迷う少年 ③
人気の少ない街の裏通りで、晶は座り込んだ。
ここであれば人々の声は聞こえない。
あんな光景を、再び見る事はない。
晶の体は小刻みに震えていた。
今までたくさんのE.B.Bを見てきたが、あの光景は晶にとって衝撃的過ぎた。
目の前で簡単に人が殺されていくのを目にし、初めてE.B.Bと遭遇した時の恐怖を思い出す。
メシアに守られているはずの民間区域に、E.B.Bが出現する現実。
それに対する人々の声、メシアの実態。
ι・ブレードの襲撃により、更に高まるメシアへの不満。
晶を絶望させるには、十分すぎた。
「よう、ビリッケツ」
ふと、聞き覚えのある声が耳に飛び込んだ。
この嫌味たらしい声……いや、そんなはずはないと思い晶は顔を上げた。
だが、間違いなくそこにはニヤニヤとした白柳 俊の姿があった。
「いいねいいねぇ……お前も大胆な行為に出たじゃねぇか。 いやぁおもしれぇ、お前最高すぎるぜっ!」
「……俺は、やっていないっ!」
晶は俊を強く睨み返し、はっきりと言い返した。
だが、俊はただ大笑いするだけだった。
「やっていない、お前がやっていない? いいじゃねぇかよ、どっちでも。
どうだ、大量虐殺ってのは楽しいもんだろ? どんな気分だ、聞かせろよ?」
「俺じゃない……俺はやっていないっ!!」
俊の言葉に耐えきれず、晶は拳を振るって殴りかかろうとする。
だが、俊に軽々と拳を受け止められてしまった。
「お? どんな言い訳するんだよ、聞いてやるから言ってみ?
ま、何を言ってもテメェ自身がやっちまったことだ、事情を説明したところで何人が納得すんだろうねぇ?」
「……っ!」
晶は静かに拳を降ろす。
相変わらず俊はニヤニヤと憎たらしい表情を見せるが、自然と怒りが収まっていった。
俊は間違った事を言っていない。
現実を認めざるを得なかった。
「大勢の人を……メシアが守るべき人々を、HAで殺しちまった。 殺しちまったんだよ……俺がこの手で――」
「気に入らねぇな、今更テメェは命を奪う事にびびってんのか? おいおい、冗談はよせよ。
今まで俺達の仲間、散々HAで殺してきたじゃねぇかよ?」
「……違う、アヴェンジャーは――」
「アヴェンジャーはメシアや民間人を襲うので人間じゃありません、だから殺してもいいんです。 ってかぁ? わっかりやすい奴だな、お前は。
正当な理由があれば、殺しが許されると思ってるのか? おめでてぇ奴だな……いいか、よく聞けよ。
殺しに正当もクソもねぇんだよ、勝手に美化してんじゃねぇ……テメェのそういうところが、俺は気に入らねぇな」
「――何も知らない、お前がっ!!」
再び頭に血が上った晶は、俊に殴り掛かった。
ガァンッ!
その瞬間、晶の頬に衝撃が走り視点が反転する。
気が付いたら、地べたに倒れこんでいた。
「都合が悪くなったら暴力で解決かい? わっかりやすいガキだな、ったくよ……」
「……お前に、何がわかるんだよ。 人の痛みを知らない、お前に――」
「よく言うぜ、何も知らねぇのはテメェの方だろうが。 ほら、立てよ……俺を殴りてぇんだろ?
俺の事が気に入らねぇなら、気の済むまで俺の事をボコして放置してけよ? ま、俺は抵抗させてもらうがな」
ギロリ、と俊が睨み付ける中……晶は立ち上がることが出来なかった。
殴られた痛みに恐怖をしているわけではない。
どうやっても俊に敵わない、といった理由でもなかった。
晶の中で、自分が持つ正しさが、少しだけ揺れていた。
「お前さ、本気でHAがE.B.Bだけを討伐する目的で開発されたと思ったのか? いいか、あれはどんな理由をつけても『兵器』なんだぜ?
今までは純粋にE.B.Bを殺すための兵器だったけどよぉ……今のように、俺達のような組織が出てきちまったら、遠慮なくHA同士で潰し合ってんじゃねぇか。
はっきり言えば、HAで戦争することだって出来るんだよ」
「そ、それは……お前達のような組織が現れるからっ!」
「だからテメェはおめでてぇ奴なんだよ、クソが。 お前はHAに乗って本気で人を殺す必要がない、命を奪う必要がないと考えてんのか?
違うね、あんな兵器に乗っている限り……いつかは人と戦うんだよ、テメェみたいな甘い考えがいつまでも通用すると思うなよ?
それと、極論かもしれねぇがE.B.Bだって元々はただの生物なんだぜ? そいつらを無差別に殺していくについては、何も感じねぇのか?」
「……E.B.Bは、人を――」
「E.B.Bは人類の敵、だから殺す。 ほら見ろ、結局殺してんじゃねぇか。
ムカつくんだよ……今更のように、命を奪ったっつーくだらねぇ理由で悲壮感に浸ってる奴がよ。
今すぐ頭吹き飛ばしてやろうか、かつてテメェが俺のHA吹き飛ばした時のように」
俊は銃を手にして、晶の額へと突きつける。
晶は何も言わずに、ただ黙り込むだけだった。
「自分だけ綺麗でいれると思うなよ……俺達とテメェらは、何一つかわらねぇんだよ。
わかったらさっさとιから降りやがれ、テメェみたいなパイロットが戦場にいるだけで……虫唾が走るんだよ」
晶は俊の言葉に、何一つ言い返すことが出来なかった。
学生の時から、俊の事を気に入らなかった晶であったが
今回ばかりは、彼の言葉を正しく感じた。
E.B.Bと戦うときは、何も感じずに必死で戦っていた。
アヴェンジャーと戦うときは、少しだけ迷った事もある。
だが、最終的には命を奪う事を決意した。
俊に言う通り、自分の事を正当化して。
今回のι・ブレードの事件、どうやっても晶は自分を正当化できなかった。
だから、散々悩んで苦しんでいる。
俊は命の重みを理解していない、わかろうとしていない。
しかし、命の在り方は知っている。
晶よりも遥かに、HAというもの、戦場で戦う意志を強く持っていた。
だけど、アヴェンジャーの行為は正しいはずがない。
E.B.Bも、放っておいていい存在ではないのだ。
俊の考え方は、確かに正しい。
命は皆平等で、どんな理由をつけても『殺した』という事実は変わらない。
だが、そんな考えでは、気づけない間違いもあるはずだ――
「俺は、お前達と違うっ!!」
晶は立ち上がり、強く叫んだ。
フラフラと立ち去ろうとしていた俊が、その足を止めた。
「確かにお前の言う通り、E.B.Bだってアヴェンジャーや民間人、メシアの人々は同じ命だよっ!
だけど、無抵抗で戦う事も何も知らない民間人を無意味に殺す事と、無差別に人を殺しにくるE.B.Bを討伐する事、アヴェンジャーのような強い目的……戦場に出る覚悟を持った者の命を奪う事は、意味が異なるだろうがっ!!」
「……いちいちムカつく野郎だな、まだ自分を正当化する気か?」
「俺は戦う、お前達が民間人を巻き込み続ける限り……メシアへ危害を加え続ける限り、戦い続けるっ!
HAは……力なき人々を守る為に存在する。 だから俺は、戦って罪を償う……っ!!」
「いい加減にしろクズがっ! HAは命を奪う兵器何だよ、勝手な理由で美化すんじゃねぇよっ!!」
ガァンッ!
再び晶は強く頬を殴られた。
だが、土を強く踏みつけて、その場に踏みとどまる。
頬に激しい痛みが走るが、晶はその痛みに堪えて俊を睨み返した。
「HAの意味を変えたのは俺達じゃない、お前達だっ!!」
晶は拳を強く振るった。
今までのように、怒りに身を任せた一撃ではない。
自分の意志を握りしめた、強い拳だった。
ガァンッ!
俊の頬に、晶の拳が綺麗に決まった。
「やりやがったな、テメェっ!!」
ドスンッ!
晶の腹部に強い衝撃が走る。
俊の蹴りが晶を地べたへと叩き付けた。
「民間人の声聞いただろ? 誰もメシアに期待しちゃいねぇ、HAに期待しちゃいねぇんだよ。
さっさと現実を認めて楽になっちまえよ? じゃねぇと、人生楽しめねぇぜ?」
「……メシアは、俺は何一つ……間違っていない。 俺達は守るべき命を、守ってきたんだ」
晶は体をふらつかせながらも、必死に立ち上がろうとする。
俊は見下すかのように、その様子を見守っていた。
「よく言うぜ、その辺のE.B.Bはどう説明するんだ?」
「俺達の力が足りなかっただけだ……俺がこの事実を告げて、対策を……急がせる事も――」
ガァンッ!!
再び、晶の頬に衝撃が走り倒れこんだ。
「話にならねぇな……テメェがここまでゴミクズだったとはなぁ。 こりゃビリッケツでも仕方ねぇな。
次からゴミクズくんに昇格か? いや、降格というべきか? ま、どっちにしろもう喋んなよ……ウゼェから」
俊が立ち去ろうとする中、晶は必死で立ち上がった。
「HAは力なき人類を守る為……人類を脅かす脅威から守る為に存在する。
俺はHAを信じて、自分の正義を貫き通す……必ず、お前達を止めて見せるっ!!」
「……そこまで言うんなら、守って見せろよ。 俺がテメェの理想と共に……徹底的にぶっ潰してやるからよ」
そう言い残すと、今度こそ俊は立ち去って行った。
晶は体をふらつかせながら、壁に背を預けて座り込んだ。
ふぅ、とため息をつくが……晶の目には闘志が宿っていた。
「俺はもう……迷わない。 亡くなっていった人達の為にも……守る為に、戦うんだ――」
晶の中で揺らいでいた迷いが、消え去った。
メシアを信じ、HAの可能性を信じて、晶は戦う道を選んだ。
第7支部の医療室。
Drミケイルは机に座って、とあるリストを目に通していた。
それは晶がι・ブレードで襲撃をしてしまった民間区域の負傷者リストだ。
「……まさか、現実になるとは。 恐ろしいものだな」
ミケイルはリストに目を通して、そう呟いた。
そこに挙げられたリストはほとんど手足を不自由にした者ばかりである。
「さて、次は――」
「はぁーい、おっさーんっ! ただいま白衣の天使が参りましたよぉーっ!!」
バタンッ、と軽快に扉を開けてシラナギが飛び込んできた。
慌ててミケイルはリストを隠す。
「お、おおシラナギくんか。 どうしたんだ?」
「どうしたって、おっさんが呼び出したんじゃないですかーやだなぁーもう」
確かにミケイルはシラナギにすぐに来るように連絡をしていた。
しかしそれは1,2時間ほど前の事であり、あまりにも遅すぎる。
どうせ言っても無駄だろうと、Drミケイルはため息をついた。
「ところで何かしてたんですか? 隠してたの見ちゃいましたよー」
「い、いやこれは――」
あのリストの事が外部の者に漏れると面倒なことになる。
ただの治療者リストだと言い訳する事もできるが、何時何処でエターナルブライトの事がバレるかわからない。
少しでも証拠に繋がるようなものを、流出させないようにミケイルは神経質になっていた。
「まさか、エッチな本ですかーっ!?」
「そ、そそそそうだっ! わ、悪いかっ! 私だって男だぞっ!」
「……軽蔑しますよ、おっさーん。 これだからおっさんなんですよ―全くもう」
シラナギに細い目で見られてしまったが、何とか誤魔化すことはできたようだ。
少しだけ心は痛むが、背に腹は代えられない。
それよりもシラナギには雑用を頼もうとしていた。
例のエターナルブライトを再度受け取ってもらおうとしていたのだ。
「それよりだね、君に頼みたいことが――」
「あら、私も聞きたいこといっぱいあるんですっ!」
「な、なんだね……」
どうせくだらない事だろう、と思いつつもシラナギの性格を考えると聞いてしまったほうが手っ取り早い。
またしてもDrミケイルはため息をついた。
すると、突如Drミケイルの額に銃口が突き付けられた。
……シラナギが微笑みながら、右手に銃を握りしめていたのだ。
「……何隠したか教えてください、正直に言ったほうが身の為ですよー?」
一瞬何が起きたのか理解できなかった。
シラナギはいつも通りの口調で話してはいるが、行動が一つだけおかしい。
……この銃、悪戯であればいいのだがとDrミケイルは願った。
「あれ、どうしちゃいました? 冷や汗かいてますよ? あ、言っておきますけどこれ……本物ですからね。
弾もしっかり入ってます、嘘だと思うならトリガー引いちゃいますけど?」
「ま、待て……何の真似だ、君っ! こんな事をしてただで済む――」
「おっさん、ついにやっちゃいましたよね? シリアに、使っちゃいましたよね?」
「……っ!?」
何故、シラナギがそれを知っているのか。
まさかあの時、中身を見られた……という可能性もあるがだからと言ってそれがシリアの治療に結びつくとは思えない。
「誰の命令ですかー上司はいるんですよねー? やっぱりアッシュベルですかー? ほらほら、答えたほうが身の為ですよー」
「……クッ!」
Drミケイルは懐に隠していた銃を、シラナギへと向けた。
「私を撃てば、君も撃たれる事になるぞ。 その程度で脅した気になるとは、マヌケだな」
「あらー、違いますよー。 何をするか見たかったんです、私こそ拍子抜けしてガッカリしちゃいましたよ」
「私は本気だ……っ!!」
バァンッ!!
Drミケイルがトリガーを引こうとした途端、発砲音と共に銃が吹き飛ばされた。
いつの間にかシラナギの銃が、ミケイルの手元へと向けられていた。
「んーやっぱり脅しは無駄ですね、どうせ喋らないなら殺しちゃいましょうか?」
ゾクリ、とミケイルの背筋に寒気が走る。
一瞬だけシラナギの本当の姿を見てしまい、顔が青ざめた。
「人質でもとられて脅されてるんですか? それとも単純に、お金ですかー?」
「……ち、違う、私は――」
バァンッ!!
ミケイルの足に激痛が走る。
「ぐあああぁぁっ!?」
「静かにしてくださいよー、ただでさえ2回発砲しちゃってるんですから。 これで気づかれたら全部おっさんのせいにしますからね?」
「……ただで済むと思うなよ、貴様っ!」
「えーっと……わわ、こんなにいっぱい貰ってるんですね。 そりゃ私でもお手伝いしたくなっちゃうかもですねー」
ふと、シラナギは紙切れを目に通してわざとらしくそう言った。
シラナギがその紙切れの金額を見せつけると、Drミケイルの顔が真っ青になった。
「お金目的なんて、最低ですね。 おっさんのことは信じてたんですけど……ちょっとガッカリです」
「待て……全て話すっ! だから私の事は黙っておいてくれっ! この治療にはワケがあるっ!
上手くいけば……人類はどんな病気にも立ち直れる身体となるんだっ!!」
「あれーおかしいですねー、貴方ほどの人がまさか『E.B.B化』を知らないと嘘をつき通す気ですかー?」
「……それを食い止める為の――」
「嘘です、貴方騙されています。 もしくは私を騙そうとしていますね、だってこんなにお金貰ってるんですから」
「それは―――」
ガシャァァンッ!
ふと、ガラスが突き破られる音が響いた。
するとミケイルは、フラリとその場で倒れこんだ。
シラナギは窓の外をちらりと伺い、Drミケイルの状態を確認した。
……頭を撃ち抜かれていた。
「あらら、死んじゃいましたかぁ……むー邪魔されちゃいましたね。 きっと私の事もバレちゃいましたよね、これ」
うーん、とその場でシラナギは考え込んだ。
「仕方ないです、ジエンスさんには謝っておきましょうー」
シラナギはミケイルの死体を放置しながら、医務室を立ち去った――