲間を失った事を、悲しそうに語る事もあった。
それだけじゃない、木葉がどうするべきなのかを、まるで自分の事のように一緒に考えてくれた。
それなのに――
「騙してたのかよ……今までずっと、俺達の事をっ!!」
『ええ、騙してました。 晶くんだけじゃありません、艦長やゼノスのことだって、みんなみーんな騙してましたよ』
「……嘘なのか。 俺の事を励ましてくれた事や、木葉の事を支えてくれた事……っ!!」
晶はトリガーを引こうと、手を強く握りしめる。
だが、トリガーを引くことが出来なかった。
『私の事、恨んでますか? 憎いと思いますか、殺したいと思いましたか? 少しでも思ったのなら……今のうちに、私を撃った方がいいですよ』
「木葉……いるんですよね、こっちに渡してください」
『嫌です、晶くんに木葉ちゃんは任せられません』
「……何を言っているんですか?」
『木葉ちゃんの事は私が責任を持って守ります』
晶は思わず、顔をキョトンとさせた。
一体シラナギは何を言っているのか、わからない。
『晶くん……っ!』
「木葉……木葉なのかっ!? 今、今助けるからな……待ってろっ!」
言葉ではそう言うが、下手にウィッシュに仕掛けてしまえば木葉へ危害を加えてしまう。
ならば接近して無理やりウィッシュを拘束するか、その足を封じてしまうしか手はないだろう。
『晶くん、貴方は木葉ちゃんの異変に気づいていましたか?』
「木葉の異変……?」
『木葉ちゃん……ずっとずっと、死にたがってるんです』
「――っ!?」
木葉が、死にたがっている?
そんなはず、ない……あるはずがない――
晶は動揺を隠しきれずに、自分にそう言い聞かせた。
『ずっと不安定な状態だったんですよ。 今までは晶くんという存在が唯一木葉ちゃんを支えてくれてました。
でも、晶くんが第7支部から姿を消した時……木葉ちゃん、自分の手首を切っていたんです』
「手首を――」
何故、木葉がそんな事を?
ずっと、ずっと守っていたはずなのに。
アヴェンジャー施設から脱出してきたときも、互いに喜びを分かち合ったはずなのに。
『その回が初めてではありません、過去私は2度ぐらい未然にその行為を防いだことがあります。 ですが……恐らく、何度も何度も手首を切っています。
そして、そのどれもが『致死量』に達するぐらいの出血をしているんです……なのに、木葉ちゃんは生きているんです』
「……どういう、ことですか?」
『この際生きている不思議についてはおいといてください……どうして、そんな不安定な状態にあった木葉ちゃんに気づいてあげられなかったんですか?
木葉ちゃん、ずっとナイフを持ち歩いていました。 カッターだとかそんなかわいいものじゃありません、本物のナイフですよ?』
「そんな……そんなことって――」
何も、知らなかった。
木葉がそこまで追い詰められていることに。
どうして、一言も晶に言ってくれなかったのか。
木葉がそんな状態だったというのに、自分は一体何をしていたのか――
『だから、私は私なりに木葉ちゃんを保護します。 このままだと、きっと晶くんを木葉ちゃんを不幸にしますから……』
「……シラナギ……さん」
晶は思わず、言葉を失った。
あれだけはっきりと、皆を裏切ったと宣言したはずなのに
シラナギは晶よりも先に木葉の異常に気づき、木葉の事をはるかに考えてくれていた。
だが、シラナギはアヴェンジャーの一味だ。
アヴェンジャーのスパイである事を、自ら証明した。
……そんな組織に木葉を連れられていくのを、このまま見過ごしてもいいのか。
しかし、晶は戸惑った。
このまま木葉を取り返しても、返って不幸にさせるのではないか。
突如、不安に陥ってしまったのだ。
『私の事はいくらでも恨んでくれて構いません……ですが、これだけは言わせてください。
私は今でも、貴方と木葉ちゃんの味方ではいたいんです。 一度しか言いません、良く聞いて……良く考えて答えてください。
……私と共に来てください。 アヴェンジャーとして戦ってください。 そうすれば、本当に討つべき『悪』が誰なのか、絶対にわかるはずです』
「アヴェンジャー……に?」
シラナギの言葉は、本気だった。
かつて父親が晶に対して言ったように、晶を迎えようと訴えていた。
晶の心は揺らいでいた。
前、父親を否定してまで施設を抜け出した時。
あの時は、メシアを信じて……木葉を守る為に、フリーアイゼンへと戻った。
だが、今回は状況が少し異なっている。
人々に対するメシアの不満。
シラナギが語った木葉の状況、何よりもその木葉がシラナギと一緒にいる事。
このままメシアを、フリーアイゼンを……シラナギと共に、木葉と共に抜け出す。
少しだけ、悪くはないと揺らいでしまった。
――「……俺の分まで、木葉の事を頼んだぞ。 約束だぞ、晶――」――
「っ!!」
突如、晶の頭の中にあの時の記憶が蘇る。
初めてι・ブレードで飛び出した時、変わり果てた街の姿に絶望していた時
親友から告げられた、遺言――
あんな悲劇を起こしたのは、アヴェンジャーだ。
……許されるはずがない、あの悲劇を起こしたアヴェンジャーが。
そして何よりも、晶は親友から……任されたのだ。
――『木葉』の事を。
「木葉は……俺が、守るんだ。 それが……あいつの、願いだから……っ!」
『なら、一緒に来るんですね?』
「違うっ!!」
即座に、晶はシラナギを否定した。
「……俺は、メシアの……フリーアイゼンの一員だっ!!」
晶は力強く、叫んだ。
「シラナギさん、例え貴方の言っている事が全て正しいとしても……貴方の行動は、全て間違っていますっ!!
長年共に戦った仲間を平然と裏切り……木葉という人質を盾にして俺をアヴェンジャーへ引き込もうとする……こんな人、どうやって信用しろって言うんですかっ!!」
『本当にいいんですか? ……後悔、しませんね?』
「俺はアンタを否定する、全力でっ! だから……木葉を、返せぇぇぇっ!!!」
ババァンッ!! 二丁のブラックホークが、ウィッシュの脚部へと向けて放たれる。
その瞬間、ウィッシュは空高く舞い上がった。
晶は怯まずに、宙へと舞うウィッシュを撃ち続けた。
ズキンッ――
突如、晶に頭痛が走る。
ウィッシュが上空から、グレネードを数発投下させる映像だ。
晶の射撃に合わせて、爆撃させようとしている。
映像が終わった途端、すぐに晶は機体を後退させてウィッシュから距離を取った。
その瞬間、凄まじい爆発と共に辺り一面が砂埃に覆われる。
『うふふ、晶くんならきっとそう言うと思ってましたよ』
危険察知が発動し、上空から急降下してくるウィッシュの姿を捕えた。
晶はムラクモを構えて、上空へ高く舞い上がろうとする。
すると、コックピットが青く灯った。
バァンッ! 銃声と共に、ライフルが放たれた。
被弾したι・ブレードは、一瞬だけ体勢を崩してしまう。
更に追い打ちをかけるように、ウィッシュはサーベルでι・ブレードへと斬りかかった。
ガキィンッ! 晶はムラクモで、サーベルを防ぎきって見せた。
『ただのウィッシュと侮ってはいけませんよ、晶くんの戦い方なら散々見て来ていますからね?』
「……うるさいっ!」
晶はサーベルを弾き飛ばそうとするが、感づかれたのかウィッシュは即座に砂埃の中へと姿を消してしまう。
レーダーを頼りに位置を特定しようとするが、ウィッシュとは思えない移動速度で晶の肉眼では位置を把握することが出来なかった。
すると、晶に頭痛が走る。
相手が何処から仕掛けてくるのかを確認し、その瞬間を逃すまいと、晶はブラックホークを放って見せた。
だが、またしてもコックピットは青く灯る。
ガキィィンッ!! 鈍い音共に、コックピットが激しく揺れた。
『私から木葉ちゃんを奪えないようでは、守れるはずもありませんよ。 だから近くにいても気づかないんです、平然と木葉ちゃんを傷つけちゃうんです』
「だからと言って……アヴェンジャーの手に渡すことが正しいはずもないだろうがっ!
俺はもう、木葉を傷つけない……ずっと傍にいて、支えてやるんだ。 それが、殺された親友の願いだからっ!」
『その願いを守られてないなんて、亡くなった親友さんが可哀想です』
「アンタに何がわかる……裏切られた人達の痛みを、わかってんのかよっ!?」
『わかってます、私はそれを背負ってでも自分の道を信じてますから』
砂埃が晴れた途端、気が付けばウィッシュは大分離れた位置にいた。
「逃げるのかよっ!?」
『はい、お迎えが来ましたので』
晶はレーダーを確認すると、凄まじい速度で接近する一機のHAの反応があった。
空から赤いHAが姿を現したのだ。
……恐らく、奪われた新型機『ブレイアス』だろう。
ここで逃がすわけには行かない、晶は追いかけようとスロットルを押し込んだ。
ズキンッ――
その途端、晶に頭痛が襲い掛かる。
赤いHAから、数発のライフルが発砲された。
晶は弾を避けつつ進むと、突如コックピットが青く灯る。
ガァァンッ! 凄まじい衝撃が、コックピットへと走った。
「くっ……木葉、木葉ぁぁっ!!」
『晶、くんっ!!』
最後に木葉が晶を呼ぶ声が聞こえた。
だが次の瞬間、ウィッシュを捕えた赤いHAは凄まじい速度で戦域を離脱していく。
……既に、レーダーに反応はなかった。
あの速度……明らかに異常だ、ι・ブレードとは非にならない程の速度を叩き出している。
新型のブレイアスとは、そこまで凄まじい性能なのかと恐れをなした。
すぐに追いかけようと、晶はスロットルを押し込もうとしたが、突如その手を止めた。
……シラナギに言われた言葉を今更のように思い返し、追うのを戸惑ってしまったのだ。
シラナギが全て正しいとは思わない、しかし……木葉に対しての想いだけは本物である。
晶なんかよりも、シラナギの方がよほど木葉の事をわかっていた。
その事を悔しく思う反面、情けなく感じてしまったのだ。
「……木葉」
晶は力なく項垂れて、木葉の名を呟いた。