メシアに潜む闇 ②
「むぅー……困りましたね」
制御室にて、シラナギは端末の操作を行っていた。
見張りの者は全員気を失って倒れている、シラナギの仕業だ。
第7支部を脱出する為のHAを確保しようとし、前回アヴェンジャーの手によって奪われなかった2機のHAに注目をしていたが、流石に2回目は上手くいかないようだ。
新型HA2機に特殊なロックがかけられており、そのロックを解除しない限り発進できないような仕組みが施されていた。
「流石にこの前の時みたいに上手くいきませんねー……これじゃあ私でも解除は難しいです。
あ、こっちのウィッシュは全くかかってないみたいですね。 うーん、ならこっちを頂いちゃいましょうか」
ふぅ、と息をつくとシラナギは何も言わずについてきた木葉の腕をギュッと掴んだ。
木葉は俯いたまま何も語ろうとしない。
「抵抗、しないんです? 私の事、怖いとか思いませんか?」
「……わからないの。 私、どうしたらいいのか」
「そうですよね、でもよく私に従ってくれました。 じゃないと、木葉ちゃんに酷い事しなければなりませんでしたから」
シラナギは表情を曇らせながら、そう呟いた。
本来であれば木葉を巻き込むつもりはなかった。
だが、木葉の体の状態を知ってしまえば……もはや無関係とは言えない。
彼女もまた、被害者の一人だったのだから――
「大人しく、ついてきてくださいね」
「……はい」
木葉が頷くのを確認すると、シラナギは木葉を連れて制御室を後にした。
延々と続く廊下を、ゼノスは一人走り続けていた。
もし、本当にシラナギが関わっていたとすれば何らかのアクションを起こすはず。
彼女が白だろうが黒だろうが、一刻も早く捕まえなければならない。
「ゼノスっ!!」
突如、廊下の奥から聞き覚えのある声が響き渡る。
松葉杖を片手に、シリアが歩み寄ってきた。
「……シリアか。 何をしている、ちゃんと部屋で休んでいろ」
「お前こそ何してんだ……晶が施設から消えちまったってのにっ!!」
「何?」
まさかアヴェンジャーの仕業……と考えたが、恐らく違う。
ι・ブレードが施設内にある以上、晶だけが拉致されるとは考えにくい。
晶の事だ、自分を追い詰めるだけ追い詰めて、何をしていいかわからずに施設を飛び出したのかもしれない。
……これも他の事に気を取られていたゼノスは、晶を支えてやれなかった事に責任を感じた。
「今ライルとエイトが車出して町を探してくれている。 アタシはまだ施設内にいないか探ってたところだよ」
「ならば、シラナギを見なかったか?」
「シラナギ? いや、見てねぇけど……どうかしたのか?」
「……Dr.ミケイルが殺された」
「なっ―――」
シリアは目を丸くして驚いた。
Dr.ミケイルは自分の足を治療してくれた命の恩人だ。
その恩人が、まさか殺されてしまうなんて、思ってもいなかった。
「嘘だろ……どうしてだよっ!?」
「わからん、だがシラナギがミケイルの死に関わっている可能性が高い」
「シラナギが? 何言ってんだよ……シラナギがそんな事を――」
「わかっている……だからこそ、シラナギを問い詰めなければならないっ!!」
ゼノスが感情的になり、声を荒げた。
いつも冷静を装っているゼノスが、ここまで感情をむき出しにするのは珍しい。
……ゼノス自身も自分が導き出した結論を否定したいのだろう。
だが、その推測を否定するにはもはや、本人に直接訪ねるのが手っ取り早かったのだ。
「……シラナギを見かけたらアンタに連絡するよ。 その代わり、晶を見つけたら頼んだぞ」
「ああ、わかっている」
ゼノスがその場を後にしようと立ち去ろうとした途端――
施設内に、突如サイレンが鳴り響き始めた。
「何だ、まさかアヴェンジャーっ!?」
「いや、違う……」
直感で、ゼノスはアヴェンジャーの襲撃ではないと判断した。
この状況で導き出される答えは一つ――
ゼノスは格納庫へと向けて、走り出していく。
「お、おいっ! 待て、ゼノスっ!!」
後ろで呼ぶシリアの声を無視し、ゼノスは走り続けた――
格納庫まで辿り着くと、やはりウィッシュが一機出撃されている形跡が残されていた。
シラナギか……それとも別の人物か。
いずれにせよ、誰かが施設からウィッシュを勝手に出撃させたのは間違いない。
今ならまだ追いつくはずだ、ゼノスは急いでレッドウィッシュに搭乗した。
起動を行い、スロットルを押し込むと機体はギュンッと加速をして施設の外へと飛び出す。
レーダーを確認すると、すぐ近くにHAの反応を確認した。
反応からして、第7支部のウィッシュである事は間違いない。
その方角へと向けて、ゼノスは機体を最大加速させる。
すると、モニターから肉眼でウィッシュの後ろ姿を捕えた。
「止まれ、そこのウィッシュ」
通信を繋ぎ、ゼノスは正体不明のパイロットに告げる。
『あら、やっぱり来たんですね……ゼノス』
「その声は――」
ゼノスの推測は、やはり正しかった。
通信からは、間違いなく『シラナギ』の声が返ってきた。
『はい、そうです。 白衣の天使ちゃん、シラナギですよー』
「……」
ゼノスは迷わず、トリガーを引きライフルを発砲した。
バァンッ! と、銃声が鳴り響くとウィッシュは軽々と弾を避ける。
『わわっ、いきなりなんて酷いですっ! 相変わらずデリカシーがないですね、ゼノスは』
「何故裏切った……シラナギっ!」
バァンッ! バァンッ! ゼノスは容赦なく、ライフルを発砲し続ける。
だが、相手のウィッシュはゼノスの射撃を全て交わしていた。
『あらあら、そんなムキになるなんてゼノスらしくないですよ? 以前貴方だって、仲間を裏切ったんじゃないんですか?』
「貴様……っ!」
ゼノスはサーベルを片手に装備させて、徐々に相手との距離を縮めていく。
カスタマイズされたレッドウィッシュであれば、ウィッシュの追いつく事は容易い事だ。
次の瞬間……突如ウィッシュが振り返りライフルを連発し始める。
操縦桿を思い切り右へと倒し、レッドウィッシュは相手に回り込むように大きく地に弧を描く。
背後を捕えた瞬間、ゼノスはスロットルを押し込み機体を前進させる。
だが、ウィッシュは後ろ姿のままグレネードを数発投げ込んだ。
まずい――爆発に巻き込まれる前に、ゼノスは強引に軌道を変えて機体をユーターンさせようとした。
ズガァァァンッ!! グレネードによる凄まじい爆発が発生した。
砂埃が舞い視界が奪われる中、ゼノスは機体のバランスを失わないように何とか制御させようとする。
その瞬間――突如目の前に、猛スピードでウィッシュが飛び込んできた。
金属音が響き合い、ウィッシュとは思えない推進力でレッドウィッシュが押され続ける。
同時に、レッドウィッシュのヘッド部にライフルが一丁構えられた。
バァンッ!! 銃声と共に、レッドウィッシュの頭部が砕けた。
モニターは一瞬にして砂嵐に変化し、コックピットが激しく揺れる。
レーダーとサブモニターはまだ生きている、ゼノスは急いでモニターの切り替えを行おうとした。
モニターが映し出された瞬間、そこには追い打ちをかけようとサーベルを片手にウィッシュが突っ込んできていた。
モニターの視野は狭いが、辛うじて動きを捕えたゼノスはサーベルで追い打ちだけは防ぎきって見せた。
『言い忘れてましたけど……私、凄く強いですよ?』
シラナギとの付き合いは長いが、一度もHAに登場した姿は見たことがない。
この動きはとてもじゃないが素人の動きとは思えない。
グレネードの爆風を利用した猛攻といい……この戦い方、何処かで見覚えがある。
シラナギ・ソノ……シラナギ――
「……ミケイルを殺したのはお前か?」
『いえいえ、私じゃありませんよ。 こう見えてもあのおっさんの事、別に嫌いではなかったんです。
正直今でもショックを受けてますよ?』
「ミケイルが死ぬ直前、お前は現場にいたな? 何をしていた……答えろ」
『ゼノスの事だから、もう気づいているんじゃないんですか? おっさんがしたこと、わかってますよね?』
「エターナルブライトによる人体実験――」
Dr.ミケイルがエターナルブライトの人体実験に関わっていた、この事実は確定であろう。
シラナギが殺していないというのも、恐らく信じてもいい。
……ならば、殺したのは一体――
『メシア内に、おっさんを操った悪い人がいます。 あえて誰とは言いません、ゼノスもどうせすぐ気づくでしょうから』
「何処まで知っている、シラナギ。 答えろ」
『何を勘違いしてんですか? 私はもうゼノスの仲間じゃありません、はっきりと言います。
私はアヴェンジャーのスパイです、今までずっとずっと貴方達を騙して、フリーアイゼンとι・ブレードの動向をずっと知らせていました。
貴方もよく知っている……『ジエンス・イェスタン』にですよ』
「……貴様」
ゼノスはライフルをウィッシュへと向ける。
『あ、気づいていないようなので教えておきますね。 私の隣に、木葉ちゃんがいます。
私を倒すのは構いませんけれど……それは木葉ちゃんを巻き込む、という事を覚えておいてくださいね』
「何……?」
まさか――そんなはずはない。
頭の中でゼノスはシラナギの言葉を否定した。
だが、シラナギから映像が送信されたのを確認するとゼノスは受信する。
……そこにはいつもの笑顔で微笑むシラナギの姿と、シラナギにくっついたまま怯えている木葉の姿が映し出された。
『そういう事です、それじゃ……お別れですね。 今まで楽しかったですよ、ゼノス』
「シラナギ……っ!!」
ゼノスが力強く叫ぶが、ウィッシュは土煙を上げながらその場を立ち去っていく。
ライフルの照準を合わせるが、トリガーを引くことはできなかった。
だが、仮に木葉が乗っていない状態としても……とてもじゃないが、今のレッドウィッシュの状態でシラナギと渡り合う事は難しいだろう。
あの無謀ともいえる無茶苦茶な操縦……それに『シラナギ』という名。
やはり、引っかかる……あの戦い方を、ゼノスは知っている。
「――やむを得ないか」
これ以上の追跡は難しいだろう。
ゼノスはライフルを静かに降ろした。
「……すまない、晶」
木葉を取り戻すことが出来なかったゼノスは、コックピットの中で力なく呟いた。