第14話 メシアに潜む闇 ①
第7支部内で、銃声が響き渡った。
艦長からDrミケイルの件、内通者の件について任されていたゼノスだが、その足でDrミケイルの元へ向かおうとしていた。
だが、その途中で銃声を何度か耳にした。
方角からして、Drミケイルがいるはずの医療室方面だ。
アヴェンジャーが再び侵入してきた可能性も否定できない、胸騒ぎがしたゼノスは急いで現場へと向かっていく。
そこでゼノスは、ふと足を止めた。
長く続く廊下の端に座るシラナギの姿が目に留まる。
顔を俯かせたまま上げようとしない、よく見ると体を小刻みに震わせていた。
「……何があった?」
シラナギの様子は尋常ではない、先程の銃声といい、決していい予感はしない。
顔をゆっくりと上げたシラナギは、目を真っ赤にさせ、泣いていた。
「ゼ、ゼノス……ですかっ!?」
「何故こんなところで泣いている?」
「大変、大変なんです……っ! おっさん――いえ、先生がっ!!」
「先生だと? Dr.ミケイルの事か?」
ゼノスがその名を出すと、シラナギは大げさに頷いた。
出来れば当たっていてほしくなかったが、ゼノスの悪い予感は的中してしまったようだ。
無言でゼノスは立ち上がり、その先へ進もうとする。
だが、シラナギが腕を強く掴んだ。
「だ、駄目ですよっ! 逃げてください、この施設の何処かに悪い人がいますっ!!」
「悪い人、だと?」
まさか内通者がついに動き出したというのか、ゼノスは額に汗を流し生唾を飲み込んだ。
やはり、メシア内の誰かがDrミケイルを――
「そう、です……撃たれたんです、先生……が」
「……っ!」
シラナギの一言で、ゼノスの予測は革新へと変わる。
Dr.ミケイルが殺された。
誰が、何の為に、どうして?
アヴェンジャー、内通者、それとも別の存在か。
いずれにせよ、この事態を黙って見過ごすわけには行かない。
「ここで待っていろ……」
「ゼノス、待ってくださいっ!」
シラナギは引き止めようとするが、ゼノスは強引に腕を振り払う。
どんな理由であれ、メシアの施設で堂々と殺しをするような人間を放ってはおけない。
今ならまだ証拠を掴めるはずだと信じ、ゼノスは走り出した。
その姿を見送ったシラナギは、ため息をついた。
「相変わらずのお人よしさんですね、ちっとも私の事を疑わないんですから。 ま、信用してもらえてるのはとっても嬉しい事ですけど」
シラナギは立ち上がり、周りの様子を警戒する。
先程、Drミケイルの狙った狙撃主がまだどこかに潜んでいるはず。
あの時点でシラナギが狙われる事はなかったが、油断はできない。
少なくとも見えない敵には、シラナギの正体は筒抜けと考えても良い。
ならば、早いうちに第7支部を脱出してしまうべきだろう、とシラナギは考えた。
「最後にもう一仕事としてから、さっさと逃げちゃいましょうー」
シラナギは大きく伸びをしてリラックスしていた。
ゼノスの事だ、あの現場を調べるだけでシラナギを疑う可能性も否定できない。
今は騙せたとしても、状況的証拠が揃えばあのゼノスは誰であろうが疑う、昔からそういう男だった。
「こっちには長くいすぎましたねー、ちょっぴり寂しい気もしますよ。 でも、お別れです」
現場へと向かったゼノスへ向けて、シラナギは微笑んだ。
そして、静かに廊下を歩み始めた。
ガタンッと乱暴な音を立て、ゼノスは扉を開く。
その先には、頭からドクドクと血を流し倒れているDr.ミケイルの姿があった。
……シラナギの言う通り、本当に殺されてしまったというのか。
窓ガラスが割れている、この位置からは相当腕がなければミケイルを狙撃する事はできないはず。
殺された理由は……口封じと考えるのが自然だ。
もし、エターナルブライトの人体実験に関係する情報を握っていたとすれば……その裏に潜むのは、アヴェンジャーではない。
彼らの目的を考えれば、Dr.ミケイルの行いに気づいてもすぐ殺すような真似はしないはずだ。
ならば、該当する人物は一人しかいない。
アッシュベル・ランダー、ゼノスは真っ先にその人物を頭に浮かべた。
ふと、ゼノスはミケイルの足の傷に気づいた。
明らかに銃弾で撃ちぬかれた足……だが、狙撃主の仕業ではない。
何故ならば、彼は頭を一撃で撃ちぬかれているはずだ。
窓の位置からでは、足をピンポイントに狙い撃つことはできない。
銃声は一回ではない、複数回聞こえたはずだ。
ならばもう一人、この現場に居合わせた人物が?
「……」
銃声が響いてから、医療室を後にした人物がいるはず。
少し考えると、ゼノスの頭には真っ先に該当者が浮かんだ。
シラナギ・ソノ。
彼女は廊下でショックを受けている様子をこの目で見た。
良く考えると、それは妙な事なのだ。
シラナギが現場に居合わせていたのなら、第3者にシラナギだけ殺されない状況はおかしい。
その点は、犯人と遭遇せずに後からDr.ミケイルの死体を見てしまった、と考えられる。
だが、彼女が死体を見てショックを受けたのなら、何故医療室の目の前ではなかったのだろうか。
勿論、思わず逃げ出してしまってあの場で座り込んだのであれば、筋は通るかもしれない。
しかし、普通に考えれば扉を開けて死体を見てしまい、腰を抜かしてしまった状況の方がよほど自然だ。
仮に第3者が存在したとして、シラナギと遭遇しなかったと考える事はできるだろうか?
かなり限定的な状況ならあり得るかもしれないが……だからといってシラナギが白とは言い切れない。
それにシラナギはゼノスの中で、最も内通者候補に近い人物なのだ。
フリーアイゼン内での彼女の行動は、一つだけ不審な点があった。
彼女は全く無縁であるはずの、ゼノスの作業部屋にこっそりと訪れている事が多かったのだ。
思えば、あの部屋の端末から何かをしていた可能性は十分にあり得る。
だが、決定的な証拠はない。
それに彼女の事を考えれば、とてもじゃないが内通者だとは思えなかった。
騒がしく空気が読めない事も多々あるが、シラナギは艦に欠かせない存在である。
誰とでも仲良く笑顔で接し、喜びや苦しみを共に分かち合ってきた仲間なのだ。
……だから今の今まで、彼女は違うと自分に言い聞かせていた。
「……お前、なのか。 シラナギ」
寂しい表情を見せ、ゼノスはそう呟いた。
晶が第7支部から姿を消したという知らせを受け、木葉は何処か落ち着かない様子だった。
何度も窓の様子を確認したり、指でくるくると髪を巻いたりと、何かをしていないと落ち着かない。
晶はι・ブレードで大惨事を引き起こして以来、ずっと部屋に閉じこもりきりだったと聞く。
本当は慰めに行こうと何度も足を運んだ、だけど……かけてあげられる言葉が見つからずに、いつも踏みとどまって帰って来てしまっていた。
毎度毎度助けてもらってばかりいるのに、こういうときだけでも役に立ちたい、晶の支えになりたい。
そんな気持ちはあったのに、結局行動に移すことが出来なかった。
一時的でも、晶に拒絶されてしまう事を恐れてしまっていた。
例え晶にそんな気がなくとも、つい感情的になって酷い事を言われてしまうかもしれない。
そうなってしまったら、きっと笑顔でなんていられない、その場で泣き崩れてしまう。
その結果、晶に余計な心配をさせてしまい、ますます負担をかけてしまうんじゃないか。
そんな事ばかりを考えていたら、晶が姿を消してしまった。
かつて、G3に晶が殺されたと聞かされた時に比べれば、ショックはそれ程大きくはない。
しかし、もし木葉自身が臆病にならずに……少しでも晶の痛みを和らげようと努力すれば、晶がいなくなってしまうなんてことは起きなかったんじゃないだろうか。
晶は救いを求めていたはず、ずっと自分を責め続けて……ぶつけようのない悲しみを、心にずっと潜ませ、苦しんでいた。
そんな晶に何もしなかった木葉は、後悔していた。
もし、このまま、ずっと帰って来なかったら――
考えるだけでも恐ろしい、もうあんな絶望感は味わいたくない。
もう晶を失いたくない、と願ったはずなのに。
何故、こんなにも自分自身が臆病になってしまったのだろう。
晶が帰ってきてから、木葉は傷つくことを恐れるようになってしまっていたのだ。
「はぁーい、木葉ちゃん、おはようございまーすっ!」
バタンッと乱暴な音共に、シラナギが突如部屋に訪れた。
毎度の如く、突拍子のない登場の仕方は、流石に木葉も慣れてしまったのか苦笑いをしていた。
「ど、どうしたんですかシラナギさん」
「うーん、ちょっとお仕事をしにきたんです」
「お仕事?」
首をかしげながら木葉は尋ねると、シラナギはいつも以上にニコニコとしながらゆっくりと迫ってくる。
普段と何処か様子がおかしい、と思いつつも木葉はただ呆然としていた。
すると、顎にひんやりとした感触が走る。
「木葉ちゃん、大人しくしてくださいね。 貴方にとっては、あんまり脅しになってないかもしれませんけれど」
「え、ど、どういうこと、ですか……?」
シラナギは微笑んでいるが、その声は何処か低く、冷たかった。
顎に何かを突きつけられている……木葉はちらりとその正体を確認すると、背筋にゾクリと寒気が走る。
……それは、銃だった。
「その前に、ちょっとだけ質問していいです?」
「え、え?」
「木葉ちゃん……、何回自殺をはかったか覚えてますか?」
「じ、自殺……?」
突如銃を突き付けられたかと思えば、今度はわけのわからない質問をされた。
今にも殺されそうな状況だというのに、何故自殺をはかったかという事を?
確かに一時的には無意識のうちにはかったことはあるかもしれない、だが今はそんなことしていない。
木葉はただ、シラナギの言葉に戸惑うだけだった。
「……今、自分が何をしていたか、覚えてますよね?」
シラナギは乱暴に木葉の右腕を掴むと、木葉の目の位置まで強引に持ち上げた。
すると、木葉は言葉を失った。
……自分の右手首を中心に、血がダラダラと流されていたのだ。
「あれ、私……私……?」
シラナギはそっと銃をおろし、ハンカチで手首の傷をふき取る。
そこには、傷一つない木葉の真っ白な手首が見えていた。
どうして、そんなはずはない。 こんな血、こんな傷、身に覚えはない。
また、無意識のうちに自分を傷つけてしまっていたのだろうか、あのナイフで。
……その痛みにすら、気づいていなかったというのか。
「私と共に来てください……貴方をこんな体にした、アッシュベル・ランダーを倒す為に」
シラナギは両手で、ギュッと木葉の手を握りしめて呟く。
だが、木葉は自分の体の異変に気付かずに、シラナギの行動の真意を理解できずに、ただ混乱していた。